第14話 失われた睿真
ホンドとユンボクは王様に拝謁していました。ホンドは王様に「お呼びですか…殿下…」と言います。王様は「王は万人の上にいると言うが…身近な二人の画工さえ守れなかった…無念だ…」と言います。ホンドは「殿下…私達は償えない罪を犯しました…殿下の恩恵を死ぬまで忘れません…」と言います。王様は「若い画工は図画署を去ったと聞いた…」と言います。ユンボクは「はい…殿下…」と答えます。
王様は「そうか…図画署の手に余るほど…お前はいつも波紋を起こす絵を描いてきた…図画署を離れて絵を描くのが…お前の才能を守ることかもしれない…」と言います。ユンボクは「殿下…御真画師に失敗した罪人です…才能などと…」と言います。王様は「師匠が弟子を命より惜しんだのだ…弟子の才能を…命と同じ自分の手より貴重に思う…キム・ホンドの真心が…予の心まで動かしたのだ…」と言います。ホンドは「恐れ入ります…」と言います。王様は「予の前にいる、お前たちの厚い情は…これまでのどんな絵より素晴らしかった…」と言います。ホンドとユンボクは「恐れ入ります…殿下…」と答えます。
王様は「2人とも近くに来てくれ…」と言います。一瞬ホンドの表情が変わります。王様は「今日は二人の画工に特別の頼みがあって呼んだ…構わずに近くに来てくれ…」と言います。ホンドはユンボクに目で合図して、王様に近づくようにと伝えます。ユンボクはホンドに従い王様に近づきます。
二人が王様に近づくと王様は「お前たちほど御真をよく知る者はいない…丙辰年に消えた…思悼世子の睿真を探せ…」と言います。二人の表情が一瞬に変わります。そして視線を合わせます。ホンドは王様に「殿下…丙辰年には御真画師はありませんでした…真実を恐れる物が消したのだ…確かに御真画師は…あった…」と言います。ホンドは「丙辰年であれば、10年前のことですが…世子邸下が崩御されたのは壬午年ですから…14年前の事では…」と尋ねます。王様は「10年前に先王が…壬午年の事件を深く後悔し…予の父を復活させる方途を用意された…先王は…図画署最高の画員に命じ…予の父、思悼世子邸下の睿真を追写(チュサ=死後にその姿を描くこと)させたのだ…しかし肖像画が、先王の手に入る直前に…誰かの手によって、画員達が殺害された…」と言います。ホンドの脳裏には、何者かに殺害された師匠の映像が、そしてユンボクの脳裏には、実父ソ・ジンが殺害された映像が映し出されていました。
王様は「予は、この件を解決する為には…お前たちの力が必要と考えた…御真を描き…追写出来る画員…それゆえ…二人に命ずる…大画員が残した…予の父の唯一の痕跡…睿真を探してくれ…予の記憶に残る父は微か過ぎて…歳月が立てば…永久に消えるかもしれぬ…だからどうか…予の父を復活して欲しい…」と言います。ホンドとユンボクは「はい…お言葉のとおりに致します…」と答えます。
ホンドとユンボクは、図画署の図書庫で絵や資料を探していました。
ホンドは「己卯年…丙列…」と、年ごとの資料を探していました。そして、丙列の棚から資料を取って調べます。そしてユンボクに「言うとおりに書け…」と言います。ユンボクは「その本は何ですか…」と聞きます。ホンドは「これは私の師匠の死の記録だ…」と答えます。ユンボクは「師匠の師匠はどんな方でしたか…」と聞きます。ホンドは「大画員だった…真っ直ぐな性格で…新しい物が好きだった…」と答えます。ユンボクは「師匠のように?…」と聞くと、ホンドは少し笑いながら「私と比べ物になるか…」と答えます。そして「始めよう…」と言います。ユンボクは「はい…」と答えます。
ホンドは資料を読み上げます。ユンボクはそれを筆記します。
「5月19日…キム・ホンドが主席画員カン・スハンの死を報告…卯時ごろに図画署主席画員カン・スハンが…死亡したと…義禁府から連絡があった…現場の内禁府官は、死後硬直の状況から…死亡時刻を丑時ごろと推定し…老衰と無理な作業による自然死と判断した…図画署では盛大な葬儀を行い…尊号を大画員に昇格する事を決めた…出身は晋州、肖像画と人物がに優れていた…息子にユオン、ジンオンという兄弟がいる…」ホンドは、読み終わると「書いたか…」とユンボクに聞きます。ユンボクは「はい」と答えます。ホンドは「次は…私の友に関する記録だ…」と言うと、読み上げます。
「5月23日…図画署画員ソ・ジンは…」と、ここまで読み上げると、ユンボクの顔付が変わります。ユンボクの実父の名前でした。ホンドは何も知らずに読み続けます。「夜明に自宅を襲った賊の刀で死んだ…」と…ユンボクの脳裏には、実父の最後の姿が蘇ります。ホンドはさらに続けます。「親しかったキム・ホンドが葬礼を主管…」と…するとユンボクは思わず筆を落とします。ホンドはユンボクの顔を見ます。ユンボクもまた、ホンドの顔を見ます。ホンドが「どうした?…」と聞きます。ユンボクはただ「大丈夫です…」と答えると、落とした筆を拾います。
その時、ユンボクに実父の声が聞こえて来ました。「秘密の部屋で…」と…、ユンボクは振り向くと心の中で「父上…」と言います。ホンドは何も知らずに、資料を読み上げ続けます。ユンボクの実父の声が「丙辰年…後列の4番目の絵…」「そして戌子年…乙列の2番目の絵…」ユンボクは筆記しながらも気になって仕方がありません。そしてユンボクは、実父の言葉に従い絵を取りだし、それらの絵を広げ始めます。ユンボクは絵を真剣に見ていました。
