第12話 奉審
ユンボクは、画員控室でまだ寝ていました。目が覚めると側にヨンボクが正装して座っていました。ユンボクは「兄上?」と言います。ヨンボクはユンボクの方を振り向くと「起きたか…」と言います。ユンボクは小さく何度もうなずきます。ヨンボクが優しい顔で「もっと寝ていろ…」と言います。ユンボクはヨンボクが正装をしているので、どこかに行くと思い「どこに?」と言います。ヨンボクは、淋しそうに「寝ていろ…」と言うと立ちあがります。ユンボクは「私も行く…」と言います。ヨンボクは「お前は来てはいけない…」と言います。ユンボクは少し怒った感じで「どこへ?」と言います。ヨンボクは振り向いてユンボクを見つめて「元気でな…」と言います。ユンボクは、心配そうな顔つきでヨンボクを見つめていました。ヨンボクが戸を開けると、光が満ちあ揺れ、ユンボクを目がけて差し込んで来ます。ユンボクはまぶしくて、手で目を隠します。ヨンボクは、光の中へと入って行きます。ユンボクはまぶしくてヨンボクを見ることが出来ません。ユンボクは「兄上…」と呼ぶのですが、ヨンボクからの返事はありませんでした。
ユンボクは「兄上!」と叫ぶと目を覚まして起き上がります。ユンボクは夢を見ていたのです。ユンボクは生汗を描き、心配そうな顔をして「ハァハァー」と荒い息をしていました。ユンボクは、あたりを見回すと、壁を背にたんすにもたれかかって寝ているホンドの姿がありました。
シン・ハンビョンが息子ヨンボクの部屋に入って来ます。目は虚ろで悲しそうでした。あたりを見回して、そこに寝かされているヨンボクの前に座ります。
ハンビョンは、すすり泣きながら「お前…何てことだ…」と言うと、ヨンボクの遺体に掛けられていた布を外します。ヨンボクの安らかな顔がありました。ハンビョンは「ヨンボク…ヨンボク…答えてくれ…ヨンボクよ…」と言って泣き続けます。
ヨンボクの亡骸を運んで来たのは、ぺクぺク先生の孫娘と丹青所の先輩たちでした。
先輩の一人が、遺体に掛けられたむしろを外し、ヨンボクの死に顔を見せて「足場から落ちました…」と、出迎えたヨンボクの父母に言います。母は「ヨンボクが…どうして落ちたのですか?…」と泣きながら聞きます。孫娘は無表情で「顔料の為です…」と答えます。父ハンビョンは「顔料の為だと?…」と聞きます。孫娘は「弟の御真画師用のだと、無理に顔料を作って…その毒で中毒に…」と、少し語気を強めて、怒りを押し殺すように言います。母は、ハンビョンに両手を上げて叩くような振りをして「何てことをしたんですか…」と言います。やりきれない怒りをハンビョンにぶつけるようにして…
ハンビョンは、ヨンボクの遺体が安置された部屋で、ヨンボクの手を両手で握りながら、泣き続けていました。そして「目を開けてくれ…目を開けてくれと言うのに…」と言い続けながら号泣し、ヨンボクの死を悲しんでいました。
宮廷の画員控室では、ホンドが壁にもたれて寝ていました。体にはユンボクによって布団が掛けられていました。ホンドが気付くと、ユンボクはすでに図画署の制服に着替え、荷物の整理をしていました。
ホンドがユンボクに気付き「どこへ行く…もっと休め…」と言います。ユンボクは笑顔で「おきましたか…師匠…」と言います。そして「家に寄って、兄に会うつもりです…無事終わったと…」と言います。ホンドは何も言わずに、ユンボクとヨンボクが抱き合っていたことを思い出します。そして「世の中で得難いのが…兄弟の友愛だそうだが…お前たちは兄弟ではなく…何だか…」と言うと、ユンボクの顔が一瞬緊張して、目が一点に止まります。ユンボクは直ぐに「師匠…またその事ですか…兄弟でなければ…何ですか…」と、作り笑いをしながら言います。ホンドは「フン…そんなはずないが…恋人のようにも見える…」と言います。ユンボクは笑顔で「恋人?…師匠もまったく…そんなのありえません…私が兄上と…」と言います。ホンドは自分に掛けられていた布団に気付き「これはいつかぶせてくれたんだ…」と言います。
その時、外から役人の声で「画員キム・ホンド…外に使者が来ている…」と声が掛かります。ホンドは立ち上がり、外へ出ます。
ホンドは手紙を受け取ります。役人が去ると封筒の中から手紙を取り出して読み始めます。手紙はユンボクの父、シン・ハンビョンからのものでした。その内容は…
「私の口から子の死を告げるとは…万が一にも…ユンボクがこれを知り、大事を誤らぬように頼む…」と書いてありました。ホンドの表情が一変しました。
ホンドが部屋に戻って来ると、その表情は硬く変わっていました。
ユンボクはホンドに「それでは行って参ります…」と言うと、一礼して立ち去ろうとしますが、ホンドは低い声で「ユンボク…」と呼びとめます。ユンボクは「はい…何ですか?」と言います。ホンドはオドオドと落ち着かない表情で「ここにいろ…」と言います。そして、少し語調を強めて「気力も回復していないし…それもそうだが…とにかく外出を考えずに、ここで静かにしていろ…」と言います。ユンボクは笑顔で「私は大丈夫です…師匠…」と言います。そして「夢見が悪かったので、兄がどうも心配なので…行って参ります…」と言うと、一礼して部屋を出ようとするのですが、ホンドは「明日は奉審(ポンシム)だ…大臣達の質問に答えられねば…命が飛ぶこともある…状況を分かっているのか…兄?夢?…それがどうした…」と叱りつけます。ユンボクの表情は急に曇り「師匠…」と言います。ホンドはさらにたたみかけて「この御真画師は…主上殿下と大臣の避けられない対決だ…なぜ主上殿下が王室の伝統を破り…御真で手を見せたか…歯を見せ、横を向いたのか…そして…朱砂を使わない理由を答えられねば……とにかく準備が必要だ…」と言うとユンボクの荷物を取り上げます。ユンボクの表情が、どうして…という表情に変わり「師匠…」と言いますが、ホンドは心を鬼にして「今、殿下が信じるのは…私だけだ…腰を据えてかからないとな…」と言います。ホンドは、ユンボクにヨンボクの死を悟られまいと必死でした。ユンボクは、ホンドの言動が一変した事に不信感を持ちますが、理屈が通っているので逆らえず「はい…師匠…」と答えます。
