第8話 御真画師(起)
どこかの画師が、王様に俗画を見せたということで、朝廷の役人たちは図画署の画員や生徒達に逆恨みを抱いていました。その為に図画署の画員や生徒達は連行されて、宮廷の洗濯や草取りなどの下働きをさせられていました。
生徒の一人が洗濯物をしながら「一体誰が、何の絵を描いて…図画署がこうなったんだ…」と言います。別の生徒が「いつまでこうしていればいい…」と言います。それを聞いていたインムンが「うるさい、静かにしろ…」と言います。
その後ろを、ユンボクとホンドが山のように洗い終わった洗濯物を籠に入れて運んでいました。
ホンドはユンボクに「厄介なことになると言っただろう…」と言います。ユンボクは「ちゃんと止めてくれないと…」言います。その時ユンボクがつまずいて、洗濯物を持ったまま倒れそうになります。ホンドはユンボクに「気を付けろ…」と言います。ユンボクは笑いながら「心配ないです…」と言いますが、すぐにまたバランスを失って洗濯物を落とそうとします。ホンドは「注意しろと言うのに…半日も選択して腕がだるい…落とすなよ…」と言います。ユンボクは「心配ありませんよ…」と言いますが、その後すぐに洗濯物を地面に落してしまいます。ユンボクは困り果てた顔でホンドを見ます。ホンドは呆れてものも言えません…ホンドは首を横に振り「もう…やらない…」と言います。ユンボクは甘ったるい声で「師匠…腕をもみます…師匠…」と言いながら、ホンドの腕をもんでいました。
図画署の別提とユンボクの父シン・ハンビョンそれにもう一人元老画員が、草むらに立っていました。
ハンビョンは「とんでもないことだ…こんな屈辱がありますか…」と、語気を強めて言います。別提は「一体…誰がそんな絵を描いて、お偉い方々の機嫌を損ねたんだ…」と言います。するとハンビョンは急におとなしくなります。ユンボクのことがばれないかと心配でたまりませんでした。
別の元老画員は「その絵を描いた者が、図画署の者でも…この仕打ちは耐えられない…そうではないか…」とハンビョンの方を向いて言います。ハンビョンは「そうですね…」と言うと、反対の方を向いて、気をもんでいました。別提は「今度こそは絶対にただではおかない…必ず…決着を付けてやる…」と言います。それを聞いていたハンビョンは「ウンー」と咳払いをし、上目使いに天を見ていました。
三人は話し終わると「やれやれ」と言いながら、草取りガマで畑の草を取り始めます。
朝廷では、右議政とキム・グィジュが話をしていました。
右議政は「何…図画署の画員が、皆雑事に回されたのか…」と言います。キム・グィジュは「はい…もう主上殿下に、絵を描く画工は一人もいません…そして…キム・ホンドは…その中でも一番大変な洗濯房です…殿下が重んじても、もう無駄です…」と声をひそめて言います。
右議政もつられて声をひそめながら「そこで何をしている?」と聞きます。キム・グィジュは「何をですと…布団洗いです…」と言うと、二人してクスクス笑い始めます。そしてグィジュは「疲れきって、筆も取れないでしょう…」と言うと、大笑いをして喜びます。
しかし、ホンドとユンボクはそんな玉ではありませんでした。
川で洗濯をしていると、近くで民の女たちが洗濯をしているところを見つけて、岩の影から覗き見をしていました。
ホンドはユンボクに「おい…洗濯をする女達をこんな近くで見たことが?…」と言います。ユンボクはその様子を見て「いい絵です…」と言います。ホンドは「でも、少し退屈じゃないか…」と言います。ユンボクは「何がですか?…」と聞き返します。
ホンドは上の方を見て「あのてっぺんで…誰かが見降ろしていたら…緊張感が生まれないか…」と言います。するとユンボクは自分が見ていると想像し始めます。岩の上に乗って座り、扇を開いて顔を隠しながら覗いている様子を…そして扇を落とし滑り落ちそうな姿を…声を出すと女達が気付いて「男だ」と言って逃げ惑う女達の姿を…
ユンボクは「師匠…見られていると知らずに緊張しますか?…」と聞きます。ホンドは「何だと?」と聞き返します。ユンボクは「男が見ていると知ってこそ味が出ます…」と言います。ホンドは「何を言っている…」と聞き返します。ユンボクは「あの洗濯場の真ん中に、若い男が立ちます。それも美人が夢中になるほど美形の男がです。」と言います。
ホンドは美形の男が自分であると置き換えて想像します。弓を持ち、洗濯場の真ん中で女達に背を向けて立ちます。そして振り向きながら女達を見回します。女達は好奇の目で男を眺めます。すると突然老婆が、「なぜ男が洗濯場に?…」と言うと、洗濯物が飛んできます。女達は「あっちへ行け…」と騒ぎだします…ホンドは逃げ惑って退散します…思い浮べているうちにホンドは笑いだします…そして「おい…お前…あそこで選択する女達は…男などが立っていたら黙っていない…洗濯棒が飛んでくる…」と言います。
ユンボクは「師匠のような男ではなくて…色白ですっきりした男です…そんな男が立っていたら…その視線だけでも緊張感が生じませんか…そうすれば面白くなります…」と言います。ホンドは「選択し過ぎて、頭がどうかなったのか…」と言います。ユンボクは反発して「師匠こそ、洗濯場の女人に心がみだされたのでは?…」と言います。ホンドは「それで描くつもりか…」と上から目線で言います。ユンボクは「はい、すぐに描いてみます…」と、いつものように突っかかってゆきます。ホンドが「すぐにか?…」と、呆れたように言うと、ユンボクは「はい、すぐに…」と挑むように言います。
