第17話 十年前の女人
ホンドとユンボクは、二人で夜道を歩いていました。
ホンドはユンボクに「さあ…ここだ…」と言います。そして「ここが紙を作った所だ…」と言うと、門の中へ入って行きます。ユンボクは、ホンドの後ろから付いて行きます。二人は、灯りのついた部屋の前に立ち止まると、ホンドが「こんばんは…いらっしゃいませんか…」と声を掛けます。ユンボクが、あたりを見回すと、その風景は何時か何処かで見た風景でした。ユンボクの脳裏には、実父のソ・ジンに抱きかかえられて喜んでいるユン(ユンボクの実名)の映像が蘇っていました。職人たちが忙しそうに働いている中を自分を抱きかかえて歩く父の姿が映し出されていました。
ホンドは何回も「こんばんわ…」と呼び続けていました。やっと戸が開くと、老職人が身を乗り出して「誰が騒いでいる…」と言います。ホンドが頭を下げながら「あの…」と言うと、老職人は「昨日来たやつだな…」と言います。ホンドは「夜遅くに申し訳ありません…」と言います。老職人は「何の用だ?…」と言います。ホンドは「お見せしたい物があって来ました…」と言うと、肩に掛けていた画書を入れる筒を手に持ち替えます。
三人は作業場にいました。老職人は、ソ・ジンが描いた肖像画を手でさわって、紙質を確かめていました。老職人は「この紙市場の紙は…縦横を交互に三回ずつできめを作る…しかし、この紙は…この部分が分厚いな…」と、顔の部分を手で指して言います。ホンドは、肖像画を見ながら「あの…部分的にこんなに厚く出来るのですか…」と尋ねます。老職人は「いいや…乾燥した紙の上に、また紙を漉くことは……理屈では簡単にできるが…」と言います。ユンボクは肖像画を手にして、顔の部分を触っていました。
老職人は「絵が描かれていたら、なおさら難しい…水中で墨がにじむからな…」と言います。ユンボクは、老職人が喋っている最中も、肖像画をいろんな角度から調べていました。そして、先日ホンドと居酒屋で飲んでいた時の、紅葉を障子に張る職人の姿を思い出していました。そして、あたりを見渡し、見覚えのある機械を見ていました。ユンボクの脳裏には、実父の映像が蘇っていました。そして実父の声が聞こえて来ます。「この圧搾機を使えば、紙を何重にする事も…はがす事も出来る…」という言葉が…そして、その言葉は、その圧搾機を操作している実父の横で、懸命に手伝っている、幼きユンに話しかけられたものでした。
ユンボクは、再び顔のない肖像画を見つめていました。そしていきなり、作業場にためてあった水の中に、肖像画を浸けてしまいます。それを見ていたホンドは、ユンボクの手から肖像画を取り返すと「何をする…正気か?…」と怒鳴りつけます。ユンボクは怒られて困った表情で「師匠…」と言います。そして「この絵をはがしたら、何か出て来ませんか?…そして墨の香りをかいでみたら…油の多い油煙墨でした…だから水中でも墨は滲みません…」と言います。それを聞いていた老職人が感心したように「そうだな…」と言います。そして「それなら…」と言うと、壺を取り上げて作業台の上に載せます。
ホンドが「それは何ですか…」と尋ねると、老職人は「これは、膠を煮た水だ…これがタデ糊の粘度を下げ…接着する性質を弱くする溶解剤だ…」と言いながら、ひしゃくで膠水を取り出し、鉢の中に入れます。そして老職人は「早く紙を持ってこい…」と言います。ユンボクは驚きながらもホンドの顔を見て許しを請い「はい」と言うと、肖像画を水の中に入れて浸します。すると老職人が、鉢に写した膠水を水の中に入れます。
しばらくすると、肖像画の顔の部分に異変が起き始めます。それに気づいたユンボクは、ホンドと顔を見合わせるとすぐに肖像画を取り出して、そのまま圧搾機の方向に進み寄ります。そして、圧搾機の中に肖像画を入れると、しわが寄らないように整えて、圧搾機の蓋を閉めます。ユンボクは、何も言われぬままに圧搾機を操作し始めます。ホンドはユンボクの姿を慎重に見続けていました。
ユンボクが圧搾機を絞り始めると、圧搾機の隙間から水分が絞り出されて来ます。
三人は、圧搾機から取り出された肖像画を見ていました。老職人が「糊の粘度が下がって、幾重にもはがれたな…」と言います。ユンボクは、同じことを繰り返し繰り返し行います。すると、はがれた紙の下から、少しずつ絵らしきものが見えて来ました。ユンボクは、作業を繰り返し行います。そして慎重に、張られた紙をはがして行きます。
ユンボクの手が止まります…ユンボクの顔が強張っていました。ホンドはその様子を見て、ユンボクに「どうした?…」と聞きます。ユンボクはホンドに「出来ません…」と答えます。ホンドが代わりに、慎重に紙をはがし始めます。肖像画の顔の全貌が現れました。ユンボクは、恐れを感じた様子で目を見開き、体全身が固まっていました。ホンドが「この人物だろう…師匠と友を殺した者は…」とつぶやきます。ユンボクの緊張は限界に達して、崩れるように座り込みます。横にいたホンドは驚いて「ユンボク…」と大声を上げながら、ユンボクの体を支えます。ホンドは「ユンボク…ユンボク…」と呼び続けますが、ユンボクはホンドの腕の中で気を失っていました。
