第16話 顔のない肖像
ホンドは、ソ・ジン(ユンボクの実父)の家で、別提の使用人たちに殴られていました。
別提はホンドに「絵が重要なのか?…手なのか?…」と聞きます。ホンドは、北青獅子の語りをまねて「シェイー…シェイー…シェイー…お前は一体、何の獣なのか…羊か…」と言います。別提は、ホンドの態度に怒って「こいつめ…」と言うと使用人に「お前たち…」と言います。使用人たちは、ホンドの手を台の上に置くと動けないようにして、確り押さえつけます。別の使用人が壺を頭の上に上げて、ホンドの手を砕こうとしていました。
ユンボクは、その様子を隠れていた押し入れの隙間から覗き見していました。ユンボクは掌破刑を思い出したのか、ホンドから絶対に出て来るなと言われていたのですが、堪らなくなり「やめて下さい…」と言いながら、押入れを飛び出します。ユンボクは「待ってください…」と叫ぶと「師匠…」と言いながら、ホンドをかばうようにして、別提とホンドの間に入ります。そして「持って行きなさい…」と言います。ホンドはつい「ユンボク…」と名前を呼んでしまいます。別提は、そこで初めてユンボクが、女装をして妓生のマネをしていたことに気がつきます。
別提は「お前はユンボクではないか…」と言います。ユンボクは「欲しいのは絵でしょう…全部どうぞ…」と大声で叫ぶと、持っていた肖像画を全部投げ捨てます。ホンドが「ユンボク…」と叫んで止めるのですが、間に合いませんでした。ユンボクは「絵は渡しました…」と叫びます。ホンドは「ユンボク…」と名前を呼んで、これ以上の行動を止めようとします。別提の手下の画員が、床に投げられた肖像画を全て拾うと、別提は「女装などして見苦しい限りだ…檀園…この物を大事にする理由はこれか…」と蔑みます。そして、使用人たちに「行こう…」と声を掛けると、家を出て行きます。
ユンボクは、ホンドの方を振り返るとホンドを見つめながら「師匠…大丈夫ですか…」と、ホンドのことを心配します。ホンドはうつむき加減に「出るなと言ったのに…」と言います。ユンボクは、涙声で「師匠が傷つくのを見ていられません…」と答えます。ホンドは「もう主上殿下の意に従えなくなった…」と言います。ユンボクは「方法が有るでしょう…」と言うと、ホンドの顔をずっと見つめていました。
右議政の屋敷で、キム・グィジュと別提は密談をしていました。別提は「このとおり、絵はすべて回収しました…」と言います。右議政は、肖像画の一つを見ながら「ご苦労だった…」と言います。そして「一体何をするつもりで、この絵を描いたのか…」と言います。キム・グィジュは「10年前の件を掘り返す以上は…主上も同じ考えでしょう…私たちが秘密のカギを握ったので…主上は絶対に真相に近づけません…」と言います。別提は「そうですとも…もう、檀園も手がありません…主上の命令を放棄するでしょう…」と言います。右議政と別提が笑うと、キム・グィジュは別提に「今度は上出来だ…うまくやったな…」と言います。別提が「ですから安心してください…」と言うと、右議政は満足そうに笑いだします。
ホンドとユンボクは、まだソ・ジンの家にいました。ユンボクは、四つの肖像画の写しで作っていた、モンタージュの肖像画を新しい紙に写していました。ホンドはユンボクの周りを歩きながら、何か考え事をしていました。ホンドは時よりユンボクの側に座りアドバイスをします。そして、夜更けになって寒くなったのか、自分の着ていた上着を脱ぎユンボクの背中に掛けて遣ります。ユンボクは嬉しそうにホンドの顔を見ていました。ユンボクはさらに肖像画の写しを始めます。そして、モンタージュの肖像の写しは完成しました。ユンボクはホンドに「出来ました…」と言います。ホンドはうなずきながら「そうか…」と言います。ユンボクは心配そうな顔で「可能でしょうか…」と尋ねます。ホンドは「それ以外に方法はないだろう…」と答えます。そして「もう行こう…」と言います。
二人は立ち上がるとユンボクが「それでは…睿真は…明日、ここで会って主上に…」と言います。ホンドはユンボクの話を聞きながらもユンボクの体を気づかってか、掛けてやった服を整えてやっていました。そしてホンドは「そうしよう…」と言います。ユンボクが、ホンドの服を脱ごうとしますが、ほんどは「いや…いい…着て行け…」と言うと、またユンボクの肩に掛け直してやります。ユンボクは嬉しそうな表情でホンドを見つめていましたが「いけません…」と言うと、掛けてもらった服を脱いでホンドの背中に掛けてやります。ホンドの襟元を整える姿はまるで好き会った男女の間柄のようでした。ホンドは緊張からか何とも言えない表情で「妙な感じだな…まるで…まるで夫婦のようだな…」といいます。ユンボクはホンドの顔を見つめながら「私がもし…女なら…どうしますか?…」と言います。ホンドは何と言っていいのか分からずに、なかなか言葉が出ませんでした。そして、「もし女なら…」と言うと、ユンボクの額にそっと口づけをします。するとユンボクの目から涙がこぼれ落ちました。ユンボクは目をつぶり、ホンドの襟元をしっかりと握っていました。ホンドはユンボクの背中に手を回し、ユンボクを抱きよせます。ホンドはユンボクを愛しているようでした。ユンボクは、女として生きる道に目覚め始めたようでした。
ユンボクは、ソ・ジンの家で座り込み、一人静かに考え込んでいました。ユンボクの脳裏には、ホンドとの思い出が駆け巡っていました。画員試験の時に、古井戸に落とされて怪我をしたユンボクを背負いながら図画署まで走って連れて行ってくれたホンドの姿…王様の命令で絵を描くために市中で画題を探す二人の姿…手に怪我をして、最初に絵を描くとき、怖くてためらっていたら、そっと手を添えて一緒に描いてくれたホンドの姿を…