ホンドは、ユンボクの行動に気づき、後ろから近づくと「これは何だ…」と聞きます。ユンボクは何と答えていいか分からずに黙っていました。ホンドは「何処にあった?…」と聞きます。ユンボクは悟られぬように「ただ偶然に手に、取っただけです…」と取り繕います。ホンドは絵を見ると「松の上に鶴が二羽…何という絵だ…こんな粗悪な絵がここに…あとでいい…」と言います。しかし、ユンボクはこの絵が気になって仕方がありませんでした。ホンドはユンボクに「全部書いたか?…」と聞きます。ユンボクは慌てて「はい…師匠…」と言います。ホンドは「では、師匠の息子たちに会おう…」と言うと、図書庫から先に出て行きます。ユンボクは、それでも絵が気になるようでした。
ホンドとユンボクは、ホンドの師匠の家の前に付きます。
ユンボクは「師匠…連絡もなしに、突然訪ねるのですか…」と聞きます。ホンドは「連絡なんぞ…幼い時しか会ってないが…誰かは分かるだろう…」と答えると、門の外から「いらっしゃるか…」と声を掛けます。
師匠の息子カン・ユオンが現れると余所余所しく「どなたですか…」と言います。ホンドは驚いて、ユンボクと顔を見合わせますが、直ぐに笑いながら目を大きく見開いて「私だ、分からないか…もう私を忘れたのか…」と言います。師匠の息子は「アァー…何の御用ですか…」と聞きます。ホンドは、肩すかしをされたような気持になります。そして「師匠の絵を見に来た…」と言います。師匠の息子は、目を伏せながら「父に送りました…」と言います。ホンドは「何だって?…無くなった師匠にどうやって?…」と聞きます。師匠の息子は「フン」と薄笑いをすると「燃やしました…」と答えます。ホンドとユンボクの顔は一変します。
ホンドは、呆れたような顔をして「すべての絵をか?…」と聞きます。師匠の息子は、目を伏せながら「大切にされていた絵でしたから…」と答えます。ユンボクは、悲痛な顔で「では…もしや、亡くなる直前に描いた絵は…」と聞きますが、師匠の息子は遮るようにして「作業の時は出入りもさせず…何を描いていたか分かりません…」と答えます。ホンドは呆れたような顔をして、語気を強くして「何という奴だ…師匠が描いた絵を燃やすとは、何をしたか分かっているのか…」と言います。すると、師匠の息子はとぼけたような顔をして「さあ…それより…弟子の方なので話しましたが…つまらぬことでした…」と言います。そして、不愉快そうな顔つきで「トルセ!…画工の方がお帰りだ…」と使用人を呼びます。ホンドは「何だと?…どうして大画員の業績を息子が消せる…」と怒り出します。師匠の息子は、目を伏せながらも語気を強めて「もう騒ぎ立てずにお帰り下さい……トルセ!」と言います。ホンドは、それでも言い足りないようで「幼いころから出来が悪かったが…性根まで腐ったな…どうしようもない奴だ…」と言うと、ユンボクの方を向いて「行こう…」と言と、そこを立ち去ります。ユンボクがホンドについて行こうとすると、師匠の息子は、目を伏せながら「絵描きというのは…相変わらず短期ですな…」と言います。するとユンボクは、軽蔑した顔付で「絵描き?…見下すのですか…10年も過ぎた師匠の死を覚えているのも絵描きです…もうあなたの胸中に父上はおられない…」と言います。師匠の息子は、ふてぶてしく馬鹿にした顔付でユンボクを見ていました。ユンボクは「絵描きの胸中には…絵があればその人も生きています…」と言います。師匠の息子は馬鹿にした態度で「話し終わったら帰りなさい…」と言います。ユンボクの目つきが鋭くなり、呆れてホンドの方へ向かいます。師匠の息子は、ユンボクの後姿を見ながら語気を強めて「塩をまいてくれ…」と言います。そのやりとりを年老いた使用人のトルセが見ていました。
ユンボクは、先に行っていたホンドを走って追いかけて来ました。ユンボクは「師匠…」と言って呼びとめます。
ユンボクは、荒い息をしながら「まだ、何も聞いていませんよ…」と尋ねます。ホンドは「どうすればいい…何の話が出来る?…」と、腹ただしそうに語気を強めて言います。その時、向こうの方から「おーい…」という声が聞こえて来ました。二人は、声のする方に振り向きます。すると、年老いた使用人のトルセが、走って二人を追いかけて来ます。トルセは走りながら「ちょっと待ってくれ…」と叫びます。
トルセは二人に追いつくと、息を弾ませながら「聞こえなかったんですか…」と言います。そして「これを…」と言いながら、ホンドに封書を差し出します。トルセは「御主人様が残したものです…」と言います。ホンドは「何ですか?」と尋ねます。トルセは、息が荒らしく苦しそうに「ご主人様はご子息の性格をよくご存知だったので…私に、こう言い残しました…“もし私に何かあったら…”“ある人にこれを渡せ”と…その人とは…“息子に腹を立てる人がいれば…”“そのものが真実を明らかにしてくれる”と…」言います。そして「これで、やっと死ねる…間違いなくお渡ししましたよ…」と言うと、帰って行きます。ホンドは「ありがとう…」と言います。そして、封書を開けてみます。ユンボクはホンドに「何ですか?」と尋ねます。