ユンボクは、ホンドによって医員の家にかつぎ込まれていました。そして、診察室に寝かされていました。ユンボクは、夢の世界にいました。
ソ・ジンは、灯りの近くで書物を呼んでいました。妻はその横で縫物をしていました。幼いユンは、母の膝を枕にして寝ていました。ソ・ジンは、妻の顔を見ます。そしてユンの寝顔を見て微笑んでいました。幸せそうな家族の様子でした。その時、黒い服を着た集団が、ソ・ジンの家を取り囲んでいました。ソ・ジンは、外に異変を感じます。そして妻に「ユンを連れて逃げろ…早く…」と命じます。ソ・ジンは「ユン」と名前を呼びながら、ユンを抱え起こします。妻は、静かにするようにと「シー…」と言いながら、ユンに服を着せます。妻はユンを連れて部屋を出て行きます。
そこへ、黒い服を着た集団の頭がやって来ます。ソ・ジンは「お前は誰だ?」と大声を上げます。頭が「探せ…」と言うと、手下が二人入って来て、あたりの絵を探し始めます。頭は剣を抜き、ソ・ジンの顔の前に差し出します。ソ・ジンは頭をにらみつけていました。外では、全ての肖像画を燃やしていました。ソ・ジンは外に座らされ、剣を突き付けられながら、その様子を見ていました。次々と絵が燃やされて行きます。ユンはその様子を芝の影から見ていました。妻はユンを隠すと見つからないように薪を詰めて隠していました。ユンは「お母さん」と呼ぶのですが、妻はかまわずに薪を詰めて行きます。その時、戸の開く音がして、妻が振り向くと刀を抜いた男がいました。
妻は、縛られて、ソ・ジンの元へ連れて来られました。頭の元へ手下がやって来ます。頭は「探したか?…」と言います。手下は、一礼して「はい…人の顔がある絵は焼きました…」と答えます。頭は「分かった…」と言います。そしてソ・ジンに「絵はどこに隠した?…」と聞きます。ソ・ジンは頭をにらみつけ「貴様らには見つけられぬだろう…」と言います。すると、頭はソ・ジンを切り殺します。そして、その光景を芝の隙間からユンは覗き見していました。ソ・ジンの妻も、その時一緒に刺殺されます。ユンは母の刺殺される所を見て、口に手をやり、声を出さないようにして泣きます。ソ・ジンの妻は、倒れる際に、娘のユンが隠れている所を見ながら死んで行きます。ユンの目からは涙が流れていました。そして、額に傷のある頭の顔を確り見つめていました。
ユンボクはまだ寝ていました。そして、「アッ、アッ」と言うと目が覚めたのか、すぐに起き上がります。体中から生汗が出ていました。ユンボクの側には、ホンドと医員がいました。医員が「よかった…目が覚めた…」と言います。ホンドはユンボクに「大丈夫か…」と聞きます。医員は「よく食べて寝れば心配ない…」と言います。ホンドは心配そうな顔つきで「大丈夫か?…」と聞きます。ユンボクは、まだ放心状態でした。ユンボクはホンドの顔を見て安心したのか「はい…大丈夫です…」と答えます。しかし、心に重い荷物を抱えていました。ホンドがユンボクに「どうしたんだ?…」と聞きます。ユンボクは、何も話すことが出来ませんでした。ホンドが「覚えてるか?…肖像画を水に浸けて…」と言うと、ユンボクは「師匠…」と言います。すると急に正気に戻り「先に帰ります…」と言うと立ち上がります。ホンドは「その体で何処へ行く…」と言いますが、ユンボクは素早く自分の荷物をまとめて「行く所があります…どうも…」と言うと診察室を出て行きます。
その様子を見ていた医員は、怪しい表情でホンドを見つめます。そして、ニコッと笑うと「愛人何だろう…」と、ホンドに言います。ホンドは、真剣な顔をして「え…何のお話ですか?…」と、聞き返します。すると医員が「最後まで、とぼけるつもりか…やぶ医者でも、男女の区別はできる…騙されはしないぞ…」と言うと、立ち上がって診察室を出て行きます。ホンドは呆然としていました。今まで、もしやと疑ってはいましたが、画界の名門の出であるユンボクが、女であることを医師に知らされて、ホンドの頭の中はパニック状態でした。
ユンボクは、夜道をひたすら走っていました。ユンボクは走りながら、ホンドとの会話を思い出していました。ユンボクが「誰の家ですか…」と聞くと、ホンドは「ここか…親しい友の家だ…」と言います。するとユンボクが「あの女人の家ですか…」と聞くと、ホンドは「女人?…」と聞き返します。ユンボクは「ユチュン(インムン)先生が、見つけたかと尋ねた女人です…」と聞きます。ホンドは「女人だと…いや…歳月が流れたからな…」と言います。ユンボクは、冷やかすように笑いながら「照れることはありません…どれほどの想いで探し続けたのですか…」と聞きます。