洗濯物が終わると、二人は図画署で背中合わせに絵を描いていました。
絵を描いている最中に、ホンドは振り返ってユンボクに「ダメだろう…」と言います。ユンボクは「何がですか…緊張が高まって…困るほどです…師匠こそ動感を感じますか…」と答えます。ホンドは「動感があふれて、絵の中から飛び出しそうだ…」と言います。しかし二人は、お互いの描いている絵が気になるようでした。ホンドは「夕方までに完成させろよ…」と言います。ユンボクも「師匠こそ遅れないように…」と突っ込みます。ユンボクは、口をとがらせながら、また絵と向かい合いました。しかし、二人の描いている絵は、自分で考えた絵ではなく、相手が考えた絵でした。
ホンドは、自分の描いた絵の仕上がり具合を確かめていました。
「頭の中で描いたときとは…洗濯棒が飛んできたのに…確かに絵を横切る視線だけでも…絵全体に緊張感が漂うな…」と思っていました。
ユンボクもまた「私が岩に上がると大騒ぎだったのに…やはり視線があるだけでも…緊張感は緊張感のままに…動感は動感のままに満ちあふれる…」と思っていました。
二人は絵を仕上げると、振り向いて描いた絵を交換します。
ホンドは自分の描いた絵を見ながら「何とか見られる絵だな…」と言います。ユンボクも負けずに「師匠の絵も、多少は面白いですね…」と言います。ホンドは、ユンボクのことを生意気そうに「こいつめ…」と言います。
ホンドは、自分の絵に印を押していました。ユンボクは手持無沙汰のように眺めていました。ホンドはユンボクに「何をしている…監董が終わったら落款を押せ…」と言います。するとユンボクは、口をとがらせて「ありません…」と答えます。
ホンドは「画員になったのに落款がないのか…」と聞きます。ユンボクは「号もないのに落款がありますか…」と答えます。ホンドは呆れたような顔をして「半人前か…」と言います。ユンボクはホンドの言葉に、少しだけショックを受けたようでした。
ユンボクは、神妙な顔をして「師匠が付けて下さい…」と言います。ホンドはユンボクの方を振り向いて「落款を押すのは、絵に自分の名を刻印し…絵と自分の名に責任を持つことだ…そんな事も知らずに…」と言います。ユンボクは困って甘える表情で「だから師匠が付けて下さい…」と言います。ホンドは「豆粒はどうだ?…」と、まじめな顔をして言います。ユンボクは「号が豆粒なんてひどいですよ…」と、拗ねたように言います。ホンドは「つる豆にするか…」と言います。ユンボクは「ツルマメ?…」と聞きなおします。ホンドは「どうしてだ…いいじゃないか…豆粒…マメ・マメ・マメ…」と、からかいます。
宮中では王様が、側近のホン・グギョンに「図画署の画員達に…洗濯や畑仕事をさせているのか…」と聞きます。ホン・グギョンは「左様でございます…殿下…」と答えます。
王様は「見てはいられないな…小手先の手段で、どうにかなると思うのか…」と言います。ホン・グギョンは「どういたしましょうか…」と言います。王様は「彼らの挑戦を受けてやろう…」と言います。ホン・グギョンは「殿下…昔から、君王の座が危ういときには…その正統を御真(王の肖像画)で示しました…」と、答えます。
王様は、朝廷に大臣達を集めていました。
王様は「大臣達に告ぐ…立秋が過ぎたら御真画師を施行する…」と命じます。右議政は「主上殿下の権威と栄光を描く御真画師です…大臣達と天機を察して…吉日を選んではいかがですか…」と進言します。
王様は「王と臣下は、義でつながる者だ…王を心臓と同様に思えば…予の意を察してくれると信じる…」と言います。するとキム・グィジュが「しかし殿下…」と反対意見を言おうとすると、王様は「これ以上…この件を論じるな…予の意志を理解し、予と同じ気持ちで準備するように…」と言って、発言を遮ります。大臣達は一斉に「はい…殿下…」と言って、一礼をします。
別提の息子ヒョウォンの腰巾着の生徒が「ヒョウォン…ヒョウォン…」と叫びながら、畑仕事をしているヒョウォンのところへ走って来ます。
生徒は、ヒョウォンを見つけると「大変だ…」と言います。ヒョウォンは落ち着いた顔で「何を騒いでいる…」と言います。生徒は、周りに注意しながら「御…御…」と言います。別の生徒が「何だって?…」と聞きます。すると腰巾着の生徒が、意を決したようにして「御真画師をするそうだ…」と言います。するとヒョウォンの顔が、一瞬で鋭くなります。近くにいた年長の生徒がビックリした表情で「御真画師?…」と言います。
腰巾着の生徒はヒョウォンに「王の肖像画を描くんだ…」と言います。ヒョウォンは「本当か?…」と尋ねます。腰巾着の生徒は、自信タップリの表情で首を縦に振り「ウン…御真画師が始まるから図画署の画員は…早く図画署に復帰しろとの御命だ…」と答えます。
近くにいた生徒が、草取りガマを前に突き出して真剣な顔で「これは終わりか…」と聞きます。腰巾着の生徒は「捨てろ…」と言います。年長の生徒は、嬉しそうな顔をして「そうだろう…生きる道はあるもんだ…」と言って、労役をやめられることを喜びます。ヒョウォンも笑顔で「行こう…」と言います。
宮殿では、ホンドとユンボクは相変わらず洗濯場の仕事をしていました。
ホンドとユンボクは、二人で組んで洗濯物をたとんでいました。