封書の中から出てきたのは、一片の紙切れに描かれた水墨の竹の絵でした。ホンドはその絵を手にして「これだけか…」と言います。そして、どこかへ行こうとするのですが、ユンボクが「師匠!…」と、あわてたように呼びとめます。ホンドが振り向くと「帰ってもいいですか…」と言います。ホンドは「何だと?…」と言います。ユンボクは、困った表情で「すみません、明日また参ります…」と言うと、頭を下げて立ち去ろうとします。ホンドは「何処に?…」と言うのですが、ユンボクは理由も告げずに「申し訳ございません…」と言うと、慌てたように立ち去って行きます。ホンドは訳も分からずに、不思議そうな顔をして、ユンボクの後姿を見送っていました。いずれにしても、ホンドの師匠は自分の死を予見していたということが分かりました。そして、いずれは誰かが、真実を明かしてくれると思っていたことも…
キム・ジョニョンの屋敷では、使用人たちの手によって宴会の準備が行われていました。そこへジョニョンがやって来て「新しい画工は?…」と聞きます。使用人は「さあ、私も見ていません…」と答えます。ジョニョンは不機嫌そうに「遅れるなと言ったのに…探してくれ…」と言います。使用人は頭を下げながら「はい」と言うと、ユンボクを探しに行きます。
ユンボクは、ジョニョンの屋敷の自室で、慌てて画員の制服に着替えると、画材を準備して部屋を飛び出て行きました。
チョンヒャンもまた、ジョニョンの屋敷の離れの自室で、服装を整えていました。胸にはユンボクからもらった蝶のノリゲが下げられていました。お付きの下女が、チョンヒャンの髪にかんざしを付け終わると「お嬢様…やっと若様に会えますね…」と言います。チョンヒャンは微笑みながら「今日はどうだ…画工の目に留まるに十分か…」と聞きます。下女は「それどころか、目に入れたくなりますよ…」と答えます。
ジョニョンの屋敷の庭園では、宴会に出席する客達が集まり席に着こうとしていました。若い客の一人が「面白い画事が行われると聞いてきたが…特に変わったことが無いようだ…」と言います。そこへジョニョンが現れて「それは始めなければ分かりませんよ…」と言うと振り向いて、主賓の老人に「戸曹判書(ホジョパンソ)様、お出で頂き感謝します…」と言います。戸曹判書は「いくら商人の家だとはいえ…立派すぎるな…」と言います。ジョニョンは「戸曹判書様をお迎えする為に…気を使いました…」と言います。戸曹判書は「ところで急にわしを呼んだ理由は何だ…」と聞きます。ジョニョンは「画界の人士の中でも最も目が高い方だからです…ですから…新しい画工の画事を見て、実力を見極めて下さい…」と答えます。戸曹判書は、興味ありげに「新しい画工?…」と聞き返します。ジョニョンは「そうです」と答えます。その時、使用人の声がします。「旦那様…画工が参りました…」と…ユンボクが二人の前に現れます。
ジョニョンは、戸曹判書に「ご覧ください…」と言います。そして振り向くと「朝鮮の画壇は…あの者以前と以降に分かれるでしょう…」と言います。そしてユンボクに「挨拶をしろ…戸曹判書様だ…」と命じます。ユンボクは一礼すると「蕙園シン・ユンボクと申します…」と挨拶をします。戸曹判書は「そうか…画工は何が得意だ…山水か…人物か…動物か?」と聞きます。ジョニョンは直ぐに振り向くと「それは画工の絵を見ればお分かりになります…」と言います。戸曹判書は「ウッフフフ―…」と笑いながらジョニョンの顔を見ます。そして「自信満々だな…」と言いながら愛逮(眼鏡)を着けます。そしてユンボクの顔をじっと見つめます。ユンボクは黙って立っていました。
ジョニョンは、戸曹判書に「名人同士なので…今日の画事が楽しみです…」と言うと、振り向いて「女を呼んでくれ…」と言います。ユンボクは、じっと前を向いて立っていました。
そこへ女人たちがやって来ます。若い客人は、女人たちがやって来る姿を見て「ウォーホホホ…」と言いながら笑みをもらします。ユンボクは、墨をすりながら準備をしていたのですが、その声に気を取られ女人たちを見ます。すると、その中にチョンヒャンがいるのを見つけました。チョンヒャンとユンボクの視線が重なり合います。ユンボクは何とも言えない笑みを浮かべながら、チョンヒャンの姿を追います。
チョンヒャンが席につくと、お付きの下女が琴を渡します。チョンヒャンは演奏の準備をします。
ジョニョンは、女人たちが席に着くと「では、画事を始めるように…」と言います。ユンボクは黙って、軽く会釈をします。チョンヒャンは、琴の演奏を始めます。
ユンボクの視線は、チョンヒャンに向けられていました。チョンヒャンもまた、琴を奏でながら、心はユンボクに語りかけていました。
「やっと会えました…画工…話してください…これまで起きたことを…」と…
するとユンボクもまた、心の中でチョンヒャンに語りかけます。
「長かった時間を全ては話せない…」と…
チョンヒャンは「私もまた…この琴の調べで話すしかありません…」と…
ユンボクも「あなたを描く絵で話すしかない…」と…
ジョニョンは、そんな二人の姿を見て満足そうに笑みを浮かべていました。
ホンドは、ジョニョンの屋敷の門の前に立っていました。
ユンボクは、チョンヒャンを主題にした、宴会の様子を絵にしていました。戸曹判書は、絵が出来上がるのを待ち遠しそうにユンボクを見ていました。
チョンヒャンの琴の演奏が終わると、酔った若い客人が立ちあがり、ユンボクのところに来て「その絵を見てみよう…」と言うと、ユンボクが描いている最中の絵をいきなり取り上げます。ユンボクもチョンヒャンも唖然として、その若い客人を見ます。若い客人は「ひどい絵の構図だな…」と言います。ユンボクは怒って立ち上がり、若い客人をにらみつけます。その様子を見ていたジョニョンは、戸曹判書に「申し訳ありません…」と言うと、若い客人の方へ向かいます。