ホンドもまた、自室でユンボクのことを考えていました。鞦韆の絵を描きに行って、男と見破られ、やっとの思いで辿り着いた川岸の岩の影で、ユンボクがホンドに、見られないようにと気を使いながら服を着替えている姿…御真画師の時に、風呂場に入るとユンボクが大声を上げて騒ぐ姿…御真画師に写るユンボクの女性としか思えない影…を…
その時、ホンドの部屋にジョンスクが入って来ました。ホンドはジョンスクに気づくと「ああ…ジョンスクか…」と言います。ジョンスクはお茶を持って来て「お兄様…どこに行ってたんですか…」と言いながらホンドの前に座ります。そして「手は大丈夫ですか…」と言うと、ホンドの手に触ろうとします。ホンドは慌てて手を引っ込めて「ああ、大丈夫だ…」と言います。ジョンスクは「でも、包帯を変えないと…持って来ます…」と言います。ジョンスクは、ホンドの世話をしたくてたまらない様子でした。しかしホンドは「いや、大丈夫だ…包帯位は自分で変えられる…早く寝なさい…」と言います。ホンドの様子が余所余所しいので、ジョンスクは少し変だなと思いながらも「私は大丈夫ですよ…」と笑みを浮かべながら言います。ホンドは「考えたいことが有るから休んでくれ…」と言います。ジョンスクは「ああ…はい…お休みなさい…」と笑顔で言います。ジョンスクが退室しようと立ち上がるとホンドは「ジョンスク…」と呼びとめます。ジョンスクが嬉しそうに振り向いて「はい」と言うと、ホンドは「お前もいい所が有れば、早く嫁に行かないとな…」と言います。ホンドがこんな事を言うのは初めてのことでした。ジョンスクは驚いて「エッ…私は…お兄様も本当に…嫁に行けだなんて…」と言うと、混乱したのか寂しそうに部屋を出て行きます。
ジョニョンの屋敷では、使用人がユンボクのことを探していました。
使用人は、通り掛かりの画員達に「蕙園はいますか…」と尋ねていました。一人の画員が腕を組んで首を振り「今日は全く見ていない…何か用か?」と聞き返します。使用人は行首様がお探しだ…」と言います。すると別の画員が「何処をほっつき歩いているのか…本当に妙な奴だ…」と言います。その様子をチョンヒャンのお付きの下女が木陰から覗き見していました。
チョンヒャンの部屋では、ユンボクの帰りが遅くて、チョンヒャンが心配して部屋の中を歩いていました。そこへお付きの下女が入って来ます。お付きの下女がチョンヒャンに近づくとチョンヒャンは「帰って来たか…」と聞きます。下女は「いいえ…行首様も探しておられます…」と答えます。チョンヒャンは下女に「見て来なさい…」と命じます。下女が一礼して退室しようとするとチョンヒャンは「待て…」と言うと、かぶり物を取り出して「これをかぶって、外で画工を待ちなさい…」と言うと、下女にかぶり物をかぶせてあげます。「そして…」と言うと、下女の耳元で何かを支持します。
キム・ジョニョンの元には客が来ていました。ジョニョンは客に「画工が来るまでお茶をどうぞ…」と言います。その時、部屋の外から使用人の声で「旦那様」と呼ぶ声が聞こえて来ます。ジョニョンは「どうした?」と言います。使用人はジョニョンの元へ来るとジョニョンの耳元で、客に聞こえないように何かを喋っていました。使用人が喋り終わると、ジョニョンは小さな声で独り言を言います。「部屋にいない?」と…
チョンヒャンは、まだユンボクが帰って来ないので、部屋の中を歩き回りながら心配していました。そこへユンボクが画員服に着替えてやって来ます。ユンボクは「チョンヒャン…」とすまなそうに言います。チョンヒャンは「遅かったですね…」と言います。ユンボクは下を向いてすまなそうに溜息をつきます。チョンヒャンは「早く絵を…」と言います。ユンボクは不思議に思い「絵?…」と聞き返します。チョンヒャンは「画工はこの部屋にいたのです…絵を描き上げれば疑われないでしょう…」と言います。ユンボクはすまなそうに「ありがとう…そしてすまない…」と言います。チョンヒャンは「その為には…私を確りと絵に描いて下さらないと…私に何か出来ますか…」と言います。ユンボクは少し考えます。ユンボクの脳裏には、チョンヒャンと初めて出会った、外遊写生での橋の上を通るチョンヒャンの姿が映し出されていました。
ユンボクは「初めて会った、あなたの姿を見てみたい…」と言います。チョンヒャンは「初めてといえば…反物やで会った、あの日のことですか?…」と聞きます。ユンボクは少し微笑みながら「あなたにはそれが初めてかもしれないが…私は違う…」と言います。チョンヒャンは「その前にですか?…」と聞き前します。ユンボクは、橋の上のチョンヒャンの姿を思い出しながら「帽子をかぶって、橋の上を渡っていた…美しい女人を見た…」と言います。
ユンボクは、その日の姿のチョンヒャンをモデルにして絵を描き始めます。絵が出来上がると、チョンヒャンは自分の姿が描かれた絵を見ていました。そして「この絵なら、夜を徹して描いたと信じるでしょう…」と言います。ユンボクは「気に入ったか…」と聞きます。チョンヒャンは「それどころか…」と言うと絵を置いて「この様に画工が側にいれば…蝶を迎える花になれます……例え私が…他人の物として売られても…画工に対する真情だけは…絶対に捨てません…」と言います。ユンボクはチョンヒャンの言葉を複雑な想いで聞いていました。そして「チョンヒャン…明日の夜…内密に会いたい…あなたに伝えたいことが…」と言います。チョンヒャンは「何ですか…」と言います。ユンボクは「明日の子時に、東門の塀の下に来てくれ…」と頼みます。チョンヒャンの顔には笑みがこぼれていました。チョンヒャンの心の中とは裏腹に、ユンボクは重大な決意をしたようでした。
