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2015年12月29日火曜日

「大地の子」の再放送を見て思うこと



「大地の子」の再放送を見て思うこと

 NHKBSのアンコールドラマ「大地の子」を録画で一気に見た。二十年前の作品とは思えない感動がよみがえってきた。さすがにモンテカルロ国際テレビ祭で最優秀作品賞を受賞し、国内では、平成七年度芸術作品賞を受賞しただけあって、日本にも中国にも偏らず、人間のすべての感情(恨み・妬み・差別・良心・親子隣人への愛情…)が描かれていたように思う。戦争とは惨いものだな、終わった後もこれだけの悲劇を残すのかと今更ながら感じた。しかし、二十年前に見た、断片的な記憶の映像と、いま視覚で捉えた映像が重なった時に、時代の世情の違いも感じ取った。途上国で援助を必要としていた中国が、改革開放で経済大国となり、尖閣諸島や南沙諸島では脅威となっている…韓国をも含めて、反日的思想にどのように対応すべきかと…

 原作者の山崎豊子さんが亡くなられて二年が過ぎ、今年(2015年)は、日本中が安全保障問題に明け暮れ、嫌韓・嫌中がはびこった。これはNHKの確信的再放送だったのかも知れない。もう一度冷静になって、戦争の悲惨さや戦前戦後の日本人の贖罪(しょくざい)について考えるべきではという…ならば、BSではなく地上波で再放送すべきではなかったかとも思う。

 聖書(マテオ第7章3節―5節)には次のように書いてある。
 「なぜ、兄弟の目にあるわらくずをみて、自分の目にある梁に気をとめないのか。また、自分の目に梁があるのに、なぜ、兄弟にむかって、あなたの目のわらくずを取らせてくれといえるのか。偽善者よ、まず、自分の目から梁をとり去るがよい。そうすれば、はっきり見えるようになって、兄弟の目のわらくずも取ることができよう。」

 しかし、これを実行することは、非常に難しいことのように思う。人と人との間では、まだできるかもしれない。失敗すれば自己責任で済むから…けれど、国と国との間では、誰が責任を取るのか。それは政府に決まっている。しかし政府は、国民の利益と安全を一番に考えなければならない。よって、確率の低いものに、国民の利益と安全を掛けることができない。国は奇跡を待ち望んではいけないということだ。ただ、政府を率いる者の心の片隅で、自国の目に梁があることを認識していれば、よりましな行動が取れるのかも知れない。

 戦後七十年、日中・日韓、それぞれに言い分はあると思う。どこかで妥協をしなければ関係改善は築けない。それとは別に、学者の歴史の真実の追及に、政治が圧力を掛けるべきではない。この問題は複雑で、なかなか解答が出ないように思う。ただ、毅然とした対応が必要だとも思う。事実の歪曲によって、偽りの歴史が定着するからである。

 ところで、陸一心役の上川隆也さん、実父松本耕次役の仲代達也さん、お二人とも若いですね…特に新人で主役に抜擢された上川さんの姿を見ると、当時、あの人は誰と世間が騒いだことを思い出しました。そして、名前の代わりに「大地の子」と呼ばれていました。物語のラスト近くで、製鉄所が完成し、二人だけで記念の三峡川下りの旅に出た時に、船上で実父が思い悩んで「日本に帰ってこないか…」と言うと、一心は、無償の愛で育ててくれた養父母の想いを捨てることができずに、涙を浮かべながら「私は大地の子です…」と言って中国残留を決意したシーンが、あまりにも感動的だったからかもしれません。この作品の好演によって、上川さんはスターへの階段を登られて行ったように思います。



仲代さんは言うまでもなく、当時すでに大スターでしたが、年月が流れ、今年、文化勲章を受章されました。親授式をテレビのニュースで拝見していたら、お姿が見えずに不思議に思っていたら、芝居の公演と重なって欠席されたとのことでした。役者の世界は、親の死に目にも会えない世界だとは聞いていましたが、栄えある日に、一役者として、地方の舞台に上がるというのも凄いですね…役者としての生き様を見たような気がしました。

2014年9月22日月曜日

韓流ドラマ「ハッピーエンディング」の最終回を見て思うこと

この作品、韓流ドラマ特有の恨み辛みに足の引っ張り合いが無く、実に好い作品でした。原作が秋元康の「象の背中」だから、日本人にも理解しやすいのかもしれません。私は原作を読んでいないので分かりませんが、ドラマとは少し内容が違い、愛人問題など男の身勝手という批判もあるようです。さすがに儒教社会の韓国では、直に取り上げる事が出来なかったのかもしれません。しかし、それが返って私の胸を打ったのかもしれません。病で死に直面した主人公のキム・ドッスが、昭和の親父に見えて仕方ありませんでした。そして、基本的に日韓の心情には、相通じる物があるように思いました。
最近の日韓関係は、韓流ブームが去って、嫌韓が蔓延(はびこ)り、悪化の一途をたどっています。近親増悪と言うべきか、イギリスとアイルランド、最近ではイングランドとスコットランドにも何処か似ているような気がします。朴槿惠大統領は、恨みを忘れるのに千年かかると言われましたが、ご存じのように元寇(高麗も参戦していた)からは千年たっていません。お互い様と言うところでしょうか。また、中国は朝鮮戦争に参戦して、多くの韓国人を殺傷していますが、わずか数十年で、韓中の現在の親密ぶりは何なのでしょうか。韓国は、中国に侵略される事に慣れ過ぎているような気がします。このような結果、日頃の鬱憤(うっぷん)も重なり、日本のネットでは、韓流排除の声が高まっています。しかし私は、その考えには反対です。
第二次世界大戦中、我国では、敵性語などと言って、アメリカの文化などを排除しましたが、アメリカでは日本の文化を徹底的に研究しました。結果は歴史が証明しています。マンネリ化した韓流ドラマを見て、日本人にはドギツクて、ウンザリします。しかし、このハッピーエンディングのような好い作品もあります。これからは、韓流も質が試される時代なのかもしれません。
前置きは、この位にしておいて、物語のあらすじを書いておきます。


主人公のキム・ドッスは、テレビの報道局の次長で、出世に興味の無いバリバリの報道記者。家庭を顧みない仕事の鬼で、部下達からは、恐怖心を持たれながらも慕われていました。そんなキム・ドッスが、ある日突然、ガンで余命半年と宣告されたのです。
ドッスは、親友で医師のジェホから、すぐに入院するようにと言われるのですが、治療しても完治する見込みが少ないと知り、家族にお金を残す為に、通院しながらの治療を選択します。妻のヤン・ソナには、気持ちの整理が出来るまでは知らせないで欲しいと頼みます。最初の抗がん剤治療の時、付き添いに呼んだのは、初恋の人で今では親友のホン・エランでした。(エランは未亡人で、二人の女の子がいた。)
エランは、「奥さんに知らせるべきだ…」と言うのですが、ドッスは「妻の悲しんで、取り乱す姿を見たくない…」と言い拒否します。
抗がん剤治療の後、エランが車でドッスを自宅に送り、門の前でハグをしているところをソナが偶然に見ます。ソナは、ドッスが浮気をしていると思い込み、悩んでエランに会うのですが、エランはソナに、ドッスが末期がんだということを告げます。ソナは御礼を言って、以後の付き添いを断わるのですが、女の感は、複雑な思いを巡らせます。エランはこれ以後、ドッスに会いたい気持ちを抑えて、会うのをひかえます。
エランの長女ナヨンは、学生時代に偶然ドッスの取材現場を見て憧れ、同じテレビ局に記者として入社していました。ナヨンはエランに、親子であることを上司のドッスには秘密にして欲しいとたのんでいました。ドッスはナヨンを有望な若手記者として鍛えるのですが、ナヨンはそれをいじめと受け取り、ドッスを嫌って、いつも喧嘩をしているような口調で話していました。
ドッスは通院しながら、あらゆる治療を受けるのですが、効果が表れません。そしてジェホから、これ以上の治療は無意味だと宣告されます。ドッスが余命を聞くと、ジェホは四カ月と答えました。以後、痛みを緩和するだけの治療を受けます。
ドッスは自分の死後、ソナや家族の生活が成り立つようにブックカフェの店舗を探します。そして退職金の前払いを受け、ソナを説得して契約をします。
そんな事情を知らない二女のウナは、独立すると言って家を出ます。死ぬまで家族と一緒に過ごしたいと思っていたドッスは、長女クマの夫テビョンに病状を打ち明け、ウナを連れ戻させます。すると今度は、名門ソウル大学に合格間違いなしと言われていた、末っ子で長男のドンハが、歌手になると言って家出をします。ドッスは知り合いの刑事にドンハの行方を探してもらい、自分の病状を話します。そして、歌手になっても好いから、大学には行きなさいと諭します。長女の夫テビョンは、司法試験七浪中でドッスに養われていましたが、合格を諦めて職を探し始めます。ドッスは、病状の悪化を自覚して、テレビ局を退職します。その時、自分の取材ノートをナヨンに託します。
ある日のこと、ドッスはエランに呼び出され、「ヨナンは、あなたの娘です。」と打ち明けられます。ドッスは青天の霹靂でした。「何で今頃…」と…エランは「打ち明けるつもりはなかったのだが、ナヨンが偶然に知ってしまった…母が事件を起こし、夜逃げをした後に妊娠していることに気付いたの…ほとぼりが冷めて故郷に戻ると、あなたは大学入学の為にソウルに行っていた…あなたの居場所を見つけた時には、すでにあなたはソナさんと結婚していた…」と言います。
ナヨンは、引き継いだ取材ノートを口実に、頻繁にドスの見舞いにやって来ます。お互い父と娘と分かっていても決して口には出さず、少しぎこちなく感じられても口調は変わりませんでした。ドッスと別れた後のナヨンの涙が、父への愛を物語っていました。また、以前からメールでプロポーズされていたオーストラリアの獣医イ・ソンフンをドッスに紹介して、品定めをしてもらいます。ドッスのOKサインが出ると、トントン拍子で結婚することになります。そんな様子を近くで見ていたソナが、ナヨンはドッスの娘ではないかと気付くのですが、決して口には出しませんでした。
病状が悪化して体力の低下を感じたドッスは、最後の家族旅行をして「愛し合おう」という家訓を残し、自らの決断でホスピスに入院します。ドッスはソナに、「付き添いに付くよりは、ブックカフェで働いてくれ…その方が安心するから…」と言ってソナを店に出させます。家族は、交代で付き添う様に成ります。ナヨンはエランに「私の事で、お見舞いに行けなくなってごめんね…」と謝りますが、エランは「会えなくても、お互い気持は分かり合っているから…」と言います。
ドッスは痛み止めのモルヒネのせいで、昼間も朦朧(もうろう)とした生活を送っていました。ドッスはジェホに「こんな生活は嫌だ、モルヒネを減らしてくれ…」と言います。しかし、モルヒネを減らすと、ドッスに容赦のない痛みが襲って来ました。ドッスは痛みに耐えながらジェホに「あとどれくらい生きられる…」と聞くと、ジェホは「今月の終わりぐらいだろう…」と答えました。
ナヨンは、病室に来て「プロポーズされました…式は、来年の春です…」と言います。ドッスは「すまない…オレは行けない…」と言います。ナヨンは「次長は、初対面で同席してくれました…充分です……実は彼もここに来ているんです…次長に挨拶したいけど、迷惑なら帰ると言っています…」と言います。ドッスは、かすれた声で「いいや…中に呼んでくれ…早く…早く…」と言います。ナヨンは、嬉しそうな表情で「はい」と言うと、ソンフンを呼びに行きます。ドッスはソンフンの手を握り「彼女を…大事にしろ…それと…資産運用は絶対に…彼女に任せるな…」と言います。ドッスは幸せそうに微笑みます。その様子を見ていたナヨンも、涙ぐみながら微笑みます。
ドッスの死が近いことを知ったエランは、報道局長を呼び出して、退職金の割増金と言って、お金を渡してくれ…と頼みます。最初、報道局長は断るのですが、エランは、ドゥスが少しでも安心して最期を迎えられるようにするため、ドンハの大学の4年間の学費に相当するお金ですから…と言って、報道局長を納得させます。
ソナが付き添っているとドッスは、自分と同じ病に苦しむ人たちのために、少しでも役立ちたいと思い、自分が死んだ後、がんの治療研究の為に献体するように頼みます。
テビョンは、仕事を終えて、ドッスの見舞いに来ていました。ドッスがテビョンに「キツイか…」と聞くと、テビョンは「はい…」と答えます。しかし、その表情はさえませんでした。ドッスはテビョンに「だがな…みんなそうやって生きている……テビョン…司法試験…諦めきれないだろう……テビョン…勉強を続けろ…」と言うと、テビョンの顔の前で右手の親指を立てて「全力で走れ…お前を信じるぞ…」と言います。
ソナがドッスを日光浴させていると、ドッスの指から指輪が外れます。ソナが「指が細くなったのね…家で大事にしまっておくわ…」と言うと、ドッスは「いいや…糸を巻いてくれ…」と言います。ソナが指輪に糸を巻きながら「あなた…私と一緒に暮らしてて…指輪を外したいと思った事は?…」と聞きます。ドッスは「ない」と答えます。ソナは微笑みながら「ウソでしょう…」と言います。ドッスは「いいや…ないよ……ソナ…すまない…」と言います。ソナは「私もごめんね…大事なあなたの事を…もっと愛することが出来なくて…」と言います。するとドッスも「俺も……本当に…愛してた…」と言います。ソナは、はにかむように涙を拭きながら「出来た…はめてあげる…」と言うと、指輪をドッスの指に戻しました。ソナはドッスの顔に近付くようにして「永遠に離れないわ…」と言うと、涙があふれ出し我慢できなくなって、ドッスの胸に顔をうずめます。
いよいよドッスの死が近づいてきた夜。付き添いが誰もいない頃を見計らって、エランはドッスの部屋に来ました。エランがドッスに「怖い…」と聞くと、ドッスは首を小さく横に振りました。エランは「あなたは私の大事な幼馴染で、同級生で、初恋の人で…そして今まで、私の苦しみでありつづけた…これからは…」と言うと、ドッスが「思い出…」と言います。エランは、頷きながら「そうよ…」と答えました。そして「思い出になる…友達のドッス……もう、ここには…来ない…」と言うと、涙を流しながらドッスの手を握ります。エランは静かに部屋を出ると溜息をつき、想いをかみしめるようにその場を去って行きました。
ドッスには、我慢の出来ないほどの痛みが襲って来ます。ジェホと若い医者と看護士が駆けつけて来ます。ドッスは「痛み止めを頼む…モルヒネを打ってくれ…痛いんだ…」と懸命に訴えます。若い医者と看護士は部屋から飛び出して行きます。ジェホは、痛みを訴えるドッスを抱くようにして「大丈夫か…少しだけ我慢するんだ…耐えろ…」と言います。ドッスは、苦しみながら絞り出すように「ジェホ…オレはもっと生きたい…」と言います。
翌日、家族それぞれに危篤の知らせが伝わります。それぞれが制服のまま、普段着のままでドッスの病室に駆けつけます。
家族全員がドッスを見守るなか、ドッスは「故郷へ帰りたい…父さんに会いたい…」と…父親を悲しませたくないと言う思いから、会わないようにしていたのですが、最後の最後になって、父のもとへ帰りたいと訴えたのです。ソナは病室から出るとジェホに「サムチョク(故郷)に連れて行ってあげたいんです…」と言います。ジェホは「今の状態では難しい…」と答えるのですが、ソナは「そこをお願いします…最後の願いになるかも…ジェホさん…」と頼み込みます。ジェホは、仕方ないと言う表情で「では、救急車を手配して、僕も同行します…」と言います。
ジェホはエランに「ドッスが、そろそろだと思う…」と電話します。エランは折り返しナヨンに電話します。ナヨンの顔が見る見るうちに崩れて行きます。そして「ええ…分かった…」と言うと、我慢しきれなくなり、手で顔を覆って泣き崩れます。ドッスは救急車に乗せられて故郷へ戻ります。子供達はテビョンの運転する車で救急車の後からついて行きます。
ドッスが自宅の前に付くと待っていた父親は、動揺を抑えながらドッスに近付いて来ます。そしてドッスの手を握ると「良く帰ってきたな…疲れただろう…」と言うと、両手でドッスの顔をさするようにして頬ずりをします。家族は二人の様子を見つめながら、ただ涙を流すだけでした。ドッスの父親は、車いすの後ろに回り、握り手を持ち「行こう…」と言うと、車いすを押し始めます。
ドッスの乗った車いすは、家には向かわずにUターンをして、海の方へと向かいます。漁船が港を出て行く、幼いころに見慣れた風景が…家族は二人を遠巻きにしてじっと見つめていました。岬の灯台に付くと、父親は車いすを押すのを止めて、ドッスの目の前に腰を屈めます。ドッスは父親に「幸せだよ…オレは幸せ者だ…愛してる父さん…」と言います。父親は、頷きながらじっと聞いているだけでした。父親がドッスの車いすを家族のいる方向に向けると、ドッスの脳裏には、家族との思い出が走馬灯のように甦って来ました。そして、次第に目が閉じて行き、息が途絶えました。父親はドッスを抱きしめながら、噛みしめるようにして泣いていました。そんな様子を海鳥が空から眺めていました。
一年後、ブックカフェは軌道に乗り、ソナは元気に働いていました。テビョンは司法試験に受かり、修習生として研修に追われていました。長女クマはブックカフェで働きながら詩の勉強をして詩集を出版する程になり、その娘ジミンは、元気に小学校に通っていました。長男ドンハは、ソウル大学に合格して、大学に通いながら歌手デビューを果たしました。二女ウナは、ドッスの治療に当たっていた若い医者と偶然に出会い交際をはじめます。
エランは、自分の経営するレストランで明るく働いていました。ナヨンは結婚して、お腹が大きくなっていました。ナヨンは夫と二人で頻繁にエランのもとに顔を見せに来ていました。幸せそのものの家族でした。
ソナは一日の終わりに日記を自室で書いていました。「まだ、夫のいない世界に適応できていないようだ…クマの詩集初出版も…テビョンさんの司法試験合格も…ウナの昇進も…ドンハのデビューも夫への申し訳なさが伴った…私は、こんなにも幸せだけど、彼はどうだろうか…忘れるにはその人と過ごした倍の時間が要る…私は永遠に夫を忘れられそうにない……あなた…今日はとても疲れた一日だったの…もう寝るわ…おやすみなさい…」
ソナはエランに会いに来ていました。「先日、ジェホが店に来たときに…ナヨンさんが妊娠したと聞きました…知らんぷりが出来なくて…産着とベビー用品を少しだけ…」と言うと、持って来た紙袋を差し出しました。エランは笑顔で「ありがとうございます。娘に渡しますね…」と答えました。ソナは「もっと早く聞いていたら、早めに伺えたのに…母子ともに健康で?…」と尋ねます。エランは笑顔で「おかげさまで…」と答えました。しかし、何処となくぎこちなさも残っていました。エランが「カフェは順調ですか?」と尋ねると、ソナは笑顔で「ええ、楽しめてます…一日がとても早くて…」と答えました。そして「夫が亡くなった後も、あなたと話せるなんて…ナヨンさんのおかげですね…」と言うと、エランは「来てくれてありがとう…」と答えました。ソナが「これからも時々、こうして会いたいですね…」と言うと、エランは「喜んで…」と言います。ソナは「夫と出会うより先に、あなたと出会っていたら友達になっていたと思う…」と言います。エランは「今日からなれるは…一年なんて本当に早い…明日はご家族でサンチョク(故郷)に?…」と尋ねます。ソナが「ええ」と答えるとエランは「御気を付けて…」と言いました。実に不思議な関係が漂っていました…
その夜、ナヨンの実家では、ソナからの贈り物が広げられていました。ナヨンは「次長の奥さんが私に?…有り難いわ…見て、すごく可愛い…お礼の電話しなきゃ…お母さん…明日は、次長の命日でしょう…私達も教会で祈ろう…」と言いました。エランは、笑顔で頷きます。ナヨンは「次長に、とっても感謝しているの…たくさんの贈り物をくれた…記者になったのも…好い記者を目指したのも…伴侶を見つけたのも…次長との出会いがなければ違っていたわ…」と言います。するとエランが「そうかな…」と言います。ナヨンは「今がとても幸せよ…次長に感謝してるよ…」と答えます。エランは「あなたのような…可愛い娘に育ててね…」と言います。ナヨンは笑顔で「可愛いおばあちゃんになってね…」と言います。
ドッスの父親は、自分で獲ってきた魚を天日干しにしていました。そこへソナ一家が遣って来ました。祭祀の後、ソナはドッスの父親と灯台のある岬を散歩していました。ドッスの父親が「大丈夫だ…」と言うと、ソナは「ちゃんと食べて下さい…」と声を掛けます。二人は、子供や孫達が仲良く魚釣りをしている姿を見つめていました。ソナが「体の調子はどうですか…」と尋ねると、ドッスの父親は「俺は大丈夫だ…」と答えました。ソナは「少しでも具合が悪い時は、直ぐに私か義妹に…」と言います。ドッスの父親は笑顔で「ああ…」と答えました。
その後、家族は海辺で楽しそうに過ごしました。ドッスの残した家訓「愛し合おう」のように…