若い客人は、絵を見ながらユンボクに「これを見てみろ…」と言います。そこへジョニョンが現れて若い客人に「何のまねだ…」と言います。そして「戸曹判書様にあいさつをとの父上の願いで呼んだが…どうして無礼に振舞う…」と言います。酔った若い客人は「私の目にはだな…子供の遊びに見える…」と言うと、描きかけの絵を振り回します。ユンボクは冷たい目つきで「酒席の遊びを描いたが…主席の座興用ではない…返してくれ…」と言うと、酔った若い客人から絵を取り返します。すると酒に酔った若い客人は「座興用に来たのなら、口をつぐんでいろ…」と言って、またユンボクから絵を取り上げます。ユンボクは驚いて「何をする…」と言います。そこへホンドが現れて、酔った若い客人の手をつかみます。そして「やめろ…」と言います。ユンボクは驚いて「師匠…」と言います。ホンドは「お前は何だ?…何をしている…」と言います。遠くから見ていたチョンヒャンは、小声で「檀園先生…」と言います。ジョニョンは不思議そうに、その光景を見ていました。ユンボクは、困った表情で「私のことは、私が解決します…」と言います。その時、酔った若い客人が「手を放せ…」と騒ぎだします。ホンドは若い客人に「静かにしろ…」と言いますが、酔った若い客人は「放せと言うに…」と言って騒ぎます。ホンドがもう一度「静かにしろ…」と言うと、ジョニョンが「もうやめろ…」と叫びます。そしてホンドの顔を見ながら「誰かと思えば…檀園先生では…」と言います。
ホンドは、酔った若い客人を投げ捨てると、怒った表情でジョニョンを見つめます。そして「お前か…なぜ、こいつがここで絵を描く…」と言います。ジョニョンは「新たに入れた随行画師だ…何か問題でも?…」と言います。ホンドは「随行画師?…」と言います。ホンドはユンボクの方を見て「ここで、一生絵を描くのか…」と聞きます。ユンボクは、堪らない表情で黙って立っていました。ホンドはジョニョンを見て「そうなのか?…」と聞きます。ジョニョンは「それは良く分かっているはずだ…高価な絵を描くから、当然に欲しい…」と言います。するとホンドは「高価な絵を描かせ、こいつの魂を食うのか…」と問い質します。ジョニョンは真剣な顔つきで「才能ある画員を後援する」と答えます。ホンドは挑発するように「後援?…金で画人を集めてか…」といいます。そのやり取りを聞いていたユンボクは、堪らなくなって「やめて下さい…」と言います。そしてホンドに「出ましょう…」と言います。ユンボクはジョニョンに「すぐ戻ります…」と言うと、ホンドを連れ出そうとします。その時“カンカンカン…”と金属音がします。ホンドとユンボクは音のする方向に振り向きます。
すると戸曹判書が「10年前、お前の師匠が…わしの肖像画を描くときも騒いだな…」と言います。ホンドは表情を変えて「これは、キム・ミョンリュン大監…」と言います。戸曹判書は「お前の性格は…師匠も弟子も歳月がたっても同じだ…」と叱りつけます。ホンドは少し困った様子で「今は忙しいので、近くお伺いします…」と言うと、ユンボクの腕を握って立ち去ります。チョンヒャンは、その様子を見て少し不安を感じていました。ジョニョンは、チョンヒャンに「何をしている…伽耶琴をならせ…」と言います。チョンヒャンは、ユンボクのことを心配しながらも琴の演奏を始めます。ジョニョンも、ユンボクとホンドの成り行きを心配していました。
ホンドとユンボクは、ジョニョンの屋敷の裏庭で、視線を合わせて見つめ合っていました。ホンドはユンボクに「どういうことだ…」と聞きます。ユンボクは開き直って静かに「大行首の画工になりました…」と答えました。ホンドは「売られたのか…」と聞きます。ユンボクは「適切な値打ちを認められたんです…」と答えます。ホンドは語気を強めて「何を言っているんだ…それは誰かのマネか?…その服装は何だ…早く脱げ…」と言います。ユンボクは冷静に「イヤです…私はここで絵を描きます…」と答えます。ホンドは「一体どうしてだ…家から追い出されたのか…イルチェ様から追い出されたのか…」と、問い質します。ユンボクはどう答えるべきか考えていました。そして「帰る所が…ありません…」と答えます。ホンドは語気を強めて「何だと?…イルチェ様が捨てたのか…何と言うことだ…」と言います。ユンボクは慌てて「私の選択です…これ以上…兄の跡が残る所で住めません…私はここで…私の力で生きて行きます…図画署にも父にも頼ることなく…私の力で私の絵を求めて行きます…」と言います。これしか言いようが有りませんでした。
ホンドは「何だって?…腐臭が漂うここで、何の絵を描くんだ…金と遊びで心身を狂わせた画員は多い…」と言います。ユンボクはホンドの目を見つめて「私は…後悔しません…」と答えます。
ユンボクはジョニョンの屋敷の自室で、宴会の絵を仕上げていました。絵が仕上がると、ふとホンドのことを思い浮かべます。
「金と遊びで身を狂わせた画員も多い…」と…しかしユンボクは、どうしようもないと思っていました。
そこへ、使用人がやって来て「旦那様がお呼びです…」と言います。