ユンボクは、目的の家にたどり着きました。荒い息をしながら、周りを見渡します。
ホンドは、インムンの家の自室に戻って来ました。部屋の中に入ると医員の言葉が頭から離れません。医員は「あの女人は…どうしていつも男の服を着ているんだ?…」と言いました。ホンドの脳裏には、ユンボクとの思い出が映像となって蘇っていました。ユンボクが岩の影で服を着替えている時、ホンドが「どうして男のくせに骨が細い…女のようだ…」と言った時に、驚いて尻もちを突いてしまったユンボクの姿が…御真画師の時、ホンドが風呂場に入ると、気が狂ったように「師匠…出て下さい…師匠…出て下さい…」と叫んで騒いだユンボクの姿が…別提の屋敷に、妓生に変装して潜り込んで来たユンボクの姿が……ホンドは真剣に考えていました…ユンボクのことを…
ユンボクは、庭の朽ち果てた縁台を見ていました。そしてユンボクは、過去の中へ吸い込まれていました。そこには、自分の姿に気がつかない、実父ソ・ジンが絵を描いていました。ソ・ジンはユンボクに気づくと、振り向いて微笑んでいました。ユンボクはそんな実父を見つめながら涙を流していました。ユンボクは泣きながら「父上…」と呼びます。しかし実父ソ・ジンは、目の前で、ノリゲで遊んでいるユンの絵を描き続けていました。ソ・ジンが時より見せるユンへの眼差しは、優しくて温かいものでした。
ユンボクは、家の方に歩いて行くと、開いているとから家の中を見ていました。そこは台所のようでした。すると母が現われ、食事の用意をしていました。そばにはユンもいました。母は料理が出来ると、少しだけユンに渡します。ユンは美味しそうに食べていました。母の優しい眼差しがユンに向けられていました。母はユンボクに気づくと、振り向いて優しく笑いました。ユンボクの目からは涙が流れていました。ユンボクは、泣き顔とも笑顔とも取れる表情で、母を見つめていました。
ユンボクは疲れたのか縁側に座ります。そして庭の方を見ると、実父ソ・ジンの働いている後姿が見えて来ました。ソ・ジンは、ユンボクの方を振り向くと、また笑顔を見せます。その時、母に抱きつきながら歩いて来るユンの姿を見ます。ユンはユンボクに気づくと、駆け寄って来て、ユンボクの隣に座ります。ユンボクは笑顔でユンを見つめます。ユンも笑顔でユンボクを見つめます。ユンボクは、ユンの頬を手で触りながら「ユン…」と言います。ユンボクの目からは涙が流れ、笑い顔とも泣き顔とも分からぬ表情でユンを見つめていました。
しばらくすると、ユンの姿が消えます。ユンボクの目からは、止めどもなく涙が流れていました。ユンボクは、泣きながら「ユン…ユン…」と呼び続けます。事件さえ無かったら、ここには平和な一家団らんがあったのです。
ホンドは、自室で座って真剣に考え続けていました。ホンドはいろんなことを思い出します。ソ・ジンと語り明かした日のことを…何も知らないはずのユンボクが、ソ・ジンの作った機械を一人で勝手に操作している姿を…そしてホンドは大きく目を見開きます。やっと結論が出たようです。
ユンボクは、ソ・ジンの家の中に入っていました。椅子に座り、ソ・ジンの残した書物を見ていました。するとソ・ジンの声が聞こえて来ます。「これは、紙を張り合わせる機械だ…」と…
その時、戸が開く音が聞こえます。ホンドが家の中に入って来ました。ユンボクは、ホンドに気づき立ち上がります。ユンボクは涙を手でふくと、頭を下げてじっと下を向いていました。
ホンドは、入り口付近でじっと立っていました。ホンドの目からも涙が出ていました。ホンドは少しづつユンボクに歩み寄って行きます。ユンボクとホンドは見つめ合います。ホンドの顔はクシャクシャに崩れ、涙が止めどもなく流れていました。ユンボクの目からも、また涙が流れ始めます。ホンドはユンボクに「お前だったか…」と言います。ユンボクは泣きながら「何のお話を…されているのか…」と言います。ホンドは、こらえきれなくなり、号泣するように「ソ・ジンの娘だったのか…」と言います。ユンボクは、手の甲で口を押さえて、下を向きながら泣いていました。ホンドは「お前がユンなんだな…」と言うとユンボクに近づいて抱きしめようと思うのですが、ユンボクの帽子が邪魔になり、紐を解いて脱がします。そしてユンボクを抱きしめます。ユンボクもホンドの胸に顔を付けて泣きます。ホンドは号泣しました。ユンボクは「師匠…10年間探し求めた女人が…私なのですか…」と聞きます。ホンドは泣きながら「すまない…すまない…私が悪かった…」と答えます。
ホンドとユンボクは床に座っていました。
