第19話 争闘
回想の映像が流れています…
ユンボクは泣きながら「私は…この絵が御真でなく…この絵の中の人物が…殿下でないことを知っています…」と言います。そして次の瞬間に、ユンボクは御真画師を引き裂いてしまいました。その様子を見ていた王様は、唖然としていました。ホンドの目は点になり、ただユンボクの姿を捉えているだけでした。
王様の怒りは頂点に達していました。今までの準備と苦労が、ユンボクの御真画師を引き裂くという行為によって、何もかもが水の泡と消え去ったからです。王様は「画工は、予を愚弄するのか…」と叫びました。
ユンボクは、義禁府の庭で涙を流しながらむしろの上に座っていました。隣には、ホンドも同じように座っていました。役人は「罪人シン・ユンボクは…御真の棄損罪を問い…国法により、斬首刑でその罪を罰する……」と判決文を読み上げます。ユンボクとホンドは、ただ泣きながら見つめ合っていました。
ホンドは、夜の宮殿の門前で、ユンボクの減刑の嘆願をしていました。そして、萎えた足を引きずりながら立ち上がり、かがり火の前に立っていました。ホンドは「この手を…差し出します…」と言うと、大臣達の目の前で、画員の命とも言うべき手をかがり火の中に入れます。ホンドの覚悟の叫びと苦しみの叫びが入り混じって、あたりは異様な雰囲気となりました。大臣達は驚きながらただホンドの様子を遠巻きにして見ているだけでした。ホンドは必死で「若い画工の命をお助け下さい…」と叫び続けました。
チョンヒャンは、ユンボクを助ける為に「もし旦那様が、その画工を私画署に入れたら…どんなに良かったかと、ふと考えました…」と、わらにもすがる思いで、ジョニョンに話します。ジョニョンは「なるほど…」と答えます。
刑場では、ユンボクが後ろ手に縛られて、むしろの上に座らせられていました。斬首刑を行う前の儀式の舞が、処刑人によって舞われていました。ユンボクは恐怖に耐えながら目を瞑り、涙を流していました。処刑人が「ワァー…」と気合を入れたその時、周囲のざわめきは頂点に達しました。ホンドは泣きながら目をつぶり後ろを向きました。しかし、次の瞬間に役人の「やめろ!…」という声が掛かりました。ユンボクは泣き続けていました。ホンドは声のした方向を見つめます。馬に乗ってやって来た役人が「御命だ!…」と叫びます。周囲にいた人々は、土下座をして両手をつきます。役人は御命を「主上殿下の海のごとき恩恵で…今日、画員シン・ユンボクの斬首刑は…執行せぬ者とする…」と読み上げます。ホンドは顔をあげホットします。
ジョニョンは、シン・ハンビョンの屋敷にやって来て、宝箱を開け、お金や亀の細工物を見せます。そして「この程度なら、十分に手厚い額かと…」と言います。ハンビョンは「ですから、ユンボクをお宅の私画署に入れれば…このお金をくださるということですか…」と聞きます。ジョニョンは「そうです…」と答えます。
王様ンは、ホンドとユンボクに「丙辰年に消えた、思悼世子の睿真を探せ…」と命じます。
ホンドとユンボクは、五つの肖像画を別提によって奪われたので、四つの肖像画からモンタージュの肖像画を作成して、王様に提出します。王様は、モンタージュの肖像画が入った箱の蓋を開けます。中から肖像画を取り出し、広げて見ます。その肖像画が、生前の父、思悼世子の姿と重なり合います。王様の目からは涙があふれ出し、思悼世子の肖像画を慈しむように手で触ります。そして、肖像画に「父上…」と呼び掛けます。王様は号泣していました。その姿をホンドとユンボクは見つめていました。
ホンドとユンボクは、ソ・ジンの残した絵を見ながら、ホンドの師匠とソ・ジンを殺した犯人の謎解きをしていました。朝日と鶴と松の絵を見て「ジョニョン」と読み、松の木と二つの机の絵を見て「殺」と読みました。ホンドが「ジョニョン…殺…」と言います。そして「ジョニョンによる死?…」と言います。ユンボクの顔が一変していました。ユンボクとホンドは視線を合わせます。
ジョニョンがユンボクに「画事対決をしたい…」と言います。ユンボクは振り向くと、鋭い眼差しでジョニョンを見つめます…
ジョニョンが図画署にやって来て、ホンドと会います。ジョニョンがホンドに「お前が決めてくれ…10日後だ…」と言います。
ユンボクは、生まれて幼い日を過ごした、実父ソ・ジンの家に一人でいました。ユンボクの脳裏に思い出が駆け廻ります。
自分の手を自分で砕いた時に、ホンドが自分を立ち直らせようと、手を握って一緒に絵を描いてくれた時の映像が…王様の命で、一緒に市中で画題を探している時の映像が…画員試験の時に、別提の手下によって古井戸に落とされて足を怪我したときに、ホンドがおぶって図画署まで走ってくれた時の映像が…別提達から肖像画を奪われて、女装をしたままモンタージュの肖像を描いている時に、夜の寒さにホンドが気づき、自分の上着を背中に掛けてくれた映像が…次から次へと浮かんできました。
その時、戸口で物音がします。ユンボクが振り返るとホンドが家の中にいました。
ユンボクは「師匠…」と言います。二人はしばらくの間、見つめ合っていました。そしてホンドが「来たな…」と言います。ユンボクは「はい」と答えます。ホンドはユンボクを見つめながら「明日だな…」と言います。ユンボクは心配そうに「師匠…」と言います。そして「どうして応じたのですか?…」と聞きます。ホンドは「お前が、先だったんだろう…」と言います。ユンボクは「私は、師匠が先に応じたと…」と言います。ホンドは「商売人の巧みな術策に…引っかかったな…」と言います。
ユンボクは、深刻な表情でホンドを見つめながら「もし私が負けたら…どうなりますか…」と尋ねます。ホンドは「二度と絵を描けなくなり…死んだお前の父の前で、顔を上げられなくなる…」と答えます。ユンボクは少し考えると、沈んだ目をして「師匠が…負けたら?…」と尋ねます。ホンドは、視線を少し下げて、息を深く吸い込んで、ゆっくりと吐きだします。そして「勝負に関係なく…図画署画員としての生命は…終わったと思う…」と答えます。ユンボクは、不安そうな目でホンドを見つめていました。ホンドは「お前が私に、勝てると思うか?…」と聞きます。ユンボクは、目の焦点が定まらず、困った表情を見せます。
