第10話 御真画師(転)
イ・ミョンギが馬に乗ってやって来ます。
ミョンギはホンドに「おめでとう…」と言います。ホンドは「どうしたんだ?…認めないと思ったが…」と言います。
ミョンギは軽く笑うと「絵の勝負ではなかった…朝鮮では…その実力で御真を描けるとは…実に驚きだ…」と言います。ホンドは「帰るのか…」と聞きます。
ミョンギは「息苦しい朝鮮で何をする…帰るさ…」と答えます。ホンドは「寂しいな…」と言います。ミョンギは「寂しさを言葉で語れるものか…しかし行くさ…」と言います。ホンドは「死ぬ前にまた会えるか分からんな…じゃあな…」と言うと、その場から立ち去ろうとします。
するとミョンギは、馬の鞭でホンドの背中を叩きます。ホンドは手で鞭をつかんで、ミョンギをにらみつけます。ミョンギはホンドに「気をつけろ…お前の想像より高いところまで、今度の事件に関係している…」と言います。ホンドは「心配してくれるのか…」と聞きます。ミョンギは「同じ画人として…同じ師の下で学んだ同門として話す…お前の失策を待つ目が…お前たち二人を見張っている…」と答えると、前を向き馬に「行くぞ…黒竜」と言うと馬を走らせます。ホンドはミョンギの後姿を見つめていました。ユンボクはホンドを心配して「大丈夫ですか…」と言います。
ヨンボクとぺクぺクの孫娘は野原を散歩していました。
孫娘が「ベニバナね…」と言います。ヨンボクは「何の花だ?…」と聞きます。孫娘は「主上殿下が着る、竜袍(ヨンポ=王の衣服)の染料だって…」と答えます。ヨンボクは「竜袍の染料?」と聞き返します。孫娘が「そう…」と答えます。
ヨンボクは、絵具にならないかと興味を持ちます。そして「朱砂(赤い色を出す顔料の一つ)のように発色すれば…竜袍を描くのに使えるかな…」と聞きます。孫娘は「でしょうね…」と言います。ヨンボクは嬉しそうに笑いながら、花を摘み始めます。
ヨンボクは丹青所に帰ると、すぐに絵具を作り始めます。
花を水で洗い、天日に干して乾燥させ、細かくしたものをお湯で煮ます。煮たら布で越して汁を絞り出します……綺麗な朱の絵具が出来上がりました。ヨンボクは、発色を確かめる為に、作った絵具を水に溶かして、筆で紙に描いてみます。
ホンドは、御真画師の準備をしながら、これまでのユンボクとのことを思いだしていました。ホンドは、準備が出来ると荷物を包んだ風呂敷を持って部屋を出ます。
部屋の前には、インムンの妹ジョンスクが待っていました。
ホンドは「ジョンスクか…」と言うと、少し驚いて立ち止ります。ジョンスクは「あの…」と言います。ホンドは、ジョンスクに気を使いながら靴を履きます。ジョンスクは目を伏せながら「お兄様…」と言うと、その次の言葉が出て来ませんでした。ホンドが気お使って「どうした?…」と聞きます。ジョンスクは、恥ずかしそうに「あの…」と言いますが、やはり言葉が出て来ません。ホンドは、気お使ってさらに「何の用だ…」と聞きます。ジョンスクは、恥ずかしそうに目を伏せて、白い布に花の刺繍をした汗ふきを差し出します。ホンドはその布切れを受け取ると珍しそうに「これは何だ?」と聞きます。ジョンスクは「汗ばんだ時にふいて下さい…」と言います。ホンドは「ありがとう…自分で刺繍をしたのか…」と聞きます。ジョンスクは恥ずかしそうにうなずきます。するとホンドは、嬉しそうな顔をして「嫁に行けるな…」と言います。ジョンスクは「御真画師の御成功をお祈りします…お兄様…」と言います。ホンドは「ありがとう」と答えます。その様子を洗濯ものの影からインムンが覗き見していました。
ジョンスクが、頭をペコリと下げて立ち去ろうとすると、そこに兄のインムンがいました。ジョンスクは、見られてはいけないものを兄に見られたという感じで、困った表情を見せます。そして慌てて、逆の方向に逃げて行きます。インムンは笑いながらホンドに近寄り「行って来い…」と言います。ホンドは「遠くに行く訳じゃない…じゃあな…」と言うと宮廷へ向かいます。ジョンスクは、以前にもまして、ホンドのことを好きになっているようです。
ユンボクも自宅の自室で、御真に使う道具や身の回りの者を準備していました。準備が終わると最後に、胸に巻く細長い布をたんすの引き出しから取り、たたんで、風呂敷包みの中に入れました。
ユンボクは、準備を終えて自室から出て来ると、父のシン・ハンビョンが待っていました。ハンビョンは笑いながら「どうだユンボク…準備は終わったか…」と聞きます。ユンボクは「はい、父上…」と答えます。ハンビョンは「私はいつもお前を信じていた…必ずこの日が来るとな…私はこの上なく満ち足りている…」と言います。ユンボクは一礼すると「行って参ります…」と言います。ハンビョンは「そうか…行って来い…」と言います。そして「ところで…御真画師が終わるまでは…檀園と同じ部屋を使う…お前の正体がばれないように…行動には十分に注意しろ…分かったか…」と、真剣な顔をして言います。ユンボクも緊張した顔で「はい…」と答えます。ハンビョンは「よし、行って来い…」と言います。ユンボクが歩いて行くと、ハンビョンが呼びとめて「そしてだな…兄のところへも寄っていけ…寝ても覚めてもお前のことを考えている…どれほど喜ぶことか…」と言います。ユンボクは「はい、行って参ります…」と言うと、宮廷へ向かいます。ハンビョンは、笑顔でユンボクを送り出しました。