ユンボクが「師匠…私の号は考えましたか…」と尋ねると、ホンドは疲れた表情で「そうだな…“豆卵”(トゥラン)はどうだ?…」と言います。ユンボクはにっこり笑って「トゥランとはどんな意味ですか…」と尋ねます。ホンドが「豆粒という意味だ…」と言うと、ユンボクは困った表情で「からかわないでください…」と言います。ホンドは笑いながら「黒豆は?…」と言います。
その時「御命だ…」と言う役人の声がします。その場にいた画員全員が低頭して御命を聞きます。
役人は「画員は全員図画署に復帰せよ…」と言います。ユンボクは驚いて、ホンドの方に顔を向けます。そして「師匠…図画署に戻れます…」と言います。ホンドは小声で「ここで洗濯だけしていられるか…」と言うと、ニャッと笑います。
すると役人が来て「檀園先生…」と言うと、袖の中から手紙を出します。手紙は王様からのものでした。
ホンドは王様に拝謁していました。
ホンドは「御真画師ですか…殿下…」と尋ねます。王様は「檀園…知ってのとおり、御真画師は単純な肖像画ではない…これは人の体と心をすべて描きだすもので…この御真を残してこそ、王たる者として天と地に…その正統性を知らしめられる…」と言います。ホンドは「分かっております…」と答えます。
王様は「予には…成し遂げたい大望がある…その夢を成し遂げる為には、敵があまりにも多い…お前が誰も犯せない御真を描いて…私を守ってくれ…」と言います。ホンドは深刻な表情で、ただ頭を下げるだけでした。
ホンドが洗濯場に戻ると、ユンボクが心配そうな表情で、一人寂しく待っていました。
ユンボクは立ちあがり「師匠、何処へ行っていたんですか…皆図画署へ戻りました…」と言います。ホンドは「分かっている…荷物は?」と言うと、ユンボクがホンドの代わりにまとめていた荷物を「はいどうぞ…」と言って、嬉しそうに渡します。
ホンドは「さあ、これから図画署に行き…絵を描く…」と言います。ユンボクは当たり前のことをと思いつつ、ホンドの顔をのぞくように「絵ですか…何の絵ですか?」と尋ねます。ホンドは真剣な顔をして「画員になったものが…最も大変だが、最も光栄に思う絵だ…」と答えます。ユンボクは「最も大変で、最も光栄に思う絵ですか…」と尋ねます。ホンドは「最高に精緻ながらも、最高の力が必要だ…」と言います。ユンボクは少し考えると、目を丸くして「御真ですか…」と尋ねます。ホンドはうなずきながら「御真画師を行えという、主上殿下の命令だ…」と答えます。ユンボクは「主上殿下の肖像画ですか?」と尋ねます。ホンドはうなずきながら静かに「そうだ…」と答えます。ユンボクは、ただ目を丸くしてホンドの顔を見ていました。
10日後、図画署では、すべての画員を集めて会議が行われていました。
別提は「御真画師のための競作を行う…その時まで…選ばれた責任画員は、それぞれ同参画員を選び、競作の準備をしてくれ…競作に出る画員は…主上殿下と大臣達の推挙…そして図画署提調を預かる礼曹判書様と…図画署内部の推挙で決められる…選ばれた責任画員は御真画師を一緒に行う同参画師を選び…競作に出てくれ…」と伝えます。
会議が終わって、画員達は部屋を出て行きます。生徒達はヒョウォンを待っていました。ヒョウォンとユンボクが近づいてくると、生徒達が「ヒョウォン…」と言って、ヒョウォンの周りに集まります。
「本当にあるのか…いつだ?…」と聞きます。ヒョウォンは「10日後に御真画師のための競作を…」と答えます。生徒の一人が「10日後?」と聞くと、そばにいたユンボクに「お前も出るのか?…」と聞きます。ユンボクは笑顔で「新米画員がどうやって…」と答えます。生徒は「なぜだ?…主上殿下が檀園先生を重んじているから…お前こそ当然だろう…」と言います。ユンボクは「それでも私は新入りだ…」と言います。生徒は「馬鹿なことを…千歳一隅の機会じゃないか…家門の栄光であり、個人の栄光と言うだろう…」と言います。すると、となりにいた年長の生徒が割り込んできて「檀園先生のパジを握ってでも出なくちゃ…」と言います。ユンボクは御真画師に出ることを少し考え始めました。
腰巾着の生徒が「ヒョウォン…論功行賞では何を願う?」と聞きます。ヒョウォンは「差備待令画員になることだ…」と自信ありげに答えます。生徒達は「ウォー…」と気勢を上げます。腰巾着の生徒は「奎章閣に行くんだな…」と嬉しそうに言います。別の生徒が「私なら家を一軒だけ願う…」と夢を語ります。年長の生徒がニヤツイタ顔で「俺なら女だ…」と言うと、夢を語った生徒が、怒った顔で「妻がいるのに何を…」と言います。すると少し慌てた表情で「いるからこそだ…」と言います。そして「ユンボク…お前は?」と聞きます。ユンボクは、ヨンボクのことを思い出していました。ヨンボクが自分をかばい、丹青所に追放になったときのことを…。そしてユンボクは、少し不安そうな顔で「そうだな…では…図画署から追われた人も戻せるのか?…」と聞きます。生徒は「何だって…」と言い、年長の生徒は「まさか…」と言います。ヒョウォンはユンボクを見ます。ユンボクは、笑いながら走って行きます。生徒達は「おい…何処へ行く?…またやらかしそうだ…悪い予感がするな…」と口々に言います。
ユンボクは、図画署のホンドの部屋にいました。
ユンボクはホンドに「教えて下さい…師匠と一緒に競作に出たいんです…」と言います。ホンドは、調べ物をしている手をやめて「何だと?…」と言います。するとユンボクが真剣な顔をして「肖像画を教えて下さい…」と言います。
