第15話 五つの肖像
ホンドは紙を前にして、画題について考えていました。その表情は苦悩に満ちていました。そこへ戸曹判書がやって来ます。そしてユンボクも水を汲んで戻って来ました。
ホンドはユンボクに「戻ったか…」と言います。ユンボクは「はい」と答えます。そして「師匠…あの…」と言うと、戸曹判書に聞こえないように、ホンドの耳元で何かを話します。ホンドはユンボクの話を聞き終わると表情が一変して笑いだします。そして戸曹判書に「こいつは場所も選ばずに内緒話が好きで…」と言います。戸曹判書は「描けるか?…」と聞きます。ホンドは、先ほどまでの表情とは打って変わって、自信を持った表情で「やってみます…」と答えます。
ホンドとユンボクは絵を描く準備をします。ユンボクはホンドの火傷した右手に筆を持たせ、紐で縛って固定させます。その様子を見ていた戸曹判書はホンドにユンボクのことを「連れ歩く理由があるのだな…」と言います。二人は一瞬戸曹判書を見上げます。そしてお互いに視線を合わせます。
準備が終わるとホンドは絵を描き始めます。ユンボクは横にいて、ホンドを支えます。二人の視線が集中する中、ホンドは一気に絵を描き始めます。その様子を右議政一派の密偵が、塀の外から覗いていました。
ホンドは、細かい部分を描き始めると、愛逮(眼鏡)を愛逮入れから取ろうとするのですが、なかなか取り出せません。すかさずユンボクが愛逮を取りだして「私がやります…」と言うと、ホンドに愛逮を掛けて遣ります。
右議政の屋敷には、キム・グィジュが来ていました。そして二人で密談をしていました。
右議政は「戸曹判書の肖像はどうなった…」と聞きます。キム・グィジュは「噂どおり、気難しい方でした…口出しすると雷が落ちます…」と答えます。右議政は「そうだろう…容易に心を開かぬ方だ…」と言います。キム・グィジュは「心配いりません…頑固この上ない戸曹判書なら誰でも無理です…」と言います。右議政は「それでも安心できない…」と言います。キム・グィジュは「はい…今日明日にでも別提を呼んで相談します…」と答えます。
戸曹判書の屋敷では、絵が完成していました。戸曹判書の横には、男の子も無表情で座っていました。ホンドは完成した絵を戸曹判書に差し出します。
戸曹判書は絵を見るとホンドに「この絵で笑わせられるのか?…」と聞きます。ホンドは「最も解りにくいのが人の心だそうです…最善を尽くしましたので待つしかありません…」と答えます。三人の視線は男の子に集まります。
男の子は、ホンドの描いた絵に興味を持ったのか、絵を手にしてじっくり見始めます。すると、少年の脳裏に幼いころの思い出が蘇ります。大道芸人たちが楽器を奏で、踊り舞う姿が…そして、男の子の顔に笑みが戻りました。ホンドとユンボクは顔を見合わせホットします。戸曹判書は笑顔で男の子を見つめていました。男の子は、次第に声を出して笑い始めます。
男の子は、紙と筆を取り、何か書き始めます。そして、描き終わるとその紙を戸曹判書に渡します。その紙には「絵から音が聞こえました…長い間、聞けなかった音です…」と書いてありました。戸曹判書は読み終わると両手を付いて「檀園…ありがとう…ありがとう」と言って感謝します。ホンドとユンボクは顔を見合わせます。その顔には笑みが浮かんでいました。
ホンドとユンボクは座敷に通されていました。戸曹判書は笑顔で肖像画を机の上に置きます。そして二人に「どういうことだ?…」と聞きます。ホンドは一礼すると「昨日、庭ですれ違いましたが…無愛想で挨拶もしません…画題を頂いた後、話しかけてもダメでした…これは変だと思いました…」と言います。続けてユンボクが「それで井戸にいた女人に尋ねました…母上を失って、笑いが消えたそうですが…実は、その時の大病を患い…無愛想になったのではないかと…大病の後に…聞く能力を失う子供がいます…」と言います。ホンドは「笑いを失ったのは…音を自分だけ聞けないせいだと思い…絵の中に音を表現しました…聴力を失う前に…母上と一緒に見たという…旅芸人を思い出すように祈って…」と言います。戸曹判書は「よくやってくれた…今日は檀園の絵を受け取ったから…画界の約束どおり…肖像画をやろう…」と言うと、肖像画を手渡します。
ホンドとユンボクは一礼して「ありがとうございます…」と言います。戸曹判書は「開いてみろ…」と言います。ホンドは絵を手にしますが、ホンドの手では絵を開くことが出来ないと思ったのか、ユンボクがその絵の紐をといて開きます。戸曹判書は「どうだ、何か少し妙ではないか…」と聞きます。ホンドとユンボクは、肖像画と戸曹判書の顔を見比べます。戸曹判書は「大画員の絵であるのに…この絵は、わし以外の誰かだという印象が強い…何か妙ではないか…」と聞きます。二人は真剣に、肖像画と戸曹判書の顔を見比べます。しばらくしてユンボクが「肖像画の目は…大監様ではありません…」と答えます。そしてホンドの顔を見ます。戸曹判書は「わしだけでなく5人の者が似たような話をしている…」と言います。ホンドは「こんな肖像が、5点あるのですか…」と尋ねます。戸曹判書は「そうだ…大画員が、わしたち五竹会の会員に…肖像画を描いてくれた…その5人のことだ…」と答えます。ホンドとユンボクは、ホンドの師匠が残した五本の竹の絵のことを思い出します。そして二人は、思わず「五竹会…」と口に出します。
右議政の屋敷には、キム・グィジュと別提がいました。右議政は、キム・グィジュに語気を強めて「どうして絵を渡したのだ…」と、身を乗り出して言います。キム・グィジュは、困った表情で「分かりません…」と答えます。そして「あの頑固者の心をどう動かしたのか…」と言います。右議政は「一体どうして、あの絵を欲しがるんだ…」と言います。キム・グィジュは「このまま放ってはおけない…主上が壬午年のことに刀を突き付ければ…死んだも同然だ…」と言います。別提は「私が密かにその秘密を調べます…」と言います。キム・グィジュは「そうしてくれ、急がねばならん…」と言います。別提は「はい、そうします…」と答えます。