丹青所では、ヨンボクは足場の上で建物の塗装をしていました。ヨンボクが筆を落とすと、ユンボクがその筆を拾っていました。二人は笑顔で視線を合わせます。
休憩時間に、二人は一緒に弁当を食べていました。
ヨンボクは「これしかない…」と言うと、弁当の中から竹の葉で包んだおにぎりを取りだして、ユンボクに差し出します。ユンボクは「私はいいから、兄上が食べて…」と言います。ヨンボクは「早く食べろ…」と言います。二人は楽しそうにおにぎりを食べていました。
ヨンボクは「この日が来ると思っていたが、こんなに早いとは…よくやった…」と嬉しそうに言います。ユンボクは「はい…檀園師匠でなければ難しかった…実力じゃないから褒めすぎないで…恥ずかしい…」と言います。ヨンボクが「優秀な弟を持って幸せだ…」と言うと、ユンボクは「やめてよ…馬鹿みたい…」と言います。
ヨンボクが「御真画師が終われば…朝鮮の絵の市場で“シン・ユンボク”…お前の名前は有名になる…父上の私画所も注文が絶えないだろう…」と言います。ユンボクは「兄上は大丈夫か…」と聞きます。ヨンボクは「何がだ?…」と聞き返します。ユンボクは「丹青所の仕事だ…」と言います。ヨンボクは「心配するな…お前の活躍を聞くと力が出るし…お前用の顔料も作ってる…」と言います。ユンボクは驚いた様子で「本当に?…本当に朝鮮の色を作っているのか…」と聞きます。ヨンボクは「そうだとも…」と言うと、懐の中から何か取り出します。そして、「ベニバナで作った始めての顔料だ…」と言うと、紙包みをユンボクに渡します。ユンボクは、その紙包みを広げて中を確かめます。
ユンボクは「ベニバナの顔料は発色が難しいと…どうやった?」と聞きます。ヨンボクは「まだ発色は不十分だが…もう少しだ…御真画師が終わるまでに…ぺクぺク先生に教わり朝鮮の色を作る…」と言います。ユンボクは「朝鮮の紅色…」と言います。そして「兄上はすごい…」と言います。ヨンボクは「朝鮮最高の画員と調色家が絵を描くんだ…だからお前は、無事に御真画師を終えろ…」と言います。ユンボクは「御真画師を終えたら…最初の絵は必ず兄上のを使う…」と言います。ヨンボクは嬉しそうに「そうか…」と言います。
図画署の生徒達が、部屋の外から覗き見をしていました。部屋の中では、画員達が会議をしていました。別提の横には、ホンドとユンボクが並んで立っていました。
別提が「とにかく…二人が図画署の代表画員になり、主上殿下の最初の竜顔を描くことに…心から祝いの言葉を伝えよう…」と言います。そして「これで宮中で主上殿下と対面し…御真を描くのだから…さらに精進し図画署の紀綱を立て直してくれ…」と言うと立ち上がり、二人に木札を与えます。その仕草は、いかにも傲慢でわざとらしいものでした。
ユンボクは、緊張した顔で「頑張ります…」と言います。その姿をシン・ハンビョンは嬉しそうに見ていました。ホンドも「誠意を尽くして…遂行します…」と言うと、別提ではなく、他の元老画員に対して一礼をします。別提は、忌々しそうに見ていました。ユンボクは、木札に書いてある文字を読んでいました。木札には「申潤福 丁酉年 御真書史」と書いてありました。
役人の先導で、二人は建物の前に来ます。そこにはすでに、数人の役人たちが並んで待っていました。
役人は「不浄を追い払い、天地に御真画師を知らせるため…前にあるフクベを踏むように…」と言います。二人はそろって、フクベを踏み割ります。他の役人が、二人の体に小豆を投げつけます。
役人は「今日の予定だ…中に入って荷物を降ろし…針房で御真画師用の服を合わせる…そして、ソンウォン閣に行き…御真画師に関しての説明を聞いてから体を清める…明日、御真画師を始めるので…あやまった言動をせぬよう気おつけろ…では中へ…」と言います。この説明があっている間にも、二人の体には小豆が投げ続けられていました。
二人は建物の中に入ります。
ホンドが「ついに…」と言うと、ユンボクは「御真画師ですね…師匠…」と言います。ホンドは「考えているより、ずっと難しいだろう…」と言います。そして「私を信じて、最後まで耐えられるか?…」と聞きます。ユンボクは「はい、師匠…」と答えます。
ホンドは「フン、このツルマメを信じるのか…」と皮肉るように言います。ユンボクは、困った表情で「つる…」と言います。ホンドはユンボクに「荷物を整理しよう…」と言います。ユンボクは「はい」と答えます。
ホンドが「お前はどこで寝る?…」と聞くと、ユンボクは少し困った表情で「師匠は?」と聞き返します。ホンドは足で指しながら「ここで…」と言います。するとユンボクも足で指しながら「私がそこで寝ます…」と言います。ホンドは「お前はそっちだ…」と言います。
御真画師の制服の採寸が、内侍によって行われています。二人は図画署の制服を脱ぎ始めます。ユンボクは恥ずかしそうにビクビクしながら図画署の制服を脱いでいます。
下着になって、内侍が採寸する時も、内侍の手が体に触れるとユンボクは敏感に反応して、固まりそうになります。ホンドはそんなユンボクを見て「恥ずかしいのか…男のくせにどうした…」と言います。ユンボクは強がるように「恥ずかしがってなんて…」と言いますが、内侍が胸回りを図ろうと手を体に回そうとすると、またビクッとして固まります。ホンドは「真っすぐ立て…」と言います。すると内侍が「私たちも暇じゃない…腕を上げて…」と言います。ユンボクは「はい」と言うのですが、なかなか上げることが出来ません。内侍はやりにくそうに「もっと…」と言います。