大臣達は密会をしていました。
キム・グィジュは「代々使った朱砂を使わないとは…これは王室代々の伝統を一挙に覆す極悪無道です…儒教国家の朝鮮で伝統を無視するとは…主上はなぜ、非礼な考えを押し通す…」と言います。ぺク・ヒオン判義禁府事(パンウィグムプサ)は「昔から…御真の機運が衰えば国運が尽きるという…朱砂を使わない御真は、濁った気運を出す…」と言います。
キム・グィジュは「主上の考えを皆お分かりですな…私たちが力を合わせねば…その御真は真殿に奉安されます…」と言います。キム・ユンシク吏曹判書(イジョパンソ)は「何を言う…どんな手を使っても防ぐ…」と力強くいます。すると全員が「阻まねば…絶対に阻むべきだ…」と言います。
キム・グィジュは「それは…容易ではありません…」と言うと、すぐにキム・ウプ領議政(ヨンウィジョン=大臣筆頭)「心配ない、心を合わせれば大丈夫だ…」と言います。キム・グィジュは「ワッハハ―」と笑うと「今日は大義のための集まりです…さあ、どうぞ…」と言い、盃を手にします。すると全員が盃を手にして、酒を飲みます。
ホンドとユンボクは、明日の奉審の為の準備をしていました。ホンドはユンボクに一つ一つ帳面に筆記させていました。ユンボクは出来あがると黙ってホンドの顔を見つめます。それに気づくとホンドは、ユンボクに「読んでみろ…」と言います。ユンボクは「はい…」と答えると、帳面に筆記した事を読みあげます。
「初日は木炭で下絵を描きました…これは師匠と私が分担し…」ユンボクがここまで読みあげると、ホンドは小さな棒のようなもので、机の脚をコツコツと叩きます。そして「声が小さい…気難しい大臣達の前で、それで大丈夫か…」と、語気を強めて言います。ユンボクは日頃のホンドとは違う表情を見て、緊張していました。そして「使った木炭は、図画署で管理されるものでした…」と読むと、またホンドの方を見ます。モンドは「次…」と言います。ユンボクはまた読み上げ始めます。
「二日目は、木炭の下絵を油紙に写しました。細い筆は、御真画師用で…」と、ユンボクがここまで読むと、ホンドはまた、机の脚を叩いて「大きく…」と言います。ユンボクは、大きな声を出して、また読み上げ始めます…
「新たに支給された筆で…テンの筆です…そして…」と…すると部屋の外から「画員、キム・ホンドはいるか?…」と声がしました。ホンドとユンボクは視線を合わせます。そしてホンドが「どなたですか?…」と尋ねます。障子には内侍の影が写っていました。内侍は「主上殿下がお呼びだ…」と言います。ユンボクは小さな声でホンドに「主上殿下が?」と言います。
ホンドは直ぐに立ち上がり、画員の頭巾を手にして頭に着けようとします。ユンボクはそれを手伝って、後ろの紐を結ぼうとしますが、片方の紐の縫い目が綻びようとしていたのに気付き「紐が切れそうです…」と言います。ホンドは気が焦るのか「大丈夫だ、準備していろ…」と言うと自分で結び、王様のところへ向かいます。ユンボクは、一度は机に向かうのですが、一人ではやる気が起こらず、師匠の頭巾を図画署に取りに行きます。ユンボクは図画署の倉庫で師匠用の頭巾を見つけると、ニッコリ笑って「これでよし…」と言います。そして、ロウソクの灯りを消して出て行きます。
ホンドは王様に拝謁していました。
王様はホンドに筆を与えました。そして「予が…世孫時代に使った筆だ…初めて大臣達の前に出て…怖がって震える世に、くださった物だ…父上は…“大丈夫筆”と言われた…それがあれば大臣達の前でも大丈夫…若いと無視されても…私は大丈夫…もし…侍講場で答えづらい質問を受けても…おまえは当然答えられるから大丈夫…そう言われた…予は…その筆をお前に与えたい…それを持ち…どんな攻撃を受けても…自分は大丈夫だと…安心し毅然と立ち向かってくれ…」と言います。ホンドは深く一礼をします。そして「恐れ入ります、殿下…」と答えます。
ユンボクは、ホンドの頭巾を取って来ると、偶然に図画署の生徒達が集まって話をしている所に通りかかります。そして、生徒達の話し声が聞こえて来ます。
「本当に残念だ…しっかりした奴だったのに…ハァー、ユンボクが知ったら気絶するぞ…」と…、その時ユンボクは生徒達の後ろにいました。ユンボクは生徒達に黙って聞き耳を立てます。生徒達はさらに話を続けます。
「イルチェ様もひどすぎる…御真画師を続けさせるのか…」と…、ユンボクは、ゆっくりと生徒達に近づき「何の話だ?…」と聞きます。突然現れたユンボクに生徒達は驚きます。年長の生徒が「ユ、ユ、ユンボク…」と言います。ヒョウォンの腰巾着の生徒が「何しに来た?…」と言います。ユンボクは真剣な眼差しで「言ってくれ…兄上に何か?…」と聞きます。
その時ホンドは、宮廷の画員控室に戻って来ると、控室にはユンボクの姿はなく、ホンドは慌ててユンボクを探しだします。
ホンドは控室を出て、護衛の武官に「若い画工はどこに?…」と聞きます。武官の一人が「図画署に何か取りに行くとか…」と言います。ホンドは慌てて図画署に向かいます。
ユンボクは、生徒達に真実を聞き、走って自宅に帰る途中でした。「嘘だ…そんなはずない…そんなはずは…」と言いながら…そして、脳裏にはヨンボクの映像が映し出されていました。御真画師の為に顔料を作って持って来てくれた姿…春画事件で掌破刑になるところを必死で「私がしました…あの絵を描いたのは私です…」と言って身代わりになってくれた姿…肖像画の勉強をする為に、モデルになってくれた姿が…ユンボクは走り続けます。