ユンボクは「ところで…師匠の手は…まだ…」と言って、ホンドの事を心配しました。ホンドは「手は大丈夫だ…ダメなら足で描く…心配するな…」と言います。ユンボクは、じっとホンドの顔を見つめていました。ホンドは「ユン…よく聞くんだ…立派な師匠は…立派な弟子を作るものだ…立派な弟子は…その師匠を理解する者だ…もっと立派な弟子は…その師匠を超える…明日の画事対決で必ず私に勝て…それでなければ…弟子として認めない…」と言います。二人は見つめ合っていました。そしてホンドは「絶対に忘れるな…私に勝つ事だけが、唯一の生きる道だ…」と言います。ユンボクは「師匠に勝つ事だけが…唯一の生きる道?…」と言います。ユンボクの眉間にはしわがより、複雑な表情をしていました。ホンドはユンボクに「必ず私に勝て…私も…お前に勝つ…私の話を…絶対に忘れるな…」と言います。ユンボクはホンドを見つめながら、かすれるような小さな声で「はい」と答えます。
王様は、執務室で書類を呼んでいました。そこへ側近のホン・グギョンがやって来ました。
王様は「檀園と蕙園の対決は、今日だな…」と言います。ホン・グギョンは「左様です…」と答えます。そして「どちらが勝ったとしても…勝敗が決まれば、一人は悲惨な目に遭います…」と言います。王様は「対決の後、大行首が何をするか分からぬ…お前が画員たちを保護するように…」と命じます。ホン・グギョンは「ご心配なく…」と答えます。王様は「そして…」……
王大妃の部屋には、兄のキム・グィジュがいました。
王大妃は「顔がない肖像…睿真画師…どうしても気になります…」と言います。キム・グィジュは「何がですか?…」と尋ねます。王大妃は「今、町では…画事対決が話題だそうですね…キム・ジョニョンのやり方は気に入りません…」と言います。キム・グィジュは「手腕では、王より優れているとも言います…」と答えます。王大妃は「やり過ぎれば隙も多い…いたずらが災いを呼びます…」と言います。キム・グィジュは自信ありげに「ご心配なく…蛇のように抜け目がない者です…」と答えます。王大妃は「万が一を考えて下さい…」と言います。キム・グィジュは「はい、王大妃様…」と答えます。
ジョニョンは、チョンヒャンの部屋に来ていました。
ジョニョンはチョンヒャンに「今日は、なおさら美しいな…どうだ?…」と言います。チョンヒャンは、伏し目がちにして黙っていました。ジョニョンは「蕙園と檀園のどちらが勝つと思う?…」と聞きます。チョンヒャンは、挑むような目で「師匠と弟子に争わせる残忍な対決を…遊びと考えるのですか…」と答えます。ジョニョンは「生きることは、一場の遊戯だ…いつか何かを選択すべきで…その選択にすべてを賭ける…それが人生の興だ…賭けてみろ…お前のすべてを…檀園と蕙園のどっちが勝つか…言わずとも…好きな蕙園にすべてを賭けるだろうな…」と言います。チョンヒャンは「旦那様は…異才を増やすことは鬼神より優れていますが…人の心を得る方法は…道の雑草よりご存知ない…心を得る者が天下を得るそうです…」と、開き直ったように無表情で言います。ジョニョンは「人の心は分からずとも…勝敗を誤ったことはない…」と言います。
審査をする為の画界の人々や、画事対決にお金を賭けた両班や民たちが、画事対決会場に続々と集まっていました。上席から末席に至るまで、係りの女達が料理を運んでいました。ジョニョンは、画事対決の審査をする為にやってきた、画界の重鎮たちの接待で大忙しでした。チョンヒャンもまた、琴の演奏をする為か、会場に顔を出していました。
図画署の生徒達も「檀園先生とユンボクの対決とは…信じられない…」と言いながらも、末席に着座します。そして、会場に詰めかけた人々を見て「これはスゴイ…」と言いながら、妓生らしき女人を見ながら愛想を振りまいていました。
ユンボクとホンドは、準備室のような所で絵具や筆などの画材を調べていました。ユンボクとホンドが、同時に同じ筆を選ぼうと手を伸ばしました。ユンボクはホンドの顔を見て、そっと手を元に戻します。ホンドは、その筆を手にすると、筆先の感触を指で確かめていました。そして、その筆をユンボクに「さあ…」と言って差し出します。ユンボクは、ただ黙ってホンドの顔を見つめていました。ホンドはユンボクに「お前が使え…」と言って、また差し出します。ユンボクは「いえ…師匠がどうぞ…」と言います。ホンドは、少し笑うと考えながら「毛が堅いから…細密な筆さばきを求めるお前に必要だ…持って行け…」と言って、ユンボクに渡そうとします。ユンボクは筆を受け取り、じっとホンドの顔を見つめます。そして「まだ私は、よく分かりません…どうして師匠と、この画事対決をするのか…お互いに勝つ事が…どうして生きられる道なのか…」と尋ねます。ホンドは、ユンボクの腕をつかみ、真剣な眼差しでユンボクを見つめながら「ユン…私を信じるか?…信じるなら私に勝て…それが、お前の父の仇を討つ事になる…」と言います。ユンボクは、迷っているのか少し視線を下げて考えます。ホンドは何も言わずに、そんなユンボクの腕を確りと握り締めながら見つめていました。その眼差しは、ユンボクに大丈夫だと訴えかけていました。
右議政の屋敷では、キム・グィジュと別提が来て、密談をしていました。