内侍がやっと図ると「2尺」と言います。それを見ていたホンドが「2尺?…」と言って不思議がります。そしてユンボクに「子供の頃病気したのか…育ちそこなったのか…たくさん食え…」と言います。そして今度はホンドが胸周りを図ってもらいます。内侍は「4尺」と言いますが、ホンドが胸を張って大きく見せていることを見破り、手の甲で、ホンドの胸をコツコツと叩きます。ホンドの胸は急に小さくなります。すると内侍が「3尺半」と言います。
内侍はユンボクの顔を見て「終わった…明日の朝までに届ける…」と言います。ユンボクは図画署の制服を持つとホンドに「行きましょう…」と言います。そして、一人ですごすごと出て行きます。ホンドは自分の制服を内侍からもらうと「御苦労さん…」と言って、ゆっくり出て行きます。
夜になると、内侍が二人を先導して建物の前にやって来ます。その建物の前には、護衛の武官が何人も立っていました。
役人が「これより…朝鮮初代の王である…太祖殿下の御真を見る…」と言います。
建物の中では、二人は座って低頭し、朝鮮式の礼をしました。
礼曹判事が「御真とは…絵ではない…御真は御真自体がすでに王と同様の権威を持つ…だから御真に対する時は絵ではなく…一国の君主に対する礼を取らねばならない…これより…朝鮮初代の王、太祖殿下に謁見する…」と言います。
御真が納められている部屋の戸が開けられます。
礼曹判事が「主上殿下の肖像画は、一般的なそれとは違う…主上殿下は、万人の上におられる方で…人間であると同時に象徴だ…よって…顔には、時々刻々変わる感情があってはならない…御真では手を見せず、袖に隠すのは…朝鮮は儒教国家で…両手を合わせて礼を尽くすのが…正しい姿勢だからだ…左右が正確に対象であるのは…士農工商上下高低、誰にも同じように…王の恩恵があることを意味する…それほど霊妙な御真を描く時には…その姿を毛一本まで描き写す伝神写照をしても…ホクロ…シミや傷跡…腫れもののようなものは、絵に入れてはならない…お前たちが描く王とは…そんな存在だ…」と説明します。
礼曹判事は、太祖殿下の御真が奉納されている建物の前で二人に「明日から、御真画師が始まる…今日は体と心を正して休むように…」と言うと、内侍の先導で、そこから去って行きます。
ユンボクはホンドに「師匠…こんなにすごいことが私達に出来ますか…」と尋ねます。ホンドは含み笑いをするとユンボクに「心配なのか…」と聞きます。ユンボクは心細そうに「はい…」と答えます。ホンドは「心配しなくてもいい…一つずつゆっくりやればいい…」と言います。そして「ツルマメは好くやっている…」と、手で肩を叩いて安心させます。ホンドは「何してるんだ…行くぞ、ツルマメ…」と言うと、画員の控えの部屋へ向かいます。ユンボクもホンドの後ろから着いて行きます。
ホンドとユンボクは部屋で、図画署の制服を脱いでいました。ユンボクは、風呂敷包みの中から着替えを出し、たたんでおいた胸を巻くための細長い布を着替えの間に隠します。
ホンドは「ユンボク…」と声をかけます。ユンボクは、見られてはいけない者を見られたのかと思い、慌てて振り向くと「はい」と答えます。ホンドは静かに「風呂に入るか…」と言います。ユンボクは、びくびくしながら「はい」と答えます。ホンドは制服を脱ぎながら「そうか…入ろう…」と言います。ユンボクは慌てて「師匠が先にどうぞ…」と言います。ホンドは疲れたのか、制服を全部脱ぐ前に「ヨイショ…」と言って、座りこんでしまいました。二人は、視線が合うと笑い始めます。
ホンドは「お前が先に行って来い…私は休んでからにする…」と言います。ユンボクは少しホッとして「いいんですか…師匠…」と言います。そして、慌てるように「先に行って来ます…」と言って、着替えを手に持って部屋を出て行きます。しかし、慌て過ぎて、胸を巻くための長い紐が落ちた事に気づきませんでした。
風呂場の建物にユンボクが着くと、建物の前には内侍が待っていました。そして、入口の前には護衛の武官が二人で警備をしていました。
内侍はユンボクに「湯の準備は出来ています…」と、丁寧に言うと、タオルなどの小道具をユンボクに渡します。ユンボクは緊張しながら「ありがとうございます…」と言うと、風呂場のある建物の中に入って行きます。
ユンボクは、物珍しそうに風呂場の中を見ていました。そして、風呂に入るために服を脱ごうとするのですが、やはり周りが気になるようで、様子をうかがいながらゆっくりと脱ぎ始めます。
ホンドは、控え筆で一人考え事をしていました。イ・ミョンギの言った言葉「気をつけろ…お前の想像よりも高い所まで、今度の件に関係している…お前の失策を待つ目が…お前たち二人を見張っている…」が気になるようでした。
ホンドは前を向きながら「誰がどこで見ているんだ…」と独り言を言います。するとその視線の先に不思議なものが見えました。ユンボクの胸を巻くための細長い布が落ちていたのです。ホンドは不思議に思い進み寄ると、その布を手にしました。どこから見ても何の為の物か分かりませんでした。
ユンボクは湯船につかりながら、ホンドと話したことを思い出していました。
「師匠…私にやれるでしょうか…」「お前は好くやっている…」
ホンドは風呂場の建物の前に来ていました。着替えをユンボクの長い布で結んで肩に掛けていました。内侍はホンドにお辞儀をしていました。