ユンボクは、ジョニョンのいる客間へ入ります。ジョニョンは「画工、何処へ行っていた?…」と聞きます。ユンボクは「はい…この家の花を描いていました…」と答えます。ジョニョンは客に「絵だそうです…」と言います。客は上機嫌でした。チョンヒャンのお付きの下女が「今日の午後から描き通しでした…」と言うと、ユンボクの手から絵を取って、ジョニョンに差し出します。ジョニョンは絵を受け取ると「さて…」と言いながら絵を広げます。絵を見終わると「ご覧ください…」と言って、客に絵を見せます。客は笑いながら「この妓生は、チマを持ち上げて…どこへ急いで行くのだ…」と言います。ジョニョンは「ご満足されましたか…」と尋ねます。客は上機嫌に「これは大したものだ…この女人の姿がとても愛らしい…」と言いながら笑います。ジョニョンは客に「色の調和と均衡が優れています。」と言うと、ユンボクに「ご苦労だった…」と言います。ユンボクは軽く会釈をします。
ホンドは、ソ・ジンの家でユンボクを待っていました。ホンドの心の中は、王様に命じられた睿真を探すこと以外に、ユンボクの存在が大きくなっているようでした。
ユンボクが家に入って来ると、ホンドは優しい眼差しで「来たか…」と言います。ユンボクは小さな声で「はい…」と答えます。ユンボクの心の中も、師匠ホンドに対する思いが、複雑になっているようでした。ホンドはユンボクに「行こう…」と言います。ユンボクは「はい」と答えます。そして「師匠…あの…今日の用が終わったあとに…お話が…」と言います。ホンドは静かな声で「何だ?…」と言います。ユンボクは、笑いながら荷物を手にすると「行きましょう…」と言います。ユンボクの姿からは、重大な決意を打ち明ける時が来たと感じられました。
ホンドとユンボクは、王様に拝謁していました。
王様はホンドに「話してくれ…10年前…大画員が隠した絵を見つけたのか…」と聞きます。ホンドは「はい…殿下…10年前、大画員は死ぬ直前…五竹会という画界の5人の肖像を描きました…実物と肖像を比べたところ…目・鼻・口・耳で違いを見つけました…」と言います。引き続きユンボクが「師匠と私は肖像画を転写しました…大画員は、世子邸下の睿真を危険から守るため…5点の肖像画に隠したのです…」と言います。王様は「その絵を見せてくれ…」と言います。ホンドは「はい、殿下…」と言うと、ユンボクに目で合図します。ユンボクはうなずくと、置いていた絵を抱えて、王様の元へ歩み寄り、差し出します。
王様は真剣な顔で、目の前に置かれた箱のふたをゆっくりと開けます。そして中から、まかれた紙を取り出し、ゆっくりと広げます。すると思悼世子のモンタージュされた肖像の写しが現れました。王様の目からは涙が溢れだします。王様は手で肖像画の思悼世子を触り、すすり泣きしながら「父上…」と言います。
しばらくするとホンドは「殿下…恐れ多いながら、完成は出来ませんでした…」と言います。引き続きユンボクが「最後の肖像画は、手に入れられませんでした…」と言います。王様は泣きながら「手に入らなかった?…では、どうすればいいのか…」と聞かれます。ホンドは「殿下…殿下の記憶で睿真を完成させたいと思います…」と答えます。ユンボクは「覚えておられる世子邸下の下停(ハジョン)をお話し下さい…」と言います。王様は涙を流しながら二人を見つめると「容把(ヨンパ=モンタージュ)をするということか…」と言います。
ホンドとユンボクは、王様の前で容把の準備をします。準備が出来ると王様の指図どおりにヨンボクが絵を描き始めます。時折ホンドがユンボクに指図しながら、肖像画が完成しました。王様の顔は嬉しそうでした。
右議政とキム・グィジュは宮中を歩いていました。そこへ内侍がやって来て、右議政の耳元で何か囁きます。右議政の顔色が急に変わり「それは本当か…」と言います。
王様の執務室では、描き上げた肖像画を掛けて、三人で見ていました。
王様は「2人の画工が、父を生き返らせた…」と言います。そして「檀園…蕙園…良くやってくれたな…」と言います。二人は低頭して「恐れ入ります…」と言います。するとホンドが「殿下…お見せする物が、もう一つあります…」と言うと側に置いていた画書を入れる筒を前に置きます。ユンボクは少し驚いた様子でした。
王様は「それは何だ…」と言います。ホンドは「10年前私の師匠と共に睿真を描いて殺された…私の友が、最後に残した肖像画です…しかし…妙な点が一つあります…」と言うと、王様は「それは?…」と聞きます。ホンドは「この肖像画には顔がありません…私はこの肖像画が、睿真画師を妨害し…師匠と友を殺した者たちと関連があると考えます…」と言います。王様は「絵を見せてくれ…」と言います。ホンドは前に置いていた筒の蓋を開けて、中から肖像画を取り出すと肖像画を広げます。隣で肖像画を見ていたユンボクの脳裏に、幼き日の自分の姿と実父が絵を描いている姿が蘇ります。その絵こそが、今ホンドが広げている肖像画でした。ユンボクは心の中で「あれは…父上が描いた絵…」と言います。ユンボクには衝撃でした。
ホンドは、開いた肖像画を王様に差し出します。ホンドは元の座に戻ると「殿下…私の友人は人物画に優れていました…何とぞ、この絵の秘密を解き…師匠と友の魂を慰めて下さい…」と言います。王様は「この者を探せ…」と言います。そして「この者はおそらく予の敵にもなるだろう…」と言います。
王大妃の部屋には、右議政とキム・グィジュがいました。
王大妃は「2人が主上にあったと?…」と聞きます。右議政は「そのとおりです…」と言います。キム・グィジュは「画工の一人は、図画署から追放された者です…」と言います。右議政は「肖像画を探しまわっていたそうです…これには二つの可能性があります…」と言います。王大妃は「何ですか…」と聞きます。右議政は「まず…肖像画を手に入れ、睿真を完成させたか…二つ目は…肖像画を手に入れられず、失敗したかです…」と答えます。キム・グィジュは「全ての肖像画は、別提が持っているので…二つ目でしょう…」と言います。王大妃は深い溜息をして「分かりません…私が直接調べます…」と言います。