ホンドは、鼻であしらうように「フン…」と言います。そして「画員になったばかりでいい度胸だ…」と言います。ユンボクは「覚えたいんです…」と、真剣に頼みます。
ホンドは「なぜしつこく言う?」と聞きます。ユンボクは「御真画師後の論功行賞です…」と答えます。ホンドは「それで?…」と聞き返します。ユンボクは「丹青所の兄を図画署に戻したいんです…」と答えます。ホンドはしばらく考えて「肖像画を描いたことがあるか?…」と聞きます。ユンボクは少し困った表情で、しかし真剣に「生徒時代に、功臣図の模写をしました…」と答えます。ホンドは「模写か…」と言います。そして「描き写すのとは天地の差がある…肖像画は半日で描く者もいれば…10年かけても描けない者も…簡単じゃない…」と言って首を横に振ります。
ユンボクは、机の横に回って、ホンドに土下座します。そして「学びます…学びますから教えて下さい…」と訴えます。ホンドは少し間を置くと、考え方を改めます。そして、ユンボクの方に体を向きなおして「本質を貫く目さえあれば…難しくない…だが魂を吹き込まねば…肖像と言えない……お前に出来るか…出来ないか…」と聞きます。ユンボクは、上目使いにホンドの顔を見て真剣に「やってみます…教えて下さい…」と答えます。
宮中では、王大妃達が密談をしていました。
王大妃は「御真画師をする理由は何ですか…」と聞きます。右議政は「罪人の子という弱い基盤を…これを機に強める為でしょう…」と答えます。するとキム・グィジュは「たかが一枚の絵でそれが可能か…」と言います。
王大妃は「御真を描くことは、絵に魂を込めることです…例え死んだとて、御真が描かれれば…その者が生き返るのも同じ…」と言います。
王大妃は10年前の出来事を思い出していました。
王妃(王大妃)は、お付きの尚宮に「それで…主上が画工を呼んだ理由は何だ…」と聞きます。尚宮は「画工達に思悼世子(サドセジャ=正祖の父)の顔立ちを説明し…描かせたそうです…」と答えます。
王妃(王大妃)は「何だと…世子の顔を?…」と聞き返します。尚宮は「はい…下絵を監董され…思悼邸下の睿真(イエジン=王になれなかった者の御真)が間もなく完成するそうです…」と答えます。王妃(王大妃)は「何だと…実家へ行かなければ…微行の準備を…」と命じます。尚宮は「はい」と答えて退室します。
王妃は実家で密談をしていました。
王妃(王大妃)は「主上が世子の御真を描き…目的を果たすつもりです…意味が分かりますか…今は殿下が世子の罪を晴らせなくても…将来、世孫が王になったあと…父の罪を晴らす根拠を残す為ではないですか…」と言います。右議政は「幼い世孫が即位したのち、この件をまた持ち出せば…世子邸下を死に至らせた、私たちを殺すでしょう…」と答えます。王妃は「画工を殺さねばなりません…絵も絵を描いた画工も…描いたという事実も消し…しっかりと始末すべきです…今日の夜に…」と言います。右議政は「実行する者を見つけておきました…」と答えます。王妃は「誰ですか…」と聞きます。すると右議政は、部屋の入口の方を向いて「入ってこい…」と言います。
男が部屋に入って来ると跪いて両手を付きます。男は「キム・ジョニョンと申します…」と言います。王妃は「この件を始末すれば…見返りは充分に与える…」と言います。ジョニョンは「間違いなく処理します…」と答えます。そして、画師達と家族が殺されます。
尚宮は「王妃様…すべて処断したそうです…」と言います。王妃は「うまく始末したのか…」と聞きます。尚宮は「左様でございます…」と答えます。
王大妃は「きれいに処理したと思ったのに…」と言います。
師匠を殺されたホンドが「放っておくのか…お前は納得したのか?」と騒いでいると…別提が出て来て「何を騒いでいる…」と言います。ホンドは別提を見て「私は師匠と友人の無念を必ず明らかにします…」と言っていました。
王大妃は「キム・ホンド…何か知っているかも…」と言います。そして「主上が即位してすぐに呼んだのも…随時呼ぶことも気になります…もし主上があの者の筆を借り…10年前に消えた絵を復活させたなら…」と言います。右議政は「王大妃様…そんなことは決して起こりません…心配いりません…」と答えます。王大妃は「防がねばなりません…キム・ホンドの御真画師を阻まねば…」と言います。キム・グィジュは「それでは…さらに技量の高いものを探し、御真画師の競作で鼻っ柱を折りましょう…」と言います。右議政が「しかし…絵でキム・ホンドに勝てる者はいますか…」と言うと、王大妃は「探すのです…探し出さねばなりません…」と語気を強めて言います。キム・グィジュは「キム・ジョニョンならあるいは…」と言います。王大妃が「あの者は?…」と聞くと、キム・グィジュは「10年前にあの事件を処理した者です…絵を見る目も鋭いと評判です…」と答えます。
右議政は「アハッハッー」と笑うと「手を血で染めることならともかく…あの者ごときの眼目を信じ…そんな大事を任せられますか…いけません…」と言います。王大妃は、机を手で叩き、語気を強めて「事が重大なのです…すぐ連絡を…私が行きます…」と右議政に言います。キム・グィジュは「はい…王大妃様…」と言います。王大妃は「急を要します…」と言います。
宮廷では王様が、側近のホン・グギョンと会っていました。
王様が「彼らの動きは?…」と聞きます。ホン・グギョンは「目立った動きはありません…」と答えます。王様は「檀園なら…あの者なら…御真の意味が分かるはずだ…」と言います。そして、心の中で「お待ちください…父上…」と言います。