別提が「ワッハハハー…」と笑いながら「どうですか…ウサン様は、檀園と蕙園のどちらに賭けますか…」と尋ねます。右議政は「奴らが…何をどれほど知ったかも分からないのに…笑いながら言えるか…」と語気を強めて言います。すると、キム・グィジュは右議政に「心配ありません…大行首が信じてくれと言いました…ですから安心して…彼らの命がけの対決を楽しんでください…」と言います。右議政はキム・グィジュに「それでお前は、どちらに賭けた?…」と聞きます。キム・グィジュは「蕙園に賭けました…キム・ジョニョンは…自分の私画署のシン・ユンボクを勝たせます…」と答えます。すると隣の別提が「ウフフフ―…」と笑います。そして「当然ではないですか…キム・ホンドが負ければ…もう二度と筆を持てないでしょう…」と言うと「ワハハハー…」と笑います。右議政は、たばこを吸いながらも真剣な眼差しで二人の会話を聞いていました。
市中では、画事対決に興味のある民たちが、大道芸人の頭の店の前に集まっていました。
頭は「いよいよ、朝鮮最高の画員の…画事対決が始まるぞ…」と言います。そして檀園・蕙園と書かれた壺を扇子で叩きながら「檀園…蕙園…100年に一度の画事対決…これは本当に興味津々だ…さあ、急いで…」と大声を張り上げていました。
画事対決の会場では、楽器の演奏が始まっていました。チョンヒャンも演奏に加わっていました。そして、ユンボクとホンドが並んで会場に入って来ました。ユンボクは歩きながら、琴を演奏しているチョンヒャンを見つめます。チョンヒャンもさり気なく視線を合わせました。
ユンボクとホンドは主賓席の前に並んで立ちます。図画署の生徒達が、心配そうな顔をしてユンボクに近づいて来ました。二人の周りを両班達が取り囲んでいました。
ジョニョンは「画事対決をする画員です…図画署最高の画員で、主上殿下の寵愛を受け…山水画から動物画…そして儀軌班次図(ウィグパンチャド)まで…何一つ欠けるものがない…朝鮮最高の画員、檀園キム・ホンドです…」と言います。周辺からざわめきが起き「やはり…最高だ…」と声が掛かります。ホンドは軽く一礼をします。
ジョニョンは「こちらは…画仙、檀園が認めた弟子…図画署の手に余る、破格な画風の画員…強烈な色彩と女人の心理描写に優れた…最高の風俗画家、蕙園シン・ユンボクです…」と言います。ユンボクは目が定まらず、どこか不安げな表情で一礼します。周辺からざわめきが起き「弟子だそうだ…」という声が聞こえて来ました。
ジョニョンは「審査する図画界の皆様を紹介します…まず王室宗親会の画界、チョンべク会のポクウォン君…」と言います。ユンボクとホンドは一礼をします。そしてジョニョンは「朝廷の大臣の画界…ペクラン会代表、礼曹判書キム・シオプ様…眼識が高い平壌のウンウ界代表、ユン・インウォン様…丹陽の有志の画界、サムボン会代表キム・シニョン様…そして行首の画界の代表…イ・ムンジク様…最後に最も由緒ある図画界の集まり…五竹会を代表する最高の眼識…戸曹判書キム・ミョンリュン様です…」と次々に紹介しました。
ジョニョンは「では、これから始めます…画題は、図画界の皆様が決めました…」と言うと、振り向いて深く一礼しながら「発表してください…」と言います。すると、王室宗親会のポクウォン君から、ジョニョンの使用人に軸が渡されました。使用人は、その軸を腰をかがめながらジョニョンの所まで運び渡します。ジョニョンは軸を広げると「今日の最高の勝負にふさわしい画題です…それは…争闘です…」と発表すると、会場の客に見せます。ホンドとユンボクは画題の軸を見つめていました。
ジョニョンは「画事の進行と決定方式に関して…ポクウォン君からお話があります…」と言うと、向きを変えポクウォン君に一礼します。ポクウォン君は「朝鮮最高の画人を選ぶ対決だから…画題も対決であるのが適当だ…二人は各自の方式と技芸で、画題を遂行しなさい…画事は明日の正午までとするが…審査の結果は画界員が、絵を十分に検討したのち…申時(シンシ)から夕暮れまでに決めるだろう…」と言います。ジョニョンは「これから二人の画員の対決を始めます…」と宣言します。そして二人の方を向いて「始めてくれ…」と言います。
ユンボクとホンドは見つめ合います。そして主賓に一礼すると会場をゆっくりと歩いてそれぞれの画室へ向かいます。会場からは「最善を尽くせ…最善を尽くすと信じるぞ…」と声が掛かります。二人は立ち止て振り向き、客に一礼をして、また歩き始めます。
宮中では、王様と大王妃がホンドとユンボクの絵を鑑賞していました。
大王妃は「蕙園の描く絵は…人の心を動かします…私はこの者に賭けます…」と言います。王様は「その画員も優れていますが…私は檀園の絵をこのみます…」と言います。そして「人々の生き生きとした様子が…見ている人に伝わります…」と笑顔で言います。王様は王大妃に「何を賭けますか…」と尋ねます。さらに「勝負は得失があってこそ、楽しさもあるものです…」と言います。王大妃は「そうですね…」と言うと、少し考えて「負けた者が…宮中を去るのは?…」と言います。
すると、王様の表情が一変します。王様は「それは実に興味深いお話です…」と答えます。王大妃は、笑いながら「ただの冗談です…」と言います。王様は「ワハハハー…」と笑います。王大妃は、笑みを見せながら「勝負はいつ決まりますか…」と尋ねます。宮中では、王様と大王妃との神経戦がすでに始まっていました。
ジョニョンは、女侍と密談をしていました。その眼は鋭く、嫉妬と恨みのこもったものでした。ジョニョンは「檀園と蕙園…この対決で…互いの胸の内に…刀を指し合うはずだ…」と言います。
大道芸人の頭は「ついに今日、この日だ…」と言うと、銅鑼を叩いて調子を付けます。そして「二人の画工の火花散る対決の第二章…画評が始まる…」と大声で言うと、また銅鑼を叩いて調子を付けます。
先に会場に戻ってきたのはユンボクでした。客の一人が「来たぞ…」と叫びます。審査員たちの待ち受けるなか、ユンボクは早足で歩いて来ます。それを遠巻きにして、両班や民たちも付いて来ました。図画署の生徒の一人が「ユンボクが先だ…ユンボク、上手く描けたか…描き終わったか…」と言います。ユンボクは伏せ目がちに歩きながら、黙っていました。そして、ジョニョンの使用人に、絵を入れている筒を渡します。使用人は上席のある所に立っていたジョニョンに、その筒を渡します。ジョニョンはユンボクに「ご苦労だった…あとで呼ぶから休んでくれ…」と言います。ユンボクは、ジョニョンの近くに座っていたチョンヒャンを見ます。チョンヒャンも視線を合わせますが、その顔は沈んでいました。