ホンドとユンボクは、ジョニョンの屋敷のユンボクの部屋にいました。ユンボクは、肖像画の上に紙を置き、目の部分を写していました。写し終わると目の部分を切り抜きました。
ホンドはユンボクを連れて、以前から親しく付き合っていた、大道芸人の頭とあっていました。頭は濁り酒を一気に飲み干すと「つまり…五竹…五本の竹を意味する画界のことを調べたら…」と言うと、ホンドは「じれったいな…一体、五人とは誰だ…」と言います。頭は、濁り酒を飲み干すと、ユンボクを見て目で酌をしろと合図します。ユンボクは、それに気づくと徳利を持ち茶碗に酒をつぎます。頭は得意げに「その最初は…もう会った戸曹判書キム・ミョンリュン大監…知ってるよな…その二番目は…王室の一族である、ポクウォン君だ…この人はだな…朝鮮の山水画を全て集めているそうだ…そして三番目は、学界の大いなる山…ぺクアム・ユウン先生だ…ぺクアム先生は学界の大山だが…流行に関しては呆れるほど詳しい…」と言います。するとホンドが「流行とは何のことだ…」と聞きます。頭は「あれだよ、あれ…俗画のことさ…」と言います。引き続き頭は「そして、その四番目は…今は官職を退いた、ヘミョン先生だ…ヘミョン先生は、容姿は虎のようで…動物や花鳥をとても好むそうだ…」と言います。
ホンドとユンボクは、頭の事前調査に従って、各々の絵を持参して、肖像画と交換してもらいます。そして、戸曹判書の肖像画と同じように、本人と違っている部分だけを写して、切りぬきました。(頭の語りをナレーションにして、各人から、肖像画をもらい受け、肖像画を写し取る部分の映像が流れています。)
朝廷では、右議政とキム・グィジュと別提が集まって、密談をしていました。
右議政は「すでに…四点の絵を手に入れた…戸曹判書・ポクウォン君・ぺクアム・ヘミョンだと…」と言います。キム・グィジュは「絵を渡した四人に、どんな関係があるというのだ…何か思いつくか?…」と別提に聞きます。別提は「はい…キム・ホンドたちは…10年前の五竹会の画界人を訪ねています…」と答えます。右議政は「五竹会?…」と言います。するとキム・グィジュが「そうだな…私も聞いたことがある…」と言います。別提は「10年前に五人の画界人が作りました…」と答えます。キム・グィジュは「五人なら、あと一つで終わるではないか…」と言います。右議政は「しかし、策を使うにはもう遅いのではないか…」と言います。別提は「四点の絵を集めたとはいえ…最後の絵は、絶対に手に入れられません…」と言うと「ワッハッハッハー」と笑います。そして「心配いりません…」と言います。右議政は、驚いたように「どうして自信がある?…」と、問い質します。別提は「それは…」と言うと、ここで場面が転換されて、ホンドとユンボクと大道芸人の頭の話しあいの場面に戻ります。
ホンドは頭に「それで、最後の画人は誰だ?…」と聞きます。頭は下を向いて「簡単じゃないな…最後の人物が誰かと言えば…」と言うと、また場面が転換されて、宮廷での右議政達の密談に戻ります。
別提は「それは…私です…」と答えます。すると右議政とキム・グィジュは、吹き出しながら笑い出します。そして、キム・グィジュが「最後の絵は、絶対に手に入れられないな…」と言います。別提が「もちろんです…」と言うと、三人は、また笑いだします。
図画署では、別提・元老画員・画員達が集まって会議が行われていました。
別提が「これで会議を終えよう…」と言います。全員が一礼すると、画員達はそれぞれ立ち去ろうとします。別提は「おい、檀園…」と言って、ホンドを呼びとめます。そして立ち上がり、ホンドに近づいて「ところで、手はどうだ?…」と聞きます。ホンドは視線を合わせずに「おかげ様で、良くなっています…」と答えます。別提は「そうか…早く治し画事をしろ…画仙なのに、それではここにいる理由が無い…違うか…」と皮肉交じりにいます。ホンドは癇に障ったのか「手を治すなというより恐ろしい話ですね…」と答えます。別提は「オッホホホ―」と笑うと「何を言うか…」とにらみつけ「早く治してくれ…」と言うと、肩を軽く叩いて退室します。
ホンドが退室しようと歩きはじめると、元老画員の「何を送るつもりですか…」という声が聞こえて来ました。ホンドは立ち止り、元老画員達の話に、耳を側立てます。
元老画員の一人が「そうだな…あの別提は…金持ち過ぎて、一体何を持って行くか…」と言います。すると別の元老画員が「水石の好きな礼曹判事様にはいつも石ですが…別提の好みに合わせるのは難しいです…」と言います。先ほどの元老画員が「そうだな…」と答えます。別の元老画員が、隣のハンビョンに「お前は何を持ってい行くか?」と聞きますが、ハンビョンは元気のない顔つきで「今回は伺わず、家にいようと思います…」と答えます。すると「毎年、出席してたのに…」と言います。すると先ほどの元老画員が「待ちなさい…上の息子は死に、下は図画署を追われた…今は気を配る余裕がないだろう…」とハンビョンの目の前で言います。ハンビョンは伏せ目がちに「私はこれで…ではよろしくお願いします…」と言うと、すごすごと退室しました。
ホンドは、元老画員達に「別提の誕生日はいつですか…」と尋ねます。
ユンボクは自室で、四人目の肖像画の耳の部分を写しあげました。そして、別紙にのりで張り付け、現代でいうモンタージュ写真のように肖像画を作りました。
ユンボクは、横にいたホンドに「出来ました…」と言います。ホンドは、その肖像を見ながら「あとは、アゴだけだな…」と言います。
そこへ、キム・ジョニョンがやって来て、部屋の外から「部屋にいるか?…」と言います。ユンボクとホンドは驚きます。ユンボクは慌てた表情で「師匠、隠れて下さい…隠れて下さい…」と言うと、ホンドの腕を握りながら立ち上がり「少々お待ち下さい、服の着替え中です…」とジョニョンに言います。ユンボクは、今まで描いていた肖像を手にするとホンドに渡して、ホンドを次の間に連れて行きます。そして「もう少しお待ちください…」と言うと、部屋をかたずけ始めます。粗方かたずけると「お入りください…」と言います。