エランの秘めた愛情とソナの妻としての愛情のはざまで、ドッスの揺れ動く心…冷たい女の火花が飛び交い、突然現れた娘に、ただただ戸惑うドッス…
お互い父と娘と知りながら、決して名のり合わないドッスとナヨン…私は名のり合っても良さそうなものと思ったのですが、これは日本人的考え方なのかもしれません。韓国では、伝統的に嫡子と庶子の差別があるようですし、ナヨンの場合、養父の籍に入っているのだから、実の娘として育ててくれた、亡くなった養父への思いもあったのでしょう…ドッスの死後、ソナがナヨンに産着を送った事で救われたような気がしました。いずれ姉妹弟の名乗りを上げる日も来るのではないかと…せめて、ドッスの祭祀には参列できるようになればいいなと…
弟が早世し、自分までもが父よりも先に逝くかと思うと、父に病気の事を告げられなかったドッス…偶然に曾孫から息子の病を知らされて、病院に駆けつけるのですが、病室のドアを開ける事が出来ずに、帰って行く老いた父親…その父の後ろ姿を見て複雑な思いに駆られるドッス…夫として父として、妻や子の行く末を案じ、息子として年老いた父を残して逝かねばならぬドッスの心情がよく描かれていたような気がします。

このドラマ、あまり派手さはありませんでしたが、日本人にも良く理解できるドラマでした。

2014年4月11日金曜日

日韓関係悪化で韓流ブームは終焉か?

 私が韓流ドラマを見始めたのは「宮廷女官チャングムの誓い(大長今)」からでした。それまでは、「冬のソナタ」で韓流ブームが起きていても、何で今さら韓国のドラマを見なければいけないのと嘯うそぶいていました。ではなぜ、私が韓流ドラマを見始めたのか…それは偶然の出来事でした。
 「宮廷女官チャングムの誓い」が、NHKの地上波で深夜に放送されていた頃、私は母の介護の真っ最中で、朝から晩まで忙しい毎日でした。もともとテレビ時代の申し子のような私ですから、ドラマやニュース、歌番組などテレビをつけ流し、時計代わりにしていたのですが、母を寝かせつけてホッと一息ついた時、テレビから「宮廷女官チャングムの誓い」が流れて来たのです。最初は、ふざけるなとばかりに、チャンネルを変えたのですが、何分にも深夜の為に、私の好みの番組は有りませんでした。仕方なくチャンネルをNHKに戻して「宮廷女官チャングムの誓い」を見始めました。すると次第にドラマに引き込まれ、韓国の衣食住や考え方に懐かしさや物珍しさを感じ、以後も毎週見続けて、いつの間にか韓流ファンになってしまったのです。きっと日本人の心の底流に儒教の考え方が潜在しているからだろうと思いました。それ以後「チェオクの剣(茶母)」「春のワルツ」…と見つづけることになり、母の介護を卒業してからは、テレビだけでは飽き足らず、パソコンを買って無料動画サイトの「Gyao!」で、見るようになりました。今では立派な韓流ドラマウォッチャーになってしまいました。
 韓流ドラマは面白い、映像も音楽も好い…だけど現代の日本人にはちょっと灰汁が強いかなとも思います。いつも奇跡のような偶然が付きまとい、視聴者は、そのあり得ない夢のような設定を前提にして、視聴するから面白く感じるのかも知れません。また、恨み辛み妬みのオンパレードで、これでもかこれでもかと必要に迫って来る。一・二作品を見るのには良いが、何作品も見つづけると、そのドギツサが、日本人にはうんざり感を与えて嫌になって来る。「女人天下」などはその典型的な作品の様な気がします。イ・ビョンフン監督の作品(宮廷女官チャングムの誓い、イサン、トンイ、馬医…)が日本で受けるのは、韓流ドラマにしては、そのドギツサが少ないからかも知れません。
 日本にもテレビの草創期時代には、韓流ドラマに良く似たドラマが視聴率を稼いでいました。船場・堂島・あかんたれ・細うで繁盛記・どてらい男…花登筐の世界です。しかし、高度成長の時代に日本の文化はアメリカナイズされ、これらのドギツイ作品は、いつの間にか消えて行きました。だからと言って、底辺から這い上がる立身出世の物語が否定されたわけではありません。NHKの連続テレビ小説「おしん」などは大ブームを惹き起し、つい最近のTBSの「半沢直樹」では、現在では死語ともなっていた「土下座」が流行語となりました。日本人の底流に流れる血は変わっていないことを証明しています。ただし、日本人のアイデンティティは、西欧文化と混ざり合って進化しているのも事実です。
韓流ドラマを見て、財閥の家族の「恋愛と結婚は違う…身分違いの結婚はさせられない…」などの台詞を聞くと反吐が出て来ます。まるで朝鮮王朝の両班が奴婢に言う言葉、あるいは江戸時代の武士が町人に言う言葉のようにも聞こえます。財力や地位が、人を分け隔てするのか…時代錯誤も甚だしい…と言いたくなります。もし、現在の日本の上流階級の人たちが、こんな発言をしたならば、世間から袋叩きに会うことは間違いありません。韓流ドラマを見ていると、似ているようで両国の違いが良く分かります。
 ところで、インターネットで面白い記事を見つけました。Record China(日本最大の中国情報サイト)に掲載された記事です。(日韓関係を中国の報道機関が報道することも面白いことですが…)

日韓関係悪化で韓流ブームは終わり迎える?―日本メディア
配信日時:2013年11月27日 12時14分
2013年11月25日、日本メディアの報道によると、日本の「韓流ブーム」は、NHKが放送した韓国ドラマ「冬のソナタ」の大ヒットがきっかけとなったが、その同じNHKが先ごろ、「韓流ブームは終わったのか?」と題した番組を放送し、話題となっている。環球時報(電子版)が伝えた。 
話題を呼んだのは、NHKのニュース解説番組「時事公論」。番組のテーマは「韓流ブームを振り返り、日韓関係を予測する」というもので、韓流ブームにより日韓両国の相互理解、とりわけ日本人の韓国人理解に大きくつながったと指摘。韓国を訪れる日本人が10年で2倍に増えたことや、NHK放送文化研究所の2010年の調査で「韓国が好き」と答えた日本人が62%に達したことなどを紹介した。 
番組では続けて、韓流ブームの勢いに陰りがみられるとして、日本のシンクタンク・言論NPOが2013年5月に発表した「第1回日韓共同世論調査」の結果を紹介。同調査によると、韓国に対する印象を「良い」と答えた日本人は3割にとどまった。番組の解説委員は、「在日特権を許さない市民の会」の活動が始まってから日本に「嫌韓」現象が起きつつあるとした上で、「日韓両国首脳が新しい政権になってから正式な形で会っていないのは異常な事態だ。両国民が協力し合う良いパートナーになるには、国民一人ひとりが行動を起こさなければならない」と締めくくった。(翻訳・編集/NY)