ホンドは内侍に「まだか?…」と聞きます。内侍は深々とお辞儀をしながら「はい」と答えます。ホンドは「あかで、麺でも作るつもりか…」と言って、建物の中に入って行きます。
ユンボクは、まだお風呂につかっていました。そこへホンドが「とんでもない長風呂だな…」と言いながら入って来ます。
ユンボクは一瞬目が点になります。そして次の瞬間「ワァー…ワァー…」と大声で叫びます。そして「師匠…出て下さい…」と大声を上げます。するとホンドもビックリしたようで、何があったか分からずに、風呂場の中を行ったり来たりと慌てます。そして、ユンボクの入っている浴槽の前に来ると「ビックリした…」と言いますが、ユンボクは凄まじい声で「早く出て下さい…」と言います。
ホンドはユンボクのことを心配して「何を大騒ぎしている?…」と言いますが、ユンボクは「早く出て下さい…早く出て下さい…」としか言いません。ホンドは呆れて「何だと?…」と言いながらキョトンとして立っていました。
そこへ、ユンボクの大声を聞きつけて武官が入って来て「どうした?…」とホンドに言います。ユンボクは武官の姿を見て、以前にまして「ウォー…出て…出ろ…出てけったら…」と、気が狂ったように大声を上げます。ホンドは、何か感じる物があったのか、武官の手を握ると「大丈夫だ…」と言いながら、武官をその場から連れ出します。そして外で「何でもない…湯が熱くて…」と、取り繕っていました。
すぐにホンドは浴槽の前に引き返してくると「師匠に向かって…」と言いますが、ユンボクは浴槽に深くつかりながら覗くようにして右手を出して「出て下さい…師匠…」と泣きそうな顔で言います。ホンドは「何か悪いものでも食ったか…」と言うと、カーテンのような半透明の布を手で上げて、ユンボクに近づこうとするのですが、ユンボクが大声を上げるので諦めます。ホンドは「見てられないな…早く出てこい…私も入浴して眠りたいんだ…」と言って出て行こうとしますが、ユンボクがあることに気付いて「師匠…」と言って呼びとめます。そして「その紐はどこにあったんですか…」と聞きます。ホンドは「これか?…部屋に落ちてたから服を…」と言いながらユンボクに見せます。ユンボクは「私のです…師匠…ください…師匠」と泣きそうな顔で言います。するとホンドが「師匠が必要なら服を脱いででも渡すものだ…これは何だ?…」と言います。ユンボクは困った表情で「それは…」と言うのですが、ホンドがたたみかけて「何だ…」と聞きます。ユンボクは泣きそうな顔で「それは…」と言うのですがこれ以上は言えませんでした。そしてふと思いついて「作業するときに袖を縛る紐です」と答えます。ホンドは「それなら作業の時に言え…何を騒ぐ…」と言います。ユンボクは「あっ、それは…明日使うには早く…それは…とにかく早くください…ください…」と叫びます。
するとホンドは、脱いだ下着の上にもう一本の紐を見つけました。ホンドは紐を手に取ると「ここにも…」と言いながら不思議な顔をします。ユンボクは「師匠…」と叫びますが、ホンドは「こんな便利なものを一人で使うのか…」と聞きます。ユンボクはどうしようもなくただ「ください…師匠…」と言うしかありませんでした。ホンドは「とにかく早く出てこい…部屋で渡す…」と言うと風呂場を出て行きます。ユンボクは困った表情で、ただ溜息をついていました。
ホンドが風呂場の建物の戸を開けて出て来ます。すると武官が「あの画工は変わり者のようだな…」と、ホンドに話しかけて来ます。ホンドは笑いながら「そのとおりだ…」と言うと、ユンボクの着替えの上に置いてあった紐を手に結ぶと「これはいいな…そう思わないか…」と言います。武官は呆れたような目で、ホンドを見ていました。ホンドは、肩に掛けていた紐を手に取ると「それにしてもどうして長いんだ…」と言います。まさか、ユンボクが胸に巻く紐だとは気がつく由もありませんでした。
ユンボクは、風呂からあがると下着を来ていました。胸に紐を巻いていないのでぎこちなさと不安感が込み上げていました。するとホンドの声が聞こえて来ました。「おい夜を明かすつもりか…」と…ユンボクは「出ます…」と答えますが、手で胸を抑えると何か違和感を覚えて、不安になっていました。
ユンボクは着替えた下着を持って出て来ます。ホンドは「本当に長くかかったな…待ちくたびれたぞ…部屋に戻って心を落ち着けていろ…」と言います。ユンボクは、恐る恐る「師匠…それをください…」と言いますが、ホンドは「師匠に渡すのがそんなに惜しいか…」と言います。ユンボクは弁解するように「そうではなく…」と言っていたのですが、ホンドは聞く耳を持たずに「風呂に入る…」と言って戸を開けます。ユンボクは紐を握って取り返そうとするのですが、その時、ホンドが内侍の方を見て「待っているのだぞ、分からないのか…」とユンボクに言います。ユンボクは「師匠」と言って紐を離さないのですが、ホンドは「こいつ…まったく…」と言って、無理やり紐を持って行きます。ユンボクは、大きくため息をつきます。そして不安そうに、控室に帰って行きます。
ホンドは湯船につかると、紐をタオルの代わりにして背中をこすり始めていました。ホンドは、気持ち良さそうに「これはいいな…使い道が多いようだ…」と言います。そして、二つもあるのに…」と言いながら、また背中をこすり始めます。
王様は、自室に側近のホン・グギョンを呼んで、何か書き物をしていました。