ジョニョンが部屋に入って来るとユンボクは、次の間の入り口付近に立って、ホンドが見つからないようにします。そして、ジョニョンに対して上座を指して「お座り下さい…」と言います。ジョニョンは、何か違和感を感じているようですが、ユンボクに言われるままに上座に座ります。ジョニョンは、何か匂うようで、周辺を気にしているようですが、机の上にあった絵に気を取られます。
ジョニョンはユンボクに「女人を描いたのか…」と聞くと、描きかけの絵を見始めます。そして「やはり画員の目だ…何度も会っていないのに正確に覚えている…」と言います。ホンドは、その話を影で聞いていて、チョンヒャンのことを思い浮かべます。ユンボクは「描きかけでお分かりとは、目が鋭い…」と答えます。ジョニョンは「お前の絵の人物は、その心まで感じられる…この女人の心を絵に表してくれ…」と言います。ユンボクは「この狭い空間に、女人の心は表せません…」と答えます。ジョニョンは「そうだな…しかし、この狭い空間とはいえ…暫時であっても捕らえたいのが私の気持ちだ……では、休んでくれ…」と言うと立ち上がります。ユンボクも直ぐに立ち上がり、すかさず次の間の入口の近くに立って、見送ろうとします。ジョニョンは何かを感じているのか出口で立ち止まり、振り向くと「換気が必要だな…」と言って退室します。
ユンボクは、ジョニョンが部屋から遠ざかるのを確認するとホンドに「出て下さい…師匠…」と言います。ユンボクは、ホンドが出て来ないので、次の間に顔を出すとホンドは大きな溜息をします。ユンボクがホンドに「どうしましたか…」と尋ねます。ホンドはユンボクの顔をじっと見つめて「お前がここに来たのはチョンヒャンのせいか?…」と聞きます。ユンボクは、目を伏せながら「ここに来て、初めて知りました…」と答えます。ホンドはさらにユンボクの顔を見続けています。ユンボクは「人の縁というのは…実に奇妙ではないですか…」と言います。ホンドは下を向いて黙っていました。
チョンヒャンは、自室で琴の調節をしていました。そこへジョニョンがやって来て、部屋の外から「もう寝たか…」と声を掛けます。お付きの下女が「お嬢様…」と声を掛けます。チョンヒャンは「何か御用ですか…」と返事をします。ジョニョンは「入ってもよいか…」と言います。チョンヒャンは「もう床に入っています…何のお話ですか…」と言います。ジョニョンは、部屋の戸を開けようとするのですが、考え直して「画工にも言って置いた…お前の姿を絵に描けるように…遠慮なく同席してよい…」と言います。お付きの下女が、嬉しそうな笑顔で「お嬢様…」と言いますが、チョンヒャンは手で喋るなと合図します。そして「旦那様の言葉には、当然従います…」と答えます。ジョニョンは「お前の心を得たと思っていない…お前の本心が感じられるまで私は待つ…」と言うと帰って行きます。
お付きの下女は笑顔で「これで若様に、自由に会えるのですか…」と尋ねます。チョンヒャンは「何か妙だ…良いことか悪いことか…」と言います。下女は「何が悪いんですか…」と尋ねます。チョンヒャンは「画工は旦那様の命令で、絵を描いている…私の姿が絵の中に描かれても…それは画工の物でも私の物でもない…旦那様の物だ…だから…私が心から笑えるか…」と答えます。下女は、神妙な顔をして「それでも若様に会えるのは嬉しいでしょう…」と尋ねます。チョンヒャンは何も答えずに、膝の上に置いていた琴を下女に渡します。下女は微笑みながら、琴を片付けます。チョンヒャンは「画工はどんなことを考えているのか…」と、一人想います。
ホンドとユンボクは、ユンボクの自室でモンタージュの肖像画を広げて考えていました。ユンボクは「画界の最後の人物は別提です…可能ですか…」と尋ねます。ホンドは「絶対に絵を見せないだろう…」と答えます。そして「明日、誕生日の宴会がある…それを利用できないか…」と言います。ユンボクは「別提の誕生日なら、一日中人が絶えません…」と言います。ホンドは「それだ…針を隠すなら、針山に隠せと言う…人が多いからむしろ目立たない…」と言います。ユンボクは「しかし、何とか目を避けて家に入ったとしても…家の奥深くにあるでしょうに…それをどう探しますか…」と尋ねます。ホンドは「奥深くまで入り込む…」と答えます。ユンボクは、目を丸くして「どうやって?…」と尋ねます。ホンドは答えに詰まります。そして「とにかく何とかするから…お前は来るな…危険もある…」と言います。ユンボクは心配そうに「師匠一人でするんですか…」と尋ねます。ホンドは「私を信じないのか…」と言います。ユンボクは「そうではないのですが…」と答えます。ホンドは「それならいい…」と答えます。
ホンドは表情を変えると「そして、私はこの近くにもう来たくないと言ったはずだ…別の所で絵を完成させたい…どうして隠れる…」と言います。ユンボクは、すまなそうに、そして少し含み笑いをしながら「はい」と答えます。
別提は、誕生日の宴会の当日、自宅の書庫の前に二人の使用人を番人として張りつけていました。それでも心配なのか、書庫の前までやって来て番人に「変わりはないか…」と言います。番人の一人が「ありません…」と答えます。別提は落ち着かない様子で「そうか、見張りを続けてくれ…」と言うと立ち去ります。
ホンドは親友ソ・ジン(ユンボクの実父)の家に、集めた肖像画を持ってやって来ます。腰をおろして、何か重苦しい雰囲気で考え事をしていました。
ユンボクは、画工の制服を着て、チョンヒャンの部屋にいました。チョンヒャンがユンボクに「重要なことですか…」と尋ねます。ユンボクは伏し目がちに「生まれ変わって、私があなたになり…あなたが私になり、私の心を知れば…着ている服を直ぐ脱ぐほどに…重要なことだ…」と答えます。チョンヒャンはしばらく考えると「マクニョン…」と下女の名前を呼びます。そして「赤紫のチョゴリと灰色のチマを出しなさい…」と言います。下女は「はい、お譲さま…」と答えると、チマ・チョゴリを取りに行きます。