図画署の生徒達は、悲しそうな顔をしていました。年長の生徒が「この軽はずみな口め…」と言いながら、自分の顔を叩き始めます。となりにいた生徒が「何をするんですか…」と止めに入ります。そこへホンドがやって来ます。
ホンドは生徒達に「何を騒いでいる?…」と言います。生徒達は「檀園先生…」と言いながら、一斉にホンドの方を向きます。そして、手を付いて頭を下げながら「すみません…お許しを…」と言います。ホンドは「何がだ?…」と聞きます。生徒の一人が「それがユン…」と言うと、隣にいた年長の生徒が、肘鉄を打ち黙らせます。
ホンドは「ユンボクが来たのか…」と聞きます。しかし、生徒達は恐れて何も話しませんでした。ホンドは「ヨンボクの話を?…」と聞きます。反射的に、ヒョウォンの腰巾着の生徒は「いいえ」と答えたのですが、年長の生徒が「はい」と答えてしまいました。ホンドはユンボクを追いかけて、ユンボクの家へと向かいます。
ユンボクが自宅の門の前まで来ると、弔いの灯りが付けてありました。ヨンボクはそれを見て驚きます。そして、呆然とした姿で家の中へ入って行きます。
ヨンボクの遺体が安置されている部屋では、父のハンビョンが悲しい顔をして、付き添っていました。そこへヨンボクが泣きながら入って来ます。ヨンボクに気付くとハンビョンは「なぜ、お前が?…」と叱りつけます。ユンボクは耳にも留めずに、ヨンボクの遺体の側に座り込みます。そこへホンドが表れます。ハンビョンはホンドを見るなり「知らせるなと言ったのに…」と、怒りをぶつけます。
ユンボクの目からは涙が流れていました。そしてゆっくりと、ヨンボクの顔に掛けられている布を外します。ヨンボクは、安らかな顔をして眠っていました。ユンボクは「あ、あ、あ、兄上…」と言いながら泣き崩れます。その姿を見ていたハンビョンは「帰れ…帰って…御真画師が終わるまでは家に戻るな…分かったか…」と叱りつけます。ユンボクはただ、ヨンボクの顔を見て泣いていました。そして「兄上が死んだのに…御真画師に何の意味がありますか…どうでもいい…」と答えます。ハンビョンはユンボクに近づいてつかまえ「お前の兄は…誰の為にこうなった…誰の為に!…」と、ユンボクの体をゆすりながら叱りつけます。ユンボクは、そんなハンビョンを見て「父上…」と言います。ハンビョンは「行け…」と言います。ホンドはじっと二人の姿を見ていました。
ハンビョンは「行って御真画師の仕上げをしろ…それだけが…お前の兄を生かす道だ…」と大声を上げてユンボクを説得します。しかしユンボクは泣きながら「イヤです…父上…できません…」と、訴えます。それでもハンビョンは「行け…早く!…」と大声を上げます。ユンボクも「兄上と一緒にいます…」と言って泣き崩れます。その様子を見ていたホンドは、静かに「来い…」と言います。ユンボクは「イヤです…」と答えます。ホンドは「来いと言った…」と言います。ユンボクは声を張り上げて「イヤです…」と答えます。
ユンボクとホンドは庭石に座っていました。
ユンボクはホンドに「なぜ言わなかったのですか…兄上が死んだのに…どうしてですか?」と聞きます。ホンドはしばらく考えて「言わなかったのは…すまなく思う…」と言います。ユンボクは「兄を図画署に戻そうと…したことなのに…私は何も知らずに…結局私が…私が兄を…死なせました…」と言います。ホンドは「それでここにいて…何が変わる?…何も変わらない…お前の兄が生き返るか…絵を描くのが簡単だと思ったのか…喜びにも悲しみにも気がすむまで…浸れると思ったか…」と言います。ユンボクは「私にどうしろと?…」言います。ホンドは「お前の兄は何を望んだ…ここに座っていることか…それが何を…“どうしろと?”だと…それで…仕上げをしないのか…絵を放棄するのか…兄の望みは…お前が絵を描くことだ…」と言います。ユンボクがすすり泣くと、ホンドはユンボクの肩に手を回し「大丈夫だ………大丈夫だとも…」と言って、何度も肩をたたきます。そして、ユンボクの体を引き寄せます。ユンボクは、ホンドの腕の中で泣き続けます。
王大妃は、宮廷で兄のキム・グィジュと叔父の右議政に会っていました。そして「絶対に失敗させて下さい…主上には企みがあるはず…明日、奉審をする人に伝えましたか…」と言います。グィジュは「王族と堂上官たちに…天下を覆そうとする主上の血気を鎮める機会を…逃さぬように伝えました…」と答えます。右議政は「皆同意しているので心配ありません…」と言います。
王大妃は「大臣達の反対を押し切り…独善的に行った御真画師が失敗すれば…主上が企んでいる…更張(キョンジャン=政治的社会的に腐敗した制度を正すこと)を推進する力の着錮(チャコク=足首に掛ける足かせ)になるでしょう…」と言います。
奉審の朝、大臣達は続々と宮廷に集まっていました。ホンドとユンボクも官服に着替えて、宮殿へと向かっていました。しかし、その表情はさえませんでした。
ホンドとユンボクは、後ろから来る大臣を先に通す為、横に控えて低頭していました。大臣達が通り過ぎる中で、王様の側近ホン・グギョンが足を止めます。そして、ホンドに「準備はしたのか…」と聞きます。ホンドは「はい」と答えます。グギョンは「頼むぞ…お前の手で更張の第一歩が始まる…」と言います。ホンドは「分かっております…」と答えます。グギョンは、先へと進んで行きます。ホンドはユンボクに「やるしかない…ヨンボクの為にも…」と言うと宮殿に向かいます。ユンボクはただ黙ってホンドの後ろを付いて行くだけでした。