ホン・グギョンは「殿下…本当に画工に命じるのですか…」と尋ねます。王様は、字を描きながら「檀園でなければできないことだ……父上が言われた…急いではならず、止まってもならないと…」と言います。ホン・グギョンは「殿下…はたして画工が大事に耐えられるかが問題です…」と言います。王様は「いつかは成すべき事だ…」と言います。
ユンボクは、蒲団の中で横になっていました。そこへホンドが入って来ます。ユンボクは寝た振りをします。ホンドは「アアー、さっぱりした…」と独り言を言いながら自分の布団の方へ歩いて行きます。ホンドは蒲団の上に座ると「小さいくせに垢が多いな…」と言うと、ユンボクの紐で足の指の間をふき始めます。ユンボクは蒲団の隙間からそれを見ていました。
ホンドは「ユンボク…」と呼びます。ユンボクはビックリしたように起き上がります。ホンドは「何をそんなに緊張している…」と言うと、下を向いて、またユンボクの紐で足の指の間をふきながら「分かっているな…明日から御真画師をする…今日くらいは心身を楽にして休もう…何も考えるな…」と言います。ユンボクは、呆然とした様子で「師匠も何も考えずに…お休みください…」と、最後には作り笑いをして言います。ホンドは、足をふき終わった紐をユンボクに投げると布団をかぶって寝ます。
するとホンドは疲れていたのかすぐに寝付き、いびきを描き始めました。ユンボクは、そっと布団を抜け出すと外に出て、ホンドがタオルの代わりに使った紐の洗濯を始めます。
ユンボクは、叩き棒で紐を叩いていましたが、両手で紐を握り、匂いを嗅いでみます。ホンドの足の匂いがするのか、顔をそむけ嫌な顔をします。そして、大きくため息をつき、また紐を洗い始めます。
王様は、内侍たちに衣装を着付けさせていました。正装を着て冠を整え終わると、内侍たちを引き連れて、御真画師の会場へ向かいます。
ホンドとユンボクも御真画師の為の正装を内侍たちに着付けしてもらっていました。正装を着た二人は落ち着かず、お互いをじっと見ていました。
ホンドはユンボクに「どうした…似合っているか…」と聞きます。ユンボクは反発するように「誰が?…師匠ですか…まさか…」と言います。ホンドは、少し慌てて「かっこよくないか…」と胸を張って見せます。するとユンボクも真似して胸を張り「私の方が…」と言います。ホンドはユンボクを見ると笑いながら「こいつめ…どうして肩がそんなに貧弱なのだ…男の魅力はだな…何といっても肩だ」と言いながら手で自分の肩を叩きます。そして「体で肩の重要さは分かっているだろう…肩は米俵を担ぐ為だけではない…女人がもたれかかると安心して眠れそうな…この肩に魅力を感じないか…」と言います。
ヨンボクは「男の魅力だなんて…」と言うと、そっぽを向きます。ホンドは「こいつめ…」と言うと、いきなりユンボクを抱きよせます。ユンボクはビックリして目が点になります。ホンドが「どうだ…」と言うと、ユンボクは慌ててはねのけ「何をするんですか…」と言います。ホンドはいきなり笑い始めます。そして「驚いたか…お前の胸は鳩胸だが…どんな女人がその胸に惚れる?…」と言いますが、チョンヒャンのことを思い出したのか「いや、鳩胸に惚れる女人もいるな…」と言うと、不機嫌そうに「フン…」と言います。ユンボクは慌てて「自分の心配をどうぞ…アーア、10年前に別れた女人です…切に探している…どれほど素晴らしい女人ですか…」と言います。まだ、その女人が自分のことだとも知らずに…
ホンドは、眉間にしわを寄せて「その話は…むやみにするな…」と言うと、ユンボクのかぶっている冠を手でなおしてやります。するとユンボクは急におとなしくなります。
大臣達は、御真画師の会場へ歩いて向かっていました。そして、口々に「主上の考え方を知る必要があります…分別のない妙な考え方を必ずやめさせねば…違いますか…そのとおり…どんな企みか…妙な気配があれば、すぐ改めるよう要求せねば…」と言います。
右議政が振り向いて「慎重さが必要だ…主上を甘く見るな…」と言うと、また歩き始めます。ホン・グギョンが、キム・グィジュの前でとまると、グィジュが「何だ?」と言います。グギョンは「相変わらず、月を見らずに指だけ見ておられる…」と言います。グィジュは「どういう意味だ…私が何を…」と言うと、グギョンは「急がねばなりません…では先に…」と言うと先に歩いて行きます。
御真画師の会場では、大臣達や図画署の画工達が着座して、王様のおなりを待ていました。ホンドとユンボクが、会場へ入場して来ます。そこにいる全員が二人を注目しています。ヒョウォンの腰巾着の生徒が、そんな姿を見て「カッコいいな…」と言います。するとヒョウォンが小声で「うるさい…」と言います。年長の生徒がかまわずに「オレも早くあの服を着たい…」と言います。するととなりの生徒が「まずは画員服を着なければ…」と言います。
ユンボクが作法を間違えるたびに、ホンドは片手でユンボクを止めます。ユンボクはホンドを見ながら同じように振舞います。
内侍の「主上殿下のお出まし…」と言う声が聞こえると、全員が低頭して、王様のお出ましを待ちます。王様が玉座に座ると、内侍が「頭を上げよ…」と言います。
王様は「今回の御真画師は…この二人の画員が描く…」と宣言されました。キム・グィジュは不審に思い、隣に座っていた右議政に「何のつもりであのようなことを?…」と聞きます。右議政は「聞いていろ…」とたしなめます。