ユンボクは「こんな願いをして本当にすまない…いつか必ず恩を返す…」と言います。チョンヒャンは「絵を描くのはいつ?…」と尋ねます。ユンボクは「帰り次第に終える…」と答えます。そしてゆっくりと手を伸ばし、チョンヒャンの手を両手で握ります。チョンヒャンはハッと驚きますが、ユンボクは「本当にありがとう…」と言います。チョンヒャンは「あなたが憎い…」と言うと視線を降ろします。
ユンボクは女装した自分の姿を鏡で見ていました。チョンヒャンは、自らの手でユンボクに化粧をしていました。紅筆でていねいにユンボクの唇に紅を塗っていました。
チョンヒャンはユンボクに「母には、私から伝えておきます…」と言います。ユンボクは「ありがたい…」と答えます。口紅を塗り終わるとチョンヒャンは「出来ました…」と言います。ユンボクは鏡で自分の顔を見ていました。その表情には、複雑な物が感じられました。下女が「本当に綺麗です…」と言うと、ユンボクは伏し目がちに、少しだけ笑みを浮かべます。そしてチョンヒャンに「どうだ?…本当に女のようか…」と尋ねます。チョンヒャンはうなづきながら笑みを見せます。ユンボクは「では行ってくる…この恩は忘れない…」と言います。チョンヒャンは「何とぞ、お体を大事に…」と言います。そして「ところで…あなたは…どうして画員服よりチマチョゴリが似合うのか…」と笑みを浮かべながら言います。それを見ていた下女は、口を手で押さえて「クスクス…」と笑いだします。ユンボクは寂しそうな顔で「褒めことばとして聞こう…」と答えると立ち上がり退室します。
別提の屋敷には、別提の誕生日を祝う宴会に出席する為に、右議政とキム・グィジュが来ていました。右議政が「お前の誕生日だから祝おう…無病長寿を祈る…」と言うと、笑い声が上がります。別提は上機嫌で「恐縮です、ウサン様…ウサン様こそお元気でいて下さい…」と言います。するとまた笑い声が上がります。キム・グィジュは「別提には、何も心配がない…図画署の最高画員になれば所願成就だ…」と言います。右議政は「見守ろう…精進するようにな…」と言います。別提は「肝に銘じます…」と答えます。そして「外に出て、酒宴を楽しみましょう…今日は特別に北青獅子(プクチョンサジャ)も準備しました…」と言います。三人の会話は終始なごやかでした。
大道芸人の頭は、北青獅子を頼まれて別提の屋敷の裏庭にいました。そこには北青獅子の準備をする芸人のほかにホンドもいました。頭はホンドに「これだ…」と言って、細かく折った紙を渡します。それは、別提の屋敷の見取り図でした。ホンドは見取り図を開きます。頭はホンドに「やれるか?…」と聞きます。ホンドは、指で絵を指すと「ここなのか…」と尋ねます。頭は「このとおりに裏門に行け、あちこちに見張りがいる…」と答えます。ホンドは「どうすればいい?…」と尋ねますが、頭は「それじゃー…練習しよう…」と言うと、北青獅子の舞い方を教え始めます。
頭はホンドに「姿勢を低くして…」と言うと、自分も姿勢を低くして「ハァー」と息を吐きます。そして「丹田に気を集め…」と言うと大声を上げて踊り始めます。ホンドが呆気に取られて頭を見ていると、頭は「やってみて…」と言います。ホンドも真似をして踊り始めます。頭はホンドの踊りを見ると「ダメだ…まず口上からだ…」と言うと、手ぶりを付けながら「ヘイヘイー…“お前は一体どんな獣だ”…“牛か馬か豚か犬なのか”…」と言います。ホンドは呆気に取られて「何だって?今、何と言ったんだ…」と聞きます。頭は、ホンドのノリの悪さに興奮して「ブツブツ言わずにやってみろ…さあ…」と大声を上げます。ホンドは複雑な表情で「疑わしいな…」と言います。他の大道芸人たちは、大丈夫かなと不安そうに見ていました。頭はホンドに「信じないのか…」と叱りつけます。ホンドは、獅子の面を持って「これか?…」と言うと、その面をかぶります。そして頭に「どうだ」と聞きます。頭は「仮面だけは似合うな…」と言います。
別提の家の使用人たちは、庭で忙しそうに宴会の準備をしていました。上席の客人たちは、庭の見える縁側で、すでに酒席の宴が始まっていました。別提の息子ヒョウォンは、庭のテントの前に立っていました。そこへ腰巾着の生徒がやって来ます。腰巾着の生徒はヒョウォンに「豪華なごちそうだな…」と言います。ヒョウォンは前を向いたまま自慢そうに「偉い方々も来られるからな…」と言います。腰巾着の生徒は「そのとおりだ…ところで、今日は来るのか…」と声をひそめて聞きます。ヒョウォンは、わざと知らないふりをして「何が?…」と聞き返します。腰巾着の生徒は、声をひそめながらも語気を強めて「妓生のことだ…別提様が呼んだのか…」と聞きます。ヒョウォンは、含み笑いをしながら「すぐ来るさ…」と答えます。腰巾着の生徒はニヤツいた顔で「何処の妓房だ?…」と聞きます。ヒョウォンは「チョンヒャンでなければだれが来ても関係ない…」と答えます。すると腰巾着の生徒が「どうして関係ない、お前は分かってないな…」と言います。そこへ北青獅子の一行が庭に入って来ます。楽器をならしながら、楽しげな踊りをしています。
別提は北青獅子を見ると楽しそうに「ポクホンも踊ればどうだ…」と言います。上席の客たちも一斉に笑い始めます。そこへ妓生達が門から庭へ入って来ます。周りからは「可愛いな…」と声が掛かります。腰巾着の生徒も妓生に見とれて「本当に可愛いな…」と言います。
ホンドは仮面を取りながら、一番最後に入って来た妓生の顔を見つめていました。ホンドだけは、ひと目でその妓生がユンボクであることが分かりました。妓生達は立ち止り並んで待っていると、隣の妓生がユンボクに「どこかで見たようだけど、何処から来たの?…」と聞きます。ユンボクは、軽く咳払いをすると女人のような柔らかい声で「母から聞いていない?…」と答えます。隣の妓生は疑うような目で「何を?…」と聞き返します。ユンボクは周りに聞こえるように「平壌から有名な一牌妓生(イルベキーセン=官妓の総称、伝統歌舞の伝承者)、ソルが来たと…」と答えます。ヒョウォン達は、ユンボクとも分からずに見とれていました。腰巾着の生徒はユンボクに「綺麗だな…」と言うと、ヒョウォンに「これでも関係ないか…」と言います。その後ろにインムンが立っていました。インムンは、腰巾着の生徒に「おとなしくしていろよ…」と注意します。ヒョウォンはユンボクに興味を持ち始めたらしく、ユンボクを見つめていました。