残念ながら、私は「持論公論」を視聴していなかったので、番組の内容は分かりませんが、おそらくこの記事に書かれている通りだと思います。日本人は、韓流ブームによって韓国が好きになっていた。これで今までのいざこざを払拭して、仲良くなれると思っていたはずです。しかし今では、真逆の嫌韓ブームの真っただ中です。その最大の原因は何か?私は、当時の李明博韓国大統領の突然の竹島(独島)上陸と天皇陛下に対する謝罪要求をしたことにあると思います。韓国の政治家は、内政に問題を抱えている時に、日本を攻めれば矛先をかわせると思っているようですが、攻める相手を間違ったのです。よりによって日本で一番のリベラリストといわれる天皇陛下を攻めるとは…この事で日本国民の嫌韓に対する箍(たが)が外れたのだと思います。以前なら嵐が通り過ぎるのを待っていた日本政府が、堪忍袋の緒が切れたとばかりに、日韓通貨スワップ協定の期限延長を取り止めました。このような反撃は、私の記憶では初めての事でした。こうなるとマンネリも重なって、韓流ブームが先細りになるのは仕方のないことだと思います。NHKですら、地上波の枠が五月で打ち切りが決まったそうです。
私が韓国に望むことは、G20入りもした事だから、もう少し大人になって欲しいということです。韓国にも言い分はあるでしょうが、日本にも言い分はあります。だからと言って泥仕合をしても仕方のないことだと思います。一つが駄目なら全てが駄目になるでは、未来への展望が開けないと思うのですが…

先日、オーストラリアが国際司法裁判所に提訴していた調査捕鯨の問題で、日本はオーストラリアに敗れました。クジラを食べるという食文化の危機が訪れています。しかし、その数日後、日本はオーストラリアとEPA経済連携協定を結びました。韓国ともこんな関係に成れたならと思うのですが…その為にも韓流ドラマやKポップの果たす役割は大きいと思います。ブームとは何時か消え去るもの、マンネリ化したものではなく、本物の韓流ドラマやKポップを視聴したいと思っています。

2013年11月23日土曜日

「とんび」の原作小説を読みました


「とんび」の原作小説を読みました。この作品は、NHK総合テレビで2012年1月7日(前篇)1月14日(後篇)とドラマ化され、TBSでも2013年1月13日から3月17日まで10話の連続ドラマとして放映されました。この様に短期間のうちにNHKと民放が同じ原作をドラマ化する事は、非常に珍しい事だと思います。たまたま書店で見つけて読んだのですが、飄々と言うべきか淡々と言うべきかは解りませんが、軽いタッチの文章で書かれていました。日頃、韓流ドラマやその原作本を良く読む私にとって、「とんび」はその対極に位置するものだと思いました。人の幸せとは何かと言う事を考えさせられる作品でした。
 「とんびが鷹を産む」という言葉がありますが、鷹として生まれて来た子供を暖かく見守る父とんびの姿が実に良く描かれています。決して「父子鷹」ではなく、子鷹は父とんびの背中を見ながら成長します。父子を見守る周りの友人知人の姿も良く描かれています。この本を読んで(ドラマを見て)日本人で良かったなと感じさせられる作品でした。

2012年11月9日金曜日

NHKドラマ「陽だまりの樹」第12話(最終回)獅子たちの旅立ちを見ました

 冒頭、良仙の声でナレーションが入ります。「元治元年、万二郎は長州征伐に向かった…だが、坂本龍馬と密議を交わしたとして、歩兵組大隊長の任を解かれる…綾は一時容体が悪化したが、万二郎の看病の甲斐有って、回復の兆しを見せ始める…その間、薩長中心に倒幕の機運が高まりつつあった…」と…

 慶応三年(1867年)十月、万二郎は同志と会合を開いていた。万二郎は「この決起の大願は、幕府の改革、その為の世直し…諸君は、私にこうして決起されたが、血盟の同志です…その制約をこれへ…」と言うと、連判状に署名捺印しました。その時、廊下を走ってくる音がしました。居合わせた同志たちが襖の方を向くと、襖が開け放たれて、一人の武士が姿を見せました。武士は、慌てた表情で万二郎を見ると「おい、一大事だ…御上が大政を奉還された…」と言います。万二郎は、驚いた表情で語気を強めて「なに!…」と言います。ここで音楽が流れ始め、陽だまりの樹~獅子たちの旅立ち~最終回の幕時スーパーが流れます。

 

 西郷は、薩長の同志に「見せかけの奉還にはなんの意味もなか…」と言います。ここで、良仙の声でナレーションが入ります。「大政奉還には、倒幕の名目を奪う狙いがと見た西郷は、幕府を挑発し…」と……西郷は同志に「決して、手を緩めてはいかん…」と言いました。良仙の声でナレーションは、さらに続きます。「慶応四年(1868年)一月三日、ついに旧幕府軍と薩長軍は、大阪と京の間で衝突した…世に言う、鳥羽伏見の戦いである…京都見回り組、新鮮組などが奮戦したが、討幕軍の大砲が彼らを粉砕した…一月七日、朝廷は徳川慶喜追討礼を出し、ついに旧幕府は朝敵となった…」と…

 良仙は、万二郎の家に往診に来ていました。綾は、床の上に体を起こしていました。おとねは、そんな綾の体を軽く手で支えていました。良仙とおとねは、綾の回復ぶりを見て、笑みを零しました。良仙は「脈も確りしているし、見違えるほど元気になりましたね…」と言うと、おとねと視線を合わせて喜びました。綾はまだ、自分の体を長時間支える事が出来ずに、後ろに倒れそうになりますが、良仙とおとねがそれに気づき、おとねが綾の体を支えました。綾は、良仙に話しかけようとしますが出来ませんでした。おとねは良仙に「だが、声は出ないんです…」と言います。良仙は綾に「いいよ、いいよ無理しなくて…ここまでよくなったんだ…いずれ喋れるようになるさ…」と、笑顔で語りかけました。おとねは綾を寝かせつけました。良仙はおとねに「ところで万二郎は…」と聞きます。おとねは心配そうな表情で「えっ、ああ…朝早く出かけたきり、まだ戻らないんです…」と答えました。

 万二郎は、同志と会合を開いていました。万二郎は「薩長が江戸へ攻めて来る…我々で幕府を作りかえるんだ…」と言います。同志のひとりが「どうやって…」と尋ねます。万二郎は「閣老どもを倒し、勝先生を大老にする…そして、慶喜公を中心とした議政局を作り、広く人材を登用する…外国に堂々と立ち向かえる国を作るんだ!…」と答えました。その時、襖が開いて、一人の武士が顔を出しました。同志のひとりが「遅いぞ!」と叱りつけました。しかし、沈んだ顔をした武士は「上様が、お城をお出になったぞ…」と言います。すると同志のひとりが「出陣されたのか!」と尋ねます。沈んだ顔の武士は襖を閉めながら「いや…上野の寛永寺に籠られた…」と答えると、万二郎の横に座りました。万二郎は、低い声で「如何言う事だ…」と尋ねました。すると「俺には信じられんのだが、朝廷に恭順の意をお示しに成られるという噂だ…」と答えました。すると同志のひとりが、驚いた表情で「何だとう!…」と聞き返します。万二郎は、思い詰めた表情で「閣老どもの仕業だ…奴ら薩長を恐れている…上様を無理やり連れ出したんだ…」と言います。万二郎の左に座っていた同志が「どうする伊武谷…」と尋ねました。そして、同志全員が万二郎に意見を求めるように視線を合わせました。万二郎は俯き加減で考えながら「上様をお救いし、お城にお連れする…」と言いました。

 万二郎たちは、上野の寛永寺に来ていました。同志の一人が「来たぞ…」と言います。すると別の同志が「あれは、上様の警護だ…」と言います。現れたのは、山岡鉄太郎でした。鉄太郎は、万二郎に「君は何も分かっていないな…寛永寺に蟄居すると仰ったのは、上様ご自身だ…側近はお留したんだが、お聞き入れ成らなかったそうだ…」と言います。すると万二郎は、興奮した声で「知らぬ!…」と言います。鉄太郎は、落ち着いた表情で「この山岡鉄太郎、首に掛けて嘘は言わぬ…上様は、御自分の考えで城を捨てられたのだ…朝廷に恭順の意をお示しに成られる為に…」と言います。万二郎は、鉄太郎が嘘をつくような人間ではないという事は知っているので、驚きと諦めが付かないという表情が入り混じりながら「そんな…上様はご自分でお逃げに成ったというのか…」と尋ねました。鉄太郎は「俺だって悔しい…だが上様は、これ以上、薩長と事を構えるおつもりはない…最早、こうなったからには、江戸を救う事だけだよ、万さん…このままいくと、江戸は討幕軍との戦で火の海に成る…江戸の人々を巻き添えにする気か…俺は明日、西郷に会う…江戸城明け渡しの談判だ…これは、勝阿波守様からの御下命だ…諸君、無駄に命を捨てるなよ…」と言うと立ち去りました。万二郎は、黙ったまま立っていました。同志達が万二郎を取り囲みます。その中の一人が万二郎に「どうする、伊武谷…」と尋ねました。万二郎は、俯いたまま「陽だまりの樹は…最早、根元から折れた…」と答えました。同志の一人が「なに…」と聞き返します。万二郎は「江戸の人々を巻き添えにする事は、東湖先生も望んでいまい…これまでだ…」と答えました。

ここで良仙の声で、ナレーションが入ります。「万二郎たちの企ては、失敗に終わった…一方、勝阿波守の命を受けた山岡鉄太郎は、単身西郷と面会し、江戸への総攻撃を裂きる為に話しあった…最早、徳川の世は終わりを告げていた…」と…

 

万二郎と良仙は、酒を飲んでいました。良仙が「つまるところ、俺もお前も時代からおいてけぼりをくらっちまったんだな…大政奉還で歩兵組はバラバラだ…あくまで徳川家に従うという連中もいれば…官軍に寝返った奴もいる…ちゃっかり国に帰った奴もな…もう、屯所にいたって軍医の仕事なんかない…時代の代わり方が早すぎら…思えば、蘭学がここまで天下御免に成ったのも…ここ十年だ…今となっちゃあ、奥医師どもが懐かしい…あそこまでは、俺も付いていけたんだがな…その後、外国は押し寄せる…イギリス語は流行る…その上、天子様が政権をお取りに成る…」と言いました。万二郎は俯きながら「天子様が…違うよ…徳川に代わって、これから政権を取るのは、薩摩と長州さ…入れ替わっただけの話だ…」と言います。良仙は「だったら、おとなしく人生を見守ったらどうだ…お前さんがどう足掻いたって、世の中は代わって行くんだ…」と言いました。万二郎は「お前には、武士の面目が分からん…」と言います。すると良仙が「ふざけるな…惚れた女を残して死ぬのが武士の面目か…」と言いました。万二郎は、何も言い返す事が出来ませんでした。良仙は「刀なんか捨てちまえ…お前さんには、武士の面目よりもっと大切な事があるはずだ…」と言いました。

あくる日、綾は布団の上で体を起こしていました。万二郎は、綾に庭を見せる為に障子戸を開けて遣りました。万二郎は、綾の横に座ると「聞こえるかい…」と言います。綾は、ゆっくりと頷きました。万二郎は笑みを見せながら「春だよ…」と言います。綾は万二郎に何かを伝えようと口を動かすのですが、なかなか声が出ませんでした。万二郎は綾に「なんだい…」と聞き返します。綾は懸命に喋ろうとするのですが、声が出ませんでした。丁度その時、良仙が往診にやって来て二人の様子を眺めていました。

良仙は、綾を診察しながら「日増しに良くなっているね…声や音を聞き分ける力は、ほぼ元通りだ…」と言います。万二郎は、綾の側に座って良仙に頭を下げていました。良仙は「そこでだ…勿論、私の問いも聞こえるはずだ…返事は瞬きでしてくれますか…そうですの印に瞬きを一回…違うなら二回…あなたはこの家に来た当座、万二郎を憎んでいましたか…」と言います。万二郎は、突然何を言い出すのかと思い、良仙に「おい…」と言います。良仙は万二郎に「黙ってろ…」と言いました。そして、綾を見ながら「今は、どうです…やっぱり憎いですか…」と尋ね貸した。万二郎は、綾の顔を見つめていました。綾は、瞬きを二回しました。それを見ていた良仙が「二回…では、これは大事な事です…もし万二郎が、あなたを嫁御に所望したらどうなさる…」と聞きました。万二郎は、居た堪れなくなって「良仙…いい加減にしろ…ぶしつけだ…」と言いました。良仙は「いいから黙っていろ…」と言います。その様子を、おとねは心配そうに台所で聞いていました。

万二郎は綾に「綾さん、こんな奴の話、まともに聞くんじゃないぞ…」と言います。良仙は「こいつは、この様に口下手で、頑固で要領も悪いが…正直で、誠実な事は私が受け合います…ずうっとあなたを好きなんだ…」と言いました。すると万二郎は立ち上がり「聞いてられん!…」と言うと、その場から逃げ出そうとしました。良仙は立ち上がり万二郎を捉まえると「綾さん…どうか…万二郎の気持ちを組んでやってはくれませんか…」と言います。万二郎は、必死に抵抗して逃げ出そうとするのですが、良仙は万二郎の体を捉まえて放しませんでした。そして「こいつと、添い遂げる気持ちがあれば、瞬きを三回して下さい…」と言いました。良仙と万二郎の視線が綾に注がれました。綾が、瞬きをすると良仙は「一回…二回…三回…」と数えました。今まで抵抗していた万二郎が力を抜き、座り込みます。綾の目から一筋の涙が零れ落ちました。おとねは嬉しさのあまりに、すすり泣き始めました。

 