王大妃はキム・ジョニョンに会いに来ていました。
キム・ジョニョンは「朝鮮最高の画員に…勝るものを探すのは容易ではございません…しかし、これをご覧ください…」と言うと、用意していた絵の結び糸をほどきます。すると、徐直修の肖像画が出て来ます。王大妃・右議政・キム・グィジュは、真剣な眼差しでその肖像画を見つめます。
そして、キム・ジョニョンが解説を始めます。
ジョニョンは「肖像画で最も重要なのは…顔です…この絵は…キム・ホンドと他の画員が一緒に…分担して描いたものです…当然檀園が顔を描くべきなのに…」と言うと、右議政が「そうではないのか…」と聞きます。
ジョニョンは「それであれば…お出で頂いた理由がありません…キム・ホンドが描いたのはここです…」と言うと、肖像画の胸のひもの部分を指します。すると、キム・グィジュが「では…キムホンドより優れた者が?…」と聞きます。ジョニョンは「はい…あの者より優れた画員がいます…」と答えます。王大妃は「誰だ…」と聞きます。ジョニョンは「その者は、狭い朝鮮の画壇を脱して…清国で絵を描いている、華山館(ファンサングァン)イ・ミョンギです…」と答えます。王大妃は「その者を呼べるか?…」と聞きます。ジョニョンは「すでに…漢陽に向かっております…」と答えます。
王大妃は「華山館イ・ミョンギ…」と言います。
ホンドとユンボクは、市中を歩いていました。
ユンボクは「何を見に行くんですか…」と聞きます。ホンドは「人の顔を描くには、人の顔を見なければな…」と言います。ユンボクが「師匠は若年で御真画師をしたとか…」と聞くと、ホンドは恥ずかしそうに「そうだったな…」と答えます。ユンボクが興味ありげに「どうでしたか…本当に一日中一言も…」と聞いていると、突然二人の目の前に馬が現われます。二人はビックリしてのけぞります。ホンドはユンボクを見て「大丈夫か…」と聞きます。
馬に乗っていた男は、二人の様子も気にせずに、馬をなでながら「驚いたのか…そうか…大丈夫だ…」と言います。ホンドは馬に乗っている男に「人がこんなに歩いているのに…気を付けろ…」と、怒って言います。馬に乗っている男は、ホンドの言葉を気にも留めずに、馬に「黒竜…ちょっと待てよ…」と言います。そして「無礼にも程がある…この馬は清の皇室から下された…」と言うと、二人の視線が合います。
男は指を指しながら「誰かと思えば檀園ではないか…」と言って笑いだします。男は、華山館(ファンサングァン)イ・ミョンギでした。そして「いまだに格調を持てていないな…」と言います。ホンドは呆れたように「どうして漢陽に?…」と聞きます。ミョンギは、笑いながら「やれやれ…そいつは?」とユンボクのことを指して聞きます。ホンドは、鼻で笑って「格調の合わない朝鮮に何をしに来た…」と聞きます。ミョンギは「竜顔を描ける者がいないそうでな…」と言います。ユンボクは、心配そうな顔でホンドに「知り合いですか…」と聞きます。するとミョンギがユンボクに「そうだ、知り合いだ…この黒竜に早く謝れ…ぶつかって来たから黒竜が驚いただろう…」と言います。そして馬に「だよな?…」と聞きます。ユンボクは呆れて「ハァー」と言います。ホンドも「話をしたいのなら、まず馬から降りろ…そんな礼儀が何処にある…何も変わってないな…」と言います。ミョンギは「それは人に対する礼儀で、貧乏くさい画員と無礼な腰巾着には別だ…」と言います。するとユンボクが怒りだして「待ってくれ…どなたか知っているのか…この方が有名な檀園先生だ…朝鮮最高の画員…檀園!」と言います。するとミョンギは、笑い飛ばします。そして「みっともない…目が曇っているな…朝鮮最高の画員?…あさはか極まりない…そうだろう…」と言います。ユンボクは頭にきて「何だって…」と言うと、ミョンギが「私は忙しいから行く、今度謝れ…」と言うと、馬を走らせて去ってゆきます。ユンボクは、ミョンギの後姿を見ながら指をさし、「とんでもない人ですね…」と言います。ホンドは「性格の悪さでは、天の下で奴が最高だ!」と言います。ユンボクはホンドに「どういう人ですか…」と聞きます。ホンドは「華山館イ・ミョンギだ…今度の競作に出るようだな…厄介な事になったな…黒竜だって?馬と人とどっちが大事だ…ふざけた事を…行くぞ…黒豆…」と言います。
図画署では、別提とミョンギが話をしていました。
別提は「そうか…清国はどうだった、何か得られたか…」と聞きます。ミョンギは「御真画師に出るのは誰なんです…」と聞きます。
別提はゆっくりと「そうだな…お前なら心配の必要がない者たちだ…」と言います。そして「差備待令画員チェ・ソク…100回でも同じ線を引く老練な画員だ…しかし…枠にはまった絵しか描けんのが欠点だ…そして…イ・インムン…主に山水を得意とし…物静かで…肖像画や儀軌のほかに…精緻な絵にも光る者がある…イ・フィダル…賄賂で競作に参加する者だから…気にする必要はない…シン・ハンビョン…先王時代からの差備待令画員で…御真画師も3回したが…金の味を知り落ちぶれた…まだ筆さばきが精緻だと錯覚している…この者が出るのでなく、檀園と参加するシン・ユンボクだ…シン・ハンビョンの息子で儀軌班次図のような絵には興味を持たず…主に俗画を描くので筆さばきに華麗さはない…そして、息子の青竹…幼い時から厳格な図画署の様式を身につけ…筆さばきは精緻だ…そして最後に、檀園…この者の才能はどうにも測れない…小さな絵から大きな絵までこなし…描くたびに絵が変わり、豪放さと自由さを持つうえ…主上殿下の寵愛を受けている…手ごわいかもしれない…」と説明します。