その時、妓生の代表者が「誕生日を迎えた別提様、長寿をお祈りします…」と言うと他の妓生達も声を合わせて「長寿をお祈りします…」と言います。別提は上機嫌で、笑みを浮かべながら「ありがたい…」と言います。妓生達は一斉に、縦膝をついて座る構えをしますが、ユンボクだけは慣れない姿勢にぎこちなく、ふらついて倒れそうになります。そして、他の妓生達は直ぐに立ち上がるのですが、ユンボクだけはなかなか立ち上がれませんでした。そこへヒョウォンがやって来て、ユンボクの腕を握って立たせます。ヒョウォンは笑みを見せながら「大丈夫か…」と声を掛けます。ユンボクは伏し目がちに「大丈夫です…」と答えます。
別提はその様子を見て「早く上がってこい…」とユンボクに声を掛けます。ユンボクは「はい」と答えると、別提達の元へ向かいます。ヒョウォンは別提の方を向いて、何も言えずにただ立っているだけでした。
妓生達は、上席の客の横にそれぞれが座り始めました。その時別提がユンボクに「おい…お前はここに座れ…」と声を掛けます。ユンボクは「はい…」と答えると、別提の側に行き座ります。
楽器がならされ、北青獅子の舞が始まりました。使用人たちも楽しそうに一緒に踊り始めます。しばらくするとユンボクは別提に「あの…別提様…」と話しかけます。別提は鼻の下を長くして「何だ?…」と言います。ユンボクの事には全く気付いていないようでした。ユンボクは可愛く科を作って「ちょっと便所へ…」と言います。別提は「コラッ…」と怒ると次に笑い出し「行って来い…」と優しく言いながら笑い出します。ユンボクは笑いながら「はい」と言うと立ち上がり席を外します。その様子をヒョウォンはしっかりと見ていました。ヒョウォンは立ち上がり、ユンボクの後を付けて行きます。
ユンボクは建物の外に出ていました。掃除をしている使用人に会うと「あの…」と声を掛けます。使用人は、掃除の手を休め、腰をかがめ敬うようにユンボクに「はい」と言います。ユンボクは「お尋ねします…裏庭に行く門へはどちらに行けば?…」と聞きます。使用人は、手で示しながら「こちらに真っすぐです…」と答えます。ユンボクは軽く会釈をして「ありがとうございます…」と言うと歩いて行きます。
庭では、北青獅子の舞が続いていました。使用人達や庭の縁台に座っている客たちも一緒に踊ったり、手を振りながら楽しんでいました。そこへ脇から、仮面をかぶった頭が現れ、ホンドと入れ替わります。
ユンボクは、一人で用心しながら裏庭を歩いていました。その時「何処へ行く…」と声が掛けられます。ヒョウォンでした。ユンボクは見破られまいと手で笠を深くかぶり直し、視線を下に向けます。そして「散歩をしていて道に迷ったようです…」と答えます。ヒョウォンは、ニヤケタ顔で「そんな…」と言います。そして、しばらく間をおいて「名前は?…」と聞きます。ユンボクは柔らかい作り声で「ソルと申します…」と答えます。ヒョウォンは「ソル…ふさわしい名前だな…私はチャン・ヒョウォン…」と言います。ユンボクは、甘い声で「この御宅の旦那様が…王室の画事を主管する図画署の別提様だとか…」と言います。ユンボクはヒョウォンの家門をひけらかせる性格を知り尽くしていました。ヒョウォンは笑みを浮かべながら「そうだ…」と言います。そして「私も一番若くして画員になった…こんなことを言って何だが…天が下した才能とも言われている…」と誇らしげに言います。ユンボクは、心とは裏腹に甘い声で「本当にすごいのですね…」とヒョウォンの自尊心をくすぐります。さらに「それでは…」と言うとヒョウォンに近づき、両手でヒョウォンの腕を握り「絵を見せてくれませんか…」と言います。ヒョウォンは含み笑いをしながら少し考えて「そうするか…」と言います。ユンボクは、心の中でしめしめと思っていました。
ホンドも頭からもらった地図を見ながら、絵のある場所を探していました。
ホンドは頭の言葉「地図のとおり塀に沿って20歩ほど行って…左に曲がればすぐ…見張りがいたらうまく避けてくれ…」を思い浮べながら…
宴会の席では、上席の客たちが酒を飲みながら談笑していました。
右議政は別提に「ところで、ホンドは来ていないのか…鬼神のような奴だから、どんな手を使うことか…」と聞きます。別提は笑いながら「心配いりません…檀園なら…家にも近づけないように言ってあります…」と答えます。するとキム・グィジュが冷たい声で「分からんぞ…肖像画を手に入れるには、どんな手を使うことか…十分に気をつけろ…」と言います。右議政は隣でうなずいていました。別提が「肝に銘じます…」と言うと、右議政は「石橋も叩いて渡れと言う…念のため、一度見てくるように…」と言います。キム・グィジュも「キム・ホンドは頭が切れる…」と言います。別提はうなずきながら「調べましょう…」と言います。そして、使用人の名を呼びます。「トルセ…」と…続けて「画書保管室を見てこい…」と言います。するとキム・グィジュが怒った表情で別提に「直接行って来い…」と言います。別提は「はー」と言うと笑いながらも不満そうに「はい…見て来ましょう…」と言うと立ち上がり、画書保管室へ向かいます。
画書保管室の前に、ヒョウォンとユンボクが来ました。画書保管室には、二人の使用人が張り番をしていました。使用人はヒョウォンに「何か御用ですか…」と尋ねます。ヒョウォンは「開けてくれ…」と言います。使用人は「いけません…絶対に誰も入れるなと言われました…」と答えます。するとユンボクが、ヒョウォンの性格を考えながら「無理ですね…行きましょう…」と言います。ヒョウォンは「待て…」とユンボクに言います。ユンボクは「ダメと言われました…卑しい妓生だからでしょう…諦めます…」と言います。ヒョウォンは、のぼせてきたのか「待てと言った…」と自信を込めて言います。そして「早く開けろ…」と命じます。使用人が黙って立っていると「聞こえないのか…」と語気を強めて言います。使用人は仕方なく小さな声で「では、すぐに出て下さい…」と言います。ヒョウォンは「分かった…」と答えます。