西郷と海舟が会談をしていました。海舟が「話しは聞いていると思いますが……」と言うと、ここで良仙の声で、ナレーションが入ります。「三月十三日、芝薩摩藩邸において、西郷吉之助と勝阿波守の会談が行われ、江戸城明け渡しが決まった…しかし、そのことで、やけに成った旗本や浪人たちは、江戸市中で狼藉を繰り返すようになった…」と…

山岡鉄太郎が万二郎の家に来ていました。二人は庭先で立ち話をしています。鉄太郎は「賊は、彰義隊を名乗ったそうだ…」と言います。万二郎は、視線を背けて「彰義隊…」と言います。鉄太郎は「ああ、知っているか…」と尋ねました。万二郎は「名前は聞いたことがあるが、慶喜公を警護する為に作られたとか…」と聞き返します。鉄太郎は「上野の山に、立て籠もっているらしい…寛永寺の法親王様を頂いていて…三千人とも四千人とも言われている…」と言います。万二郎は「おい、鉄さん、まさか…俺がその彰義隊の一味だと思っているんじゃないだろうな…」と言います。鉄太郎は、万二郎の顔を見ながら「いや…」と言います。万二郎は、作り笑いをしながら「安心しろ…俺はもう、刀は抜かないよ…今は、おとなしく時勢を見守っているんだ…」と言いました。鉄太郎は「そうか…ならいいんだ…邪魔をした…」と言うと帰って行きました。そんな二人の様子を綾は、障子戸の裏で心配しながら聞いていました。

万二郎は、道場の神棚の前に一人座って瞑想をしていました。その時「迷っているのか…」と言う声が聞こえて来ました。万二郎が目を開けると、真正面に父千三郎の霊が座っていました。万二郎は「父上…決めました…例え徳川が滅びようと…私はやはり、徳川の為に潔く戦うと…」と言います。千三郎は「そうか…相変わらずお前は、馬鹿正直で要領が悪いなあ…」と言いました。万二郎は「そこのところは、父上に似たのです…」と言います。千三郎は「はははは…」と笑うと「蛙のこは蛙か…己の信じる道を行くが好い…武運を祈っているぞ…」と言いました。万二郎は、千三郎を澄んだ瞳で見つめながら「いずれ、お側に参ります…」と言うと、両手を付いて低頭しました。

万二郎は、おせきがいる尼寺の門の前に立っていました。そこへ、おせきが現れました。万二郎とおせきの視線が合います。おせきは「伊武谷様…」と言うと、深く一礼をしました。万二郎は、おせきに歩み寄りながら「おせき殿…お久しぶりです…」と言うと、一礼をしました。おせきは万二郎に「ご立派に成られて…」と言います。万二郎は「おせき殿も息災の御様子で何よりです…」と言いました。おせきは「今日は、どうされたんです…」と尋ねます。万二郎は「お別れを言いにまいりました……上野の山です…」と答えました。おせきの声が少し険しくなり「彰義隊ですか…」と尋ねました。万二郎は、落ち着いた表情で「彰義隊を御存知でしたか…」と言います。おせきは、万二郎から視線を外すと「お江戸の戦が避けられて…みんなホッとしておりますのに…」と言います。万二郎は「武士には、誇りというものがあります…」と…おせきは「世の中が変わっても、伊武谷様は変わらないのですね…考え直してください…命を大事になさいませ…」と言いました。万二郎は「おせき殿…一言お礼が言いたかったんです…あなたがいたから、私は豊かな時を過ごすことができました…感謝しています…」と言うと、頭を下げました。おせきは、万二郎を見ながら「伊武谷様…」と言います。万二郎は「どうか、お達者で…」と言うと、頭を上げて、ゆっくりと歩いて行きました。おせきは、万二郎の後を付いて行くのですが、立ち止って、万二郎の後姿に合掌をして一礼をしました。

綾は、机を目がけて這っていました。おとねは、往診に来た良仙を案内していました。良仙がおとねに「変わりはありませんか…」と尋ねると「えっ…」と答えました。そして、襖の前に座ると、部屋の中にいる綾に「良仙先生がお見えに成りましたよ…」と言いながら襖を開けました。おとねは、襖をあけるなり「まあ…」と言うと、驚いた表情で良仙の顔を見上げました。良仙も、驚きのあまりに目が点に成っていました。綾が、机に向かって字を書いていたのです。良仙は、歩み寄りながら「綾さん…」と声をかけると、綾の横に座って、綾の書く字を見ていました。おとねも綾の後ろに座って、その様子を見つめていました。綾は、まだよく利かない腕を必死に動かしながら字を書いていました。ミミズの這うような事でしたが、書き上げると紙を良仙に渡しました。その紙には「万二郎様を死なせないで…あの人は、上野へ行きます…」と書いてありました。良仙とおとねは驚きました。おとねは、震える声で「上野へ…」と言うと、良仙に視線を合わせました。綾の目は、良仙に向けられ、必死に懇願しているようでした。

その日の夜、おとねは万二郎に諭すように話しかけていました。「万二郎…お前は綾さんの事どう思っているのですか…」と…万二郎は「どうって…」と聞き返します。おとねは「嫁にしたいと思っているのですか…」と言います。万二郎は、おとねが綾の事を今でも反対していると思い込んでいたので、驚いた表情で「しかし…母上は以前、綾さんが元気になったら、出て行ってもらうと…」と言いました。おとねは「お前にその気があるならば、母はもう何も言いません…早く孫の顔を見せて下さい…明日は大安…万二郎、心をお決め…」と言いました。万二郎は、何も答える事が出来ずに、唯おとねの顔を見つめていました。

万二郎は、寝ている綾の側に座って、綾の顔を見つめていました。綾もまた、万二郎の顔を見つめていました。万二郎は綾に話しかけます。「私は…あなたと所帯を持ちたいと思っている…しかし…長くは一緒にいられない…俺は…」と…すると綾は、机の方を向いて手を指します。万二郎は、綾が字を書きたいと気付くと、綾を机の前に座らせ、筆を持たせました。綾は、必死に字を書き始めました。そこには「わたしは、まんじろうさまのつまになりたい。」と書かれていました。二人は見つめ合いました。そして万二郎は「綾…」と言うと、綾の体を抱き寄せました。

あくる日、万二郎と綾の祝言が行われています。高砂やが謡われ、万二郎の持つ盃には、三々九度の酒が注がれていました。横には、花嫁衣装を着た綾が座っていました。おとねも良仙も満足そうに微笑んでいました。

三々九度が終わると、おつねがお茶を注いで万二郎に渡しました。万二郎は、笑顔で「ありがとう…」と言うと、綾の手に湯呑みを持たせました。綾は、一人でお茶を飲む事が出来るほどに快復していました。おとねは、良仙の前に座ると酒を注ぎながら「良仙先生、ありがとうございました…」と言います。良仙は「良かったですね…」と言うと酒を飲み干しました。そして、二人の方に振り向くと「これで万二郎も、無茶な事は考えないでしょう…」と言いました。おとねは頷きながら「はい…」と答えました。

良仙は、盃と銚子を持って万二郎の側に座りました。良仙は「おい…飲め…」と言うと、万二郎に盃を差し出し、酒を注ぎながら「こんなに若くて綺麗な嫁さん貰いやがって、羨ましいぞ…俺ももう一度、祝言を上げたくなってきた…」と言うとニコニコ笑い始めました。万二郎は、そんなこと言っていいのかという表情で「おい…」と言います。良仙は、万二郎の表情で気づくと、おつねの方を振り返りました。そこには、おつねの恨めしそうな顔がありました。良仙は、しまったという表情で万二郎の方に向き直ると「万二郎…夫婦に取って一つ大切な事を教えてやろう…口は災いのもとだ…忘れるな…」と言いました。良仙も万二郎も綾も笑いました。

万二郎は、縁側に出ると障子を閉め、片膝をついて「清吉…」と、押し殺すような声で言いました。すると、庭樹の影に隠れていた歩兵組の清吉が、万二郎の元へ歩み寄って来ました。清吉は、片膝をついて万二郎に視線を合わせると一礼をしました。万二郎は清吉に「上野の様子は…」と聞きます。清吉は「官軍が続々と集まっております…明日にも攻撃が始まりそうです…」と答えました。

夜になると、祝言に駆けつけた客が「好い祝言じゃった…うん、うん…」と言いながら帰って行きました。見送りに出ていたおとねが、嬉しそうな表情で「お気おつけて…」というと、深く頭を下げました。その横で、万二郎も一礼をしました。家の中からは、おつねの「あなた!…帰りますよ…」という声が聞こえて来ました。良仙は酔っぱらった口調で「まだいいだろう…めでたい日なんだ、俺はまだ飲む…おい…万二郎…万二郎…」と言いました。万二郎は部屋に戻って来るとおつねに「私が後でお送りします…」と言いました。おつねは「すいません…」というと頭を下げました。

 

万二郎と良仙は、夜道を二人並んで歩いていました。良仙は、酔った勢いで「高砂やこの裏船に帆を上げて…」と陽気に謡っていました。二人は顔を見合わせると笑い始めました。良仙は「いや…俺は嬉しい…ようやくお前さんが幸せをつかんで…本当によかった…」と言います。万二郎も嬉しそうでした。

万二郎が、ふと気付くと橋がありました。その橋は、藤田東湖の屋敷に初めて行った帰りに、二人で誓いを立てた場所でした。万二郎は立ち止って、その橋をじっと見つめていました。そして、ゆっくりと橋の方へ歩いて行きました。良仙も万二郎の後を付いて行きます。万二郎は良仙に「懐かしいな…覚えているか…東湖先生の御宅へ行った時の事を…」と言います。良仙は「ああ…」と答えました。万二郎は「ここで俺達は、誓ったんだ…お前は日本一の医者になると…俺は、倒れかけた幕府の支えになると…」と言います。良仙は、万二郎に歩み寄ると「ああ…」と答えました。二人は、思い出に浸っていました。映像は、その時の様子が流れています。万二郎が「俺は、倒れかかった大樹の支えになる…」と…良仙が「俺は、今日を限りに女を絶つ…」と…

万二郎は良仙に「早いもんだな…あれから十三年か…色々あったな…」と言います。良仙は、万二郎の顔を見つめていました。良仙に、嫌な予感が浮かびました。良仙は「万二郎…お前…」と言うと、万二郎は良仙の言葉を遮るように「料理屋で相撲を取ったのを覚えているか…」と聞きます。良仙は、心配そうな表情で「ああ…」と答えました。その時の映像が流れ始めます。二人は座敷でがっぷり四つに組あって相撲を取っていました。

万二郎は「俺が勝った…」と言います。良仙は堪らない表情で「違う…勝ったのは俺だ…」と言いました。万二郎は「俺がお前に負ける訳ないだろう…」と言います。良仙は「いいや…俺が勝った…」と言いました。万二郎が「なら…勝負だ…」と言うと、二人は橋の真ん中で相撲を取り始めました。二人は「ウワー…」と掛け声を出すと仕切って、がっぷり四つに組会いました。なかなかの力相撲でした。良仙は「万二郎!…行くな!…」と言いました。その時、万二郎は良仙を投げ飛ばしました。万二郎は、良仙に手を差し伸べます。しかし良仙は、万二郎の手を借りずに一人で立ち上がりました。良仙は、荒い息のまま橋の手すりにもたれかかると、俯いて川面を見つめていました。万二郎は、何も言わずに帰って行きました。良仙は、万二郎の後姿を見ながら泣いていました。

 

おとねは、綾を布団に寝かせつけていました。おとねは綾の顔を見ながら「今日からあなたは、私の娘ですよ…」と言います。綾は、おとねを見つめながら笑顔で頷きました。その時、玄関口で戸のあく音がしました。二人の視線が、玄関口の方へそそがれました。そこには、軍服を着た万二郎が立っていました。万二郎は、草鞋を履いたまま部屋に上がって来ました。その姿を見て驚いたおとねが「万二郎!…」と声を掛けました。おとねは立ち上がり、万二郎に歩み寄ると泣きそうな表情で「やはり…お前…」と言います。万二郎は黙ったまま、おとねに深く一礼しました。そして綾の寝ている側へ向かいます。おとねは、腰が抜けたように座り込みました。

万二郎は、綾の側に座ると「綾…すまない…俺は行かねばならん…徳川家に恩顧のある者は、江戸を占領した敵を見過ごすわけにはゆかない…たとえ、負けると分かっていても…それが、武士というものだ…」と言いました。綾はじっと万二郎を見つめていました。その時おとねが、泣きながら大きな声で「行かないでおくれ…万二郎!…」と言いました。万二郎は振り向くと落ち着いた声で「母上、お許しください…同志はすでに、上野の山に立て籠っています…見捨てる訳にはいきません…」と言いました。

綾は、万二郎を見つめていました。綾の目からは涙が零れ落ちていました。万二郎は、綾の枕元に、離縁状をそっと置きました。万二郎は「綾…これは離縁状だ…俺は、お前と婚礼が出来て幸せだった…心からそう思った…だが、お前はどうか…別の人と幸せになってくれ…」と言いました。綾の顔は歪んでいました。口を開けて何かを訴えようとするのですが声が出ませんでした。万二郎は、そっと綾の髪に触ると立ち上がり、家を出て行きました。おとねは泣きながら「万二郎!…万二郎!…」と呼び止めました。綾は、体を起こして、呼び止めようとして必死に声を出しました。「万二郎様!…」と…綾の声に気付いた万二郎は、玄関口で立ち止まり振り向いて綾を見ました。綾はもう一度「万二郎様!…」と呼び掛けました。しかし、万二郎は、そのまま黙って家を出て行きました。おとねが「万二郎!…万二郎!…」と、追いかけて呼び止めるのですが、万二郎は戻っては来ませんでした。綾は泣きながら、ろれつの回らない言葉で「綾は…何時までも…お待ちしています…」と言いました。万二郎は家を出ると、夜の市中を全速力で走っていました。