その時誰かが「檀園先生が戻ってきたぞ…」と言います。ユンボクや周りにいる者たちは振り返り、ホンドを迎えます。ホンドは荒い息をしながら、絵の入った筒をジョニョンの使用人に渡します。ユンボクは、心配そうにホンドを見ていました。ジョニョンは、絵の入った筒を受け取るとホンドに「ご苦労…画評の間、しばらく休んでくれ…」と言います。ホンドはジョニョンに一礼をします。ホンドの息遣いは整わず、荒いままでした。ホンドはユンボクを見ると先に控室に歩いて行きます。ユンボクはホンドの後ろを付いて行きます。
ホンドとユンボクは控室にいました。二人は手を洗う為に袖をまくりあげていました。ホンドが先に手を洗おうとすると、ユンボクはホンドの袖が濡れないように、まくり上げます。その仕草は、弟子の仕草と言うよりは、女人の仕草のようでした。そしてユンボクは、包帯の取れないホンドの手をそっと洗ってやります。二人は時折視線を合わせるのですが黙ったままでした。
ホンドがユンボクに「うまく描けたか…」と優しく聞きます。ユンボクは、黙ったままうつむいていました。するとホンドが「最善を尽くしたか…」と聞きます。ユンボクは小さな声で「はい」と答えます。そして、ホンドを見つめながら「師匠は?…」と聞きます。ホンドは、自分の手を見ながら「見てのとおり…手がダメだから足で描いた…」と言います。ユンボクの顔に笑みが浮かびました。そして、ホンドの顔にも……ユンボクはホンドの指を優しく洗い続けていました。
座敷では、部屋を閉め切って、画評が始まろうとしていました。ホンドとユンボクは、審査員の前に用意された席に座ります。ジョニョンは二人を見つめて、ニヒルな笑いを浮かべます。チョンヒャンは、次の間に座って、その様子を硬い表情で見ていました。
ジョニョンが「これより…画評しながら、勝負を楽しんでください…」と言います。壁には、檀園、蕙園と書かれた、評価を書くための紙が貼られていました。ジョニョンは「お伝えしたように、画評は夕暮れまでで…最後の判定は…皆様の推薦で、王室のポクウォン君がされます…」と言います。ホンドはじっと前を向いて聞いていましたが、ユンボクは落ち着かないようで、時折心配そうにホンドの顔を見ていました。
ジョニョンが「それでは、画評を始めます…」と言うと、二人の絵に掛けられていた布を外します。そこにいた全員の目が、二人の描いた絵に集中します。
ポクウォン君が「ワッハハハー…」と笑いながら、ユンボクの絵を見て「これは鮮やかだ…」と口火を切ります。すると隣にいる審査員が「檀園の絵には…二つの視点があるようです…」と言います。それを聞いたポクウォン君は、ホンドの絵を見て「そのとおりだ…まず前から見た視角から、土俵の全景を描いたようだ…勝負の力と活気を表現する為に…見物人の立場から、相撲取りを見上げたな…座っている見物人の目に…相撲取りは、大きく見えたはずだ…それで相撲を取るものを大きく描いたから…絵全体に力がみなぎるようだ…」と言います。隣の審査員も「そのとおりだ…あの土俵の見物人と一つになって…実際の勝負を見ているようですな…」と、他の審査員を見ながら同意を得ようとします。
ジョニョンは「“通”を頂けますか…」と審査員に尋ねます。審査員全員がそれに同意するようにうなずいていました。最初に檀園の絵に“通”が与えられました。
一人の審査員が、ユンボクの絵の前に立って「まず…この絵の優れた点は…驚くほどの生動感です…まるで、この場で踊っているような…女人の着る橙色の戦服が…躍動性を見せています…張り切った緊張感と力…速さは女人の帯から感じられます…なびく帽子の赤い羽根とチマの裾の動きが…二人の女人の躍動性を見せています…」と言います。ホンドは、じっとユンボクの絵を見つめていましが、ユンボクはうつむいて心配そうにしていました。審査員たちは、誰もが納得したようにうなずいていました。ユンボクの絵にも“通”が与えられました。すると、チョンヒャンの表情に微かに笑みが浮かびました。その様子をジョニョンは見逃しませんでした。
ジョニョンは「また、檀園の絵を見ましょう…」と言います。別の審査員が檀園の絵の前に出て評を始めます。審査員は「檀園の絵では…すべての人物の表情が生きています…これはまるで…この人々を一人づつ長い間観察して…印象的な瞬間だけを描いたように見えます…見て下さい…一人も同じ顔を持つ者がなく…自分の顔で、目の前の相撲の勝負を…予測しているかのようです…」と言います。他の審査員も納得してうなずいていました。ホンドにまた一つ“通”が与えられます。
すると、礼曹判事が座ったまま「檀園の絵の中に二つの視点があり…相撲取りに集中しているなら…蕙園にも同じ趣向があります…見る人の視線を集める為…多くの人で散漫な絵の中に…剣舞を踊る二人の女人を中心に絵が来ました…両班達を押しのけて真ん中に…女人を確り描いた…確かに図画署を飛び出た型破りな画員だ…」と言います。すると、ジョニョンが「当然のことです…この画工は、女人の心を知っています…」と言います。それを聞いていたホンドは、視線を上げてジョニョンを見つめます。何を言い出すのだろうかと思ったに違いありません…ジョニョンは、含み笑いをしていました。そしてジョニョンは「“通”を頂けますか…」と審査員に伺いを立てます。審査員は全員が納得しました。ユンボクに、三つ目の“通”が与えられました。これで一つユンボクがリードしました。審査員たちは顔を見合わせます。ホンドは納得するように、何度も小さくうなずいていました。しかし、ユンボクの心は晴れませんでした。ずっとうつむき加減に視線を下に落としていました。