使用人は、仕方なく画書保管室のカギを開け、戸を開けます。ヒョウォンはユンボクに微笑みながら「入ろう…」と言います。ユンボクは横目でヒョウォンの顔を見ながら「私のせいで、お困りのようですが…」と言います。ヒョウォンは「大丈夫だ…」と言うと手を差し出し「入ろう…」と言います。ユンボクはヒョウォンの手には目もくれずに「それでは…」と言うと、画書保管室に入って行きます。ヒョウォンは期待が外れたようで、浮かぬ顔をします。そして自分も画書保管室に入ろうとするのですが、使用人の冷たい視線を感じて、袖の中からお金を取り出し使用人に渡します。ヒョウォンは使用人に「出て行ってくれ…」と言います。使用人は困った表情で、頭を少しだけ下げます。ヒョウォンは、画書保管室の中へ入ります。
ヒョウォンが画書保管室の中に入ると使用人は戸を閉めます。二人はその場を立ち去ります。
ホンドは地図を見ながら、裏庭を歩いていました。すると、使用人が歩いて来るのを見つけました。ホンドは思わず隠れます。使用人たちは「濁り酒でも飲みに行こう…そうしよう…」と話していました。ホンドは使用人が通り過ぎると、使用人が来た方向へ小走りで向かいます。そして、画書保管室の前に着きます。
ホンドは誰かに顔を見られるのを用心しながら、画書保管室の中を覗きます。そして、音をたてないようにして、中に忍び込みます。この時、ヒョウォンの「この絵は…」と言う声が聞こえました。ホンドは慎重に声のする方向を覗きます。ヒョウォンは続けて「民国で描かれた蘭竹図…文人画家が好んだ素材だ…」と説明します。ユンボクは、甘い声で「蘭竹も本当にいい絵ですね…」と言います。ヒョウォンは「ソルと言ったか…」と聞きます。ユンボクは科を作って「はい…」と答えます。ヒョウォンはユンボクの腰にそっと手を回そうとするのですが、ユンボクはそれに気づき振り向くとヒョウォンに「ところで…ここにあの絵はないんですか?…」と尋ねます。ヒョウォンは「どんな絵だ?…」と聞き返します。ユンボクは「家柄の良い家には、一つくらいはあるとか…人の顔が大きく描かれた…」と言います。ヒョウォンはうなずきながら「肖像画のことだな…人をそのまま写すので、真写とも呼び…写真とも言う…それが見たいのか…」と言います。ユンボクは「身分の高い方のお宅には、あると聞きましたが…私は一度も見たことがありません…」と言います。ヒョウォンは軽く笑うと「少し待ってくれ…」と言います。ユンボクは「はい」と答えます。ヒョウォンは奥の棚の方へ入って行きます。
そこへホンドが仮面を付けてやって来ます。ユンボクは驚いて声を出そうとするのですが、すかさずホンドがユンボクの口を手で押さえます。そして、包帯でまいた右手をユンボクに見せます。ユンボクが気づくとホンドはゆっくりと仮面を外します。ホンドはユンボクの顔を見ると、手と顔で怒った表情を見せます。ユンボクは怒られてシュンとした表情に変わります。ホンドは手真似で “そこに隠れているからな”と合図を送ります。ヒョウォンの「ここにある…」と言う声が聞こえました。ユンボクはホンドに隠れるようにと手で合図します。ホンドは慌てて隠れます。ユンボクは、慌てて奥の棚の方へ入ります。そして、科を作り「早く見せて…」と言います。ヒョウォンは完全にユンボクにイカレタ様子で「分かった…」と言います。二人は先ほどいた所に戻り、作業台の上で箱から肖像画を取り出します。
ヒョウォンは、ユンボクの顔を横眼で覗き見ると、軸の紐をとき肖像画を見せます。ユンボクは、甘い声を出して科を作りながら「ワー、生きているようです…」と言います。そして、肖像画を手で触れようとしますが、ヒョウォンは小さく「アッ」と言うと、軸をユンボクから引き離します。ヒョウォンはユンボクに「触ってはダメだ…」と言います。するとユンボクは悲しそうな顔をして、視線を斜にして「やはり卑しい妓生だから…貴重な絵に触れないんですね…」と言います。ホンドは、呆気に捕らわれながらユンボクを覗き見していました。
ヒョウォンは、少し慌てた様子で「そうじゃない…」と言います。ユンボクは怒ったふりをして「ではこれで…」と言います。ヒョウォンは、気真面目そうな坊ちゃん見たいに「さあ…見ろ…」と言うとユンボクの方に肖像画を向けます。ユンボクは完全にヒョウォンを手玉に取っていました。
ユンボクは、ヒョウォンから肖像画を受け取ると、真剣に肖像画を見詰めていました。そして「ところで…画工が描いた絵はないんですか?…」と尋ねます。ヒョウォンは「私が描いた絵…」と言うと、少し考えて「私が初めて落款を押した絵があるはずだ…探して来るから待ってくれ…」と言います。ユンボクは、小さく何度もうなずくと「ぜひ見たいです…」と言います。ヒョウォンは、また奥の棚の方へ行き自分の絵を探し始めます。
ヒョウォンが奥の棚の方へ行くと、ユンボクは、肖像画の軸を巻き始めます。ホンドはすかさず、代わりの軸を手にしてユンボクに渡します。ユンボクはチマの裾を上げて、下着に挟んで肖像画を隠そうとします。その様子を後ろからヒョウォンから見られていましたが、ヒョウォンののぼせ上った頭では肖像画をかくしているとは気づきませんでした。ヒョウォンは、軽く咳払いをするだけでした。ユンボクは見られたのではないかと思い驚くのですが、甘い声で「腰が少し痛くて……もう大丈夫です」と言ってごまかします。ヒョウォンは、ユンボクのいる所に戻って来ると、自分の作品を作業台の上に置き、ユンボクを見つめて「私は大丈夫じゃない…」と言うと、ユンボクの両腕を握ってせまろうとします。ホンドはユンボクのすぐ後ろにいて、ユンボクの体を手で支えていました。ユンボクは、恥ずかしそうに「もう出ましょうか…」と言います。するとホンドが機転を利かせて、画書保管室の戸を足でけります。ヒョウォンは「誰だ?