ユンボクはジョニョンの部屋にいました。そばにはチョンヒャンとお付きの下女もいました。ジョニョンは、ユンボクの描いた絵をじっと見つめていました。
ジョニョンは、満足そうに微笑んでいました。ユンボクとチョンヒャンは、緊張した面持ちで、伏し目がちに、時よりジョニョンを見ていました。
ジョニョンは「よく描けたな…」と言うと、チョンヒャンを見て「見なさい…」と言いながら絵を渡します。チョンヒャンは「見る目が無いので…」と言いますが、ジョニョンは微笑みながら「何を言っている…私が大切にする二人が…余所余所しすぎる…」と言うと、ユンボクの絵を差し出して「見てみろ…」と言います。チョンヒャンは自分の前に置かれた絵を手に取り見始めます。ユンボクは横目でちらりとチョンヒャンの顔を見ます。チョンヒャンは、自分の姿が描かれている絵を見て満足でした。そして微かにユンボクを見ます。
ジョニョンはチョンヒャンに「分かるか…」と尋ねます。チョンヒャンは絵を応接台に置くと「はい…」とだけ言います。ジョニョンは「絵の主人公は誰だと思う?…」と言います。ユンボクは、見好かれているようで緊張します。チョンヒャンは、伏し目がちに「そうですね…旦那様ではないですか…あるいは絵を描いた画工かと…」と答えます。ジョニョンは「この絵の主人は…まさに…この琴妓だ…」と言います。チョンヒャンの顔に緊張が走ります。ジョニョンは続けて「この琴妓だけが…画員を正面から見ていたからだ…」と言います。そしてユンボクに「違うか?…」と問い質します。ユンボクは黙って少し頭を下げるだけでした。ジョニョンは、チョンヒャンとユンボクを瞬時に見て、微笑みながらユンボクに「よく描いた…」と言います。そして「これからも…私が一番大切に思う者を描いてくれ…」と言います。ユンボクは「ありがとうございます…」と言います。ジョニョンは「ところで…師匠の手はどうしたのだ?…ウンー…檀園も終わりなのか…」と言うと、舌打ちをしました。そして「残念なことだな…」と言います。しかし、ユンボクは毅然と「違います…また師匠は筆を取るでしょう…」と答えます。ジョニョンはユンボクを見ながら「そうでなければな…」と静かに言います。そして、ユンボクが描いた絵を見て「掛け軸にして、大監に渡してくれ…」と言うと、ユンボクに絵を渡します。ユンボクが絵を受け取るとジョニョンは「出ていいぞ…」と言います。ユンボクは一礼すると立ち上がり、退室します。
ホンドはインムンの家の自室でインムンと話していました。
ホンドは語気を強めて「それはあまりにも無常だ…」と言います。インムンは冷静に「子を売った親の心を誰が分かる…」と答えます。ホンドは「イルチェ様の側にいて知らなかったのか…」と言います。インムンは「檀園…自らの選択と言ったんだろう…自分のせいで家門が没落したんだぞ…」と言います。ホンドは「心配だからだ…宴会に出るような画員は、機嫌取りの絵しか描かない…」と言うと、溜息をつきながら座り込みます。インムンもホンドに合わせて座ります。
インムンは身を乗り出してホンドに「お前は信じてやれ…頼れるのはお前だけなんだぞ…」と言います。ホンドは大きな息を何度も吐き出して、苦しそうは表情でした。
右議政の邸宅では、ホンドの師匠の息子が両手を付いて低頭していました。横にはキム・グィジュもいました。
右議政は「キム・ホンドが父親の絵を探しに来たのか…」と聞くと、ホンドの師匠の息子は「はい…」と答えます。すると、キム・グィジュが「この前は…清国の使臣の応接で…ウンボン様の信任を得たそうだな…よくやった…」と言います。ホンドの師匠の息子は「ありがとうございます…」と答えます。そして「皆様の助けのおかげです…」と言います。キム・グィジュは「そうだ…中人身分のお前を…誰が文科に合格させたか忘れるな…分かったか…」と言います。ホンドの師匠の息子は「心の底より感謝しております…」と答えます。
右議政は「もし…またキム・ホンドが来たら知らせるように…」と言います。するとキム・グィジュが「また連絡する…では行け…」と言います。ホンドの師匠の息子は「はい」と言うと、深く低頭して立ち上がり退室します。どうやら、右議政一派は、ホンドの師匠の息子を役職という餌で、飼いならしていたようです。
キム・グィジュは右議政に「キム・ホンドが…なぜ突然師匠の家に?」と言います。右議政は「もしや…あの絵を探しているのではないか…10年前にカン・スハンが描いた世子邸下の…」と言います。キム・グィジュは「キム・ホンドが…師匠の痕跡を探しているのかも…」と言います。右議政は「動きが無かったのに、なぜ急に探し始めた?…何か起きているのではないか…とにかくキム・ホンドの行動に注意しろ…」と言います。キム・グィジュは「はい…口が堅い者を付け、あの者を見張らせます…」と言います。右議政は「うん…」と言います。
ユンボクは、画員仲間と市中を歩いていました。仲間の画員が「昨日の画事の話をしてくれ…チョンヒャンは?…絶世の美人だそうだが…来てすぐに見られる何て運がいいな…」とうらやましそうに言いますが、ユンボクは上の空で、露天商の店先で、虫メガネのような拡大鏡を見つけて覗いていました。すると仲間の画員が「それは何に使うんだ…聞いているのに…」と言いますが、無視して露天商に「これはいくらですか…」と聞きます。
ユンボクは、露店で買った拡大鏡を使って、ホンドの師匠が残した一片の竹の絵を見ていました。