ホンドはユンボクに「どうして話さなかった…」と言います。ユンボクは「いつからご存知でしたか…私が…女人であることを…」と言います。ホンドは「とっくに気づくべきだった……初めて見た、お前の絵は…女人の心を描いていた…去った男を思う…女人の心は男には分からない…お前は、去った男をしのぶ…女人の心を描いた…“端午の風情”を描くときも…“酒幕”を描くときも…お前は女人の心を描いた…一年中家にこもり…ただ一日男のいない場所で…思う存分鞦韆に乗り、自由に笑って騒ぐ…そんな女人の心を描いた…他の人々が…興に乗じて盃を交わす男を描くときも…お前は女人の心を描いた…アー…とうに気づくべきだった…」と言います。ユンボクは、ホンドを見つめながら涙を流していました。
王様は、ホン・グギョンと会っていました。
王様は「キム・ホンドから連絡はないか…」と聞きます。ホン・グギョンは「はい…殿下…」と答えます。王様は「10年前に起きた二人の画員の死の秘密を明かせば…恥知らずな者たちへの刃になる…」と言います。ホン・グギョンは「そうです…殿下…」と言います。そして「そうなれば世子邸下の追尊が出来るでしょう…」と言います。王様は「それまでは、宮中が静かでなければな…その前に、必ずすべき事がある…」と言います。ホン・グギョンは「はい…殿下…何でしょうか?…」と言います。
王大妃の部屋には、右議政とキム・グィジュがいました。
王大妃は「主上から何の手がかりも得られず…まことに気掛かりです…」と言います。キム・グィジュは「睿真はないはずです…もしあれば、すでに宮殿は大騒ぎでしょう…」と言います。王大妃は「いいえ、何かがあります…主上は、おとなしい時が最も危険です…もし10年前の件の端緒をつかめば…私達は誰も生き残れません…」と言います。右議政は「はい…お大妃様…」と言います。
右議政の屋敷では、キム・グィジュや別提たちが集まっていました。
別提が手下の画員に「ご苦労だった…もういい…」と言います。手下の画員は「はい」と答えると、席を立て出て行きます。
右議政は「顔のない肖像画?…」と言います。キム・グィジュは「顔がない…どういうことだ?…」と別提に聞きます。別提は「そうですな…檀園の心は読み取れません…」と答えます。そして右議政に「心配はいりません…カン・スファンの肖像画も奪いました…何も出来ません…」と言います。キム・グィジュは「別の手がかりを見つけたのでは?…それが10年前の事件と関連していたら…」と言います。別提は、笑いながら「全ては10年前のことです…残った証拠も無く…無駄骨に終わります…」と言います。右議政は、首を横に振りながら「そうではない…気をつけろ…始末に手抜かりがあったかもしれん…」と言います。すると別提は「そんなはずはありません…」と言います。キム・グィジュは「大行首を呼んで、確認をしたほうがいい…」と言います。右議政は「急いで呼べ…」と命じます。キム・グィジュは「はい…」と答えます。
キム・ジョニョンは、私画署の画員室に来ました。絵を描いていた二人の画員は、直ぐに立ち上がり、深く一礼をします。ジョニョンは「蕙園は?…」と聞きます。一人の画員が「まだ帰って来ていません…」と答えます。ジョニョンは「まだ戻っていない…何も言わずにか?…」と聞きます。画員は「一体毎晩、何処を歩き回るのか…」と答えます。ジョニョンは「毎晩?…分かった…」と言います。
ジョニョンは、チョンヒャンの部屋の前に来ていました。そして「部屋にいるのか…」と声を掛けますが返事がありません。ジョニョンは「少し入るぞ…」と言いますが、やはり返事がありません。そこへお付きの下女がやって来ます。ジョニョンは下女に「どうした?…」と聞きます。そして下女がお盆に載せていた者を見て「それは何だ?…」と聞きます。下女は「何でもありません…ただ…」と答えます。ジョニョンは「具合が悪いのか?…」と聞きます。下女は黙っていました。
ジョニョンは、振り返るとチョンヒャンの部屋の戸を開けて入って行きます。チョンヒャンは寝台で寝ていました。ジョニョンは腰を屈めると心配そうに「いつからだ…」と聞きますが、返事がありません。ジョニョンは下女に「すぐに医員を呼べ…」と言います。チョンヒャンは起き上り、弱々しい声で「私は大丈夫です…微熱があって…」と言います。ジョニョンがチョンヒャンの額に手を当てようとしますが、チョンヒャンはそれを拒むように顔をそむけます。そして「休みたくて…横になっていたいだけです…」と言います。ジョニョンは振り向くと下女に「よく面倒を見てくれ…」と言います。チョンヒャンは、何も言わずに横たわります。ジョニョンはチョンヒャンを見つめているだけでした。
ホンドは、シン・ハンビョンの屋敷に来ていました。