王様は「それで…この席には予と画員だけを残し…皆出てくれ…」と言います。この言葉で全員が緊張します。そしてキム・グィジュが「しかし殿下…」と言います。すると右議政が「殿下…臣どもは大事を前に、間違いがないように…国家の重大事を正しく導くために…ここにおります…それゆえにこの席におるべきかと存じます…」と言います。
王様は「国事に管掌する大臣達の目に…緊張した画員が画事を誤るかと心配だからだ…従ってくれ…出ろというのに何をしている…」と言いますが、まだ、大臣達は出ようとしませんでした。王様は「今回の御真画師は…彩色を終えてから監董をする…それゆえ…彩色が終わるまで何の干渉もするな…」と言います。
キム・グィジュは、右議政に「それでは、彩色後まで見られません…」と言います。大臣達が誰も出ようとしないので、王様は声を大きく張り上げて「出ろと言ったのだぞ…」と怒り出します。キム・グィジュの隣に座っていた大臣が右議政に「ウサン大監…よいのですか…」と言います。右議政は、あわてて「そう致します…殿下…」と言うと立ちあがります。別提や画員達もそれにならって立ちあがります。ホンドとユンボクは、不思議そうな顔をして視線を合わせます。大臣や画員達は、全員会場から出て行きます。キム・グィジュは会場の前で別提を呼びとめて合図を送ります。二人は別々の廊下に分かれて出て行きます。その様子をホン・グギョンが確り見ていました。
会場には、王様とホンドとユンボクの三人だけが残りました。
王様は「2人とも頭を上げよ…ソウォン閣で御真を見たか…」と聞きます。二人は「はい殿下…」と答えます。王様は「予は…王を神の座に祭り上げ…道徳的基準を押し付け…身動きさせない陰険で兇悪な策略を分かっておる…それで御真画師で禁忌を壊し…王も感情を持つ人間だと…証明したい…」と言います。
ホンドは「監視する者がいます…殿下…」と言います。
王様は「御真は描かれたものと同じだ…完成さえすれば、それは予と同じ力を持つから…誰もむやみに手を出せない…その時までは…予が檀園…お前と若い画工を守るから心配するな……それでは始めよう…」と言います。すると王様は、見せてはいけない手を袖の中から出されます。
するとホンドの目つきが変わります。そして頭をよぎったのは、礼曹判事の説明でした。
「御真では、手を見せず袖に隠すのは…朝鮮は儒教国家で…両手を合わせ礼を尽くすのが正しい姿勢だからだ…左右が正確に対称であるのは…士農工商上下高低…誰にも同じように…王の恩恵があることを意味する…顔には時々刻々変わる感情があってはならない…」と言うものでした。
しかし王様は、手を出し、体を斜に構え、顔には頬笑みがありました。ユンボクは心配して、ホンドの方を向き「師匠…」と言います。ホンドもユンボクの方にゆっくりと視線を向けます。
王様は「見えるままに描いてくれ…」と言います。ホンドの脳裏には、イ・ミョンギの言葉が浮かんできました。「お前の想像よりも高い所まで、今度の事件に関係している…」と…
朝廷では大臣達が集まって話をしていました。
右議政は「何か企んでいるのは明らかだ…主上殿下は御真画師で…何かしようと決心している…」と言います。大臣の一人が「何をですか?…」と聞きます。右議政は「そうでなければ画工だけを残し、大臣達を追い出すか…一体、殿下があの画工達を信じる理由は何だ…」と、声を荒げて言います。
キム・グィジュは「別提が言うには…御真画師の二人は、問題を持つものです…キム・ホンドは図画署を混乱させ…10年間も妙香山に追われ…シン・ユンボクは画員試験で“不通”だったものの…主上殿下が“通”を与えました…」と言います。すると別の大臣が「本当ですか…」と聞きます。
右議政は「資質が疑わしい者たちだ…そんな者と何を企んでおられる…徹底的に監視するように…分かったか…」と言います。大臣達は一斉に「はいそう致します…」と答えます。
会場では、玉座に座っている王様をホンドとユンボクはじっと見つめていました。ホンドは心の中で「いつかこの事で危険な目に合うとしても…いまわ描くしかない…」と思いました。ホンドはユンボクと視線を合わせます。ユンボクはホンドを見てうなずきます。
ホンドは心が決まると王様に「愛逮(眼鏡)を掛けます…殿下…」と言うと、愛逮を取って掛けます。ホンドとユンボクは服装を絵の描きやすいように調えます。
そして二人は、王様をしっかりと見つめて、観察します。ホンドは「意在筆先(ウイジェピルソン=イメージが心に伝わってから描く)と言う…頭の中に形を作れ…」と言います。観察が終わるとホンドがユンボクを見て「始めるぞ…」と言います。ユンボクは「はい」と答えます。
ホンドが木炭で線を引き始めます。ユンボクはホンドが描きやすいように、次の木炭を準備しています。ホンドは懸命に紙と向かい合っていました。ユンボクはそれを脇から見つめていました。
ユンボクがホンドに「師匠…」と言います。ホンドが振り向くとユンボクは「北岳が正しくありません…」と言います。するとホンドはユンボクに線を引かせます。ユンボクがホンドの線を訂正して、ホンドを見ます。ホンドはユンボクに、目で続けて描けと合図します。ユンボクはそのまま続きを描き始めます。ホンドはユンボクの描く線を確り見つめていました。ユンボクが間違えると、ホンドは小さく咳払いをしてユンボクに知らせます。するとユンボクは、自分が引いた線を訂正します。