次の審査員がホンドの評を始めます。審査員は「全体に同心円を成し…絵の周辺に、ぐるりと見物人を配置して…その間に空間を作って、相撲取りを描き…強烈に視線を捉えながらも…安定感がある…」と言います。ホンドにも三つ目の“通”が与えられました。これで五分に戻りました。ユンボクとホンドは視線を合わせます。ユンボクの表情には、ホットした表情と不安な表情が入り混じっていました。
次の審査員がユンボクの評を始めます。審査員は「上に七人、下に七人を配置した上で…中心に二人の剣女…絶妙な分割です…二人の剣女が…人々の視線を集めています…」と言います。また一つユンボクに“通”が与えられました。
次から次へと審査員が評を行います。その度に、ユンボクとホンドの対決は一進一退が続きました。一喜一憂する審査員たち、それを見ながらハラハラと心配しているチョンヒャンの顔…ガップリ四つの審査が続いていました。ホンドは真剣に二つの絵を見つめていました。ユンボクは絵を見ることが出来ずに、力なくうつむいていました。これまでの評価は七対七の同点でした。
ジョニョンは「そろそろ…勝負を決めねばなりません…いかがですか…」と言います。その時、戸曹判書が愛逮(眼鏡)を外しながら「どうやってだ?…」と言います。ジョニョンは「画題が闘争であるだけに…この絵の中に潜ませた、機略ではどうですか…」と言います。ユンボクとホンドは、自然に視線を合わせます。戸曹判書が「潜ませた機略か?…」と言うと、「オホホホ…」と笑い始めます。そして「それは面白そうな考えだ…どうですか…」と審査員に同意を求めます。すると、ポクウォン君が「それではまず、檀園の絵から見てみよう…」と言います。続けて「この二人のうち勝者はどちらだ?…」と聞きます。すると別の審査員が笑いながら「持ち上げられている方だろう…」と答えます。隣の審査員が「それでは…あのかかえこまれた者がですか…もう投げられそうだ…」と聞きます。ニコニコと笑っている審査員が「見た目にはそのようだが、それは違う…左側の男を見てくれ…両足を地に着けているが、重心が後ろにある…最後のあがきで、相手を持ち上げたが…自分が倒れて転ぶところだ…」と言います。そして笑いながら「違うか、檀園…」と聞きます。ホンドは立ち上がり絵の前に進もうとします。ユンボクはホンドの事を心配そうに見つめていました。
ホンドは、自分の絵の前に立つと「勝ったのは…この者です」と言うと、審査員が言ったのとは逆の相撲取りを指差します。ジョニョンと周りの審査員は驚いた表情を浮かべます。ユンボクは、ただホンドの絵を見つめているだけでした。ジョニョンは、硬い表情で「どうしてだ?…」と聞きます。そして「明確に答えねば…図画界の皆様を侮辱することになる…」と言います。ホンドは、薄笑いを浮かべると、審査員を見ながら「もちろん承知しています…」と答えます。一人の審査員が「それなら答えがあるのだな…」と聞きます。ホンドは「その答えは…絵の…右下にいる、この二人にあります…」と言うと、のけぞって見ている二人の観客を手で指します。審査員は真剣な表情でホンドの絵を見つめていました。ホンドは「二人の表情を見て下さい…驚いたように口を開けています…」と言うと、その表情を自分の顔で真似して見せます。ジョニョンは、聞き逃すまいと、真剣にホンドの説明を聞いていました。ユンボクの目が鋭く光り始めます。ホンドは「頭を反らし、体を後ろに引いていますね…これはつまり、この者が相手を持ち上げて…右側に投げ飛ばそうとしているのです…」と言いながら、ジョニョンの方へ投げ飛ばそうとする素振りをします。ジョニョンは、ただホンドを見つめているだけでした。
その時、戸曹判書が「さすが檀園だな…」と言うと、嬉しそうに笑い始めます。別の審査員も笑いながら「勝敗はもう…決まったようだな…」と言います。戸曹判書は「蕙園は、苦しいようだ…」と言います。ユンボクは、視線を下げて黙っていました。檀園の評を掲示する紙に“通”の印が押されます。チョンヒャンは心配そうに成り行きを見ていました。“通”の数は、檀園8対蕙園7となりました。
会場の庭では、画事対決の勝負がなかなか決まらないので、結果を待ちわびている人たちは、苛立ちすら感じ始めていました。図画署の生徒達も同じ事でした。
図画署の生徒の一人が、ジョニョンの使用人を捉まえて「待ってくれ…どうなっている?…」と聞きます。すると、すぐに周りに人だかりが出来ました。使用人は「檀園先生が、一つ上です…」と答えます。それを聞いたヒョウォンの腰巾着の生徒が「ウヒャヒャー…」とかん高い声で笑います。そして「俺が言っただろう…ユンボクは、檀園先生の相手にはならない…」と言って喜びます。すると一番年上の生徒が「ちょっと待て…」と言います。他の生徒も「待ってみろ…」と、興奮して言います。
会場では、ユンボクの絵の評をしていました。
ジョニョンは「女人の剣舞は、対決ではなく遊戯ですが…この絵には命を賭けた緊張感があります…」と言います。そしてジョニョンは、ユンボクの方を向いて「蕙園…隠しておいた勝負手は何だ?…」と聞きます。審査員たちはユンボクに注目します。ユンボクは座ったままで「もとより…芸術家の自尊心の対決は…武士の生死を懸けた対決と同じです…」と言うと、ホンドの顔を見つめます。ホンドもユンボクの言葉を受け止めて、ユンボクを見つめます。ユンボクは立ち上がり、自分の絵の前に進みます。そして、ホンドに視線を合わせてから、審査員の方を向きます。