王大妃は王様と会っていました。
王大妃は「季節がこんなに早く過ぎ去り、夏だと思ったのに…もう冷たい風がさわやかです…」と言います。王様は「風が冷たくなり、お体のことが心配です…」と言います。王大妃は「心配して下さる主上がいるので…私の体は大丈夫です…」と答えます。王大妃は、応接台に置かれていた柿の実を手にして「前の世子は熟柿が好きでしたが…見ると世子を思い出し、辛く感じます…」と言います。王様は「人は去り、記憶だけが残るので…喜びは悲しみになり…悲しみは心を苦しめるのでしょう…」と言います。世子を思うと、実に心が痛みます…口さがない者たちは…もしや主上が誤解をし…父親の件で大臣達に、疑心を持つのではないかと…みだりに言いますが…そのような主上ではないと私が叱っています…違いますか、主上…まさか過去のことで…現在を誤っていませんね…」と言います。王様は「子の道理として、死んだ親を覚えているのは…万人にとっての美徳ではないですか…」と答えます。王大妃は「記憶は記憶のままでこそ美しい者です…」と言います。こうして、王様と王大妃の腹の探り合いは終わりました。
王大妃が自室に戻ると、お付きの尚宮が「どうなりましたか…何か見つけたのですか…」と尋ねます。王大妃は厳しい表情で「そうではないようだ…それなら大臣達を捕らえるはずだが…何の動きもない…」と言います。
王様は、執務室にホン・グギョンを呼んでいました。
王様は「いつまで…彼らの陰険な本性に耐えられるか…」と言います。ホン・グギョンは「王大妃は何と?…睿真があれば…世子邸下を陥れた者を除き、追尊出来るのでは?…」と言います。王様は、一点を見つめながら首を軽く横に振ると、強い調子で「まだ早い…二人の画工が…大画員を殺した者を探しだす…そして10年前の事件の全容を明らかにし…二度と起こさせない…二度と…自身の利益の為に、人の命をむやみに奪うことが…起きないように…」と言います。
ホンドとユンボクは居酒屋にいました。ホンドが徳利を持ってユンボクに酒をつごうとしても、ユンボクはボーとして気がつきません。王様とホンドの話が、あまりにも衝撃過ぎたようです。ホンドが徳利を置こうとするとやっとユンボクは気づいて、盃を手にします。ホンドはユンボクに酒をついでやります。しかし、ユンボクは酒を飲もうともせずに下を向いていました。
ホンドはユンボクに「何を考えている?…」と聞きます。ユンボクはホンドの顔を見て「いえ…」と言うと、取り繕う為かニヤッと笑います。ホンドは少し考えて「朝は何を言おうとした?…」と聞きます。ユンボクは「何でもありません…師匠…」と言います。ユンボクは、睿真の問題が終わって一段落したら、ホンドに自分の秘密を打ち明けようと思っていたのでしょうが、また新しい実父の死の秘密を知らされて、どうすべきか迷っていました。ホンドはそんなユンボクを見て、笑っていました。ユンボクは「あの…師匠の友達のことを詳しく話して頂けませんか…」と言います。ユンボクは、実父のことをもっと詳しく知りたいと思っていました。
ホンドは「ソ・ジンのことか…」と聞き返します。ユンボクは「はい、そうです…」と答えます。ホンドは「素晴らしい友だった…頼もしくて口数も少なく…心の広さが空でもあり、海でもあるような…そんな友だった…」と言います。ユンボクは「師匠と同年輩でしたか…」と聞きます。ホンドは「年齢が関係あるのか…」と聞きます。ユンボクは「いいえ…」と答えます。ほんどは「私より8歳ほど年上だが…年齢差など気にしない豪放な友達だった…」と言います。ユンボクは「その友達が残したという…肖像画を…見たいのですが…」と言います。ホンドは「そうか…」と言うと、画書を入れる筒を手にすると、中から肖像画を取り出し、広げてユンボクに見せます。そしてホンドはユンボクに「衣服を見てみろ…手を加える必要が無いほど精密な描写だ…」と言います。ユンボクは「肖像画なら、先に顔を描いたはずですが…顔がありません…」と言います。ホンドは「もし、衣服の後に顔を描くつもりだったら…精密に描かなかっただろう…」と言います。ユンボクが「それなら…」と考えていると、ホンドが「まず顔から描いた…」と言います。ユンボクは「先に顔を描いた…」と考えながら言うと、ホンドは「どこかに隠した可能性が高い…」と言います。ユンボクは「五竹会の肖像画のように?…」と聞きます。ホンドは「そうだ…」と答えます。そして「さあ…どこから探すか…」と言います。ユンボクは「何処から…」と言うと、何か考え始めていました。ホンドは「これを見ろ…こんなに厚い紙を見たことがない…この紙が何処で作られたかが分かれば…絵の秘密を解く手がかりになる…」と言います。ユンボクは真剣に考えていました。そして独り言のように「紙…紙工場…」と言います。
ユンボクは、その時ふと、居酒屋の障子を張り替えている職人の姿を目にします。障子の紙に紅葉の葉を張り、紅葉の上にのりを塗り、その上に紙を張る姿を…