宮殿では、奉審の為の監董(審査)が始まろうとしていました。
王様が「今日は二人の画員が行った御真画師を…監董して奉審する日だ…予は、画師の主人として…先王がそうしたように…画評をする間、一切の言葉を慎む…大臣達は画員に…絵の中の予に関して問い…わずかな疑問も残さぬように…」と言います。そこに参加している全員が「はい…殿下…」と言いながら低頭します。
王様は、「絵を広げよ…」と命じます。すると内侍達が、絵に掛けてあった竜紋の布を取り払います。ホンドとユンボクは御真画師を静かに見つめていました。
領議政が一歩進み出て「領議政キム・ウプ、御真を見ます…」と言うと、御真画師を鑑賞します。次に「判義禁府事ぺク・ヒオン…愛逮(眼鏡)を使います。」と言うと、眼鏡を付けて御真画師を鑑賞します。次に右議政、別提と次々に、一人づつ絵の前に出て鑑賞します。別提が見終わると、ニヤリと皮肉めいた笑いを浮かべます。
別提が自席に戻ると、隣にいた元老画員が小声で「あれはどういうことだ…」と言います。別提は、口に人差し指を持って来て、静かにと合図を送ります。そして小声で「自ら墓穴を掘ったようです…」とだけ言います。元老画員は大きく首をうなずきました。その間にも大臣達は次々に御真画師の鑑賞をしていました。そして全員が見終わると、王様は「監董を始める」と言われました。
最初に領議政が「画工は答えよ…御真は王室の権威を表すのに…どうして竜顔に笑みが見えるのか…」と問い質します。ホンドは「喜怒哀楽を表現しないのは…変わらぬという意志の表現です…逆に…その笑みを失わないという意志の表現です…」と答えます。
次に判義禁府事が「左右を必ず対象に描くのは…偏らぬという意志を見せるものだ…なぜ対象でない?…」と、問い質します。ホンドは「斜めに座ることで…正面のみならず、側面まで見え…前後左右を察する意志の表現です…」と答えます。次々に大臣達が質問をします。どうにかして、ホンドをやりこめて、この御真画師を失敗に終わらせようという魂胆でした。
大臣の一人が「袖に手を隠すのは…主上殿下の権威と謙譲を表す象徴なのに…どうして外に出している…」と、問い質します。ホンドは「本を読むときにも…文を書く時にも手を使います…手を現すことは…学問を磨きあげ、精進する意志の表現です…」と答えます。
右議政は、語気を強めて「竜顔のホクロは、主上殿下への侮辱か?…」と問い質します。ホンドは「眉毛のホクロ一つで…権威が落ちることはないという意志です…」と答えます。ホンドのここまでの答え方は完璧なものでした。右議政は、このままではダメだと思い、作戦を練り直さねばと考えました。右議政は低頭して「殿下…老いた身が疲れました…しばし休憩を取りたいのですが…」と、王様に言います。王様は、余裕があるのか「そうしろ…」と言われます。右議政が「はい、殿下…」と言うと、王様は玉座から立ち上がり、退室します。大臣達も並んで次々に退室します。ホンドは横にいるユンボクを見て「大丈夫か…」と、気を使って聞きます。ユンボクはホンドを見て元気なく「はい…」と答えます。
大臣達は宮殿の外に出ていました。そして主だった大臣達が「やれやれ…」と言いながら集まって来ました。大臣達の筆頭の領議政はたばこをくゆらせていました。
右議政が、語気を強めて「型破りな画事だが…うまく理屈を付けている…」と言います。キム・グィジュは、顔をしかめて「これではダメです…」と言います。そして「とにかく色を問題にしましょう…」と言います。周りの大臣達は、それに同意してうなずきます。領議政は「そうしよう…」と言います。
宮殿では王様が「再開するように…」と言われました。大臣達は、一礼して「はい…殿下…」と言います。
図画署の別提は「目録では、唐朱紅、すなわち朱砂があるのに…なぜ朱砂を使わなかった?…当然王室の絵には…朱砂を使うのが常識だ…」と、問い質します。一瞬ユンボクの目が動きます。ホンドは「確かにあれは朱砂ではありません…しかしあの色は…朝鮮の花で作った、朝鮮の色です…唐朱紅は清国の物、朝鮮の色ではありません…」と語気を強めて答えます。別提は「では…王室の絵に…草で作った色を使ったのか…何と言うことだ…」と言います。周りからは、同調の声が上がります。別提はさらに「品質確認も御真画師をする画員が責任を負っている…檀園…朱砂は何に使った?…」と、問い質します。ホンドの顔が一瞬こわばります。すると右議政が「もしや…貴重な朱砂を奪って私服を肥やし…朝鮮の色だとまくしたてたのか…」と、問い質します。そして、隣の大臣に「この色はどうですか?」と聞きます。大臣は「見るに堪えないほど粗雑ですな…」と言います。この時とばかりにキム・グィジュも「乱れていて…それに、落ち着きのない色です…」と言います。すると別提が「そのとおりです…」と言います。そして「図画署の様式は…五方色以外の使用を制限しています…あの色は…中間色でもなく、見た事もない俗な色です…御真を御真として扱わず…単に市井の人物画のように描き…御真の品格を落とすとは…」と言います。すると礼曹判事が、落ち着いた声で「画師キム・ホンド、あの色をどこで手に入れた…」と聞きます。ヨンボクの顔料を批判されているうちに、ユンボクの様子が少しづつおかしくなります。
ホンドは「あの色は…画師ユンボクの兄シン・ヨンボクが…丹青所の色調室で…作った色です…」と答えます。その時、大臣達から失笑ともとれる声が上がります。そして、礼曹判事の目つきが鋭くなり「シン・ヨンボクとは…春画で丹青所に追われた者だな…」と問い質します。周りからは「その兄にこの弟だな…そのとおり…軽率極まりない…」という声が上がります。ユンボクの目から涙があふれ出ていました。