ユンボクは「この絵の勝敗は…裾の中に隠されています…まず、チマの裾を見ると…この女人はゆっくり歩き…この女人は、急な動きを見せていますね…さて…この羽の方向と…チマの裾の方向です…この赤いチマをはいた女人は…チマの裾の方向が…羽の方向と同じで、左から右側ですが…この青いチマを履いた女人は…飾りの動きと反対に、右から左に動いています…これは、体の中心と頭の中心が…崩れていることを現します…この絵の敗者は、青いチマを履いた女人です…」と言います。戸曹判書が「チマの裾の中に、勝負手を隠した…檀園に劣らぬ技量ではないか…」と、笑いながら言います。それにつられて審査員たちも笑います。戸曹判書は「檀園、お前はどう考える…」と聞きます。ホンドは、細かくうなずきながら「絵の実力に劣らぬ技法と考えます…」と答えます。ジョニョンは、審査員に「“通”を頂けますか?…」と聞きます。ポクウォン君が「“通”だ…」と言います。戸曹判書は「私も“通”だ…」と言います。すると隣にいた礼曹判事も「私も“通”だな…」といます。すると次々に審査員が「“通”だ…」と言います。そして、審査員たちから笑い声が上がります。しかしユンボクの表情は、以前として硬いものでした。これで8対8の同点となりました。勝負の行方が分からなくなり、ジョニョンは少し焦りを感じていました。チョンヒャンは、ほっとした表情でユンボクの姿を追っていました。
会場の外では、図画署の生徒がまた、ジョニョンの使用人を捉まえて「どうなってるんだ?…」と、焦るように聞きます。使用人は「今は“通”の数が同じです…」と答えます。それを聞いたヒョウォンの腰巾着の生徒が「勝負が決まらないとどうなる?…」と言います。年長の生徒が、しかめっ面をして「そんなはずない…勝負がつかない争いはない…勝負を付けるべきだ…」と言います。別の生徒も腕を組みながら祈るように「引き分けはないさ…」と言います。
王様は、執務室で仕事をしていました。そこへホン・グギョンが入って来ます。王様は仕事をしながら「二人の画員の対決はどうなった…」と聞かれます。ホン・グギョンは「はい…まだ決まらないそうです…」と答えます。王様の目の動きが止まります。そして「まだなのか…」と、思いを巡らすように言います。
王大妃の部屋には、右議政とキム・グィジュが来ていました。
キム・グィジュは「キム・ホンドは、これが終われば…彼の名声と画員としての命綱が切れます…」と言います。右議政も「そうです…」と言います。そして「大行首の功です…」と言います。ただ一人、王大妃だけが「最後まで分かりません…万一の場合に備えて、案を考えて下さい…」と、不安を隠しませんでした。キム・グィジュは「案を?…」と聞き返します。王大妃は「大行首が、二人を処理出来なければ…私達皆が、災いに遭います…」と答えます。右議政とキム・グィジュは、顔を見合わせます…
審査会場では、審査員の一人が語気を強めて「このままでは、勝敗が決まらない…」と言います。別の審査員が「数千金を賭けた勝負が決まらないとは…話にならん…そうなれば、集まった人々が黙っていない…」と言います。ポクウォン君は、大きくため息をつきながら「どうするか…」と言って、ジョニョンを見ます。ジョニョンは何か思いついたようで「勝敗を決める方法があります…」と言います。ポクウォン君が、身を乗り出して「何だ?…」と聞きます。ジョニョンは「互いに、相手の絵を評価して勝敗を決めます…」と答えます。ホンドとユンボクは視線を合わせます。そして、ユンボクの表情が険しくなり、視線が定まらなくなって、うつむいてしまいます。チョンヒャンは、そんなユンボクの気持ちが分かるのか、心配そうにユンボクを見つめていました。
ホンドが、ユンボクの評を始めます。
ホンドは「蕙園の絵は…朝鮮最高です…欠点もありません…」と言います。ユンボクは、その様子を確りと見つめていました。ユンボクの表情は、暗く沈んでいました。
今度はユンボクが、ホンドの評を始めます。
ユンボクは「檀園先生の絵も…」と言うと、檀園の絵の観衆の手の位置を見つめていました。ジョニョンはユンボクの表情の変化に違和感を感じました。ユンボクはホンドを見つめます。ホンドもユンボクを見つめます。ユンボクは困惑していました。その時「絶対に忘れるな…私に勝つ事だけが、唯一の生きる道だ…」という、ホンドの言葉を…そして「師匠に勝つ事だけが…唯一の生きる道?…」と聞き返した自分の言葉を…さらに続けたホンドの「必ず私に勝て…私も…お前に勝つ…」と言った言葉を思い出していました。しかし、ユンボクには、ホンドを陥れることは出来ませんでした。どうすればいいか…短い時間の間に、必死で考えていました。
ユンボクの異変に気がついたジョニョンは、ホンドの絵を見ていました。そして、ユンボクの視線から察して、観衆の手の欠点を見つけ出しました。
ユンボクが、答え始めました…「欠点はなく…完璧です…」と…
するとジョニョンが、語気を強めて「檀園の絵には、致命的な間違いがあります…」と言いました。ユンボクはジョニョンを見つめていました。その表情には、苦悩が満ちていました。
ポクウォン君が「その間違いとは何だ?…」と聞きます。ジョニョンは、ホンドの絵の前に進みより「それは…これです…」と言うと、扇の先で観衆の手の位置を指しました。ジョニョンは「この者の左手と右手を描き間違っています…」と答えます。審査員の中から「アー…」と言う声が上がります。審査員たちは、それぞれが隣あった者同士で話し合っていました。チョンヒャンの眼差しが緊張していました。
礼曹判事が「檀園、自分の失敗を認めるか?…」と聞きます。ホンドはジョニョンを見ていました。ジョニョンもまたホンドを見ていました。戸曹判書が、少し慌てながら「何か言うことがあるはずだ…檀園…お前のような大画員が、こんな重要な画事で…致命的な間違いをするとはどういうことだ?…」と聞きます。ホンドは、落ち着いた表情で「間違いを…認めます…」と言います。ユンボクは、何とも言えない悲しげな表情をしていました。そして、ホンドの“通”が一つ取り消されました。戸曹判書は、大きく溜息をつきます。礼曹判事が「これで勝負は決まりました…どちらの勝ちかお分かりですね…」と言います。審査員たちも礼曹判事の言葉に納得していました。ポクウォン君はホンドに「檀園は、自分の敗北を認めるか?…」と聞きます。檀園はポクウォン君に視線を合わせます。そしてジョニョンの顔を見ます。ジョニョンは勝ち誇った、自信満々の顔をしていました。ユンボクは、横から悲しげにホンドを見つめていました。