ユンボクは「紅葉…紅葉…」と独り言を言います。ホンドは、そんなユンボクの姿を見て心配したのか「何をブツブツ言っている…」と言います。ユンボクは、自信のない弱々しい感じで「いえ…あの紅葉の葉が…」と指をさして言います。ホンドは振り向いて障子を見ます。ホンドは向きなおってユンボクに「紅葉がどうしたんだ?…」と聞きます。ユンボクは「以前に父と一緒に行った所があります…その紙の工場では…他とは違った方法で紙を作っていました…」と答えます。ホンドは「何処だ?…」と聞きます。ユンボクは、かすかな記憶をたどりながら思い出していました…そして「ピマッコルの裏側にあったようです…」と答えます。ホンドは「ピマッコル?…」と言うと、少し考えます。そして「ピマッコルなら…」と言っていると、ユンボクの只ならぬ表情に気がつきます。ホンドはユンボクに「どうした?…」と聞きます。ユンボクは寂しげな表情で「もう帰らないといけません…」と言います。ホンドは「では、紙工場は明日探す事にしよう…」と言います。ユンボクは笑みを浮かべながら「はい、師匠…明日お伺いします…」と答えると、立ち上がろうとしますが、思いとどまって「手の薬を忘れないように…」と言います。ホンドはユンボクの顔を見つめてクスッと笑います。ユンボクは一礼して立ち上がり帰ります。ユンボクの表情は、寂しさと不安の入り混じった、何とも言えない表情でした。
キム・ジョニョンの屋敷では、チョンヒャンとお付きの下女が、庭の木につり下げられた鳥籠を見ていました。
下女がチョンヒャンに「嬉しそうですね…」と言います。チョンヒャンは「そう見える?…」と言います。そして、昨夜のユンボクの言葉を思い出していました。「明日の夜、内密に会いたい…」と……
チョンヒャンは下女に「実は画工が内密に会おうと言ったの…」と、秘密を打ち明けます。下女は上目使いで「本当ですか…良かったですね…でしょう?…」と言います。チョンヒャンは微笑みながら、少しだけ不安そうに「どんな話か…」と答えます。そこへジョニョンの声がします。「何を話していた?…」と…
ジョニョンがやって来ると、二人は向きを変え低頭します。ジョニョンはチョンヒャンに「気分が良さそうだな…」と言います。チョンヒャンは視線を斜に下げて「別に変わりはありません…」と答えます。ジョニョンにはチョンヒャンの言葉が冷たく感じました。ジョニョンは「去った鳥を待たせられない…新たな連れ合いを迎えるのは?…」と聞きます。チョンヒャンは、黙って下を向いていました。
チョンヒャンは自室で、ユンボクに会いに行く準備をしていました。下女の手を借りて、姿を隠す為のマントのようなかぶり物を頭から掛けていました。
チョンヒャンは下女に「ここにいなさい…」と言います。下女は、いつも一緒なのに不思議だなと思いつつ「は…はい…」と答えます。チョンヒャンは、一人で部屋を出て行きます。チョンヒャンの表情は、笑みの中にも少しだけ不安の入り混じった表情でした。下女は、心配そうな表情で見送ります。
チョンヒャンは、塀沿いを歩いていました。そして、ユンボクを見つけると「画工…」と声を掛けます。ユンボクは正装から私服に着替え、手には提灯を持っていました。
ユンボクは振り向くとチョンヒャンの顔を見て「来てくれたな…」と言います。その表情は、どこか寂しげでした。二人は夜道を歩いて行きます。橋の上に差し掛かるとチョンヒャンが「こうして、また会って…一緒に歩けるとは思いませんでした…」と言います。ユンボクも「私もだ…」と言います。チョンヒャンが「お話というのは何ですか…」と聞きます。ユンボクは立ち止ります。チョンヒャンが振り向いてユンボクの顔を見ると、その表情は、辛そうで苦悩に満ちていました。ユンボクは意を決して話し始めます。
「あなたは…私には特別な人だ…」と…チョンヒャンは「画工も…私には特別な人です…」と言います。ユンボクはうつむきかげんに「チョンヒャン…私には…秘密が一つある…」と言います。チョンヒャンは「何ですか…」と聞きます。ユンボクは悲しそうな目つきで「私は…絵を描かねばならなかった…」と言います。チョンヒャンは、微笑みながら「画工の絵は…素晴らしいです…」と言います。ユンボクはチョンヒャンの顔を見ながら「図画署に入って…画員にならねばならなかった…」と言います。チョンヒャンは「そうなりました…」と答えます。ユンボクは堪らなくなり下を向きながら「その為…こうするしか…なかった…」と言います。チョンヒャンは、ユンボクの様子がおかしいので、不安になりながら「何のことですか?…」と聞きます。ユンボクは、チョンヒャンをじっと見つめると、チョンヒャンの手を取り握ります。そしてチョンヒャンの目を見て「すまない…本当にすまない…」と言います。チョンヒャンには、ユンボクがあやまる理由が分かりませんでした。そして「一体、何がですか?…」と聞きます。
ユンボクは、握ったチョンヒャンの手を自分の頬にさわらせます。そして、チョンヒャンの手を自分の胸に当てて抑えます。チョンヒャンは、ユンボクの胸の感触を知り、手を話します。チョンヒャンは驚きユンボクに「どういうことですか…」と尋ねます。ユンボ クは、悲しくすまなそうに「許すことが出来るか?…」と言います。チョンヒャンは、大きく息を吸って吐き出すと「まさか…そんなはずがありません…そんなはずが…」と取り乱します。ユンボクは、ただ悲しい眼差しで「すまない…」というだけでした。そして服の紐をとき、自分の体を見せようとします。チョンヒャンは、そんなユンボクの姿を見て、とっさに紐をほどくユンボクの手を押さえます。そして「もういいです…やめて下さい…」と言います。ユンボクは、悲しそうな顔でうつむきながら「女人の身で…あなたを愛した罪を…あなたの心を…私に与えさせた罪を…許してくれるか?…」と、チョンヒャンに許しを請います。チョンヒャンは戸惑いながら涙を流して「もう私は…どうすれば…これから私は…どうすればいいのですか…」と言うと、崩れるように座り込んでしまいます。ユンボクはそんなチョンヒャンを見つめながらかがみ込み「すまない…本当にすまない…」と、頭を下げて謝るだけでした。