…」と声を出します。すると仮面をかぶったホンドが立ち上がり「ハハー」と声を上げます。そして、北青獅子の調子で「便所はどこだ?…」と声を上げます。ユンボクは、これ幸いにと「私は先に…」と言うと立ち去ります。退室する前にホンドと顔を合わせて、小声で「御先に…」と言うと出て行きます。ホンドは大声で「道を間違えたか…」と言います。ヒョウォンは邪魔された腹いせか、鋭い目つきで「さっさと消えろ…」と叱りつけます。ホンドはユンボクが逃げる時間を稼ぐ為にか、さらに「わしの爺さんか?…お前は何の獣だ…馬か、牛なのか…手癖の悪い盗賊野郎め…」と大声で叫びます。そして、舞の手ぶりをしながら退室します。ヒョウォンは「とんでもない奴だ…」と言って呆れます。ヒョウォンはユンボクのことをいまだに妓生と思い込み「ソルか…」と言と、中身をすり替えられたとも知らずに、肖像画の箱の蓋を締めます。
ホンドが庭に出て来ると、別提と手下の画員と鉢合わせします。手下の画員は「何処をむやみに歩き回る?…」と詰問します。ホンドは舞のそぶりをしながら「シェイーシェイーシェイー…」と気勢を上げます。そして「ここの便所はどこだ…聞いてみようか…お前は何の獣だ…羊か…羊でなければ、わしの爺さんか…ピョン―ピョン―ピョン―…」と言います。手下の画工は呆れて腹を立てながら「さっさと行け…」と怒鳴ります。ホンドは「サッサと行こう…トーントーントーントト…」と大声で叫びながら立ち去ります。何か不審を感じた別提は、図画保管室に急ぎます。別提は、図画保管室に行く途中、息子のヒョウォンと鉢合わせをします。ヒョウォンは、気まずい顔で「父上…」と言います。別提は怒った表情で「どうしてここに?…」と言うと、ヒョウォンを押しのけて図画保管室へ急ぎます。
ユンボクは、人ごみにまぎれながら、別提の屋敷を脱出しようとしていました。獅子がユンボクを隠そうとしたのか一緒に歩いて行きます。ユンボクは無事に別提の屋敷を脱出しました。
別提が、図画保管室に来ると使用人が戸を開けます。別提は手下の画員と図画保管室に入ります。別提は、作業台の上にあった肖像画の箱に気がつくと、すぐにふたを開けて見ます。中から軸を出し確かめると、また箱の中に入れてふたをして退出しようとしますが、その時、不審なことに気がつきます。別提は「待てよ…」と言うと、振り返って、肖像画の箱の方へ後戻りしながら「なぜここに?…」と言うと、肖像画の蓋を開けて軸を取り出し絵を確かめます。絵は山水画に変わっていました。別提は驚いた表情で「これは…」と言います。手下の画員は「どういうことですか…」と尋ねます。別提は、怒った表情で「私に聞くのか…」と大声を上げます。手下の画員は「キム・ホンド…あの化け物…」と言います。別提は、溜息をつきながら「あいつだ…」と言います。手下の画員は「誰ですか…」と尋ねます。別提は「あの仮面をかぶった奴だ…大門を閉めろ…仮面をかぶった奴は家から出すな…急げ!」と命じます。そして、怒りまくった表情で「ネズミ野郎め…」と言います。
大道芸人たちは、仮面をかぶったまま庭を歩いていました。そこへ、別提と手下の画員がやって来て「止まれ…」と命じます。別提は一人一人仮面を外して大道芸人の顔を見て回ります。最後の一人になると、仮面を叩き「おい、キム・ホンド…私を欺くつもりか…仮面を脱げ…」と言いますが、仮面の男は黙って立っているだけでした。我慢の出来ない別提は、強引に仮面を取り払います。しかし出てきた顔は、大道芸人の頭でした。そんな所に、何も知らないホンドが仮面をかぶって現れます。別提がそれに気づいて「あいつだ…」と叫びます。ホンドは慌てて逃げ出します。手下の画員が使用人たちに「早く捕らえろ…」と命じます。別提は「トルセ…」と使用人の名前を叫びます。使用人たちは一斉にホンドを追いかけます。ホンドは走って逃げ続けます。手下の画員が「待て…逃がすな…捕まえろ…」と叫びながら、すぐ後ろを追って来ます。
手下の画員達は広場で立ち止まります。そして「近くにいる、隅々まで探せ…」と命じます。使用人たちは、それぞれ分かれて探し回ります。大きなかめの後ろに隠れていたホンドは、立ち上がり逃げ出します。その気配を感じた手下の画員が、ホンドの後姿を見つけます。
ユンボクは、ソ・ジン(実父)の家で、集めた肖像画を壁に掛け並べていました。そこへホンドが逃げ込んで来ます。ユンボクは「師匠…」と言います。ホンドはすぐさま「逃げるぞ…」と言うと、ユンボクの描けた絵を外し始めます。ユンボクは慌てて「何処に?…」と聞きますが、ホンドは「絵をしまえ…急げ…」と言います。ユンボクは、何がどうしたのか分からずにただ「師匠」と言うだけでした。ホンドは軸を丸めるとすべての肖像画をユンボクに持たせて「ダメだ…こっちへ来い…ここに隠れていろ…」と言います。ユンボクは心配して「師匠は?…」と聞きます。ホンドは「私の心配はするな…」と言いますが、ユンボクは「イヤです…」と言って聞きません。ホンドは、嫌がるユンボクを抑え込むようにして押し入れに隠します。ユンボクは「師匠…イヤです…一緒にいます…」と言って抵抗します。しかしホンドは、ユンボクの目を見ながら「言うことを聞け…ここから出るな…」と言い聞かせます。ユンボクは「師匠…」と言いますが、ホンドは「いいか…」と言うと振り向いて入口の方を見ます。外で物音がするのを確認するとホンドは「出て来るな…」と言うと、ユンボクを押し入れの中に押し込みます。そして、押入れの入口をそこらにあったすだれ等で隠し始めます。
そこへ、別提の手の物たちが入って来ます。手下の画員が入口の方に向かって「ここです…」と言います。ホンドは諦めたようにおとなしくしていました。そこへ別提が入って来ます。
手下の画員が「仮面はどこに脱ぎ捨てた?…」と聞きます。ホンドは冷静さを装って「誕生日なのに、こんな所に何ですか?」と言います。別提は、荒い息をしながらも「用事があってな…お前の変身術には驚くべきだな…絵を出すんだ…そうすればすべては不問に付す…」と言います。ホンドはとぼけた振りをして「何の絵ですか?…」と言います。別提は薄笑いしながら「とぼけるのか…どうして今になって絵を集める?…」と聞きます。ホンドは「絵描きですからね…もし、その絵が…私の師匠とソ・ジンの死の秘密を明かせば…類が及ぶとでも?…」と答えます。