ホンドは、語気を強めて「あの色が、どう粗いと?…」と問い返します。するとキム・グィジュが「色の粗さはこの場で確認できる…さもなければ…私たちが議論する理由があるか…」と言います。別提は「殿下…この御真は週百年の図画署様式に外れます…画員の管理が不十分だった私の罪です…死んでも償えません…」と言います。ホンドは、さらに語気を強めて「殿下…新しい色とはいえ、これまでの色よりは鮮やかで…竜顔の光の深みをよく表現できたと…画師として無礼を省みず申し上げます…」すると別提が「黙れ、言う資格はない…」と言います。ホンドは別提をにらみつけながら「なぜ色だけを非難するのですか…」と言います。別提の隣にいた元老画員が「何ということを…」と言います。
礼曹判事は「お前たちは、数百年の様式を捨て…俗な技法で主上殿下の栄光と徳どころか…匹夫と同様に描く不敬を犯した…中でも最大の不敬は…粗雑な色で御真の威厳を落とした罪…この様に…御真画師は汚され…殿下の恩徳と権威は地に落ちた…今すぐ自らの罪を悟れ…」と言います。たたみかけるように右議政は「殿下、この御真は御真と呼べません…洗草(セチョ=破棄すること)が適当と考えます…」と言います。するとそこにいる大臣や図画署の画員全員が「左様でございます…殿下…」と言います。
今まで我慢していた、ユンボクの目つきが変わります。ユンボクは泣きながら進み出て、御真の方へ歩いて行きます。脳裏にユンボクの声が聞こえて来ます…「朝鮮最高の画員と調色家が絵を描くんだ…だから、お前は無事に御真画師を終えろ…」と…ホンドはそんなユンボクを何をするのかと思いながら、驚きの目で見つめていました。
ユンボクが右議政の前まで来ると、右議政は「何をしている…連れ出せ…」と叫びます。ユンボクは、御真画師の前に立ち、ヨンボクの作った顔料で朱色に塗られた王様の服を愛おしそうに手で触ろうとします。そして大臣の方を向いて「この俗な色の絵を…どうして御真と言えますか…私は…この絵が御真でなく…この絵の中の人物が…殿下出ないことを…知っています…」と、泣きながら言います。そして御真の方に向き直ると、いきなり御真を引き破ります。宮殿内は騒然となり、ホンドはただ唖然とした目つきで、ユンボクを見つめていました。ユンボクは武官たちに捕らえられ、王様の前に座らせられます。
日頃は温厚な王様もさすがに怒りを隠すことは出来ませんでした。自身の政策と野望がこれで潰えようとしたからです。
王様は「画工は予を愚弄するのか…」と大声で叫び、怒り狂います。ユンボクは「殿下…大臣達は最初から…この絵を認めていません…」と言います。すると右議政が「殿下…国の根本を愚弄しています…」と叫びます。ホンドは土下座をして「殿下…根本を愚弄したのではなく…兄への感謝心の行き過ぎです…」と叫びます。王様は、一点を見つめて「その口を…つぐめ…」と言います。ホンドは「殿下…」と叫びますが、右議政が「2人を連れ出せ…」と叫びます。武官たちがユンボクとホンドを捕まえて連れだそうとします。ホンドは最後まであきらめずに「殿下…お察しください…殿下…」と叫び続けます。王様は、怒りに震えながら宮殿を出ます。
宮中の王大妃の部屋には、右議政とキム・グィジュがいました。王大妃は「御真を破ったのですか?…」と聞きます。キム・グィジュは「随従画師が自ら御真を裂きました…」と言いながら笑います。右議政は「朱砂の代わりの色の議論中に…急なことでした。」と言うとまた笑い始めました。王大妃は「画工の分際で御真を裂いた…」と言います。右議政は「漁夫の利を得ました…」と言います。キム・グィジュは「今頃二人は義禁府でしょう…」と言います。王大妃は「天が与えた機会です…主上の気勢をそぎましょう…」と言います。右議政は「肝に銘じます…王大妃様…」と言います。
シン・ハンビョンの家では、ユンボクの棺の準備がされていました。そこへ、イ・インムンがやって来ます。インムンは「イルチェ様…大変です…」と言います。ハンビョンは泣きながら「どうした?…」と聞きます。インムンは言いにくそうに「ユンボクが…御真を裂きました…」と言います。するとハンビョンの目つきが変わり「御真を裂いた…そんな馬鹿な…ユンボクはどこだ?…」と語気を強めて言います。インムンは「義禁府です…」と答えます。ハンビョンは「何だと…」と言うと立ち上がります。
図画署では生徒達が仕事をしていました。そこへヒョウォンの腰巾着の生徒が、情報を持って走って来ます。「大変だ…」と言うと。ヒョウォンがすました顔で「何があった?…」と聞きます。腰巾着の生徒は「檀園先生とユンボクが…義禁府に捕まった…」と言います。皆は驚き、年長の生徒が「義禁府?…なぜそんな所に?…」と聞きます。隣の生徒が「御真で間違いでも?…」と聞きます。腰巾着の生徒は、作業台にあった紙を取り、引き裂きながら「御真を破った…」と言います。周りの生徒達は、口を開けたまま唖然としていました。
義禁府の同じ牢屋にユンボクとホンドは入れられていました。ユンボクはホンドに上目使いをしながら「申し訳ありません…私のせいで…」と言います。ホンドはユンボクを見つめながら「我慢できなかったのか…」と聞きます。ユンボクはうなずきながら「申し訳ありません…」と言います。そして「私も自分が…何をしたか分かりません…何も見えませんでした…兄上の顔しか…頭にありませんでした…ところが…あいつらが…兄の顔を踏みつけているようで…我慢出来ませんでした…申し訳ありませんでした…」と言います。