二人は、目をはらしながら、木立の立ち並ぶ夜道を歩いていました。ジョニョンの屋敷の近くになると次第に足が遅くなりました。
屋敷の前に来るとユンボクは「もう三更(サムギョン)だ…もうすぐ罷漏(パル=通行禁止を知らせる鐘)が鳴るはずだ…」とユンボクが言います。チョンヒャンは、うつむいて涙を流しながら「あの門を渡れば…終わりになります…再び…もう一度だけ…私の画工に戻ることは出来ませんか…」と言います。ユンボクは視線を合わせられずに「すまない…」と言います。チョンヒャンは、止めども無く涙を流しながら「信じられません…」と言います。ユンボクは「あなたにふさわしい…あなたを愛する…そして…あなたの心を傷つけない…そんな人に会えるはずだ…」と言います。チョンヒャンは「そんな言葉は…必要ありません…」と言うと、静かに歩き始めます。そして屋敷の門の中へ入り、柱にもたれかかって泣いていました。
ユンボクが振り返ると、もうチョンヒャンの姿は捉えることが出来ませんでした。ユンボクの目からは、涙がこぼれていました。そしてユンボクは「目を閉じても…あなたの姿が…鮮やかに見える…あなたに本当にすまない…私の…美しい人…」と言います。チョンヒャンはその言葉を門の影から聞いていました。
日が明けて、ジョニョンの屋敷の庭では、商品の検品が行われていました。ジョニョンは使用人に「清国の絹は、大丈夫のようだが…虎の皮はどうしてだ?…交換させろ…」と言います。
使用人が待つ部屋にジョニョンが入って来ます。ジョニョンは座ると「どうだった…商団からの宮中納品を戸曹判書(トジョパンソ)が認めたか?…」と聞きます。使用人は「それが戸曹判書は気難しい方で…素振りは見せても、結局印は押しません…」と答えます。ジョニョンは「そうか…つまらぬ方だ…」と独り言を言います。そして使用人に「確約させなければな…またここで画事をすると連絡してくれ…今度は…掌楽院から楽工も呼ぶと伝えろ…絵に欲心のある戸曹判書は来るはずだ…分かったか…」と言います。使用人は「分かりました…」と言うと立ち上がって行きます。ジョニョンは「得る物だけ得て、知らぬ顔か…」と言うとニヤッと笑い、扇子を開き仰ぎ始めると「単純だな…」と言います。
ホンドは紙工場に来ていました。ホンドは、紙すきをしている老職人に「お尋ねしたいんですが…」と言います。老職人は、紙すきの手を休めてホンドの方を見ます。ホンドは、紙きれを出して「この紙は、ここで作ったものですか?…」と尋ねます。老職人は、紙きれを受け取ると、紙を触りながら見ていました。ホンドはあたりの機械を珍しそうに見ていました。そして「この機械は、いつからあるんですか?…誰が作ったんですか?…」と尋ねます。老職人は「見覚えがあるのか…」と聞き返します。ホンドは驚きながら「誰が作ったかご存知ですか?…」と尋ねます。老職人はホンドに「ソ・ジンを知っているか?…」と聞き返します。ホンドは驚いて、目を丸くむき出して、老職人に近寄ります。そして「ソ・ジンがここに来たのですか…」と尋ねます。老職人は「来ただけじゃない…確かにあれもソ・ジンが作ったもので…子供を肩車して、しょっちゅう来てたもんだ…」と言います。ホンドは驚いて呆然としていました。しかし、その様子を柱の影から覗き見をしていた者がいました。それは、別提の手下の画員でした。
その夜、別提は図画署の自室にいました。別提は手下の画員に「檀園は何をしていた?…」と聞きます。手下の画員は「紙廛(チョジョン)に行きました…」と答えます。別提は「紙廛?…」と聞き返します。手下の画員は「はい…紙廛や紙工場…都城にある所は全てです…」と答えます。別提は「紙廛を探し回るだと?…」と言うと、なぜだろうと考えていました。別提は苦虫をかみつぶしたような表情で首を振りながら「アアー」と溜息をつくと「奴は何を考えている…」と言います。そして「とにかく見張ってくれ…」と言います。手下の画員は「はい」と答えます。別提は、深刻な顔で「紙廛を探し回る…」と独り言を言います。
ユンボクは、私画署の制服を着て庭に出て来ました。同僚の画員が「来たか…準備しておいた…」と言います。ユンボクがゴザの前に立つと、座っていた画員が立ち上がりながら「席も暖めた…」と言います。そして、座布団の誇りを手で払いながら「寒いだろう…」と言います。ユンボクが「ありがとう…」と言いながら座ると、画員は「とんでもない…」と言います。そして、前の方を向いて「来たぞ…」と言います。ユンボクが振り向いて見ると、チョンヒャンとお付きの下女や他の妓生達がやって来ました。ユンボクはチョンヒャンを見つめていました。チョンヒャンはユンボクに視線を合わせると、すぐにまた前を向きます。ユンボクは寂しい表情をしてうつむきかげんになります。ジョニョンは、歩いてくるチョンヒャンの顔を見ると笑顔がほころんでいました。そして、ユンボクの所に近づくと、強い語調で他の画員達に「何をしている…」と言います。ユンボクだけが座ったままで、他の画員達は立ち上がり、深く頭を下げて「旦那様…」と言います。ジョニョンは二人の画員に「行け…」と命じます。一人の画工が「しかし、新画工の為…隅もすり…顔料も準備…」と言いながらジョニョンの顔を見ると、ジョニョンの刺すような鋭い眼差しを見て、それ以上何も言えなくなり「はい…」と言うと頭を下げて帰って行きます。
ユンボクは、何の動揺もせずに、ただ無表情で準備をしていました。ジョニョンは、そんなユンボクを見て、薄笑いをしながら近づき「お前だけが頼りだ…昨晩の話しは忘れてないな…」と言います。ユンボクはジョニョンを見上げて、力のない表情で「はい」と答えます。