別提が「どうだ…勝算はあるか…」と聞くと、ミョンギは「勝算ですか…ハァハァハァー私の腕に不安が?…」と言います。
別提は「しかし、檀園は侮れないぞ…」と言います。するとミョンギは「檀園ですか…人が檀園の名に騒ぐざまは笑い事です…俗画くらいが適当な水準だ…そんな者の名前が上がるなど…清国では有り得ません…」と答えます。別提は「とにかく頑張ってくれ…お前が“通”を受け必ず…ヒョウォンを助手にして御真画師をしてくれ…分かったか…」と言います。ミョンギは「私に感謝することになります…」と言って席を立ちます
語り部が、民の前で語っていました。「そしてお譲さまは、沸き立つ恋心を抑えられず…本を読んでもケチョンの顔………」
そこへホンドとユンボクがやって来ました。しばらくするとホンドは、二本の指を顔の前にして、語り部を見ていました。ユンボクはそれに気付き「何をしているのですか?…」と聞きます。ホンドはユンボクに、目で真似をしろと合図を送ります。ユンボクはホンドと同じようにして語り部を見ていました。
ユンボクが、意味が分からずに首をかしげていると、ホンドが「いいか…人の顔には…三停(サムジョン=人の顔の特徴の3部分)そして五岳というものがある…三停(頭から眉を「上停」、眉から鼻を「中停」、鼻から顎を「下停」とする)五岳(顔の特徴の五つの丘)」と言います。
ユンボクはホンドのマネをして「三停五岳…」と言います。
ホンドは「人の顔を描くには、まず人の顔を見ないとな……その為には…人の三停五岳にどれほど差があるか…知らねばならぬ…」と言います。ユンボクは「三停五岳の差ですか?」と言ってホンドの顔を見ます。ホンドは「見てみろ…たくさん見て多くを調べれば…人の三停五岳にどんな差があるか…心の中で自然に描かれる…」と言います。ユンボクは、語り部だけでなく、周りの民の三停五岳も調べます。
ホンドは、語り部の語りが終わるとユンボクに「よく見たか…」と聞きます。ユンボクはため息を付きながら「分かりません」と答えます。するとホンドは「フン…一度で分かったら異常だ…行こう…」と言います。ユンボクは目を丸くして「もうですか…」と答えます。
ホンドは「別の方法が必要なようだ…本物の肖像を見せてやろう…」と言います。ユンボクは「本物の肖像?」と聞き返します。ホンドは「人の顔を描くとは何かを見に行こう」というとユンボクをどこかへ連れて行きます。
ホンドは、図画署の書庫のカギを開けていました。
ホンドは「ここが画書保管室だ…図画署の心臓だ…初めてか?」と言います。ユンボクは「はい」と答えます。ホンドは「入ろう…」と言うと、二人で中へ入ってゆきます。目的のところに付くと、ホンドは自分が持っていた灯りをユンボクに持たせます。
ホンドは「人の顔では、何が一番重要だと思う?…」と聞きます。ユンボクは周りが暗くて陰気臭さを感じて、あまり集中出来ないようでした。そして「中停です…」と答えます。ホンドが「では、何が人をその人と認識させて…」と聞くのですが、ユンボクは、部屋の雰囲気が恐いのか、ホンドの服を確り握っていました。それに気付いたホンドは「何をしている…」と言います。ユンボクはすぐに手を離し、すまなそうに恐る恐る「目です…目ではないでしょうか…」と答えます。ホンドは、呆れたようにユンボクの顔を見て「つまらない奴だな…」と言います。そして、肖像画を取りだす準備をしながら「それから?」と聞きます。ユンボクは「北岳…顎です」と答えます。
ホンドがやっと肖像画を取りだしました。ホンドは「では、これを見て…何がこの人の特徴かを考えてみろ…」と言います。
ホンドが「さあ…見ろ…」と言うと、ユンボクは真剣な表情で肖像画を見つめていました。ホンドは「何が見える…」とユンボクに聞きます。そして「何がこの人の特徴を語っている…」と聞きます。ユンボクは、ただ身を丸くして肖像画を見ているだけでした。
ホンドは「答えられないか…それが肖像画の力だ…ただ人を描き写すのではなく…人を生き返らせる…」と説明すると、ユンボクはいきなり後ろにのけぞり、腰を抜かします。
ホンドはその姿を見て「厄介な奴だな…」と言います。ユンボクは、絵から目をそむけて「怖いです…師匠…」と言います。ホンドは「よく眺めろ…肖像は魂まで絵の中に表すのだ…恐ろしいだろう…」と言います。ユンボクはそれでも怖くて肖像を見ることが出来ません。ホンドは「さあ…よく見るんだ…この人物もまともに見られなくて、主上殿下を確り見られるか…さあ…」とホンドを即します。
ユンボクは、意を決して肖像画を見ます。するとユンボクの目の前に、生きた人の顔が現われます。ユンボクはじっと見つめていました。そして「1本1本の毛が…花火のようです…すべてが生きています…師匠…」と言います。ホンドは「これがまさに…肖像の精神を描き写す境地だ…三停や五岳というものは、その境地に至れば…自然と習得できる…この絵を忘れるな…」と言います。ユンボクはホンドを見ながら、力が抜けたように「はい」と答えます。