ホンドはハンビョンに「どうしてユンボクを…男にしたのですか?…」と聞きます。ハンビョンは、ただ目をつぶって黙っていました。ホンドは、語気を強めて「お答えください…」と聞きます。ハンビョンは「私には、あの子の才能が必要だったし…あの子には…その才能を守る陰が必要だった…」と答えます。ホンドは「それで…ユンボクの才能が欲しくて…ソ・ジンを殺した?…」と聞きます。ハンビョンは、心外と思ったのか語気を強めて「おい、檀園!…そうではない…」と言います。ホンドは「それでは?…」と聞き返します。ハンビョンは、深刻な表情で「それは…10年前…ソ・ジンが死んだと聞いたが…その状況でも、子供に関する話はなかった…聞こえる噂は…ソ・ジンとミョンイが殺されたという話だけ…それで…」と言います。そして、思い出の映像が流れ始めます。
ハンビョンは、ソ・ジンの娘ユンの安否が心配になり、事件後ソ・ジンの家の様子を見に来ていた。家は荒れ果て、庭石には血のりの後もまだ残っていた。ハンビョンは、ユンを見つけることが出来ずに、縁台に座ると大きな溜息をして「ユン…何処にいる…」と、独り言を言います。ハンビョンが、ソ・ジンの家の近くを歩いて探していると近くの家の庭で、地面に絵を描いて遊んでいるユンの姿を見つけます。ハンビョンはユンに近づき「ユン…」と名前を呼びます。ユンは、顔を上げてハンビョンを見ると立ち上がり逃げようとするのですが、ハンビョンがユンの体を両手で握ります。そして「生きていたんだな…生きていた…これは良かった…」とユンに笑顔を見せて言います。
ハンビョンは、ユンを自宅に連れ帰ると、ユンに男装をさせます。そして、そばにいたヨンボクに「さあ…これからこの子は、お前の弟だ…」と言います。ヨンボクは、不思議そうな顔をして「弟ですか?…」と聞きます。ハンビョンは「そうだ…」と答えます。ハンビョンは笑いながらユンに「どうした、兄上と呼んでみろ…」と言います。しかしユンは黙っていました。ハンビョンは催促するように「さあ…兄上と呼べ…」と言います。ユンが小さな声で「兄上」と言うと、ハンビョンは大きな声で笑いながら「そうだ…」と言うと「もっと大きな声で…」と言います。ユンは「兄上…兄上…兄上…」と言います。
ハンビョンは、当時のことを話し終わるとホンドに「あの子は、その時の衝撃で、父の名前も忘れて暮らした…成長しながら時には、親の記憶を思い浮べたが…全ては霧の中に包まれていたようだ…もう、あの子に残っているソ・ジンの痕跡と言えば…ただ…ソ・ジンに似た筆の腕前くらいのものだ…」と言います。ホンドは「それでその筆を…栄達に利用したんですね…」と言います。ハンビョンは苦しそうな顔をして、首を横に振り「そうではない…私はあの子を大切にした…あの子が筆を使えば…絵の中に生気が満ちた…それを育てたかったし、守りたかった…画員の名に掛けて…あの子の才能を惜しんだ…」と言います。ホンドは怒りを込めて大声で「それは自身の為の言い訳にしか過ぎない…」と言います。ハンビョンは不服そうに「何だと?…」と言います。ホンドは「どうされるんですか…女でも男でもなく、生きさせた罪をです…絵を描く才能を享受できても…女としても男としても生きて行けません…どうしますか…他人の家で、自分の胸を締め付け…暮らしていけと?…」と、ハンビョンを攻め立てます。ハンビョンは「あの子は…幼時から筆と紙を渡せば、他には目もくれなかった…」と反論します。ホンドは「やめて下さい…」と言います。ハンビョンは「とにかく私は、最善を尽くした…」と言います。ホンドは「これ以上、自分の欲心の為に利用しないでください…さもなければ…許しません…」と言うと立ち上がり帰ろうとします。しかし、振り向いてホンドは「これからユンボクの人生は…いえ、ユンの人生は…あなたではなくユンの物です…一体…こんなことをしても…土中で目を開くソ・ジンの魂が…恐ろしくないのですか…」と吐き捨てるように言うと、部屋を出て行きます。
ユンボクは、ジョニョンの屋敷で催されている画事の宴で、客を前にして絵を描いていました。そこにはチョンヒャンも出席して琴の演奏をしていました。チョンヒャンは時折、複雑な顔付でユンボクに視線を合わせていました。ユンボクは、あまりの出来事が続くなかで、表情にいつものさえがありませんでした。そして、ユンボクの筆が進まず、ついに止まってしまいます。客たちはざわつき始めます。戸曹判書が、隣に座っていたジョニョンを見て、軽く咳をします。
ユンボクの視線がなかなか定まりません。チョンヒャンは、そんなユンボクの様子を見て、心配そうな顔つきをしていました。ジョニョンは、ユンボクのいつもとは違う表情に気づき、隣の席に座っている戸曹判書に「少々お待ち下さい…」と言うと、ユンボクの方を向き「お前の絵を鑑賞する為に待っている…お前らしくないぞ…」と言います。ユンボクは、返事もせずに黙っていました。しばらくしてユンボクは、絵を描き始めます。