ここで、良仙の声でナレーションが入ります。「慶応四年(1868年)五月十五日、上野戦争が始まった…彰義隊三千人に対し、官軍は一万数千の兵力で攻めた…

彰義隊は奮戦するも怪我人が続出していました。清吉が鉄砲を構える後ろで万二郎は「なぜだ…敵の攻撃が止んだ…」と言います。そこへ、彰義隊員がやって来て、立て掛けてあった旗印を見て万二郎に「これは御旗か…」と尋ねました。万二郎は「そのつもりだ…」と答えました。彰義隊員は「東湖先生の回天詩史とは嬉しい…」と言いました。すると別の彰義隊員が「今のところは互角だが…時が経てば敵が有利になる…」と言いました。万二郎は「なに…俺は断じて、西郷の首を取るまでは死なんぞ…」と言いました。その時、女達の声で「握り飯をお持ちしました…上野の商人の皆様からの差し入れでございます…」と言う声が聞こえて来ました。彰義隊員は「それはかたじけない!…」と言うと、女達の元へ歩み寄りました。兵達が「おおい…飯だ!…」と口々に言いました。万二郎の元へも女がやって来て「白湯をどうぞ…」と湯呑みを持って来ました。万二郎は「ああ、かたじけない…」と言って湯呑みを受け取りました。万二郎がふと女の顔を見ると、その女はお品でした。万二郎は驚いて「あなたは…」と声を掛けます。お品は俯き加減に「陶兵衛が妻、お品です…」と答えました。万二郎は、怒った表情で「なぜここに!…」と言います。お品は「こんな世、生甲斐もございません…」と言いました。万二郎は、語気を強めて「息子さんはどうされた!…小さな男の子がいたはずだ…」と尋ねました。お品は、寂しそうな表情で「亡くなりました…折角種痘を施して頂いたのに…風邪をこじらせて…呆気なく…伊武谷様…せめて束の間でも…私をお側に置いて下さいまし…」と言いました。その時、頭上から砲弾の飛来する音が聞こえて来ました。二人は空を見上げました。砲弾が、陣地内に命中しました。万二郎は、お品を押し出すようにして「逃げろ!…」と叫ぶと、身を屈めて「退散!…早く退散せよ!…」と大声で叫びました。猛烈な砲弾の雨が降って来ました。

万二郎は「信じられん…こんな遠くへ飛ぶ大砲なんて…」と言います。すると、彰義隊の隊員が「忌々しいが、イギリスの新式砲弾のようだ…」と言うと、前へ駆けて行きました。その時万二郎は、茫然と立ちすくんでいるお品の姿を見つけました。万二郎はお品に駆け寄ると「おい!何をやっている…早く逃げんか!…」と言いながら、お品の手を取って非難させようとしますが、お品は「私は、ここへ残ります…」と言って抵抗しました。万二郎は「馬鹿!…死ぬ気か!…」と怒鳴りつけるのですが、お品は語気を強めて「未練はございません!…」と言いました。二人が、そんな遣り取りをしている間にも、官軍の鉄砲隊が、彰義隊の陣地に近付いて来ます。官軍の鉄砲隊が一斉射撃をすると、万二郎は、お品の体をつかみながら「伏せろ!…」と言います。二人は、地面に伏せて身を隠しました。しかし、流れ弾がお品の体を貫きました。万二郎は、お品を抱き寄せると「お品さん…確りしろ!…」と声を掛けました。お品は、万二郎の腕に抱えられたまま返答をしませんでした。万二郎は「なぜ…逃げなかった…」と言います。お品は、万二郎の声に気づくと弱々しい声で「これで好いんです…やっと望みがかないました…」と言うと、静かに目を瞑りました。万二郎は、お品の顔を見つめながら「死ぬな…死ぬな…」と、優しく声を掛けました。しかし、お品は、万二郎の腕に支えられながら息を引き取りました。万二郎は、お品を抱きしめると、優しく地面に寝かせて遣りました。そして万二郎は、立ち上がると敵陣を睨みつけながら「ゆるさん…」と言いました。

官軍の砲弾が、彰義隊の陣地に次々と着弾しました。東湖の回天詩史の旗が倒れます。万二郎は、回天詩史の旗を手に取ると、肩に背負って「三度死を決し、しかも死せず…二十五回刀水を渡る…」と回天詩史を叫びながら前進しました。その時、万二郎の目の前に砲弾が着弾し、万二郎は吹き飛ばされました。その様子を後ろから見ていた清吉が万二郎に「隊長!…」と声を掛けました。万二郎は、清吉に視線を合わせると、渾身の力を込めて「清吉!…お前は無駄死するな!…逃げろ!…」と叫びました。清吉は、首を振りながらも、万二郎の命令に従い、その場から逃げて行きました。万二郎は立ち上がり、布だけに成った旗を拾うと刀を抜き、ゆっくりと前線へ歩いて行きました。そして、またしても万二郎の目の前に、砲弾が着弾しました。爆風が砂埃を舞上げ、万二郎の姿は何処にも確認できませんでした。ここで、良仙の声でナレーションが入ります。「戦闘は僅か一日で終わった…新政府軍の圧勝であった…彰義隊の戦死者は、266人であった…」と…

 

万二郎の家の玄関口で「御免…」という、男の声がしました。おとねは、玄関口に歩み寄ると「はい…」と言います。そして、障子戸を開けました。そこには、西郷とお付きの者が立っていました。おとねは一瞬驚きますが、気を取り直して、深くお辞儀をしました。西郷は、黙ったまま一礼をしました。

西郷達は、座敷に座っていました。おとねの前には、風呂敷に包まれた物が置かれていました。おとねは、静かに風呂敷を広げました。そこには、焼け残った回天詩史の旗がありました。おとねは涙声で「これは…万二郎の…」と言います。その時、良仙が玄関口から家に入って来ました。西郷の声が聞こえて来ます。「ご子息は…おそらく…砲弾を受けて…壮烈な最後を遂げなさったのでしょう…お察し申す…」と…おとねは、すすり泣きなら聞いていました。良仙は、茫然とした表情で玄関口に立っていました。西郷は「伊武谷どんは…世に珍しいお人柄でごわした…敵に回したのも時の運とはいえ…惜しみてもあまりある人物でごわす…もし…伊武谷どんが新政府に加わっていたら…さぞ立派な仕事をされたでしょう…それが、無念でなりもはん…」と言いました。その時、良仙が遣って来て「なんでぇ…黙って聞いていりゃ…お為ごかし言いやがって…気に入らねいなあ…あんたに万二郎の何が分かるっていうんだ…あいつはな…負け戦と分かりながら戦いに行って…死んだ…勝てば官軍だ!…あんたらは英雄と称えられ…歴史に名が残るだろうが…そういうやつらに…万二郎の心意気が分かってたまるか…」と言います。黙って聞いていた西郷が「勝てば官軍と言い申したな…歴史はそんな生易しいもんではなか!…」と言いますが、良仙は遮るように「その通りだ…歴史にも書かれずに死んでいった立派な人間は五万といるんだ…そんな人間を土台にして…歴史に名を残す奴など…俺は許せね…」と言いました。すると、西郷のお付きの者が腹にすえかねたのか「ええ…言わせておけば…」と言うと、片膝を付いて刀を抜こうとしました。西郷は「やめろ!…」と言って、お付きの者をとめました。そして、おとねに両手を付いて頭を下げると「失礼つかまつった…お暇します…」と言いました。西郷は、静かに立ち上がり帰って行きました。おとねは、声を出して泣き崩れました。

 

綾は、床に横たわりながら泣いていました。おとねも綾の側に座って泣いていました。良仙は、綾の寝ている部屋の障子を開けて外を見ていました。良仙は「まったくあいつは…日本一馬鹿なやつでしたよ…あなたと言う人がいながら…死に急ぐなんて…」と言います。綾とおとねは、ただ泣いているだけでした。

良仙が、庭の方を見ていると清吉の姿に気がつきます。良仙は「清吉…」と言うと、縁側から庭に下りて、清吉の元へ歩み寄りました。清吉は、不安と寂しさの入り混じった表情をしていました。清吉は、良仙に一礼すると「おら…隊長と上野にいました…」と言いました。すると、清吉の声がおとねに聞こえたのか、おとねが慌てて縁側に出て来て「あなたと万二郎は一緒にいたのですか…」と聞きました。良仙と綾の視線も清吉に注がれていました。清吉は「へい…隊長は勇敢に戦って…おらに逃げろって…」といました。良仙は驚いた表情で「じゃ…最期は見届けずに別れたのか…」と聞きました。清吉は、間髪入れずに「隊長は…隊長は死んじゃいねいです…」と言います。おとねは、清吉を見つめながら涙声で「何ですって…」と聞き返しました。清吉は「生きてらっしゃいます…おら、この目で見ただ…隊長が、上野の山から下りて行くのを…」と言いました。良仙は、両手で清吉の肩をつかみながら「本当か…」と聞きました。清吉は「あれは隊長です…間違いありません…」と答えました。良仙は振り向くと、縁側に立っているおとねを見ました。おとねは、何度も頷くと泣きながら「あの子は…あの子は生きている…」と言うと、振り返って綾の元に歩み寄り抱き寄せ「綾…あの子は…あの子は生きている…」と言って、二人で泣きました。良仙は、ホッとした表情で二人を見つめていました。

 ここで良仙の声でナレーションが入ります。「しかし、万二郎が戻ることはなかった…風の噂では、江戸の沖から蝦夷に渡り、函館五稜郭で官軍と戦ったという……武士の世は終わり、文明開化の時代を迎えた…[明治四年(1871年)]綾と御隠居は、万二郎が帰って来ると信じて、何時までも待ち続けた(映像は、万二郎の為に景膳をして待っている。仲の好い嫁姑の姿が映し出されていました。)…一方私は、どういう訳か、新政府軍の軍医となった…幕府軍だろうと新政府軍だろうと…軍医の仕事に変わりはない…医者は医者だ(映像は、新政府軍の軍服を着ている良仙の姿が映し出されていました。おつねは鏡を持って良仙に見せながら「お似合いですよ…軍医殿…」と言います。)…だが、万二郎に引け目を感じるのはなぜだろう…」と…

 その時、万二郎の声が庭先から聞こえて来ました「おおい、良仙…」と…良仙は、慌てて縁側から庭へ下りました。しかし、万二郎の姿はありませんでした。良仙の気のせいでした。そんな良仙をおつねは心配そうに見つめていました。さらにナレーションは続きます。「有り得ない事とは知りつつも…心のどこかで、私は思い続けていた…万二郎は、きっと生きていると…」と…

 ここで、広い大地で一人、剣を抜き稽古をしている万二郎の姿が映し出されました。万二郎の側には、東湖先生の回天詩史の旗が立っていました。さらにナレーションは「遠い蝦夷の地で…万二郎はやはり、たった一人で戦い続けているのではないか…文明開化で浮かれる日本人をあざ笑うかのように…」と……ここで、エンディングの音楽が流れ始めます。万二郎は、剣の稽古が終わると、地面に片膝をつき刀を置きました。そして脇差を腰から抜くと並べておきました。万二郎は立ち上がり、ゆっくりと沈む夕日に向かって歩いて行きました。こうして、「陽だまりの樹」第12話(最終回)獅子たちの旅立ちは終わりました。

 

 

 この物語を通して、作者は何が言いたかったのだろうか…それは、西郷が万二郎の戦死を告げに来た時の良仙との遣り取りではなかったのだろうかと思いました。

西郷「伊武谷どんは…世に珍しいお人柄でごわした…敵に回したのも時の運とはいえ…惜しみてもあまりある人物でごわす…もし…伊武谷どんが新政府に加わっていたら…さぞ立派な仕事をされたでしょう…それが、無念でなりもはん…」

良仙「なんでぇ…黙って聞いていりゃ…お為ごかし言いやがって…気に入らねいなあ…あんたに万二郎の何が分かるっていうんだ…あいつはな…負け戦と分かりながら戦いに行って…死んだ…勝てば官軍だ!…あんたらは英雄と称えられ…歴史に名が残るだろうが…そういうやつらに…万二郎の心意気が分かってたまるか…」

西郷「勝てば官軍と言い申したな…歴史はそんな生易しいもんではなか!…」

良仙「その通りだ…歴史にも書かれずに死んでいった立派な人間は五万といるんだ…そんな人間を土台にして…歴史に名を残す奴など…俺は許せね…」

私は、良仙、西郷どちらの言い分も正しいと思います。良仙は、負けると分かっていても戦いに出なければならなかった、万二郎の気持ちが分かるかと言いました。言い換えれば、そこまで追い込んだのは、官軍の大将西郷さん、あんただよと言いたかったのかもしれません。また、勝てば官軍と言われた西郷が、歴史はそんなに生易しいものではないと反論したことにも真理があると思います。徳川という家を政治から切り離さなければ、新しい時代は生まれないと確信していたのでしょう。また、理想に燃えて作った新政府でしたが、西郷自身が、征韓論に敗れ西南戦争で戦死したことでも証明される事になります。

良仙の言葉に、歴史にも書かれずに死んでいた人間を土台にして、歴史に名を残す奴など、俺は許せぬ…というような台詞がありましたが、ものすごい台詞ですね…歴史とは、山の頂のほんの一部分の事で、それ以外は歴史から埋もれている。真実は、その埋もれた部分にあると言いたげな台詞でした。私は、原作本を読んだ事がないのですが、いつか読んで見たいなと思いました。

 

最後に、お品は可哀想な女性でしたね。万二郎を好きで好きで堪らなかったのに、陶兵衛に手籠めにされて、子供を生み、万二郎を諦めなければならなかった。陶兵衛が万二郎に討たれ、息子を病で亡くし、辿り着いたところが上野の御山だったとは…最期は、万二郎に抱かれて息を引き取ったのが、せめてもの救いだったと言うべきなのでしょうが…こんな人生もあるのでしょうが、私は、こんな人生は送りたくないですね…それでは、また何時の日にか、お会いできれば幸いです。長い間、ありがとうございました。これからも、Keiのかってにコラムを宜しくお願い致します。