ユンボクは図画署で顔を描く練習をしていました。そこへホンドがやって来て「どうだ?」と聞きます。ユンボクは上目使いに「難しいです。師匠…」と答えます。ホンドはユンボクの描いた絵を拾って、自分が座る場所を確保します。そしてユンボクに「私を眺めろ…私の顔を三停五岳に分けることが出来るか…」と言います。ユンボクは「はい」と答えます。ユンボクは手でホンドの顔を仕分けるようにして「三停…五岳…」と言います。
するとホンドは「これならどうなる…」と言うと、いきなり大声で笑い始めます。ユンボクもホンドに合わせて笑い顔になります。ホンドが笑いをやめて「三停五岳がまったく同じか?…」と聞きます。ユンボクは「変わりました…」と答えます。
ホンドが、しかめっ面をして「これは?」と聞くと、ユンボクは「また変わりました…」と答えます。ホンドは「そうだ」と言います。
ホンドは置いてあった筆を取って「描いてみろ…」と言います。ユンボクが、意味が分からずに「エッ」と聞き返すと、ホンドは、筆で顔を指して「ここに描きいれて…本にある理論上の三停五岳が…生きた顔の人でどう変わるか見てみろ…」と言います。ユンボクは「どうやってですか…」と聞きます。するとホンドが「じれったいな…」と言うと、ユンボクの顔に三本の線を引きました。そして「上停、中停、下停」と説明し終わると、ユンボクの顔を見て笑い出しました。ユンボクが絵を描く為に用意していた水を鏡にして自分の顔を見て、クッソーと思ったのか、「こうしてですか?」と言うと、絵具の皿を手にして筆を付け、ホンドの顔に「南岳…北岳…東学…西岳…中岳」と言いながら印を付けました。するとホンドが「上停・中停・下停」と手ぶりを入れながら、怒ったように言います。ユンボクは、言われたとおりに「上停・中停・下停」と線を描いて行きます。描き終わるとユンボクは、思わず噴き出してしまいます。
ホンドは「さあ…始めよう」と言います。ユンボクは、神妙な顔で「はい、師匠…」と答えます。ホンドが笑ったり、睨んだりする顔をユンボクがスケッチし始めます。口を開けたり、片目をつぶったり、いろんなパターンの絵を描いていました。
丹青所では、ヨンボクがぺクぺク先生と孫娘の話を聞き耳を立てて聞いた事を思い出していました。
孫娘が「おじいちゃん、顔料によってそんなに御真が変わるの…」と聞くと、ぺクぺク先生は「そうだ…色が悪ければ…その御真は洗草(セチョ=破棄)される…どんな顔料を使うかによって…その肖像の人物の、生死の差が出るものだ…」と言いました。
そしてヨンボクは、孫娘が止めるのも聞かずに、入ってはいけない色調室の中に入って、ぺクぺク先生の前に進み出て「ぺクぺク先生…」と声をかけます。ぺクぺクは、ヨンボクの方を振り向いて睨みつけると「何のまねだ…むやみに入るでない…」と言います。するとヨンボクは土下座をして「色を教えて下さい…最高の顔料を作りたいのです…」と頼みます。ぺクぺクは、鋭い目つきで「若造には無理なことだ…出て行け…」と言います。
ヨンボクは、それでも諦めきれずに「ぺクぺク先生…」とお願いします。孫娘はぺクぺクの顔を見て、ダメだと思ったのか、ヨンボクの右手を両手で握って「やめてよ、出てって…」と言いますが、ヨンボクは聞き入れずに「教えて下さい…」と頼み続けます。ヨンボクは「何でもします…」と頼むのですが、ぺクぺクは「出て行けと言った…」と言うと、孫娘に「何をしている…そいつを追い出せ…」と言います。孫娘はヨンボクの服をつかんで「すぐ出て…」と言うのですが、それでもヨンボクは頭を下げて「ぺクぺク先生…」と頼みこみます。孫娘は力任せに服を引っ張りながら「出なさいよ…」と言うのですが、手が滑って転びます。その時の衝撃で、棚の上にあった薬品のつぼが倒れて落ちようとしていました。ヨンボクはそれに気付いて、孫娘の体の上に自分の体を乗せてかばいます。薬品のつぼは、ヨンボクの背中の上に落ちてふたがとれ、薬品がこぼれ出てしまいます。
ヨンボクは、大声を上げて苦しみ出します。ぺクぺクはそれに気づき「何てことだ…」と言いながらヨンボクのところに駆け寄ります。孫娘も「大丈夫…大丈夫」とヨンボクに声をかけます。孫娘がヨンボクの背中を触ろうとすると、ぺクぺクが「手で触るな…」と孫娘の手を握って止めます。ぺクぺクは「肉を溶かす薬物だ…」と言います。苦しむヨンボクを見て、孫娘は泣きながら「ヨンボク」と声をかけ続けます。
ぺクぺクが中和剤のような粉を背中に描けながら「ヨンボク…少し我慢しろ…大丈夫だ…しっかりしろ…」と声をかけ続けます。
一段落して、ヨンボクは孫娘から傷の手当てをしてもらっていました。ヨンボクは痛いのをグッと我慢していました。
孫娘が「私を助けるなんて…」と言います。傷の手当てが終わるとヨンボクは、となりで書き物をしているぺクぺクの方に向き直り、真剣な顔で「ぺクぺク先生、教えて下さい…お願いします…」と言います。
ぺクぺクは鋭い眼差しで「非常に危険なものを扱うことになる…それでもか?」と聞きます。ヨンボクは「はい、やります…どうかお願い致します…先生…」と訴えます。その姿を横で見ていた孫娘が「こんなになってまで?…やっちゃダメ…」と言います。そしてぺクぺクに「おじいちゃん…絶対ダメよ…」と言います。
ユンボクのすがるような目から、一筋の涙が出ていました。ぺクぺクはその涙を見逃しませんでした。
ユンボクは、自宅で肖像画の勉強をしていました。そこへヨンボクが、久しぶりに帰って来ます。
ユンボクは嬉しそうに「兄上、久しぶりです…」と言います。ヨンボクは笑顔でヨンボクの顔を見つめていました。そして「競作に出るそうだな…」と聞きます。ユンボクは「まだまだ、道は険しいよ…」と言います。そんなユンボクを見つめるヨンボクの顔は、幸せそうでした。