しかしホンドは、落ち着いた表情で「勝敗を断定するには…まだ早いようです…」と答えます。ジョニョンの鋭い視線が、ホンドの顔を指していました。審査員の表情が、また一変しました。礼曹判事は「つまらぬ言い訳をするのか…勝負は決まった…檀園は自身の敗北を認めるように…」と、語気を強めて言います。
会場の外では、多くの人々が集まっていました。陽が傾き、結果の発表の時刻は過ぎていました。
ホンドは、黙って歩き始め、ユンボクの前を通り過ぎて行きます。ユンボクの視線は、ホンドの背中を追って行きます。ホンドは立ち止り、審査員の方を振り向きます。ホンドは思いだしていました。戸曹判書の屋敷に、頼みに行った時の事を…
「お願い致します…」と言うと、戸曹判書は「わしに…わずか一割の勝率も保証できん賭けをしろと?…そうなのか…」と、問い質します。ホンドは「それだけが、奴の財物を奪い去る方法だと思います…お願い致します…」と答えます。戸曹判書は「とても無理だな…審査をお前の思いどおりには…させてはくれないぞ…すまんな…」と言います。
ホンドは、窓の障子の戸を向くと、その戸を開けます。空は西日で、朱色に染まっていました。宮中では、王様がホンドと同じ西日を見ながらホン・グギョンに「今夜こそ…事をなすべきときだ…」と言います。ホン・グギョンは「心を決められましたか…」と尋ねます。王様は、静かにうなずかれました。
そして、画事対決の会場には、朱色の日差しが差し込んで来ました。ユンボクは、その日差しを感じ始めました。そして、ホンドの絵にも差し込んで行きます。ホンドの絵が朱色に変わって行きます。それをジョニョンも見ていました。ホンドは振り返り自分の絵を見ます。それにつられて、ユンボクもホンドの絵を見ます。チョンヒャンは、何が起きているのかと心配そうに見ていました。
ホンドの絵の中から、相撲取りが浮かび上がって来ます。審査員たちは、それを唖然とした表情で見つめていました。ポクウォン君が「これは…」と言います。礼曹判事も「これまで見ていた絵と違った…強烈さが生きている…」と、うなずきながら言います。他の審査員も「光だけで、これほど絵が変わるのか…」と言います。ユンボクは、少しだけホットした表情を見せます。そして、ホンドに視線を移します。ホンドは「絵全体に…橙色を使ったのは…土俵の色でもありますが…強い夕焼けの色を浴びれば…その瞬間こそ…争闘を最も争闘らしくする瞬間であり…勝負を最も勝負らしくする瞬間になります…」と言います。
審査員の一人が「用意周到に絵を見る時間まで考えたというのか…」と言います。戸曹判書は、満面の笑みを浮かべながら「それなら…その前の少しの間違いは、問題にならんな…」と言いながら、愛逮(眼鏡)を取ります。そして「さあ…これで…消した“通”をまた書き直さねばならんな…」と言って笑い始めます。その様子を見ていたジョニョンの表情が強張っていました。
ジョニョンが「時間を少しくだされば、蕙園の絵にも確かに…」と言っていると、それを遮るように、ポクウォン君が「もうやめろ…日も沈んだ…これで決める…」と言います。ジョニョンは、視線を下げて黙っていました。チョンヒャンはホットした表情を見せます。ユンボクは、何とも言えない表情でホンドを見ました。ホンドはユンボクに視線を合わせて、小刻みに何度もうなずいていました。
第19話 争闘 はここで終わります。
今回は、次回が最終話ということもあって、冒頭からかなりの部分に回想の映像が用いられていました。重要なポイントを視聴者に把握させるためなのかもしれません。ただ日本のドラマの場合は、最終回が近づくと、時間が延長されるのが普通なのですが、今回は逆に7・8分短縮されていました。こういう所にもお国柄が出るのかなと思いました。
画事対決の朝、ジョニョンは、チョンヒャンの部屋に来ていました。
ジョニョンはチョンヒャンに「今日は、なおさら美しいな…どうだ?……蕙園と檀園のどちらが勝つと思う?…」と言います。チョンヒャンは、挑むような目で「師匠と弟子に争わせる残忍な対決を…遊びと考えるのですか…」と答えます。ジョニョンは「生きることは、一場の遊戯だ…いつか何かを選択すべきで…その選択にすべてを賭ける…それが人生の興だ…賭けてみろ…お前のすべてを…檀園と蕙園のどっちが勝つか…言わずとも…好きな蕙園にすべてを賭けるだろうな…」と言います。チョンヒャンは「旦那様は…異才を増やすことは鬼神より優れていますが…人の心を得る方法は…道の雑草よりご存知ない…心を得る者が天下を得るそうです…」と、開き直ったように無表情で言います。ジョニョンは「人の心は分からずとも…勝敗を誤ったことはない…」と言います。おごりともとれるジョニョンの言葉は、人生に勝ち続けて来た人間の言葉でした。しかし、ここに「マサカ」という落とし穴があったのです。王大妃は、このおごりを心配していたのです。策士策に溺れるとはこのことでした。
ユンボクとホンドは準備室で、同時に同じ筆を選ぼうと手を伸ばしました。ユンボクはホンドの顔を見て、そっと手を元に戻します。ホンドは、その筆を手にすると、筆先の感触を指で確かめていました。そして、その筆をユンボクに「お前が使え…毛が堅いから…細密な筆さばきを求めるお前に必要だ…持って行け…」と言って、ユンボクに渡そうとします。ユンボクは筆を受け取り、じっとホンドの顔を見つめます。そして「まだ私は、よく分かりません…どうして師匠と、この画事対決をするのか…お互いに勝つ事が…どうして生きられる道なのか…」と尋ねます。ホンドは、ユンボクの腕をつかみ、真剣な眼差しでユンボクを見つめながら「ユン…私を信じるか?…信じるなら私に勝て…それが、お前の父の仇を討つ事になる…」と言います。ユンボクは、迷っているのか少し視線を下げて考えます。ホンドは何も言わずに、そんなユンボクの腕を確りと握り締めながら見つめていました。その眼差しは、ユンボクに大丈夫だと訴えかけていました。ホンドは常にユンボクのことを考えていました。ユンボクの繊細な心が動揺しないようにと…そして災いを引きこまないようにと…ホンドは、ユンボクが自分を信じてくれさえすれば、後はどうとでも、自分が辻褄を合せることが出来ると考えていたに違いありません。