ユンボクは、簾の隙間からホンドと別提の様子を注意深く見詰めていました。別提は「お前の為に忠告してやろう…これ以上、災いを招かずやめにしろ…」と言います。ホンドは「忠告に感謝します。」と言います。別提は「長くは話さない…絵はどこだ?…」と聞きます。ホンドは「無駄な苦労はせずお帰り下さい」と言います。別提は軽く笑うと顔を背けて隅の方に寄ります。その瞬間に、別提の使用人がホンドに殴りかかります。ユンボクはその様子を簾の隙間から心配そうに見ていました。
使用人が二人がかりで、ホンドの腕をそれぞれ持って押さえつけています。手下の画員が「怪我をした手が厄介だろう…」と言います。ホンドは使用人たちの手を払いのけます。そして立ち上がると「私のこの手は実に寿命が長い…」と言います。すると今度は前にいた使用人が、ホンドに殴りかかります。ユンボクは口に手を押さえながら心配していました。ホンドは、かわるがわる使用人から殴られ続けます。ホンドが倒れ込むと、別提は自ら腰をかがめて「絵が重要なのか…手なのか?…」と聞きます。ホンドは別提に「シェイーシェイーシェイー…お前は一体…何の獣か…羊か…」と北青獅子の口上を言います。別提は癇に障ったのかにらみつけて「こいつめ…」と言うと、使用人たちに「お前たち」と言います。使用人たちはホンドを引き吊りお越して、ホンドの手を作業台の上に載せます。一人の使用人が小型のかめを頭の上に持ち上げて、ホンドの手を目がけて叩き落とそうとしていました。隙間から見ていたユンボクは、瞬間的に掌破刑を思い出して、やめさせなければという感情が走りました。そして、押入れの中から「やめて下さい…」といつものユンボクの声で叫びます。そして、押入れから飛び出すと「待ってください…」と言い、ホンドをかばうように「師匠…」と言いながら前に出ます。ユンボクは「持って行きなさい…」と叫びます。ホンドは「ユンボク…」と名前を呼びます。別提はその時初めて、妓生がユンボクであることに気がついて「お前はユンボクではないか…」と言います。ユンボクは「欲しいのは絵でしょう…全部どうぞ…」と言うと、持っていた肖像画を別提に投げつけます。ホンドは、それを止めようと「ユンボク」と叫ぶのですが……
第15話 五つの肖像はここで終わります。
ホンドの絵によって、戸曹判書の孫を笑わせることに成功した二人は、戸曹判書から肖像画を受け取ることが出来ました。ただ、戸曹判書の話によると、大画員によって描かれた肖像画にしては似ていないということでした。二人は戸曹判書の顔と肖像画を見比べて、目が違う人物のものであることが分かりました。
戸曹判書の話によると、この様な肖像画は他にもあるとのことでした。そして、五竹会という画界のグループがあることを知りました。こうして、ホンドの師匠が残した、五本の竹の絵と五竹会の肖像画が繋がりました。ホンドとユンボクは次から次へと肖像画を譲り受け、本人と違った部分だけを紙に写して、切り抜いたものを別の紙に張り付けて、現代で言うモンタージュ写真のようにして肖像画を作って行きました。しかし、五人目の肖像画の持ち主は、何と図画署の別提でした。別提が肖像画を譲ってくれるはずがありません。
たまたま別提の誕生会があることを知ったホンドは、大道芸人に化けて潜り込みます。ユンボクは、ホンドに来てはいけないと言われていたのですが、ホンドだけを危険にさらせないと思ったのか、女装をして妓生に化けて潜り込みます。誰もユンボクとは気づかなかったのですが、ホンドだけは直ぐに見破りました。
ユンボクは、ヒョウォンを手玉に取って肖像画を手に入れることが出来、ホンドの手助けで別提宅を抜け出すことに成功します。しかし、ホンドは別提に、ホンドの仕業と見破られ、逃げ回ります。
ソ・ジンの家に先に戻っていたユンボクは、女装したまま壁に絵を掛けていたのですが、そこにホンドが戻って来て、ユンボクに危険を知らせて逃げろというのですが、逃げる暇がなく、ユンボクを物置に隠します。そこへ別提達が現われて、ホンドを殴る蹴るして肖像画の行くへを聞くのですが、ホンドは教えようとしませんでした。別提は怒って、ホンドの怪我している手を壺で叩き砕くように命じます。それを見ていたユンボクは、掌破刑を連想したのか、ホンドを助けるために別提の前に現れます。そしてホンドをかばうようにして、肖像画を持って行けと言います。別提は、その時初めてユンボクが妓生に化けていたことを知り驚きます。女(ユンボク)が女に化けたのだから、分からなかったのは不思議ではないと思いますが、ユンボクの心の仲は複雑なようでした。
チョンヒャンがユンボクに化粧をした後に行った言葉「ところで…あなたは…どうして画員服よりチマチョゴリが似合うのか…」に対してユンボクは「褒めことばとして聞こう…」と答えましたが、その表情には暗い物がありました。また、女装した姿を鏡で見ている時も、どこか暗い表情でした。チョンヒャンに女であることを隠している後ろめたさもあったのでしょうが、女に戻りたいという本能が芽生え始めて来たような気がしました。
ホンドが傷めた手で絵を描くときに、筆を持たせて紐で縛る時の仕草などを見ていると、まるで妻が夫にする仕草のようにも見えました。何か不思議な三角関係が始まったような気もします。それからホンドも、ユンボクの部屋にジョニョンが来た時に、チョンヒャンの存在を初めて知りました。ジョニョンが帰って行った後の表情は、チョンヒャンへの嫉妬ともとれる表情でした。ますます、人間関係が複雑になって行くような気がします。それと同時に、睿真の行方とユンボクとホンドの身の安全はどうなるのか…次回が楽しみです。
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