ユンボクは「竹か…」と言いながら真剣に絵を見ていました。その姿をホンドは見ていました。ホンドは何か怒っているようで「そんなに大事なことをなぜ相談もなしに決めた…」と聞きますが、ユンボクは、竹の絵を見ているふりをして答えませんでした。
ホンドはユンボクの様子を見て「それは何だ?…」と聞きます。ユンボクは絵を見るのをやめるとニャッと笑い「師匠用に買いました…」と言います。ホンドは「私がいつ…」と言うと様子が変わり「やめろ…」と言います。ユンボクは困った顔をして、また絵を見始め「よく見えるのに…竹か…」と言います。そしてユンボクは「アッ、師匠…もしや竹林に手掛かりを隠したのでは?…」と言います。するとホンドは「朝鮮に竹林がいくつあると思っている…どこを探すつもりだ…」と言います。ユンボクはホンドのもっともな答えに気落ちして「そうですね…」と言うと、また絵を見始めます。
ホンドは「ところで…なぜ昨日、キム大監が来た?…」と聞きます。ユンボクは首をかしげながら「朝廷でも頑固な戸曹判書だと聞きました…」と答えます。ホンドは「宮廷に納品する為だな…」と言います。するとユンボクが何かを思い出したように「師匠の師匠があの方の肖像画を描いたとか…」と言います。ホンドは「私も聞いた…師匠は肖像画を多く描いた…」と言います。その時、ホンドにひらめきのような物が浮かびます。
ホンドは「しかし変だな…」と言います。ユンボクは「何がですか?…」と聞き返します。ホンドは「主上殿下は…睿真を描いていて師匠が変事にあったと…それなら師匠は…睿真と他人の肖像を同時に描いたのか…」と言います。ユンボクは目を大きく見開いて「確かに変です…」と言います。ホンドはユンボクに「次はいつ来る?…」と聞きます。ユンボクは「それは分かりませんが、掛け軸は持って行きます…」と答えます。ホンドは「そうか…」と言います。
ホンドとユンボクは二人で、戸曹判書の屋敷に向かっていました。ユンボクの絵が掛け軸に仕上がり、届けるのにホンドが同伴したものでした。
ホンドは屋敷の入り口付近で、男の子とすれ違いざまに肩をぶつけます。男の子は、ホンドの顔を見ると何も言わずに行ってしまいます。ホンドは、その男の子の後姿を見ながら「愛想のない子供だな…」と言うと玄関へ向かいます。
戸曹判書は「昨日の宴会での絵は本当に良かった…筆さばきが粗くなく、構図が適切で…水平方向だけ目立てば、単調になりがちだが…この下の部分の対角線に池を描いて…変化を作ったな…両班たちの遊びか…めったに見られない、果敢で怪しからん絵だ…」と言うと「わはははー」と笑いだします。そして、上機嫌に身を乗り出して「さすがに檀園の弟子らしい…」と言います。戸曹判書はホンドに「ところで今日は何をしに来た?…」と聞きます。ホンドは「はい…お伺いしたいことが…」と言います。戸曹判書は「何だ…」と聞き返します。
ホンドは「宴会場で言われた…師匠が残した肖像画について聞きたいのです…」と言います。戸曹判書は「10年前の肖像画だと…どうしてそれを聞く?…」と言います。ホンドは「弟子として、師匠の足跡を追っています…師匠の絵や文章を整理したいのです…」と言います。戸曹判書は「立派な考えだな…10年前か…10年前のそれが…」と言うと、少し不審が有るようで、その時の様子を思い浮べていました。
戸曹判書は「5月だったか…カン・スハンが来て、心血を傾けて下絵を描いた…そして数日後…カン・スハンが世を去ったと聞いた…」と言います。ホンドは「では、その肖像画が…師匠が残した最後の絵かもしれないと?…」言います。戸曹判書は「それでなくとも…その絵を捨てられず、気に掛かっている…」と言います。ホンドは「大画員の絵をどうして捨てようなどと?…」と聞きます。戸曹判書は「それが、その絵に妙なところがあるからだ…」と答えます。ホンドは「妙なところですか…それは何ですか?…」と聞き返します。戸曹判書は「ところで、突然その話をする理由は何だ?…」と聞きます。ホンドは「あの…大監様…私にそれを見せて頂けませんか…」と言います。戸曹判書は「肖像画を見せてくれと?…檀園…画界の法は分かるな…」と言います。ホンドはうなづきながら「はい…」と答えます。戸曹判書は、微笑みながら「話は決まったな…用意が出来たら連絡してくれ…」と言います。
戸曹判書の屋敷からの帰り道に、ユンボクはホンドに「どういうことですか…」と聞きます。ホンドは「あの方の画界では、他人の絵を願えば…相応する絵を見せるか描かねばならない…」と答えます。ユンボクは「では師匠が絵を描くということですか…」と聞きます。ホンドは自分の傷ついた手を見ます。そしてユンボクも…
ホンドは「それよりは…あの気難しい人が出す画題が心配だ…気に入らなければ、師匠の肖像画も見られない…」と言います。ユンボクは伏し目がちに「あの…師匠…すみませんが帰ります…」と言います。ホンドは「何処へ?…私画署か…」と聞きます。ユンボクは、寂しそうに「はい…日が暮れたら来てくれませんか…」と言います。ホンドは「あそこは嫌いだ…」と言います。するとユンボクは、語調を強めて早口で「私は自由に出られません…」と言います。ホンドは「それは……近づくのも御免だ…」と言います。ユンボクは、甘えたように「裏の方に中門が有ります…そちらからなら誰とも会いません…お待ちします…」と言うと、ホンドの返事も聞かずに走って去って行きます。