ユンボクは、ふと思いつきます。そして「兄上…ちょっと来てくれ…」と言うと、ヨンボクの手を引いて座敷の中央に連れて行き、座らせます。ヨンボクにモデルになってもらい、絵を描こうと思ったのです。
ホンドに教えてもらったように、ヨンボクの顔をじかに見て、三停五岳を確かめました。そして次々に、いろんな角度や形で絵を描き始めました。顔の頬や眉を直接指や手で触れて、いろんなことを確かめながらスケッチをしました。
しかし、ユンボクにはまだ、三停五岳は見えないようでした。ユンボクはヨンボクの顔を見ながらため息をつき「三停五岳をどう見たらいいのか…アアー難しすぎる…私のせいで…檀園先生まで競作に落ちる…」と口をとがらせて独り言を言うと。ヨンボクがほほ笑みながら「心配するな…」と言います。ユンボクはしかめた顔をしながら「なぜ…」と聞きます。ヨンボクはゆっくりと「お前は出来るさ…」と言います。ユンボクはいつものように反発するように「画員になったばかりだ…私のような半人前が…何十年もの経験者に対抗できない…」と言います。ヨンボクは「いや、お前は本当に…うまくやれるさ…」と言って、笑いながら肩を叩きます。
ユンボクは、またやる気を起こしヨンボクに「動かないで…また、描いてみる…一番よく知っている顔だから…」と言うと、ヨンボクの顔を触り始めます。
ヨンボクは心の中で「ユンボク、お前が願う色を作ってやる…」と言います。ユンボクもまた心の中で「少しだけ待て…御真画師が終わったら…必ず兄上を図画署に戻すから…」と言います。
キム・ジョニョンは、イ・ミョンギと会っていました。
キム・ジョニョンは「会えてうれしい…清国の生活に不足は無かったか…」と言います。イ・ミョンギは「おかげで無事に過ごしました…最近頂いた馬は、実に名馬ですな…」と言います。ジョニョンは「忙しいと知りながら…重要な件なので、お前を呼んだ…本当に檀園に勝つ自身があるか…檀園はすでに…画仙の境地にある朝鮮最高の画員だ…」と言います。するとミョンギが「画仙ですと…アッハハハー…うわべだけです…空の荷車ほど騒々しい…あきれるばかりです…」と言うとまた笑います。
ジョニョンは「しかし、檀園は思ったよりも優れていた…大丈夫か…」と聞きます。ミョンギは「心配ですか…ウンー…実は…檀園には弱点があります…」と言います。ジョニョンは「弱点…」と聞き返します。
ミョンギは「なぜ奴が悼惜人物画や俗画のような…曲線の多い絵を描くと思いますか…」と言います。ジョニョンは「どうしてだ…」と聞きます。ミョンギは「あの者は…」と言うと、ジョニョンの耳元に手をやり、言葉がもれないように答えます。
ジョニョンは驚き「それは間違いないのか…」と聞きます。ミョンギはただ笑うだけでした…
図画署ではいよいよ競作が行われようとしていました。競作に出場する画員達は整列して会場へ歩いていました。
別提の声で競作の説明が行われています。「主上殿下が即位して、初めての御真画師の競作だ…競作は一日だけ行われ、四組中一組だけが選ばれる…図画署画員として最善をつくしてほしい…」と…
ホンドは歩きながらユンボクに「何を考えている…当ててやろうか…あの人は清国から来た…数十年絵を描き続けてきた画員達に勝てるか…肖像画だけ10年描いた人に対せるか…緊張して失敗したらどうするか…多くの雑念だろう?…そうだろう…」と言います。ユンボクは自信なさそうに「はい」と答えます。
ホンドは「百万の大軍が通る戦場でも…画員の征服対象は一つだ…」と言います。ユンボクは「何ですか…」と聞きます。
ホンドは「紙…」と一言いいます。ユンボクは「紙ですか…」と聞き返します。ホンドは「そう…白い紙だ…それを征服すればいい…白い紙を…筆で満たして征服するんだ…それ以外は忘れろ…」と言います。ユンボクは、少し笑みを浮かべて「はい…師匠…」と答えます。
ここで、第8話 御真画師(起)は終わります。
ユンボクは可愛らしいですね。ホンドが、ユンボクのことを豆粒と言う気持ちが分かるような気がします。小さくて可愛らしいが、中身は賢くて才能が詰まっている…でも、大人に成りきっていないので、危うさを感じていつも見守ってやらねばと思う気持ちが出ています。この師弟愛から、不思議な感情がホンドの心の中に湧き始めているのも事実です。今後、この感情がどう変化して行くのか楽しみです。まだ、お互いが気付いていないソ・ジン(ユンボクの実父)との関係によって、大きな変化がもたらされるかも知れません。
それにしても、ヨンボクのユンボクへの想いは大きいですね…常にユンボクのことを考えていますね。小さい時からユンボクをかばい続けて生きて来たからかもしれませんが…その想いが、ヨンボクの心の中で、兄弟愛から女人としてのユンボクを愛する心へと変わっていったのでしょうね…ただ、ユンボクはその事に気付いていません。ヨンボクの無償の愛が続きそうです。
最後に、いよいよ御真画師の競作が始まろうとしていますが、ホンドとユンボクは競作に勝って、御真画師を行うことが出来るのでしょうか。これから先、いろんなどんでん返しが有るような気がします。注意深く見て行かねば…
それでは次回をお楽しみに…
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