ユンボクの絵が描きあがると、すぐに鑑賞会が始まっていました。ジョニョンとユンボクは、絵を挟んで立っていました。
客の一人が「妓房の前の乱闘劇か…」と言います。他の客が「この乱闘の勝者は…絵の真ん中で意気揚々としている者だな…」と言います。すると先ほどの客が「冠もない者は、相変わらず虚勢を張っている…赤い服を着ているのは…別監のようだが…別監がいくら止めても…まだ敗者の怒りがおさまらないとは…」と言うと笑います。ジョニョンはユンボクの顔を見ると、笑みを浮かべながら「この者たちは、どうして争ったんだ…自尊心か…それとも妓生の為か?…」と聞きます。ユンボクは「両方です…」と答えます。そして「争う目の前に、妓生までいるので…意気込んだ男たちの喧嘩でしょう…」と答えます。ジョニョンは満足そうに頷きます。その時、戸曹判書が「蕙園の絵の中には、物語がある…やはり、朝鮮の天地を騒がせる画員らしい…檀園と蕙園…風俗を描く二人の画工に…こうも解釈の差があるから…朝鮮画壇は、笑いのやむ日がないだろう…」と言うと、客の全員が笑い出します。
先ほどの客が「どうだろう…私の画工と画事対決をしたい…」と言います。客たちはまた笑いだします。別の客が「面白そうだな…」と言います。そして「お前の私画署の者は、老練なキツネだ…」と言うと、また客たちは笑い出します。するとジョニョンは「ご存知のように、対決で負けた画工は…好事家たちの噂で、もう画壇に立てません…そうなれば画員として命運を失います…大切な者をそんな浅はかな賭けの為にしません…」と言います。そしてユンボクを見て「そうではないか…」と言います。ユンボクはジョニョンに軽く黙礼をします。
客たちは笑いながら、ジョニョンの屋敷の門を出て行きます。見送りに来ていたジョニョンは戸曹判書に「じゃあ失礼します」と言います。戸曹判書は「また会おう…」と言います。そして歩きながら「画事対決が楽しみだ…」と言います。ジョニョンはそれぞれの客に、丁寧に頭を下げて見送っていました。
ジョニョンは屋敷の庭を歩いていました。すると、チョンヒャンと下女に出会います。ジョニョンは「休んでいろと言ったのに…どうしてだ…」と言います。チョンヒャンは「高貴な方たちに、私の琴が必要かと…」と言います。ジョニョンは「病んだ姿を見ると気がとても重い…」と言います。チョンヒャンは伏し目がちで無表情に「戻って休みます…」と答えます。ジョニョンは「そうか…」と言います。
チョンヒャンが立ち去ろうとすると、ジョニョンは、チョンヒャンの足元を見て、靴の汚れに気がつきます。そしてヨンヒャンを「待て…」と呼びとめます。チョンヒャンが止まると、ジョニョンは靴を見ながら「誰か綺麗な靴に土をつけたな…」と言います。そしてかがんで座るとジョニョンの靴の土を手で払ってやります。その時、建物の向こうにユンボクの姿が現われて来ました。ユンボクは立ち止り、この光景を見ていました。チョンヒャンは驚いて、ユンボクを見つめます。ユンボクと一瞬視線が合いますが、チョンヒャンはユンボクから視線を外しジョニョンの背中を見ます。そしてチョンヒャンは、作った笑みを見せると「ありがたき優しさです…」と言います。ジョニョンはチョンヒャンを見上げます。チョンヒャンの笑みを見ると、ジョニョンの顔も少しほぐれます。ユンボクは堪らなくなったのか、視線を外し歩いて行きます。ユンボクが歩いて行ったことを確認したチョンヒャンの顔は元の無機質な顔に戻っていました。チョンヒャンはジョニョンに「ではこれで…」と言います。ジョニョンは「休みなさい…」と言います。チョンヒャンとお付きの下女は歩いて行きます。ジョニョンは、チョンヒャンの後姿を見ながら「あの女人は、笑っても心を痛める…」と言います。その様子を遠くなら眺めていたのは、警備の為に庭に立っていた女侍でした。
ジョニョンは妓房に来ていました。二人の妓生を相手に酒を飲んでいました。
妓生の一人が「チョンヒャンの父は、旅芸人のコクトゥセでした…幼い時から母もなく、各地を回って暮らしたそうです…」と言います。ジョニョンは妓生に「あの娘がこのむ者は、一体何だ?…」と聞きます。すると別の妓生が笑顔を見せながら「女の子の好きな物…聞けば驚かれるでしょう…」と言うと、隣に座っていた妓生と顔を見合せながら笑います。ジョニョンは、若い男が女人の好きな物を知るために努力している時のような表情で「そうか、それは一体何だ?…」と聞きます。妓生は笑みを見せながら「父親が、それを誕生日ごとに準備してくれたとか…」と言います。妓生達がなかなか教えてくれないので、ジョニョンはしびれを切らしたのか「ハァッハー…、早く教えてくれ…それは何だ?…」と言います。妓生が「あの子が好きなのは…」と言うと、ジョニョンは身を乗り出して聞こうとします。