今度はホンドが描き始めます。それを見ながらユンボクは「三停の長さが合いました…」と言います。ホンドが振り向き、二人はうなずき合います。
右議政たちは密談をしていました。右議政はため息をつきます。そして「もう始ったのに…どうやって御真を妨害する?…」と言います。
キム・ジョニョンが「別提様…肖像画を描くとき…竜顔を描く顔料は何ですか…朱砂ではないですか…」と聞きます。別提は、溜息をつくように「そうだ…」と言います。そして「赤い色は朱砂を使う…それがどうした?」と言います。ジョニョンは、何か納得したようにうなずきます。キム・グィジュがジョニョンを見て「何か思いついたのか…」と言います。
ジョニョンは右議政を見て「皆様はご存知ないでしょうが…画師が使う顔料のあるものは…金銀より入手困難な宝石です…」と言います。するとグィジュが「宝石?…」と聞き返します。ジョニョンは「それで…もしその顔料を使えなくすれば…それは…御真画師が完成しないことを意味します…」と言います。そして別提の方を向いて「違いますか…」と尋ねます。別提はビックリしたように驚いて「それはいい考えだ…しかし…方法はあるのか…」と聞き返します。ジョニョンは「それは別提がお考えください…」と言います。別提は、少し驚くように「何だと…」と言います。するとジョニョンが別提に含み笑いをします。別提は少し考えて大きくうなずき、笑みを浮かべます。
ヨンボクは、丹青所で懸命に絵具を作っていました。ぺクぺク先生の話を思い出しながら…「御真画師で最も重要な色は黄色と赤い色だ…どれだけ良い顔料かによって…顔色が変わるからだ…」…
作業中には毒ガスが発生したりして、危険だということを知りながら、ヨンボクは黙々と絵具を作っていました。
ぺクぺク先生の話は続きます。「色調は火の温度により、その濃さが異なる…火を加減し、適切な色調が得られるまで繰り返せば…良い色が得られる…」…
色調室の前にぺクぺク先生の孫娘がやって来て色調室の戸を開けようとすると、縁台に寝ていたぺクぺク先生が孫娘に「今入ると危ない…」と言います。孫娘は「どうして?…」と聞きます。ぺクぺク先生は起き上ると「顔料を作るときには…危険がたくさんある…毒が出ることや…火に掛けると煙で毒を吸う事もある…」と言います。
孫娘は心配そうに「ヨンボクは?…中にいるじゃない…」と言います。ぺクぺク先生は「危険と知ってやっている…自分の選択だ…」と言います。孫娘は心配そうに「いけないわ…」と言いますが、ぺクぺク先生は「散々注意したが、言うことをきかない…」と言います。そして舌打ちをしながら「愚かな奴だ…」と言います。孫娘は心配そうに、色調室の戸を見つめます。
宮殿の画員控室では、ホンドとユンボクが布団を引いて寝る準備をしていました。
ホンドは「明日、下絵が終われば…彩色が始まる…好みの顔料が入るから…発色を見て色を選ぼう…」と言います。するとユンボクが「師匠…お見せしたいものが…」と言うと、袋の中から、ヨンボクが作った顔料の包みを取り出します。そして、包みを開けて絵具皿に一つまみ入れて水で溶きます。ユンボクは顔料を指で混ぜて発色させるとホンドに見せて「いかがですか…」と言います。
ホンドは絵具皿の色を見ると「見ただけでは分からない…」と言います。ユンボクは、紙と筆を取りだし、試書きをします。そしてホンドに「見て下さい」と言って渡します。そしてユンボクは「唐朱紅より発色が良くないですか…」と聞きます。ホンドは試書きを見ながら「これは何だ?…」と聞きます。ユンボクは「ヨンボク兄さんが、丹青所で作ってくれた色です…御真画師に出ると聞いて…」と言います。ホンドは「御真画師の顔料は…厳格に図画署経由の者を使う…石彩はそれ自体が宝石で…御真に格調を吹き入れる…他は使えない…」と言います。ユンボクは「一番適した色を使えばいいのに…顔料に宝石を使うからと、絵が引き立つとは思えません…」と言います。ホンドは「間違ってはいないが…王室の尊厳を表す事も画員の仕事だ…これは御真画師の法だ…」と言うと、ヨンボクの方を向いて「私たちが変えてみるか?…」と言います。ユンボクはニヤッと笑って「できますか…」と聞きます。ホンドは「御真画師は誰もが見守っている…わずかな間違いにも四方から刃が飛んでくる…顔料もおろそかに扱えない…それほど厳格なものだ…それでも使うか?…」と言うとホンドは笑います。そして「寝よう…」と言うと先に寝てしまいます。ユンボクは少し残念そうな顔をしていました。
宮廷の王大妃の部屋に、王様がやって来ました。
王大妃は「いらっしゃいませ…主上…」と言います。王様は立ったまま「今日は特にお美しいです…」と言いながら座ります。王大妃は「この私をからかうのですか…」と言います。王様は「まさか…」と言います。
王大妃は、お茶を一口飲むと「御真画師のとき…他の目を避けたそうですね…」と聞きます。王様は「はい…」と答えます。
王大妃は「重要なことをその画員だけに任せるのか…私はとても心配です…」と言います。王様は「100頭の馬より、千里を行く1頭の良馬です…私は二人の画工を信じ、彼らは信頼に報いるでしょう…」と言います。王大妃は「そうですか…意志だけで、すべては解決しません…私は主上の若い血気が心配です…それで…ことを誤るかもしれません…」と言います。王様は「心配し過ぎです…私にも考えがあるので、心配ありません…」と言います。王大妃は「しかし、ことを誤れば…主上がその責任を取らねばなりません…」と言います。王様は「私も分かっています…」と言います。