ホンドとユンボクは、描いてきた絵を提出すると控室にいました。二人は手を洗う為に袖をまくりあげていました。ホンドが先に手を洗おうとすると、ユンボクはホンドの袖が濡れないように、まくり上げます。その仕草は、弟子の仕草と言うよりは、女人の仕草のようでした。そしてユンボクは、包帯の取れないホンドの手をそっと洗ってやります。二人は時折視線を合わせるのですが黙ったままでした。
ホンドがユンボクに「うまく描けたか…」と優しく聞きます。ユンボクは、黙ったままうつむいていました。するとホンドが「最善を尽くしたか…」と聞きます。ユンボクは小さな声で「はい」と答えます。そして、ホンドを見つめながら「師匠は?…」と聞きます。ホンドは、自分の手を見ながら「見てのとおり…手がダメだから足で描いた…」と言います。ユンボクの顔に笑みが浮かびました。そして、ホンドの顔にも……ユンボクはホンドの指を優しく洗い続けていました。ユンボクの心は、女人に戻りたいという気持ちが支配し始めていました。そしてホンドを思う気持ちが、師匠から男性へと変わりつつあったように思います。
画事対決の画題は争闘でした。ホンドは、朝鮮相撲の絵を描いて提出しました。ユンボクは、女人による剣舞の舞を描いていました。ユンボクの絵の中にはチョンヒャンがいました。
画評が始まると、ユンボクは終始緊張した様子で、時折心配そうにホンドの顔を見ていました。次から次へと審査委員が評を行いますが、結果は一進一退で均衡がとれたものでした。ジョニョンが「そろそろ結果を付けよう…」と言って策を仕掛けるのですが、それでも結果が着きませんでした。時間も次第に過ぎて行き、ジョニョンの顔に焦りが見えて来ました。
ジョニョンは最後に奥の手を出して来ました。「互いに、相手の絵を評価して勝敗を決めます…」と…ホンドとユンボクは視線を合わせます。そして、ユンボクの表情が険しくなり、視線が定まらなくなって、うつむいてしまいます。チョンヒャンは、そんなユンボクの気持ちが分かるのか、心配そうにユンボクを見つめていました。
ホンドは「蕙園の絵は…朝鮮最高です…欠点もありません…」と言います。ユンボクは「檀園先生の絵も…」と言うと、檀園の絵の観衆の手の位置を見つめていました。ジョニョンはユンボクの表情の変化に違和感を感じました。ユンボクはホンドを見つめます。ホンドもユンボクを見つめます。ユンボクは困惑していました。その時「絶対に忘れるな…私に勝つ事だけが、唯一の生きる道だ…」という、ホンドの言葉を…そして「師匠に勝つ事だけが…唯一の生きる道?…」と聞き返した自分の言葉を…さらに続けたホンドの「必ず私に勝て…私も…お前に勝つ…」と言った言葉を思い出していました。しかし、ユンボクには、ホンドを陥れることは出来ませんでした。どうすればいいか…短い時間の間に、必死で考えていました。
ユンボクの異変に気がついたジョニョンは、ホンドの絵を見ていました。そして、ユンボクの視線から察して、観衆の手の欠点を見つけ出しました。
ユンボクが、答え始めました…「欠点はなく…完璧です…」と…
するとジョニョンが、語気を強めて「檀園の絵には、致命的な間違いがあります…」と言いました。ユンボクはジョニョンを見つめていました。その表情には、苦悩が満ちていました。
ホンドは、指摘された自分の欠点を認めたのですが、審査員から画事対決の負けを認めろと言われても認めませんでした。そして「勝敗を断定するには…まだ早いようです…」と言うと、窓の障子の戸を開けます。空は西日で、朱色に染まっていました。画事対決の会場には、朱色の日差しが差し込んで来ました。ホンドの絵が朱色に変わって行きます。絵の中から、相撲取りが浮かび上がって来ます。審査員たちは、それを唖然とした表情で見つめていました。ポクウォン君が「これは…」と言います。礼曹判事も「これまで見ていた絵と違った…強烈さが生きている…」と、うなずきながら言います。他の審査員も「光だけで、これほど絵が変わるのか…」と言います。ユンボクは、少しだけホットした表情を見せます。そして、ホンドに視線を移します。ホンドは「絵全体に…橙色を使ったのは…土俵の色でもありますが…強い夕焼けの色を浴びれば…その瞬間こそ…争闘を最も争闘らしくする瞬間であり…勝負を最も勝負らしくする瞬間になります…」と言います。
審査員の一人が「用意周到に絵を見る時間まで考えたというのか…」と言います。戸曹判書は、満面の笑みを浮かべながら「それなら…その前の少しの間違いは、問題にならんな…」と言いながら、愛逮(眼鏡)を取ります。そして「さあ…これで…消した“通”をまた書き直さねばならんな…」と言って笑い始めます。こうして、ユンボクとホンドの画事対決は引き分けとなりました。どうやら、最初から引き分けに持ち込むことが、ホンドの狙いのようでした。ホンドは、ユンボクが実力さえ出し切れば、引き分けに持ち込めると考えていたのだと思います。そうすれば、お互い傷つくことなく画事対決を終えることが出来ると考えたのだと思います。そして、画事対決の賭けが成立しないことになるとジョニョンの立場が危うくなると……この続きは、次回(最終話 美人図)をお楽しみに…
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