2012年10月31日水曜日

NHKドラマ「陽だまりの樹」第11回運命の分かれ道を見ました


 冒頭から回想のシーンが流れています。そして、良仙の声でナレーションが…「万二郎は綾と再会するが、兄の仇と命を狙われる…その後、綾は兄が残した借金の形に取られ、苦界に身を沈めた…万二郎と私は、何とか金を工面し、綾を助け出したが、綾は頭を強打し、喋る事も体を動かす事も出来なくなってしまう…」と…

 元治元年(1864年)八月、万二郎は植物人間と化した綾の看病をしていた。万二郎は、綾の体を抱きかかえながら重湯を取らせていた。万二郎は綾に「綾さん…俺は明日出陣する…長州に行くんだ…待っていてくれ…必ず戻る…」と話しかけます。しかし、綾はなんの反応も示しませんでした。その様子を襖の影からおとねが見つめていました。おとねの表情は、暗く沈んだものでした。

 明くる朝、おとねは、万二郎の出陣に際して、万二郎に陣羽織を着せていました。ここで良仙の声でナレーションが入ります。「元治元年(1864年)八月、長州の京への侵攻に対する反撃として、幕府は長州征伐の為に幕府軍と諸藩の兵を送ることになった…」と…

 万二郎とおとねは、座敷に向かい合って座っています。万二郎は、両手を付いて一礼します。おとねは、万二郎に「万二郎…くれぐれも気おつけて…」と言います。万二郎は「きっと、怪我一つせずに戻ります…それより、綾さんを頼みます…」と言います。おとねは、万二郎の目を見ながら「分かりました…」と答えました。万二郎はおとねの顔を見ながら「では…」と言いました。ここでテーマ音楽が流れ始め、陽だまりの樹、第十一回~運命の分かれ道~と幕時スーパーが流れました。

 

 その日の夜、綾は目を開けたまま、座敷に敷かれた床に寝ていました。おとねは、行燈に火を入れていました。おとねの様子は、万二郎がいなくなったせいか、白々しいものでした。おとねは、寝ている綾に「私の顔が見えるかい…私の声が聞こえるかい…聞こえるなら良くお聞き…万二郎は私の息子です…そなたに渡しなどは致しません…そなたは、私の夫の仇の妹…私は、そなたを気の毒とは思いません…当然の酬いの天罰と思います…いいえ、私はもっと…もっと、もっと罰をそなたに加えましょう…そなたは飢えて死ぬのです…やせ細って、やせ細って、骨と皮となって死ぬのです…私は、もう二度とそなたに食事は作りません…欲しくば、声を出して呼ぶが好い…立って厨に行って食べるが好い…どちらも出来まいが…」と話しかけました。おとねの顔には、憎しみのこもった夜叉のような微笑みがありました。

 

 万治元年(1864年)十月、万二郎は、休憩をしながら握り飯を食べていました。兵達も思い思いに座って、握り飯を食べていました。そこへ、二人の兵を引き連れた武士が遣って来ました。武士は、万二郎に「伊武谷どん…暫くでごわすのう…」と話しかけます。万二郎は、床几から立ち上がると「西郷さん!…ああ…参謀…」と言うと、西郷に一礼をしました。西郷は「何を堅苦しい…西郷でよか…おはんも御健在で何よりじゃ…」と言います。万二郎は、驚いた表情で西郷の顔を見つめながら「噂では、あなたはあの大獄に連座し、島流しにされて、溺れ死なれたと…」と言います。西郷は「死んだのは、おいどんの同志、月照ちゅう坊主じゃ……伊武谷どん、お互い長生きはしとうごわすのう…おはんには、いろいろと話したい事がごわす…大阪でゆっくりやりもうそう…」と言います。万二郎は、一礼すると「はい…」と答えました。西郷は、万二郎の形をポンと叩くとその場を立ち去りました。

 その時、万二郎が以前から育てた兵が立ち上がり「隊長!」と声を掛けます。すると横にいた別の兵が心配そうな顔で「おい!…」と止めに入ります。しかし兵は、万二郎に「ちょっと伺いたい事があるんですが…」と言います。万二郎は、兵の顔を見ながら「何だ…」と言います。兵は、万二郎の顔を覗き見るようにして「隊長が、真忠組の首領の女を見初めて、お宅へ匿っているという噂…本当ですか…」と聞きます。万二郎の顔が曇りました。万二郎はどう説明すべきか考えながら「それは…」と言うと、横にいた別の兵が「嘘に決まっている…」と言います。万二郎がその兵の顔を見ると兵は、座って握り飯を食べている新入りの兵達を睨みつけるようにして「奴ら、でたらめばっかり言いやがって…」と言います。すると、新入りの兵の一人が、手に持っていた爪楊枝を投げ捨てて「でたらめなんかじゃない!…岡場所にいたのを隊長が身受けしたんだ!…」と言います。すると横に座っていた別の新入りの兵が「そうだ!…」と相槌を入れました。すると古参の兵の形相が変わり「てめい!…いい加減にしろよ!…」と言うと、腕をまくり上げて殴りかかろうとしました。その時、万二郎は大声で「やめい!…」と命じました。兵達の視線が一斉に万二郎に注がれました。万二郎は「出立だ!…さっさと支度しろ!…」と言いました。すると他の兵達が「はい!」と返事をして立ち上がり、出立の準備に取り掛かりました。古参の兵は、新参者を睨みつけていました。万二郎は、古参の兵に「つまらん事で喧嘩するな…」と言います。古参の兵は、振り返って万二郎の前に立つと深く一礼をして「申し訳ありません…ですが、今回徴集されたあいつら、ゴロツキみたいな連中で…」と訴えました。万二郎が新参兵に視線を合わせると、確かに素行の悪そうな姿をしていました。

 

 江戸では、良仙が綾の往診に来ていました。良仙は、綾の目の前で手のひらを振ったりして、様子を見ているのですが、何の反応もありませんでした。おとねは、その様子を見ながら「いかがですか…」と尋ねます。良仙は、綾の様子を観察しながら「うん…変わりありませんね…」と答えました。おとねは良仙に「可哀想に…」と言います。良仙は、桶の水で手を洗いながら「で…少し、痩せたようですが…ちゃんと食事は取っていますか…」と聞きます。おとねは、素知らぬふりをして「はい…」と答えました。良仙は、診察が終わると、帰る前に玄関口で立ち止まり、笑顔を見せながら「また来ます…万二郎に頼まれましたから…」と言います。おとねは、頭を下げながら「よろしくお願いします…」と答えました。良仙の心は、何処かさえない様子で「では…」と言うと帰って行きました。すると、今までニコニコと笑顔でいたおとねの顔が、急に冷たい顔に変わりました。おとねは、寝ている綾の元に歩み寄ると立ちながら「どうじゃ…餓じかろう…苦しかろう…けれどそなたは、自分の食べ物を探す事も出来ない…人に助けを求める事も出来ますまい…もっと痩せるが好い…もっともっと痩せて、飢えて死ぬが好い…」と言いました。

 

 大阪では、万二郎は西郷の部屋に呼ばれて、酒を酌み交わしていました。西郷は「左様か…水戸に一年半も…伊武谷どんも苦労したんじゃのう…」と言います。万二郎は「何とか、生きながらえました…」と答えました。西郷は頷くと「そん、生きながらえた命をおいに預ける気はなかか…」と言います。万二郎は、あまりの言葉に驚いて声が出ませんでした。西郷はさらに「以前にも言うたが、伊武谷どん…薩摩に来もはんか…」といます。万二郎は、西郷の目を見つめながら「陸軍を辞めろという事ですか…」と尋ねました。西郷は「おいどんが話しばつける…薩摩へ来やんせ…おはんは、百姓や町民に人望がありもす。じゃっどん、百姓は所詮、烏合の衆じゃ…おいどんも農政ば関わった事があるのでようわかる…百姓の心ばつかむのが富国の元じゃ…おはんの力がほしか…」と言います。しかし万二郎は「折角ですが、西郷さん…私は幕府の改革を夢見ているんです…」と言います。西郷は「じゃっどん、幕府はもう天下を治める力はなかど…こたびの戦では、薩摩は幕府と共に動いちょるが…いずれ、薩摩が天下ば取る…おはんの力を思う存分生かせば…」と言うのですが、万二郎は遮るように語調を強めて「私は、東湖先生に誓ったんです!…倒れかけた大樹の支えになると…」と答えました。西郷は万二郎の顔を見つめながら冷静な表情で「そげなこつば言うてん、天下はこれから二三年で変わりもすど…」と言いました。万二郎は、俯きながら「西郷さん…その話は、これまで…御馳走になりました…」と言うと、深く一礼しました。西郷は、残念そうは表情で「左様か…惜しいのう…」と言うと腕組みをして黙っていました。

 

 江戸では、おとねが綾に話し掛けていました。「何故そなたはここにいる…万二郎には、心に思うた人がいた…そなたではない…」と…その時、尼寺で仏に祈るおせきの姿が映し出されました。

 

 西郷と別れた後、万二郎は、夜の大阪の街を歩いていました。その時、銃声が聞こえ、女の叫ぶ声がしました。走って逃げて来る町人の男が「えらいこっちゃ!…兵隊が侍に鉄砲を撃ったわ!」と叫びました。後ろから町人達が次々に逃げて来ました。万二郎は人をかき分けて現場に向かいました。万二郎が、立ち止って様子を見ていると、また銃声がしました。居酒屋の格子窓から兵が撃ったものでした。兵の一人が「これるもんなら来てみれ…」と言います。すると別の兵が「来たら撃っちまうけどな…」と言いました。しかし、狙われた侍は、少しも動ぜずに、道の反対側の縁台に座って、静かに酒を飲んでいました。万二郎は、左手で腰の刀を握り、指で鍔押さえると小走りで侍の元へ行きました。万二郎は、片膝を着いて身構えながら侍に「撃たれたのは貴公ですか…」と聞きます。侍は「酔っぱらいがいきなりわしを撃ちよった…」と言います。万二郎は「お怪我は…」と聞きました。侍は「怪我はないけんど…」と言うと、来ている着物の袖に穴が開いた所を見せて、その穴に人差し指を通しながら「たちの悪い兵隊ぜよ、まっこと…」と言いました。万二郎は「今、取り押えます…」と言うと、立ち上がり居酒屋の前に行きました。そして「俺は、歩兵組大隊長、伊武谷万二郎だ!…撃つのは止めて銃を捨てろ!…」と叫びました。すると、居酒屋の中にいる兵が「うるせい!…」と言いました。そして、万二郎に向けて銃を一発撃ちました。万二郎は、軒に立てかけてあった簾の影に隠れました。横の縁台に座っている侍が万二郎に「これじゃったら、長州征伐も思いやられるの…」と言うと、また酒を飲みました。万二郎は、振り向いて侍を見ると「長…どちらの御家中ですか…」と尋ねました。すると侍は「わしは、土佐脱藩浪人、坂本龍馬ちゅう飲んだくれや…」と言うと、また酒を飲み始めました。

 店の中では、二人の兵が酒を飲みながら、片手に銃を確りと持っていました。そして、そのうちの一人が「バカバカしくてやってられないよ!…」と叫びます。すると別の兵が「長州くんだりまで行ってられるか!…」と叫びました。すると万二郎が、外から「神妙にせい!…酔っぱらいども、首をこっちに見せろ!…」と叫びました。すると、一人の兵が立ち上がり、格子窓越しに銃を構えながら「敵の女を寝取る隊長の言う事なんか聞けるか!」と言うと、また銃を一発撃ちました。すると龍馬が、万二郎の顔を覗きこむようにして「寝よったがか…」と聞きました。万二郎は、居酒屋の方を睨みつけるようにして見ながら「違う…」と言いました。そこへ、歩兵組の古参兵達が五人ほど駆け寄って来ました。古参兵の一人が片膝をついて「隊長…」と言いました。万二郎は、居酒屋を見ながら「八平と捨吉だ!…」と言いました。古参の兵は「あいつら…どうします…」と尋ねました。

 店の中では、八平と捨吉が酔った勢いで「やってられるか!…冗談じゃねえよなあ…」などと話していました。すると、外の古参兵が「やい!…山猿やろう!…お前らに撃てるのか!…」と挑発しました。二人は、格子窓から外の様子を覗きました。さらに古参兵は挑発します。「せいぜい、掃き溜めの油虫ぐらいだ!…悔しかったら撃ってみれ!…」と…そして、後ろを向くと尻を出し、右手でポンポンと叩いて見せました。店の中から「あの野郎!…ぶっ殺してやる!…」と言う声が聞こえました。そして一人が格子窓越しに銃を構えた時、裏から入って来た万二郎が「止めい!…」と言った瞬間、二人の兵を木刀で叩きました。二人の兵は、呆気なく倒れました。その瞬間、古参兵達が障子戸を開けて中へ入って来ました。古参兵の一人が、嬉しそうに「隊長!…」と声を掛けました。万二郎は「こいつらを連れて行って、ぶち込んでおけ!…」と命じました。八平と捨吉は、古参兵達に取り押さえられて居酒屋から連れ出されました。

 万二郎が居酒屋から出て来ると、後ろから龍馬が盃を右手に、酒徳利を左の脇に抱えて後ろから近寄って来ました。そして「見事な腕前じゃ…」と言います。万二郎は一礼して「悪いことをしました…」と詫びを入れます。龍馬は「成り行きじゃけん仕方ないろ…」と言うと、盃の酒を飲み干しました。万二郎は「お詫びに、新しい着物を買って差し上げたい…」と言います。龍馬は万二郎を見ながら「おお…気前がええのう…隊長さん…ほいじゃ、着物の代わりに酒をおごってくれ…」と言いました。万二郎は、一礼しながら「分かりました…」と言います。龍馬は「ほいじゃ、行くぜよ…」と言うと、先に歩いて行きました。その様子を町人に化けた隠密らしい男が、訝しげに見ていました。

 