数人の内侍が顔料を持って来ました。別提がそれを確かめ、建物の中に「入れ」と言います。一人の内侍が持ってきた顔料の壺のふたを別提が開けて確かめます。そして「四川省の真彩は色が違うな…御真画師でしか見られない…どれだけするか?」と聞きます。内侍は「7斤5両です…」と言うと、内侍は建物の中へ入って行きます。
顔料の壺は棚に並べられていました。そこへ、誰もいないことを確認して、別提の手下の画員が入って来ます。そして、袖の中に隠していた紙包みを取り出すと、顔料の中へ薬品のようなものを入れます。
御真画師の会場に王様が入って来て玉座に座ります。
王様は「今日は、何をする…」とホンドに聞きます。ホンドは「はい、殿下…今日は下絵の上に、詳細な構図を描く予定です…」と答えます。王様は「それは楽しみだな…始めてくれ…」と言います。
二人は、下絵の上に紙を置くと、詳細な線を描き始めます。ホンドが疲れると筆をユンボクに渡し描かせます。
そこに、思悼世子(正祖の父)の姿が現われます。その姿形は王様の者とそっくりでした。
王様は「檀園…予には、誰にも言えない秘密がある…時が来れば明らかにするだろうが…まれに…誰かに、打ち明けたいことがある…その秘密を話したいとき…お前ならどうする?…」と言います。ホンドは「秘密ですか…」と聞き返します。ユンボクはホンドの顔を見ます。
王様は「誰にも言えない秘密だ…」と言うと、先代の王様の遺言を思い出していました。
先代の王様は「いつか時が来たら…二人の画工が描いた絵を探し…父を救ってやれ…」と言います。王様は「絵ですか…何のことですか…お祖父様…」と尋ねます。先代の王様は「2人の画工に命じたが、受取れなかった絵だ…」と言います。王様は「それは何ですか…」と尋ねます。すると先代の王様は「お前の父、思悼世子の肖像だ…」と答えます。
王様は「明らかにすべき秘密…」と言います。
ホンドの脳裏には、親友と師匠の映像が映っていました。二人が絵を描く姿…師匠の通夜の席を出て、友人と最後に二人で話した姿…ホンドが「信じられるか…師匠の死が納得できるか…」と言うと、友人が「お前もそうか…お前に話すことがある…弔問後に家に来てくれ」という姿…無残に暗殺されている遺体の姿…それを見て泣き崩れる自分の姿…映し出されていました。
そしてユンボクの脳裏にも、父の前で絵を描く姿…そのユンボクを絵に描く父の姿…そして父が何者かに切られる姿が…母の殺される姿が…それを泣き声を殺して見る自分の姿が…映し出されていました…
王様とホンドとユンボクの三人の接点が、各々の脳裏に映し出されていました。まだそれを三人とも気付いていませんでした。
第10話 御真画師(転)はここで終わります。
女が男の世界で生きることは、難しいことなんですね。ユンボクの苦労が良く分かります。父母が暗殺されて一人になった時、シン・ハンビョンが養子として向かい入れました。ハンビョンは、前々からユンボクの絵の才能に興味を持っていたので、自身の家門の名声の為にユンボクを男として育てました。その事によってユンボクは、刺客の目から逃れられたとも言えるのですが、ユンボクの人生は180度転換してしまいました。例え絵が好きだったにしても、想像に絶する物があったと思います。
養父ハンビョンは、実子ヨンボクにユンボクのことを常に守らせていたのですが、そのヨンボクが丹青所に行くことになり、ユンボクを守る者がいなくなりました。ユンボクは一人で行動しなければならなくなったのです。まして御真画師の会場で、師匠のホンドと二人きりで生活しなければなりませんでした。別々の家で生活して、絵を描くときだけ一緒に描くということなら騙せもしましょうが、お風呂に入ったり、同じ部屋で寝たりすることは、一見コメディーのようにも見えますが、ユンボクにとって切実な問題だったと思います。胸に巻く長い布一つにしても説明のしようが無かったと思います。実に悲しい運命を背負って生きているのだなと思いました。
王様は、御真画師の様式やしきたりを変えることによって、国を改革する象徴にしたいと考えていたようですが、現代の感覚からするとなかなか理解しがたい物がありました。しかし、よくよく考えて見ると、中国の毛沢東や北朝鮮の金日成・金正日親子の肖像画や銅像などの影響力を見る時、御真画師の意味合いが分かるような気がします。我が国においても、第二次世界大戦以前には、天皇陛下の肖像写真が各家庭にあったように聞きますし、私の子供の頃までは、田舎の旧家に行くと、たまに天皇陛下の写真を飾ってある所を見た記憶があります。これは、アジアの伝統なのかも知れません。
王様は「檀園…予には、誰にも言えない秘密がある…時が来れば明らかにするだろうが…まれに…誰かに、打ち明けたいことがある…その秘密を話したいとき…お前ならどうする?…」と言われました。この言葉によって、ホンドとユンボクは、自分の秘密について思い浮べました。まだ、三人はお互いの秘密に接点があると気づいていませんが、この接点が三人の絆を大きくするように思いますし、ユンボクの将来を大きく変えるような気がします。
では、また次回をお楽しみに…
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