チョンヒャンの部屋には、手提げの重箱のような物に、料理が詰められた物がジョニョンから届けられていました。それをお付きの下女が蓋を開けて、チョンヒャンの目の前に置いています。
下女は「薬飯が好きだと、どうして分かったのでしょう…」と言います。チョンヒャンは、小さな声で「言ったのか?…」と言います。その顔は、無気力そうな表情でした。下女は「私がですか…違いますよ…」と、手を振りながら驚いた表情で言います。そして「お嬢様の口止めで…ギュッとつぐんでいました……少しでも食べて元気になって下さい…」と言います。チョンヒャンは「お前が食べなさい…」と言うと、また寝込んでしまいます。下女は、部屋を見渡し、食事に手を付けず白い布切れを掛けてあるのに気付きます。下女は、心配そうな顔で「お嬢様…体に悪いですよ…もう何日も食べてません…」と言います。下女は少し考えて「若様のせいですか?…あの夜、若様が何と言ったんです?…」と、泣きそうな顔で言います。チョンヒャンは、後ろを向いたまま寝ながら「何でもない…」と弱々しい声で言います。何も知らされていない下女は「好きな人が出来たとか…」と、要らぬ考えを言います。チョンヒャンは力なく「そうではない…」と言います。下女には失恋としか考えられず「そうなんでしょう?…」と聞きます。チョンヒャンは何も答えませんでした。下女は「お嬢様…もう若様を忘れて下さい…」と言います。チョンヒャンの目からは、涙がこぼれます。そして、弱々しい声で「憎い…初めて出会った橋の上が憎い…私の手を取ったあの人が憎い…まだ忘れられない…自分が憎い…」と言います。下女は「お嬢様…どうしてお嬢様だけを愛してくれる旦那様を…避けるのですか?…」と聞きます。チョンヒャンは「ハー…」と溜息をつきながら「画工ではないから…だからよ…」と答えます。下女は「お嬢様…」と言います…下女にはチョンヒャンのすすり泣く声が聞こえました。
ユンボクはホンドの部屋にいました。二人で、ソ・ジンの書いた書物を見ていました。
ユンボクはホンドに「私の父は…どんな人でしたか?…」と尋ねます。ホンドは「お前の父親はとても変わった人だった…時間さえあれば…私を呼んで…灯りの前に座らせて、一晩中語り明かした…」と言います。そして、ソ・ジンが書いた書物の図解を見せながら「車を転がせば、距離を測定できる記里鼓車(キリゴチャ)…重い物を持ち上げる引重(インジュン)…水をくみ上げる取水(チィス)…そしてこれは紙工場で見た圧搾機だ…」と言います。ユンボクは、図解を見ながら「覚えています…父の画室は、鍛冶屋のようでした…」と言います。そして、思い出の映像が流れます。
ユンボクは「ドンドンと音を出す機械と…何を書いたかわからない絵…父は…どうしてこんな絵を?…」と尋ねます。ホンドは「私も知りたくて…ある日、聞いてみた…」と言います。そして思い出の映像が流れます。
ホンドは働いているソ・ジンの後ろから「おい…一体お前は今、何をしているんだ…」と言います。ソ・ジンは「出世と官職には興味がない…筆で蘭なぞを描いて、偉そうな真似をするより…新しい機械の図面が、人々にはもっと有用だろう…」と言います。
ホンドはユンボクに「お前の父親は…世の中を変える力を持っていた…知れば知るほどに…付き合いが深くなる…そんな人だった…」と言います。ホンドは、ユンボクの肩に手を置いて「すまなかった…すまない、ユン…」と言います。ユンボクは「父を殺した者を…必ず探し出して…恨みを晴らすつもりです…」と言います。ホンドは目から涙を流しながら、悲痛な表情で「そうか…その心は分かるが…慌ててはいけない…」と言います。ユンボクはホンドを見つめながら「父が残した最後の言葉があります…」と言います。ホンドは「何だ?…」と聞きます。ユンボクは「ある絵に関する…話でした…」と答えます。
ホンドとユンボクは、図画署の図画保管室にいました。
ホンドは「何処だと言った?…」と聞きます。ユンボクは「丙辰年…甲列…4番目の絵です…」と答えます。ホンドはユンボクの言うとおりに、掛け軸を取り出します。そして「それから?…」と聞きます。ユンボクは「戌子年…乙列…2番目の絵…」と答えながら絵を引きぬくとホンドに渡します。ホンドは「他にないか…」と聞きます。ユンボクは「はい、おそらく…」と答えます。ホンドは、灯りを上げてあたりを見回し、異常のないことを確認すると、ユンボクに「行こう…」と言います。
ジョニョンは、客にユンボクの書いた絵を解説していました。
ジョニョンは「ご覧のようにこの絵は…女を得るための争いに見えますが…また別の意味があります…」と言います。すると客の一人が「それは何だ?…」と聞きます。ジョニョンは「男にとって大事な物は、女だけですか…女を間に置いて始まった闘争です…」と答えます。すると戸曹判書が「そのとおりだ…権力と自尊心と名誉…それを守るための男たちの争いでもある…」と言います。ジョニョンは、笑顔で頭を下げながら「はい、そのとおりです…」と言います。