そこへ、咳払いをしながら戸曹判書がやって来ます。ジョニョンは「いらっしゃいませ…」と言うと、一礼をします。ユンボクはすぐに立ち上がり、低頭します。戸曹判書はジョニョンに「画事というので来たが、何か慌ただしいな…」と言います。戸曹判書がユンボクに目を合わせると、ユンボクは深くお辞儀をします。戸曹判書はユンボクに笑顔で「今日も期待しているからな…」と言うと、笑いながらユンボクの肩を叩きます。しかし、ユンボクの顔色はさえませんでした。昨夜の感情が未だ尾を引いているようで、なかなか絵を描く気持ちにはなっていない様子でした…
ジョニョンが「楽工は演奏を始めてくれ…」と命じます。演奏が始まるとユンボクは淡々と絵を描き始めます。もちろん主題はチョンヒャンでした。チョンヒャンは戸曹判書にお酌をしていました。ユンボクの目には、チョンヒャンの表情が辛く写っていました。それでも描かなければならないのが、ユンボクの画工としての運命でした。
ジョニョンは戸曹判書に「この前こられた時は、戸曹判書様は…私どもの商団の宮中への納品を…肯定的に検討すると…」と言います。戸曹判書は「どの商団でも…朝廷に納品する可能性はあるということだ…」と答えます。ジョニョンは「それは…キム・ジョニョンもその中の一つということですか…」と言います。戸曹判書は「酒席で余興を楽しまねばならん…何を言っている…」と答えると、愛逮(眼鏡)を掛けます。ジョニョンは「アアー、そうですね…」と言うと頭を下げます。するとジョニョンはユンボクに目で合図を送ります。するとユンボクは筆を止めて「顔料を持って来ます…」と言うと立ち上がり、退席します。戸曹判書はじっとユンボクを見つめていましたが、軽く咳払いをして愛逮を取ります。ジョニョンは、戸曹判書の様子を見て笑みをもらします。
ユンボクは、顔料を持ってくると席に座り絵を描き始めます。それは両班の絵でした。戸曹判書は、嬉しそうに酒を飲みながら、また絵を描くユンボクの姿を見つめていました。
ジョニョンは、また戸曹判書に「では…どこの商団ですか…」と尋ねます。戸曹判書は冷たく「まだ決まっていない…」と答えます。ジョニョンは「それはよかったです…経験の少ない商団なら…宮中の大事も小事も…全て誤るようなことになりませんか…」と尋ねます。戸曹判書は「朝廷の話は慎めと言ったはずだ…」と、気分を害したように言います。ジョニョンは「申し訳ありません…」と言うと頭を下げます。そしてまた、ユンボクに目で合図を送ります。ユンボクは筆を止め「水を変えて来ます…」と言うと立ち上がり退席します。ユンボクには、気分の良い事ではなさそうでした。戸曹判書も不快そうな顔をしていました。
ユンボクが、水を変えて戻って来ます。着座すると硯に水を入れて、墨をすり始めます。時折気になるのかジョニョンの姿を見ながら、のらりくらりと墨をすっていました。しびれを切らしたのか、戸曹判書がユンボクに「下書きも終えず、何をしている…」と言います。するとジョニョンが「何事にも手順と時があるものです…」と言います。そして「この前宮中に納品したクォン氏商団が…大臣達に何か条件を提示したとか…」と話していると、さえぎるように戸曹判書は「お前は今…わしの認可が下りず、脅かしているのか…」と問い質します。ジョニョンは「まさか、そのような…気になることが多いだけです…」と答えます。戸曹判書は前を向いて「いずれにしろ商売人は、似たようなものだ…」と言います。そしてジョニョンの方を向いて「負けたな…明日、朝廷に行き…その納品に関して始末をつけるから…早く画事を終えろと言ってくれ…」と言います。ジョニョンは低頭しながら「ありがとうございます…」と言うと、ユンボクに目で合図を送ります。ユンボクはその合図を見ると、硯で墨をする手を離して筆に持ち替えます。戸曹判書は、また愛逮をつけてユンボクに注目し始めます。ユンボクは一気に絵を描き始めます。戸曹判書はにこやかに「そうだ…それでこそだ…」と言うと笑い出します。ジョニョンは、横目で戸曹判書の顔を見て満足そうでした。
ユンボクは自室で、今日行われた画事の絵を完成させていました。そこへ、咳払いをするジョニョンの声が聞こえました。ユンボクは直ぐに立ち上がります。ジョニョンが部屋に入って来ると一礼をして迎えます。ジョニョンは、満足そうに「よくやった…」と言います。ユンボクは沈んだ声で「ありがとうございます…」と言います。ジョニョンは笑みを見せながら「そう…それでこそだ…今日はこれで休むように…」と言います。ユンボクは、小さく「はい」と答えます。ジョニョンは、上機嫌で退室します。ユンボクは、ジョニョンが見えなくなると、次の間に掛けていた正装を取ってホット一息つきます。
ホンドとユンボクは夜道を二人で歩いていました。ホンドはユンボクに「さあ、ここだ…ここが紙を作った所だ…」と言うと、門の中へ入って行きます。そして、灯りのついている部屋に向かってホンドは「こんばんは…いらっしゃいませんか…」と声を掛けます。その時ユンボクは、あたりを見渡します。何時か何処かで見た風景でした。ユンボクの脳裏に、実父がユン(ユンボクの実名)を抱いて歩く映像が蘇りました。職人たちが忙しそうに働く中、嬉しそうに父に抱かれている自分の姿が頭の中を駆け巡っていました…
第16話 顔のない肖像はここで終わります。
今回は、見所満載でした。ユンボクもチョンヒャンもホンドも…これ以上傷つけたくない気持ちに成りました。ただ、涙…涙…涙…でした。
ユンボクは、ホンドが壺で手を砕かれようとした時に、思わず別提の前に飛び出してしまいました。掌破刑、あるいは実の父母が殺された時のことを思い出して、ホンドを助けねばと思い、身を呈してホンドをかばいました。そして、肖像画を別提に渡すと、別提達を追い払いました。ホンドが「出るなと言ったのに…」と言うと、ユンボクは「師匠の傷つくのを見ていられません…」と言いました。