 料理屋では、龍馬が芸者の三味線に合わせて楽しげに「土佐の高知の播磨屋橋で、坊んさん簪買うを見た。よさこい、よさこい…」と歌っていました。右わきに座っていた芸者が「旦那さん…何でそんなにお声が宜しいの…」と尋ねます。龍馬は酌を受けながら「女を口説く為じゃ…」と言います。その様子を見て万二郎は龍馬に「貴公を見ていると、私の友を思い出す…医者なんだが、女好きで、遊び上手で、声がいい…」と言います。龍馬は芸者を右手で抱きながら「その御人、偉い…人生はの…遊べる時に遊んで、女を抱かないかんぜよ…」と言いました。万二郎は、いつもの糞真面目な表情で「天下の情勢を考えると、遊びにうつつを抜かす気にもならんです…」と答えました。龍馬は渋い顔をして「律儀じゃのう…」と言うと、前にあった膳を横にのけて「おまん、徳川に忠節など立てても、もう遅いぜよ…」と言いながら、万二郎の元に這い寄りました。万二郎は龍馬を見つめながら「なに!…」と聞き返しました。龍馬は「徳川は、もう御仕舞じゃ…わしゃな…新しい国を作るつもりながじゃ…」と言います。万二郎は、挑みかかるような目つきで「新しい国…」と言います。龍馬は「そうじゃが…天子様を国の元首に頂き、その下に議政局を作るがじゃ…議政局は、天下の大名全員が参加する…その他の有能な人種は、政治に発言できる…」と言います。すると万二郎は、真剣な表情で「公方様はどうなる…」と尋ねました。龍馬は「徳川家も議政局の一員となる…万民は平等に祭りごとに加われる国を作るがじゃ…そればっかりやないぞ…」と言うと、万二郎は怒った表情で俯きながら、語調を強めて遮るように「もういい!…」と言いました。そして「坂本さん…その話は聞き捨てならん…明らかに…倒幕の企てではないか…」と言いました。すると龍馬は、右手の小指で耳をほじくりながら、分かってないという表情で「おまん…勝先生知っちょるか…」と聞きました。万二郎は、思いもかけない人の名前が出て来たので、不思議そうな表情をして「ああ…存じ上げておるが…」と答えました。すると龍馬は「元々この話の骨子は…勝先生の考えから出たものぞえ…」と言います。万二郎は驚きました。そして、体の向きを変えて左手を畳につき、鋭い眼差しで龍馬の目を見ると「なに…」と聞き返します。龍馬は「わしは、勝先生の弟子じゃけに…わしの頭の中は、勝先生譲りじゃ…」と言います。万二郎は、慌てた表情で「いや、しかし、勝先生は幕府の要人だぞ…その人が、貴公のような…幕府を倒そうなどとは…」と言います。龍馬は、わかっとらんという表情で「おまん、何ちゃ知らんのう…あの人は、幕府など眼中に無いがじゃ…日本ちゅう国の事を考えとるがじゃ…そうやき…あの人は閣老から疎まれちょる…」と言いました。万二郎は、唖然とした表情で、龍馬を見つめていました。

 万二郎は、宿舎に帰ると自分の部屋に寝そべって、物思いに耽っていました。脳裏に西郷の声で「幕府はもう、天下を治める力はなかど…」と聞こえて来ます。龍馬の声でも「天子様を国の元首に頂き、その下に議政局を作る…議政局は、天下の大名全員が参加する…」と聞こえて来ました。その時、古参兵が障子の外から「隊長…」と声を掛けました。万二郎は体を起こすと「如何した!…」と言います。片膝を着いた古参兵が、障子を開けて姿を見せると一礼して、心配そうな表情で「ご上使がお見えです…」と言いました。万二郎は、不思議そうな表情で「上使が…」と聞き返しました。

 万二郎は、座敷で両手を付いて深々と低頭していました。上使は、裃姿で立ったまま書状を読みあげていました。「伊武谷万二郎…その方、大阪にての部下の不始末、および土佐浪人坂本龍馬との密議の件、不届きなり…よって歩兵大隊長の任を解き、江戸へ帰参のうえ、謹慎を命ず…」と…

 

 江戸では、寝ている綾の横でおとねが話しかけていました。「万二郎が戻ってきたら、こう言いましょう…あの娘は、日に日に衰えて、とうとう身罷りましたと…天命だったのです…手を尽くしたのですが…万二郎は嘆くでしょうね…」と…おとねは、仏壇の方に向き直ると座りなおして「あなた、どうか私の事を鬼のような女だと責めないでください…私は、憎いのです…あなたを奪った、敵の一族が…」と言うと、涙目で寝ている綾を睨みつけました。その時、玄関口で御免という良仙の声が聞こえました。良仙が障子戸を開けて入って来ると、袖で涙を拭きながら「あっ、良仙先生…」と言って立ち上がりました。

 良仙は、丁寧に綾の顔色や瞳孔などを診察しています。何か不審なようで、上布団をはがして、綾の腕を取り脈診を始めました。良仙は「こりゃいかん…だいぶ弱っている…」と言うと、綾の腕を降ろして、上布団を掛けて遣りました。そして、おとねに視線を合わせると「食事は…」と聞きました。おとねは、何も無いという表情で「取っております…」と答えました。良仙は「もちろん水もたっぷりと…」と聞き返しました。おとねは、悟られたのかと思い、一瞬ひやっとしますが、悟られないように「はい…」と答えました。良仙は、綾を見ながら「おかしい…このままじゃ危ない…水を…水を持って来て下さい…」と言いました。おとねは「はい」と言うと立ち上がりました。

 良仙は、綾を抱き起して、湯のみで水を飲ませます。綾は、ごくごくと水を飲みました。良仙はその様子を見て「よほど喉が渇いていたのか…これはいったいどういう訳だ…どうもげせん…」と言います。その様子を見て、おとねの様子が、次第に暗くなって行きました。良仙は、綾に水を飲ませ終わると、寝かせつけながら「本人が、口がきけんので困るな…」と言いました。良仙は、綾に上布団を掛けて遣ると「御隠居さん…大変失礼な事を伺いますが…何か、私に隠し事をなさってませんか…」と尋ねました。おとねは、落ち着いた表情で首を振りながら「いいえ…」と答えました。良仙は、不審そうな表情で綾を見つめながら「そうですか…とにかくこのままじゃ、七日と持ちません…すぐに医学所に連れて行きます…」と言うと立ち上がり、薬箱を持って手配をする為に万二郎の家を出ようとしました。その時、おとねは、落ち着いた表情で「お待ちください…この娘は、我が家で看病いたします…」と言いました。良仙は立ち止り、おとねの背中を見ながら「しかし、このままでは…命もおぼつかないのですよ…」と言います。するとおとねは、良仙の方に顔を向けながら「この娘は、万二郎からの預かり物…私が面倒を見ます…」と答えました。良仙は、険しい表情でおとねを見つめながら「私も万二郎に頼まれたんです…もし万が一の事があったら…」と言います。するとおとねは、良仙を見上げながら「どうあっても、このうちの外には出しません…」と答えました。良仙は、おとねの顔を見ながら、その場に座ると「御隠居さん…人間なんて…死なせるのは容易いんです…ほっときゃいい…生かすほど難しい事はありません…それこそ、医者の務めなんです…」と言いました。おとねは、良仙の顔を見つめながら「先生…私がまるで、病人に何かしているような言い方…」と言います。良仙は、おとねの顔を覗き込むようにして「私はねぇ…あなたが親として、万二郎の幸せを願っているなら…その惚れた娘をこんなにし…何もしてやらないのが解せないと言っているのです…」と言いました。しかし、おとねは動じませんでした。良仙は「綾さんは、万二郎が心底惚れた娘なんですよ…」と言います。おとねは、ただ黙っていました。良仙は、苛立ちを押さえながら「いいでしょう…そこまで依怙地なら…それでも結構…この良仙…これから毎日来ます…」と言うと、おとねに一礼をして立ち上がり、帰りました。

それからのおとねは、一日中、どうすべきかを考えていました。そしておとねは「万二郎…お前の幸せを望まないという事があろうか…でも…これだけは…これだけは…」と、涙を浮かべながら独り言を言いました。おとねは立ち上がり、綾の寝ている座敷まで行くと、立ったまま綾を見つめました。おとねの脳裏には、出立前に万二郎の言った事が映し出されていました。「綾さんを頼みます…」と…おとねは、思い直したように綾の側に座ると湯ざましを湯呑みに入れて綾に飲ませようとするのですが、綾の顔を見るとどうしても飲ませる事が出来ずに、泣きながら綾の顔に、湯呑みの水を掛けました。おとねが綾を見つめていると、脳裏に良仙の声が聞こえて来ました。「人間なんて、死なせるのは容易いんです…ほっときゃいい…生かすほど難しことはありません…」と…するとおとねは、泣きながら側にあった手ぬぐいで、綾の顔を拭き始めました…その後、暫くして、おとねは綾を抱き寄せて、匙で重湯を食べさせていました。

 

万二郎は、うなだれながら、江戸への道を歩いていました。ある宿場の中に入って来ると、二人の町人が、縁台に座ってお茶を飲みながら噂話をしていました。「海軍操練所が閉鎖…」と…すると、もう一方の町人が「軍艦奉行勝阿波守様は、お役御免だと…」と…すると聞き返すように「阿波守様が…」と言います。それを聞き付けた万二郎が、慌てたような表情で町人に「今の話は本当か…」と聞きます。町人は、驚いた表情で「あっ、本当ですよ…」と答えました。万二郎は、呆れた表情で「勝先生がお役御免か…御上はいったい何をやっているんだ…」と、独り言を言いました。

 

 良仙は書斎で医学書を真剣に読んでいました。綾の病状を調べる為でした。そこへ、おつねが遣って来て「あなた…夕餉の支度が…」と、声を掛けました。しかし良仙は、いつもの医学を勉強する時の無心の姿になっていたので気がつきませんでした。そこへ長男がやって来て、嬉しそうな表情で「父上…」と声を掛けました。その後ろから、まだあどけない、次男も着いて来ました。おつねは「しっ、しっ…父上はお仕事をなさっているの…静かにね…」と、長男に言い聞かせるように言いました。長男は、直ぐに書斎を出て行きました。おつねも次男を連れて書斎を出て行きました。暫くすると良仙は溜息をつきながら「脳の仕組みは、分からんことだらけだ…」と独り言を言いました。

 おとねは、台所で料理を作っていました。その時、玄関口から万二郎の声で「母上…只今戻りました…」という声がしました。おとねは、慌てて玄関口の方へ行きました。おとねは、万二郎の姿を見ると笑顔で「万二郎…」と声を掛けます。万二郎は、おとねに視線を合わせると、すまなそうな表情で「母上…実は…」と、帰って来た理由を言おうとするのですが、おとねは笑顔で遮るように「ああ…仔細は聞きました…西郷様から文を頂きました…そこに一部始終…」と言いました。

 万二郎は、家に上がると、一番最初に綾の元へ遣って来ました。嬉しそうな表情で綾の顔を覗きこみました。そして「綾さん…戻って来ました…綾さん…」と言います。おとねは、その様子を後ろからじっと見つめていました。

 

 万二郎は、勝海舟の屋敷を訪ねていました。海舟は縁側に立って、庭を見ながら「神戸の海軍操練所に、攘夷浪士を出入りさせていたんだがな、それが閣老どものお気に召さなかったらしい…またく、了見の狭い連中だよ…」と言います。万二郎は「あの閣老どもを如何にかしなければ、幕府は滅びます…」と言います。海舟は「幕府どころか、国が滅びら…」と言うと、座敷に入って座りました。万二郎は、思い出したように「大阪で、坂本龍馬殿に会いました…」と伝えます。海舟は「ほう…龍馬にあったか…面白い男だろう…」と言いました。万二郎は「国の在り方について、いろいろお話を聞きました…天子様を国の元首に頂き、その下に議政局を作るというもの…勝先生のお考えなのですか…」と尋ねました。勝は頷きながら「そうだよ…尊王だ、佐幕だと言っている時じゃない…そんなことやっていたら、日本なんて小さな国は大国に飲み込まれてしまう…」と答えました。万二郎は「私もそう思います…今こそ改革しなければ…手遅れになります…」と言いました。海舟は、大きく頷くと「頼もしいね…しかし、お役御免にされた俺も…お前さんも今はあれだ…」と言うと、後ろを振り向いてダルマの置物を見ました。万二郎は「ダルマ…」と言います。すると海舟が「手も足も出ない…」と言いました。万二郎は、茫然とした表情で達磨を見つめていました。

 万二郎は、その日の夜、良仙と酒を飲んでいました。良仙が万二郎に酒を注ぐと、万二郎は「御上は、軍艦奉行の勝先生までお役御免にしたんだぞ…ああいう人こそ今の幕府にいなければならないのに…目のきかない閣老どもだ…」と言うと、酒を飲み干しました。良仙は、自分の盃に手酌しながら万二郎の話をじっと聞いていました。万二郎は「あれだけ老中や若年寄、諸大名がいても、考えていることは面目や己の利ばかりだけだ…誰一人、このご時世を正しく見ている者はいない…」と言います。良仙は、静かな口調で「でも、これでよかったんじゃねいか…」と言います。万二郎は、挑むように「何処がいいんだ…」と言います。良仙は、笑みを浮かべながら「ものは考えようさ…これでゆっくり、綾さんの看病が出来る…違うか…」と言いました。万二郎は急に俯いて心配そうな表情になりました。良仙は「実はな…オランダの医学書を調べていたら…綾さんとよく似た患者の事が載っていたんだ…」と言います。万二郎は、良仙の顔を見つめながら「なに…」と聞き返しました。良仙は「何年も寝たきりの患者が、ある時突然目を覚まして、元気になったというんだ…」と言います。万二郎は「で、何か薬でも使ったのか…」と尋ねます。良仙は「いや…医者も匙を投げていたらしい…つまり、勝手に治ったんだ…」と答えました。万二郎は、訳が分からないという表情で「勝手に…じゃあ…綾さんも…」と尋ねます。良仙は、真剣な眼差しで万二郎を見つめながら「その見込みはある…だがな…な…あきらめるな…」と言いました。

 