朝廷では、会議が始まろうとしていました。キム・グィジュが戸曹判書に「これは戸曹判書様…お元気でしたか…」と言います。戸曹判書は「お前も元気だったか…」と言います。キム・グィジュは「おかげ様で…」と言います。そして「最近、御真画師で物議をかもした画工が…お宅を訪ねたとか…」と尋ねます。戸曹判書は「檀園が10年前に自分の師匠が残した…わしの肖像画をくれと言う…」と答えます。キム・グィジュは「絵描き風情がですか…御真を裂いて狂ったのか…渡してはいけません…そうではないですか…」と言います。戸曹判書は「他人の話には、簡単に口出ししたくなる…わしの問題だ…もう余計なことを言うな…」と叱ります。
宮廷の王大妃の部屋では、王大妃と右議政とキム・グィジュが話をしていました。
王大妃は「カン・スハンが描いた肖像画を探している…」と言います。キム・グィジュは「肖像画に秘密があるのかも…」と言います。王大妃は「賢い者だから、何をしたか分からない…他の肖像画はないのですか…」と聞きます。キム・グィジュは「それは調べないと…」と答えます。右議政は「カン・ハンスの絵を探すということは…また調べ始めた証拠だ…」と言います。王大妃は「急いでください…キム・ホンドが手に入れる前に…肖像画を消さねばなりません…そして、調べ続けられぬよう処置して下さい…」と言います。キム・グィジュは「人を付けてあります…」と答えます。
ホンドは夜になると、ジョニョンの屋敷の裏の中門の前に来ていました。ユンボクの部屋らしき下で「ウン…アアア…」と声を出すのですがユンボクは気づきません。ホンドは足踏みしながらしばらく待つのですが、待ちきれずに石を拾って部屋に投げつけます。それでもユンボクが気づかないので「ユンボク…」と呼び始めます。
ユンボクがやっと気づいて部屋を出て来ると嬉しそうな顔で「師匠…」と言います。ホンドはユンボクを見上げて「何をぐずぐずしている…」と言います。ユンボクはホンドの声が大きいので他の者に気づかれてはいけないと思い、びくびくしながら「声が大きいです…」と言います。ホンドはそれでも大きい声で「どうしてだ…」と言います。ユンボクはらちがあかないと思ったのか、ホンドを迎えに行きます。
ユンボクは自室にホンドを案内します。そして、上座を指して「お座り下さい…」と言います。ホンドはしばらく立ったままで、ユンボクの部屋を見渡します。そして「豪華なもんだな…」と言います。ユンボクも「はい…私も居心地が悪いです…」と答えます。ホンドはユンボクの顔を見つめていました。
ホンドとユンボクは対座していました。
ユンボクは「もしかして…キム大監が師匠の絵を得ようと…策を弄しているのでは?…」と言います。ホンドは「目を見ると偽りのようではないし…絵を確認しなくてはな…」と言います。そして溜息をつきながら「一体どんな画題を出すつもりなのか…」と言います。ユンボクは「群仙図のような道釈人物画では?…」と言います。ホンドは「違う…山水画や四君子のような平凡な絵かも…」と言います。ユンボクは「四君子と言えば、松や竹のような絵ですね…」と言います。ホンドは「また竹か…」と言うと、師匠が残した竹の絵を見ます。そして「竹か竹…」と言います。ユンボクが絵に描かれている竹の数を数えます。「1・2・3・4・5本…5本…」と…
ホンドは「一体、キム大監が持つ肖像画と…師匠の死に何が関係ある…そして、この竹には…何の意味がある…もしや…キム大監の画題が竹なら…」と言うと、額をさすりながら「有り得ないな…」と悩みます…ホンドは「その肖像画を見る為に…明日は描かねばならん…」と言います。ユンボクは竹の絵を見ながら「どうして5本なのか…」と悩みます。
あくる日、ホンドとユンボクは一緒に戸曹判書の屋敷へ向かいます。屋敷の前に着くとホンドは「さあ、絵を描いてみるか…」と言います。玄関の前まで来ると、戸曹判書が待ち受けていました。そして「来たな…」と言います。ホンドは「お休みになれましたか…」と言うと一礼をします。戸曹判事はホンドの手を見て「その手で大丈夫か?…」と聞きます。ホンドは、自分の手を見ながら「そうですね…描いてみないと…」と言います。そして「画題は?…」と聞きます。
ホンドとユンボクは座敷に通されていました。そして、ホンドの肩にぶつかった愛想のない少年も呼ばれていました。二人はその少年の顔をじっと見つめていました。すると戸曹判書は「この子を絵で笑わせるのが画題だ…」と言います。二人はまた、少年を見つめます。そして振り向いてお互いを見つめます。困ったなあという表情でした。
ホンドは少年に「名前は…」と聞きます。しかし少年は、何もしゃべりませんでした。するとユンボクが「実に元気そうだ…」と言っても、少年は全く反応せずに黙ったままでした。戸曹判書は笑みを浮かべながら「出来るか?…」と聞きました。ホンドは「やってみます…」と答えます。
二人は広い板の間に場所を移していました。ユンボクは墨をするなど絵を描く準備をしていました。ホンドはひたすら画題について考えていました。
ユンボクはホンドを心配して「何を描くつもりですか…」と聞きます。ホンドは溜息をして「分からない…」と言います。ユンボクは心配して自分も考えるのですが、水が足りないことに気づき「絵に使う水を汲んで来ます…」と言うと、水を汲みに行きます。ホンドは冷や汗をかきながら、画題について考えていました。