ホンドは、静かな声で「今謝っても役に立たない…死ぬかもしれんのに…」と言います。ユンボクは泣きながら下を向いて「すみません…師匠…」と言います。ホンドは「泣くな…」と言います。ユンボクは小さな声で「はい」と答えます。ホンドは「しっかりしろ…最後まで諦めるな…私も最後まで諦めない…」と言います。ユンボクはただ下を向いて「申し訳ありません…」と言うばかりでした。
宮殿には大臣達が一斉に詰めかけていました。
王様は「お前たち全員が…御真画師の責任を問う為に…ここへ来たのか…」と言います。すると領議政が「左様でございます…御真の棄損は国体を揺るがす大反逆罪として…その罪を問い…この国を正すべきと存じます…」と言います。他の大臣が「はい…殿下…王権に対する全面的挑戦であり謀反です…背後関係がどうかとの心配もあります…」と言います。右議政は「殿下の一番身近な者が…なぜ殿下を裏切りこんな罪を犯せるのか…罪人は必ず極刑に処し…大逆罪人の見せしめとします…」と言います。キム・グィジュは「惨刑に処するのが妥当です…」と言います。そしてすべての大臣達が一斉に「御了察のほどを…」と言います。大臣達はこの機会に王権を弱めようという考えでした。
王様の顔は沈んでいました。その時、王様の側近ホン・グギョンが「殿下…ホン・グギョンが申し上げます…」と言います。そして「御真を棄損したシン・ユンボクは当然ですが…キム・ホンドに惨刑は重すぎます…何とぞ臣どもの意を折衷され…決定されんことを…」と言います。
インムンとジョンスクの兄妹は、宮殿の門の前まで来ていました。そこへ、シン・ハンビョンが駆けつけます。ハンビョンは「どうなった?…判決は?」とインムンに聞きます。インムンは「間もなく出ます…」と言います。
ユンボクとホンドは、義禁府の取り調べ場に縄をうたれて土下座させられていました。そこへ役人が来て、判決を読み上げます。「判決を下す…罪人キム・ホンドは…御真画師の主管画師として…その罪を厳重に問うのは当然であるが…主上殿下の善処により次の判決を下す…罪人キム・ホンド…図画署画員の資格をはく奪する…罪人シン・ユンボクは…御真を破損した罪を厳しく問い…国法により…斬首刑で、その罪を罰する…執行は3日後に…西小門外で行う…」といます
ユンボクの目からは涙が流れていました。ホンドはユンボクの目をじっと見つめます…ユンボクもまたホンドを見つめます。ホンドは役人に「いけません…私を罰して下さい…主管画師として…管理不十分だった私の罪の方が大きい…」と言います。ユンボクはホンドを見て泣きながら「師匠…いけません…」と言います。しかしホンドは、なお一層大きな声で「何とぞ、命だけでもお助け下さい…この者を助けて下さい…何とぞ…命だけはお助け下さい…」と叫び続けます。ホンドは、武官たちに抱えられる様にして退場させられながらも「主上殿下に合わせて下さい…何とぞ…助けて下さい…」と叫び続けます。ユンボクはホンドを見ながら「師匠…」と言います。
ハンビョンは、門の前で武官にユンボクの判決を聞きました。そして「とんでもない…とんでもない…これは…とんでもないことだ…」と言いながら、呆然となりふらついていました。インムンはジョンスクと一緒に武官に聞きます「キム・ホンドは…」と…するとその時、門があき武官がホンドを連れて来ます。ホンドは「放してくれ…放せ…」と叫びます。インムンとジョンスクはそれに気づき、ホンドの方へ行きます。
ジョンスクが「お兄様…」と呼ぶのですが、ホンドは気付かずに門の方へ向かいます。そして「話を聞いてくれ…」と言いますが、門は締められます。ホンドは「ユンボク…ユンボク…ユンボク…」と叫びます。インムンとジョンスクはホンドを捉まえて止めさせようとします。インムンは「檀園…檀園…」と呼びます。ハンビョンは呆然と上を見ながら「ユンボクが斬首を…」と言います。
ホンドは、ホン・グギョンに連れられて、王様の執務室の前に来ていました。
ホン・グギョンはホンドに「義禁獄にいるお前を心配されていた…」と言います。ホンドは小さくうなずきます。するとホン・グギョンは、内侍に目で合図をします。内侍は「殿下…画員キム・ホンドが参りました…」と声をかけます。王様は「通せ」と言います。
ホンドは王様の前に座り、手を付いて低頭していました。
王様は「あの画員は残念だ…」と言います。ホンドは「殿下…」と言います。王様は「多くは言わぬ…予はあの画工を許せん…国法で罪人を罰せねばならぬ…予の手を離れたことだ、そう思ってくれ…」と言います。ホンドは「あの画工を助けられるのは…殿下だけです…どうかお考え直しを…」と言います。王様は「あの者は…予の宿願の御真画師を台無しにし…それでも足りず…御真を棄損した…確立した正当性を…一瞬にして失わせた…それなのに…助けろというのか…」と言います。ホンドは「御真に託した殿下の志が…どれほど厳格で切実だったか…誰よりも存じております…」と言います。王様は語気を強めて「そんなお前が…事をこの様にしたのか…」と、問い質します。ホンドは「殿下…すべて私の過ちです…私を罰して下さり…若い画工の命を助けて下さい…」と答えます。
王様は「お前が何を行ったとしても…予の心は変わらない…」と言います。ホンドは「殿下…」と言います。王様は怒りを抑えきれずに、机を手で叩き「出て行け…」と怒鳴りつけます。ホンドは、ただ手を付いて低頭しているだけでした。それを見ていた内侍達が、ホンドに近づいて、二人でホンドの両脇を抱えて連れ出そうとします。ホンドは内侍にされるがままに従います。
ユンボクは、義禁府の牢に入れられていました。壁にもたれかかって、手で膝を抱えて座っていました。目は虚ろで、ただ茫然としていました。そこへ、父ハンビョンがやって来ます。
ハンビョンは「ユンボク!…お前は正気なのか…」と、怒りをぶちまけます。ユンボクは立ち上がり、小さな声で「父上…」と言います。