別提達が帰るとユンボクは、モンタージュの肖像画を別の紙に写し始めました。ホンドは、夜になって寒くなったのに気付くと、自分の服を脱いでユンボクの背中にそっと掛けてやります。ユンボクは、嬉しそうに微笑みました。
肖像画が完成するとユンボクは、掛けてもらっていた服をホンドの背中に掛けてやります。ホンドの襟元を整える姿は、まるで好き合った男女の間柄のようでした。ホンドが「妙な感じだな…まるで…まるで夫婦のようだな…」と言うと、ユンボクは「私がもし…女なら…どうしますか?…」と聞きます。するとホンドは、ユンボクの額に、そっと口づけをしました。ユンボクの目からは、涙がこぼれ落ちていました。ユンボクは目をつぶり、ホンドの襟元をしっかりと握っていました。ホンドはユンボクの背中に手を回し、ユンボクを抱きよせます。ホンドはユンボクを愛しているようでした。ユンボクに対する感情を抑えることが出来なくなっていました。ユンボクは、女として生きる道に目覚め始めたようでした。
ホンドはユンボクと別れた後、自室でユンボクのことを考えていました。そこへジョンスクがやって来て、ホンドの包帯を取換えようとしますが、ホンドはジョンスクが手に触れるのを拒みます。そして「包帯位は自分でかえられる…早く寝なさい」と言います。さらに「お前もいい所が有れば、早く嫁に行かないとな…」と言いました。普段では考えられない言葉でした。ホンドは心の中で、自分の女人はユンボクと決めたのだと思います。ジョンスクには可哀想だけど、距離を置いた方がいいと考えたのだと思います。
ホンドとユンボクは、王様に拝謁して肖像画を見せました。王様は泣きながら、父思悼世子に会えたことを喜びました。ホンドは王様に、肖像画が完成できなかった事を伝え、その理由を述べます。そして、王様の手を借りて容把(ヨンパ=モンタージュ)によって、肖像画を完成させます。ユンボクは、これですべてが終わると思っていたのでしょうが、ホンドが顔のない肖像画を王様に見せて、ホンドの師匠とユンボクの実父の死に関係があると伝えました。ユンボクは、その肖像画に見覚えがありました。それはユンボクの実父ソ・ジンが描いたものでした。この出来事の衝撃が大きすぎて、ユンボクはホンドに打ち明けるはずの事を打ち明けられませんでした。たぶん、自分が女であることを打ち明けようと考えていたのだと思います。
チョンヒャンは、ユンボクに会えることを密かに楽しみにしていました。しかしユンボクに会うと、ユンボクは辛そうで苦悩に満ちた表情をしていました。
ユンボクは「あなたは…私には特別な人だ……チョンヒャン…私には…秘密が一つある……私は絵を描かねばならなかった…図画署に入って…画員にならねばならなかった…その為…こうするしかなかった…」と言います。ユンボクはチョンヒャンの手を取り握ります。そしてチョンヒャンの目を見て「すまない…本当にすまない…」と言います。チョンヒャンはユンボクがあやまる理由が分かりませんでした。
ユンボクは、握ったチョンヒャンの手を自分の頬に触らせます。そしてチョンヒャンの手を自分の胸に当てて抑えます。チョンヒャンは、その感触で女人の胸であることが分かります。ユンボクは「許すことが出来るか…」と聞きます。チョンヒャンは「まさか、そんなはずがありません…そんなはずが…」と言います。ユンボクは「すまない」と言うと、服の紐をとき、自分の体を見せようとします。チョンヒャンはユンボクの手を押さえて「もういいです…やめて下さい…」と言います。ユンボクは「女人の身で…あなたを愛した罪を…あなたの心を…私に与えさせた罪を…許してくれるか?…」と言いました。
チョンヒャンにしてみれば、青天の霹靂だったと思います。しかしユンボクは、誠実に自分の罪を認めて詫びたかったのだと思います。本来なら、チョンヒャンがジョニョンのものになると分かった最後の日に、意を決して言うつもりだったのですが、別提や他の大人達に邪魔をされて言えませんでした。別れた後もいろんな事情で言えませんでした。言わないなら言わないで済んだのでしょうが、それではユンボクとしては心が治まらなかったのだと思います。ユンボクはチョンヒャンの事を女人というよりは人間として愛していたのでしょうが、チョンヒャンはユンボクのことを男として愛していました。その罪を心から感じていたのだと思います。
二人が別れる時に、チョンヒャンはうつむいて涙を流しながら「あの門を渡れば…終わりになります…再び…もう一度だけ…私の画工に戻ることは出来ませんか…」と言います。ユンボクは「すまない…」と答えます。チョンヒャンは「信じられません…」と言います。ユンボクは「あなたにふさわしい…あなたを愛する…そして…あなたの心を傷つけない…そんな人に会えるはずだ…」と言います。チョンヒャンは「そんな言葉は…必要ありません…」と言うと、静かに門の中に入って行きます。ユンボクは「目を閉じても…あなたの姿が…鮮やかに見える…あなたに本当にすまない…私の…美しい人…」と言います。チョンヒャンは、その言葉を門の影から聞いていました。ただただ涙が出るだけでした。
ユンボクにしてみれば、自分が男だったらと何度思ったかもしれません。そして、チョンヒャンの美しい姿を借りて、自分の女人としての姿を思い浮べていたのかもしれません。
最後に、ホンドとユンボクが紙工場に着くと、ユンボクには、何時か何処かで見た風景でした。そして脳裏には、実父ソ・ジンがユン(ユンボクの実名)を抱いて歩く姿が蘇って来ました。幼き日の衝撃で、失われた記憶が次第に蘇って来ました。この続きは、次回をお楽しみに…
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