 万二郎は、山岡鉄太郎の道場で、剣の稽古をしていました。(この時すでに、小野鉄太郎は、山岡家へ養子に入った模様です。山岡鉄太郎とは、後の山岡鉄舟の事です。)激しい打ち合いが続きますが、万二郎は鉄太郎に叩き飛ばされてしまいました。鉄太郎は万二郎に「如何した!…お役御免になって剣の腕まで鈍ったか!…」と罵声を飛ばしました。万二郎は、立ち上がると、また鉄太郎に向かって打ち込みを掛けました。

 

 万二郎の家では、おとねが鉄瓶に水を入れて、火鉢に掛けようとしていました。すると隣の部屋から、綾に話しかける万二郎の声が聞こえて来ました。「今日は、久しぶりに道場に行って来た…駄目だ…怠けていたから…鉄さんに歯が立たなかった…鉄さんというのは、山岡鉄太郎…私の剣の師匠だ…」と……万二郎は、話し終わると上布団をはがして「水飲むかい…」と言いながら、綾の体を抱き起こしました。そして「大丈夫だ…すぐ良くなる…」と言うと、湯呑みの水を飲ませ始めました。おとねは、その様子をじっと見つめていました。

 万二郎とおとねは、夕食を食べていました。おとねは万二郎に「随分、一途に話しかけていましたね…」と言います。万二郎は、気恥ずかしかったのか笑みを浮かべながら「良仙が言っていたのです…外国に、綾さんに似た病人がいて、それが一人で目を覚まして、元通りになったそうです…」と言います。おとねは、箸を止めて万二郎を見つめました。万二郎は、嬉しそうに「綾さんも…きっとそうなると…私は信じています…」と言いました。おとねは「そう…」と一言だけ言いました。万二郎は「これは…私の勝手な思い込みかもしれませんが…実は、綾さんは聞こえているんじゃないかって…」と言います。おとねは、驚いた表情で万二郎を覗くようにして「聞こえてる…」と聞き返しました。万二郎は「喋ることも、体を動かす事も出来ませんが…頭の中は実は確りしていて…すべて分かっているんじゃないか…綾さんの目を見ていると…そんな気がするんです…いや…そうです…今までの事もちゃんと覚えていますよ…そのうち目を覚まして…母上に言いますよ…看病して頂き…ありがとうございましたと…」と言いました。すると、おとねの顔が、次第に曇って行きました。おとねは、前にあった膳をのけて、両手を付いて「万二郎…私を許しておくれ…」と言うと、深々と頭を下げました。万二郎は驚いて「どうしたんです…」と尋ねました。おとねは泣きながら「私は…私は鬼です…綾さんを…亡き者にしようと…食事も与えず…飢え死にさせてやろうと…お前の好いている大事な人を私は…許しておくれ…許しておくれ…」と言いました。万二郎は、寂しそうな目で、おとねを見つめていました。

 万二郎は、食事が終わると綾の寝ている横に座っていました。そして、綾の手を両手で握ると「綾さん…母は心から悔いている…許してほしい…これから私が付いている…あなたが元気になるまで、私が看病する…」と言いました。おとねは隣の部屋で、じっと聞いていました。

 

 慶応二年(1866年)、良仙は旅立とうとしていました。玄関口には、おつねと二人の息子、女中が座って見送っていました。良仙が立ち上がると、おつねも立ち上がって、良仙の背中あたりで火打石を叩きました。そして「行ってらっしゃい…」と言います。良仙は、前を向いたまま「行きたくない…」と言います。おつねは「なに、駄々をこねているんですか…確りお勤めを果たして来て下さいよ…軍医殿…」と言いました。すると良仙は拗ねたように顔をしかめながら「戦は嫌だ!…軍医何か引き受けるんじゃなかった…」と言うと、柱にもたれかかって悩んでいました。おつねは「あなた…今さら何を言っているの…送れますよ…」と言います。良仙は、やけを起こしたように「分かったよ…」と言うと、振り向いて息子達に笑顔で「じゃあな…」と言いました。息子達は、元気よく「はい…」と答えました。良仙は、荷物を背中に背負うと玄関を出て行きました。おつねは「言ってらしゃいませ…」と声を掛けました。息子達も「行ってらっしゃいませ…」と声を掛けました。こうして、良仙は軍医として、第二次長州征伐へ出陣しました。

 ここで、良仙の声でナレーションが入ります。「前の長州征伐が、西郷らの働きで、戦わずして勝ったものを…幕府の力と思い込んだ閣老達は、二年後、またもや長州征伐を始めた…だが、新式兵器と新しい戦術を身につけた長州藩は、幕府軍を圧倒した…」と……

良仙は、運ばれてくる負傷兵を懸命に治療していました。良仙は負傷兵の胸に耳を当て鼓動を聞いていましたが、立ち上がり「こいつはもう死んでいる…運び出せ…」と命じました。すると、後ろの方から「先生!お願いします…」と言う声がしました。良仙は、負傷兵の元へ歩み寄りました。良仙は、負傷兵の顔を見るなり「清吉!…この間、手当てして遣ったばかりじゃないか…」と言いました。すると清吉は「先生、また来ました…」と言うと笑い顔を見せました。すると、今まで治療していた同僚の軍医が「この男は、治る間もなく戦場へ送り返され、銃弾にやられたんです…」と言いました。良仙は、水桶を清吉の前に置くと呆れたように「俺はもう、三度もこの男を治療しているんだ…これじゃ…治しても治してもきりがない…何の為に治すんだ…えっ…また怪我をさせる為に治すのか…いっそひと思いに、致命傷を負った方が楽になれるのだがな…」と言いました。すると同僚の軍医が「先生!…何ていう事を仰るんです…」と言いました。良仙は清吉に「痛むぞ…」と言うと、治療を始めました。

良仙は、治療が一段落ついて、負傷兵のいる天幕の外へ出て来ました。良仙は、首を振りながら「遣りきれねい…折角治してやっても…また死にに行くんじゃ…」と言います。その時、銃声がしました。良仙の体に電流のような物が走りました。流れ弾が良仙の太ももあたりに当たりました。良仙は、「ああ…」と叫ぶと倒れました。太ももを押さえていた手を見ると血がついていました。良仙は素早く自分で止血をしました。

 

慶応二年(1866年)七月、おつねと女中が家の掃除をしていると、玄関の方から「帰ったぞ!…」と言いう良仙の声が聞こえて来ました。二人は笑顔で玄関口に行きました。すると、抱きかかえられるようにして立っている良仙がいました。おつねは驚いた表情で「あなた…」と言いました。しかし、良仙の顔は意外と明るく笑みを浮かべていました。

おつねは、良仙の薬の付け替えをして、包帯を巻いていました。おつねの表情は険しいものでした。おつねは良仙に「どうして医者が撃たれるの…」と言います。良仙は、おつねの締める包帯がきつかったのか「イテテテ…もっと優しくやれよ…」と言います。そして「戦場だぞ…流れ弾が飛んでくる事もある…運が良かったよ…足で…少しずれていたら、男じゃなくなっていた…」と言うと、うすら笑いを始めました。おつねは、怒った表情で語気を強めて「よく笑っていられるわね…」と言うと、包帯をギュウッと締めました。良仙は「イテテテ…」と大きな声を上げました。おつねは「一歩間違えたら、命を落とすところだったのよ…」と言います。良仙は笑みを浮かべながらおつねの頬を触って「そんな顔をするなよ…ちゃんと生きて帰って来たんだ…」と言います。おつねは心配そうな表情で「ねぇ…もう軍医なんてやめて…」と言います。良仙は「ええ…」と聞き返しました。おつねは「こんな危ない目にあうなら…町医者だけ遣っていた方がいいわよ…」と言います。すると良仙は「家名が上がるって喜んでいたのは、お前だろう…」と言うと笑っていました。おつねは、真剣な表情で「あなたの命には代えられません…」と言いました。良仙は、遠くを見つめるようにして「それは俺だって、辞めたいと思ったよ…折角治してやっても…また死にに行くんだ…むなしい仕事だ…」と言います。おつねは「だったら…」と言います。良仙は「戦場でけがを負うとな…めっぽう心細いんだ…」と言いました。おつねは、良仙が言った意味が分からずに「えっ…」と聞き返します。良仙は「国を遠く離れて…身うちは誰もいない…たった一人で…痛みや苦しみに耐えなければならない…自分が撃たれて、兵隊の気持ちがよーく分かった…その痛みや苦しみを和らげるのは…軍医しかいない…そんな仕事は誰かがやらなければいけないんだ…」と言うと、おつねの目をじっと見つめていました。

 

万二郎は、鉄太郎の道場に来ていました。鉄太郎は、壁に掛けてあった木剣を取ると、万二郎に歩み寄りながら「散々だったようだ…幕府軍は指揮が低くバラバラで、まったく長州に歯が立たなかったらしい…」と言うと、万二郎の横に座りました。万二郎も「歩兵組も大勢死んだらしい…くっそう…」と言いました。鉄太郎は「無茶な戦だよ…何の策も立てずに、力任せに攻めるからこういうことになるんだ…万さん…もう、幕府は終わりかもしれないぞ…」と言いました。

万二郎は、鉄太郎の道場から帰って来て、綾の寝ている横に座っていました。万二郎は「綾さん…ずっと看病すると言ったが…それは出来なくなるかもしれない…すまない…考えに考えた末の事なんだ…分かって欲しい…」と話しかけました。その時、玄関口から男の声で「御免…」と言う声がしました。

障子戸を開けて、二人の武士が入って来ました。万二郎は、二人を座敷に上げて密談をしています。万二郎は「閣老どもは、無益な戦をし、無駄に兵を死なせた…このままあの連中に政を任せていたら、幕府どころか、日本という国が滅びるぞ…」と言いました。武士の一人が「最早、一刻の猶予もならん…」と言います。するともう一人の武士が万二郎に「どうする…」と聞きました。万二郎は「天誅だ!…閣老どもを倒し…幕府を改革する…」と答えました。

おとねが、外出先から帰って来ました。その時、武士の一人が勢いよく襖を開けました。おとねと武士の視線が合うと、武士は一礼して「お邪魔いたした…」というと、帰って行きました。おとねは、武士たちの殺気に驚きの表情を浮かべながら一礼をしました。おとねが座敷に行くと、万二郎も刀を手にして、外出しようとしていました。おとねは、心配そうに「今の方々は…」というと、万二郎の顔をじっと見つめます。万二郎もおとねの顔を見つめました。そして「友です…今夜は遅くなります…夕餉は先に済ませて下さい…」と言うと、一礼をして家を出て行きました。二人の武士は、玄関口で万二郎の来るのを待っていました。おとねは、心配そうに万二郎を見つめていました。

おとねは、綾の寝ている横に座って話しかけます。「この頃…万二郎の様子がおかしいのです…お仲間と部屋にこもって、ヒソヒソ話をしていたり…夜遅くまで帰ってこなかったり…母の私にも、あの子の心の中は覗けない…綾さん、あなたは万二郎の心をつかんでいます…お願いです…どうか正気に戻って、元の万二郎に戻してください…私にはもう…万二郎が分からなくなってきました…」と…

夜になり、綾の寝ている部屋に、おとねが行燈の火を灯しました。その時、綾の様子に変化が見られたのか、おとねは綾の顔を覗き込むようにして「綾さん!…」と声を掛けました。万二郎が帰って来るとおとねは、急いで歩み寄り「万二郎!…」と声を掛けました。万二郎は、おとねの只ならぬ様子を見て「どうしたんですか!…」と尋ねました。おとねは、慌てた様子で「先ほど、行燈に火をつけた時、綾さんを見たら…あの子、私の目を見たんです…」と言いました。

万二郎は、蝋燭に火を灯して、綾の側へ行きました。万二郎は、蝋燭を綾の顔に近付けながら「綾さん、私を見て御覧…」と言いました。しかし、綾の様子に変化はありませんでした。万二郎は、気を落としたように「駄目だ…気のせいじゃないですか…」と、隣に座っているおとねにいました。おとねは、真剣な表情で「そんな…確かに…」と万二郎に言いました。その時、綾の目が動きました。万二郎もおとねもそれに気付きました。万二郎は、蝋燭の灯りを綾に近付け、右から左へと動かしました。すると、綾の目が光を負って動いていました。万二郎は、綾の顔を見つめながら「綾さん…あなたは蝋燭の火を見ている…確かに…見てる…」と言いました。

あくる日、万二郎は、良仙の屋敷の診察室で、昨夜の出来事を話しました。良仙は驚いて「目が動いた!…」と聞き返します。万二郎は「間違いない…」と答えました。良仙は「こうしちゃいられない…すぐ見に行こう…」と言います。万二郎は「待て…その前に話がある…」と言うと、診察室の板戸から顔を出して、誰もいないことを確認して、板戸をぴしゃりと締めました。

万二郎は良仙に歩み寄ると「これは、二人だけの話だ…断じて口外しないでくれ…」と言います。良仙は、少し面喰ったように「ああ…」と答えました。万二郎は、診察台に腰を降ろすと、刀を抜きながら「俺は、おそらく人を斬ることになる…」と言います。良仙は、驚いた表情で「なに!…」と聞き返します。万二郎は、半分抜いた刀を見ながら「白蟻を退治するんだ…」と言うと、刀を鞘におさめました。良仙は「陽だまりの樹に付く白蟻か…」と聞きます。万二郎は「そうだ…無能な閣老どもを倒す…それしか手はない…そして幕府を改革する…」と言いました。良仙は「本気で言っているのか…」と言います。万二郎は「ああ…本気だ…」と答えました。そして「今は一つにまとまって…異国に負けない国を作ることが大事なんだよ…」と言います。良仙は、心配そうな表情で「頭を冷やせ!…お前ひとりで何が出来るって言うんだ…」と言いました。万二郎は、冷静な表情で「同志を集めた…」と言うと立ち上がり、良仙の顔を見ながら「良仙…あとの事を頼む…母と綾さんを…」と言います。良仙は「お前…死ぬ気だな…」と言いました。

ここで、第11回運命の分かれ道は、終わりました。