ユンボクが井戸で水を汲んでいると、使用人の女達がやって来て、井戸で水を汲んで、野菜を洗おうとしていました。ユンボクは「あの…」と声を掛けます。そして「一つ聞くが…」と言うと、女達はユンボクのことを見て笑います。そして「何ですか…」と言います。ユンボクは「若様は、いつから笑わない?…」と聞きます。女は「そうね、いつだったかしら…幼いころ奥様と旅芸人の一座を見に行き…母子共に病んで…奥様は亡くなり、若様は助かりました…」と言います。ユンボクは「ありがとう…」と言うとホンドのところへ戻ります。
ホンドのところへは、戸曹判書が来ていました。しかしホンドは、絵を描かずに紙の前に黙って座っているだけでした。そこへユンボクが、水を汲んで戻って来ました。
ホンドはユンボクに「戻ったか…」と言います。ユンボクは「はい」と答えます。そして、小声で「師匠…あの…」と言うと、戸曹判書に聞こえないように耳元で何かを話していました。ホンドは、話を聞き終わると笑いながら戸曹判書を見て「こいつは場所も選ばず内緒話が好きで…」と言います。戸曹判書は「描けるのか?…」と聞きます。ホンドは「やってみます…」と答えると、ユンボクと視線を合わせます。
ユンボクは、ホンドの怪我をしている手に筆を持たせると、紐で結びつけます。その息の合った二人の様子を見ていた戸曹判書は「連れ歩く理由があるのだな…」と言います。ホンドとユンボクは静かに戸曹判書の顔を見ます。そしてホンドは、絵を描き始めます。ユンボクは横で、確りとホンドの補佐をします。
第14話 失われた睿真は、ここで終わります。
王様は、ホンドとユンボクを呼び寄せて、王様の父親、思悼世子の睿真(王に成れなかった世子の御真画師=肖像画)を探せと命じます。そして、その睿真を描いていたのは、ホンドの師匠だったことが分かります。こうして、王様の秘密とホンドの師匠の死とソ・ジンの死が繋がりました。
ホンドとユンボクは、図画署の図画保管室に行って、当時の事件について記録を調べるのですが、ソ・ジンという名前が出て来た時に、ユンボクは驚きます。自分の実父の名前が突然出て来たからです。父の死が政変に繋がっていたことを初めて知ったからです。そして、その葬儀を取り仕切ったのが、師匠キム・ホンドだったと知ったからです。ただ、ユンボクはホンドに打ち明けることが出来ませんでした。それは、自分の秘密を打ち明ける決断がついていなかったからです。この時は、本当にビックリしたでしょうね…
そして、父ソ・ジンの声が、ユンボクの脳裏に聞こえて来ました。失われた幼き日の記憶が突然蘇ったのです。ユンボクは、父の声に従って絵を取り出し、絵を広げて見ます。それを見たホンドは、なぜ図画署の図画保管室に、このような粗雑な絵が保管してあるのだろうと言いつつも、さして重要ではないと考えて、ユンボクになおせと命じます。ユンボクには、心に引かれる物があったのですが、秘密を打ち明けることが出来ずに、ホンドに従ってなおします。いずれこの絵が重要な証拠になって来るような気がします。
二人は、ホンドの師匠の息子の家に行くのですが、息子にけんもほろろの扱いを受けます。二人は腹を立てるのですが、その時のユンボクの言葉が実にカッコ良かったと思います。「絵描き?…見下すのですか…10年も過ぎた師匠の死を覚えているのも絵描きです…もうあなたの胸中に父上はおられない…」と…そして「絵描きの胸中には…絵があればその人も生きています…」と言います。あれだけの事件を引き起こして、生死の狭間を彷徨っても、絵描きとしてのプライドは、ユンボクの心の中に確りと根付いていたのですね…
結局後で、ホンドの師匠の息子は、地位を餌にして、右議政一派に飼いならされていたことが分かるのですが…こうなる事を見破っていた、ホンドの師匠の眼力にも、すごい物があるような気がします。使用人に、証拠の手がかりとなるものを渡して置くとはさすがでした。そして、そのことは、生前から自身の死を予見していたことにもなります。背後に大きな力があった事を証明することにもなりました。
ユンボクが最初の画事に出席した時に、突然チョンヒャンが現われました。ユンボクはビックリしたでしょうね…まるでテレパシーで話しているようでしたが、そこは芸術家どうしの感受性の高さと理解すべきなのかもしれませんが…まあ、フィクションですから深く詮索しないことにしておきます。ただ、これからは顔を合わせる機会が多くなり、秘密がばれないようにするのも大変になって来ると思います。
最後に、ホンドとユンボクは戸曹判書の屋敷に行って、肖像画を見せて欲しいと頼むのですが、孫を笑わせるような絵を描いたら見せるという条件が着きました。ユンボクは機転を使って、使用人の女に「若様は、いつから笑わない?…」と聞きます。女は「そうね、いつだったかしら…幼いころ奥様と旅芸人の一座を見に行き…母子共に病んで…奥様は亡くなり、若様は助かりました…」と答えました。ユンボクは、この事をホンドに耳打ちしました。それを聞いたホンドは、一気に絵を描き始めます。ホンドは、戸曹判書の孫を笑わせることが出来るのか…これがこれからのカギになって来るような気がします。それでは次回をお楽しみに…
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