ハンビョンは「お前が何の為に生きてきたのか忘れたのか…」と、怒鳴りつけます。ユンボクは小さな声で「父上…」と言います。ハンビョンは「御真画師を行い…差備待令画員になり、高霊シン氏の家門を…輝かせと言った…」と怒鳴りつけます。ユンボクは、小さな声で「申し訳ありません…」と言います。ハンビョンは「聞きたくない…もう私の子ではない…お前は家門をダメにした…もう二度と会いたくない…」と怒鳴りつけます。ユンボクが「父上…」と言うと、ハンビョンは「父と呼ぶな…」と吐き捨てるように言うと、その場を立ち去って行きます。ユンボクは寂しそうな目で、父の後ろ姿を見ていました。
ハンビョンは、泣きながら義禁府の門を出て来ます。そして泣き崩れて座り込みます。そして「ヨンボク…父を許してくれ…私が間違っていた…ヨンボク…」と泣き続けていました。
キム・ジョニョンの屋敷では、右議政たちが密会をしていました。その席では、チョンヒャンが琴の演奏をしていました。
キム・グィジュが「うまく行くときは、棚からぼた餅と言うが…都合よく御真を裂くとは…」と言います。図画署の別提は「若いものが何を思ってそうしたのか…」と言います。参加者は笑い始めます。そして別提は「もう終わりですな…今回の件で、間違いなく死にます…」と言うと、また笑い始めます。
キム・ジョニョンが「才能が災いを呼んだようです…」と言うと、キム・グィジュは「才能だと?…その愚かな画工を惜しむのか…」と言います。キム・ジョニョンは「普通の物ではないと思いまして…」と言います。右議政は「シン・ユンボクだったかな…」と言います。キム・グイジュが「そうです」と答えます。この時チョンヒャンの表情が変わります。
キム・グィジュは「義禁府で斬首刑を宣告されたので…責任者のキム・ホンドもこれ以上…思うままに暴れられないでしょう…」と言うと、また笑いだします。これを聞いていたチョンヒャンの琴の音が急に速く、大きく、荒々しく変わります。
チョンヒャンは自分の部屋に帰って来るとユンボクのことが心配でたまりませんでした。チョンヒャンはお付きの下女に「お前も聞いたか…画工が斬首刑だと…そんなはずがはいわ、違うわ…そうよね…」と聞きます。下女は心配そうな顔つきで「お嬢様…」と言います。チョンヒャンは「会いに行かなければ…」と言って、部屋を出ようとします。下女がチョンヒャンの手を取って「どうやってですか?…監視されてます…」と言って止めます。チョンヒャンは、取り乱すように「会いに行かないと…画工が…画工が死ぬと言っていた…」と言います。
インムンの家のホンドの部屋では、二人が話をしていました。
ホンドは部屋の中を歩きながら「助けねば…アイツを絶対に助ける…」と言います。インムンは「主上殿下の前で御真を裂いた罪人だ…どうする?…」と言います。ホンドは「出来ることは何でもやらねば…」と言います。インムンは「お前にまで災いが及ばないか…」と言います。ホンドは座って「構わない…師匠やソ・ジンと同じように死なせられない…」と言います。インムンは「10年前も今回もお前のせいじゃない…」と言います。ホンドは居ても立ってもいられずに、立ち上がり部屋を出て行こうとします。インムンは「どこに行く?…」と言いますが、ホンドはそのまま出て行きます。
ホンドは宮殿の門の前に来ていました。門にはかがり火がたかれ武官が護衛として立っていました。ホンドはそこで上着を脱ぎ帽子を取りむしろに座って両手を着き低頭して「主上殿下…若い画工の命を…お助け下さい…主上殿下…何とぞ…若い画工の命を…助けて下さい…」と叫び続けました。ホンドは王様に直訴を始めました。
王様は自室で墨絵を描いていました。精神を落ち着かせるものでしたが、なかなか雑念が取れないようでした。
ホンドは夜が明けても座り続けていました。役人達はホンドの顔を見ながら宮殿に入って行きます。右議政がホンドに近づき「卑しいものはどうしようもないな…」と叱りつけます。隣にいたキム・グィジュも「何て奴だ…」と大声を上げます。二人は怒りをあらわにして、宮殿の中に入って行きます。ホンドはじっと耐えながら座っていました。そこへ、王様の側近ホン・グギョンがやって来ます。ホン・グギョンは立ち止り、ホンドの後姿をじっと見つめていました。そして何も言わずに宮殿の中に入って行きます。
王様の執務室にホン・グギョンがやって来ました。ホン・グギョンが王様の前に座ると、王様は「早い時間に何だ?…」と言います。ホン・グギョンは「キム・ホンドが泣訴をしています…」と言います。王様はしばらく考えてから「聞きたくない…」と言います。ホン・グギョンは「はい」と言うと立ち上がろうとしますが、王様は「待て…」と言います。そして「彼らがどう出るか分からない…注意してくれ…」と言います。ホン・グギョンは「はい…殿下…」と答えます。
王大妃の部屋には、右議政とキム・グィジュがいました。
王大妃は「まだ泣訴をしているのか?…」と言います。キム・グィジュは「はい…しかし、キム・ホンドは…図画署を永久に去ります…心配ありません…」と言います。王大妃は「容易に諦める主上ではない…芽を摘む好き機会を逃した…」と言います。右議政は「しかし、主上殿下もこれ以上…御真を描こうとは言えません…」と言います。王大妃は「不安です…主上の心がいつ変わるか分かりません…」と言います。
チョンヒャンが義禁府の門の前に来て、護衛の門番に下女が腕輪等の装飾品を渡していました。門番は門を開けて「早く入りなさい…」と言います。チョンヒャンは牢の中に入ると、ユンボクを探しました。チョンヒャンがユンボクを見つけると、ユンボクは牢の格子にもたれかかって寝ていました。チョンヒャンはユンボクの耳の側で「画工…画工…」と呼びます。ユンボクはその声に気づくと振り向いて「チョンヒャン…」と言います。チョンヒャンは「どうしてですか?…」と涙を流しながら言います。ユンボクは「すまない…すべてのことが…すまない…」と言います。チョンヒャンは「幸せにと祈ったのに…どうしてこんな事に?…」と言います。ユンボクはチョンヒャンの目を見て「泣かないでくれ…」と言います。チョンヒャンは、それでも泣きながら「いつですか?…」と言います。ユンボクは「2日後…」と言います。チョンヒャンは「私は…どうすればよいですか…画工を助けられるなら何でもします…」と聞きます。ユンボクは「檀園先生が方法を探しているから…大丈夫だ…」と、心配を掛けまいと思って言います。チョンヒャンは少し身を乗り出して「本当ですか…」と聞きます。ユンボクは「すぐ出られるだろう…師匠が希望だと…言ったのはあなただ…」と言うと、牢の隙間から手を出してチョンヒャンの手を握ります。そして「だから…心配いらない…」と言います。チョンヒャンは「また会えたら…絶対に泣かない…そう思ったのに……方法を探します…私は…家に縛られた身ですが…出来る限りの方法で…画工を助けます…」と言います。ユンボクは少し微笑むとチョンヒャンの顔を手で触ります。親指で涙をふき、じっとチョンヒャンの顔を見つめていました。
ホンドはまだ宮殿の門の前で、むしろに座り、両手を付いて低頭し、泣訴をしていました。そこへ右議政たちがやって来ました。
右議政は「醜い恰好で主上殿下を悩ませるとは…ふてぶてしい奴だな…早く立って帰れ…」と怒鳴りつけます。するとキム・グィジュが「大逆罪人の画工の為に…命を投げ出すようです…」と周りの大臣達にいます。周りでは笑い声が上がります。他の大臣が「画工には…命より大事なのは筆を取る手です…」と言って笑い飛ばします。右議政は「本気で代わりに命を差し出すつもりか…ホォホォー…それは実に感動的だな…」とホンドを侮辱します。キム・グィジュは「あの者を本気で助けたいのか…御真を台無しにし…また殿下の心を得るための策だろう…」と罵ります。右議政は「虎の罠を掛けたら、ハマったのはネズミか…」と言うと、馬鹿にした笑い声を出して帰って行きます。
ホンドはじっと我慢して何も言わなかったのですが、ついに切れて「本当に……本気とは何か、知りたいということですか…」と言います。すると大臣達は立ち止り、ホンドの方を向きます。ホンドは「本気が分からないなら…私が…教えましょう…」と叫びます。そして、立ち上がろうとしますが、何十時間も座り続けていたので、なかなか立ち上がることが出来ませんでした。しかしホンドは、はいずりながらも門の前のかがり火のところまで行って、立ち上がります。そしてホンドは「画人に手は…命より大事です……この手を差し出します…」と言います。大臣達は、呆然とホンドの姿を見ているだけでした。次の瞬間、ホンドは右手をかがり火の中に入れます。すると「ウォー…」と言う、ホンドの悲鳴とも雄叫びとも取れる声が響き渡ります。大臣達はビックリして何も言葉が出ませんでした。そしてホンドは、かがり火に手を入れたまま「若い画工の命をお助け下さい…何とぞ…ワァー…」と叫び続けます。その様子を王様の側近ホン・グギョンが見ていました。
第12話 奉審はここで終わります。
今回は、大どんでん返しが起きました。苦労に苦労を重ねて完成させた御真画師をユンボクが突然引き抱いてしまいました。兄の事を侮辱されて、我慢に我慢を重ねていた気持ちが切れてしまったとしか言いようのない出来事でした。
元々、ユンボクが御真画師に参加しようと思ったのは、御真画師を無事に成功させたら、褒美をもらえると図画署の生徒達に聞いてからの事でした。そして、御真画師を成功させて、褒美として、丹青所に追いやられたヨンボクを図画署に呼び戻そうと考えたからでした。しかし、御真画師を完成させる為に、ユンボクがヨンボクに大量の顔料を頼んだことで、ヨンボクが死んだ事を聞くと、ユンボクの心は空っぽになってしまいました。せめて、葬儀の終わるまでは、ヨンボクの側にいたかったのでしょうが、画工としての最大の行事、御真画師を放り出すことは許されませんでした。
ユンボクにとっては、御真画師に参加したのは、兄の為にやったこと、その兄が死んでしまったのだから何の意味もありませんでしたが、国にとっては一大行事、ユンボクのわがままは許されないことでした。若いユンボクに取っては、理屈では分かっていても心が付いて行けなかったのかも知れません。
それにしても、王様にしてみれば、自分が信頼していた画工に御真画師を引き裂かれるとは、青天の霹靂だったでしょうね…御真画師を成功させて、その勢いで国の改革をしようと準備を重ねて来た事が、ユンボクによる一瞬の行為によって、全てが水の泡になってしまったのですから…日頃は温厚な王様も激怒してしまいました。これは、仕方のないことだったと思います。
しかし、ホンドはユンボクの事をかばい続けました。確かに、ユンボクが切れた原因を側にいて一番理解していたのはホンドです。別提達の陰謀で、顔料を使えなくなったのも事実です。ヨンボクが命を掛けて作った顔料を侮辱したのも事実です。でも、普通の師弟関係では考えられないかばい方をしているのも事実です。ホンドの心の中には、師弟関係だけでは割り切れないものが、芽生えていたのだと思います。
それにしても、こんなストーリーを誰が考えたのでしょうね。私は想像する事も出来ませんでした。御真画師を引き裂くなんて…これから先も、いろんな仕掛けがありそうです。では次回をお楽しみに…
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