戸曹判書は隣の席の客に「シン・ユンボクの絵は…豪放だけでなく…その筆さばきは最高だな…そうではないか…」と愛逮(眼鏡)を触りながら嬉しそうに言います。他の客たちもそれに同調して「そうですな…」と相槌を打ちます。最初に質問した客が「絵の中の男たちのように…この席でも自尊心を掛けた闘争が始まる…」と言います。戸曹判書は、同調するように「アン、アハーン…」と咳払いをします。先ほどの客が「始めてくれ…」と言います。
ジョニョンは一礼すると「では、シン・ユンボクの絵の競売を始めます…いつものように金10両から始めます。」と言います。客たちは目の前の台に、金塊を置いて行きます。ジョニョンは「それでは金20両から、また始めることにします…」と言います。客たちは次々に台の上に金塊を置いて行きます。競売の行方は、最初に質問した客と戸曹判書の一騎打ちの様相が見えて来ました。二人は次々にお金をつぎ込んで行きますが、勝負は決まりそうでした。最初の質問をした客が、金塊を一度に積み上げると「これで絵の主人が決まったようだな…」と言います。会場はざわめきます。ジョニョンは「もういらっしゃいませんか…」と聞きます。客からは何の反応もありませんでした。ジョニョンは、戸曹判書の顔を向いて、もう一度「続けますか…」と聞きます。戸曹判書は「あの絵で頑張っている、男たちの争いを…踏襲する事もなかろう…今日はシン・ユンボクの新しい絵を…十分に鑑賞した事で満足しよう…これほど優れた画工が…この朝鮮にいるということだけでも帰りの足取りが軽くなりそうだ…」と言います。ジョニョンは「私の私画署で、最も高価な絵になりました…」と言います。競売に勝った客は「ところで…絵を描いた画工に会いたい…呼んでくれるか?…」と言います。ジョニョンは、頭を下げながら「そう致します…」と言います。
ジョニョンは、ユンボクの部屋の前で咳払いをします。ユンボクの応答がないので、ジョニョンは「画工いるか」と声を上げます。しかし応答がないので、ジョニョンは戸を開けてユンボクの部屋に入ります…ユンボクが部屋にいないことを確認して「秘密の多い画工だな…」と言います。そして、ふとユンボクの机の上を見ると絵が置いてあることに気がつきます。ジョニョンは絵を取って見ます。その絵は、ユンボクがチョンヒャンに秘密を明かして、別れを告げた時の絵でした。脇の文には「二人の心は、二人だけが分かるだろう…」と書いてありました。ジョニョンは意味を考えていました。そしてもう一度「二人の心は、二人だけが分かる…」と言います。
ジョニョンは、自室に女侍を呼び絵を見ていました。そしてまた「二人お心は、二人だけが分かる…」と言います。女侍は「何か分かりましたか…」と聞きます。ジョニョンは絵を折り曲げて説明していました。女侍は「どういうことですか…」と尋ねます。ジョニョンは「この絵の中に何か、思いを込めようとしている…チョンヒャン…そして、この男は…」と言います。そこで使用人が「旦那様…」と声を掛けます。そして「お譲さまからお使いです…」と言います。ジョニョンは「入れ…」と言います。女侍が席を立ちます。入って来たのは、チョンヒャンのお付きの下女でした。手には紙を丸めた物を持っていました。
下女は、ジョニョンに一礼すると座に着きます。女侍と使用人は部屋を出て行きます。
ジョニョンは「少しは元気になったか…」と聞きます。下女は深刻な表情をして黙っていました。ジョニョンは「どうして話さない?…」と言います。そして「気楽に話せ…」と言います。下女は、思いつめた表情で「お嬢様をお助け下さい…もう何日も水も飲んでいません…」と言います。ジョニョンは、優しく下女に「詳しく言ってくれ…」と言います。下女は、苦しそうに「実は…」と言いますが、次の言葉が出て来ません。ジョニョンは「言ってみろ…」と言います。下女は「体が悪い理由は、思い人のせいです…」と言います。ジョニョンは、低い声で「どういうことだ…」と言います。下女が「その人のせいで…お嬢様が死にそうです…旦那様が…」と、ここまで言うと、ジョニョンは鋭い眼差しで「黙らないか!…」と大声を上げて一括します。下女は恐怖を押し殺して、持ってきた紙をジョニョンに渡そうとします。ジョニョンは「それは?…」と聞きます。下女は黙っていました。ジョニョンはその紙を受け取り、机の上で広げます。その紙には、チョンヒャンの琴を弾く姿が描かれていました。ジョニョンは、なぜだ…誰だ…と想いを巡らせていました。
ホンドとユンボクは、隠れ家にいました。ユンボクは図画署から持ってきた絵を作業台の上に置いて見ていました。ホンドは、その周りを歩きながら考えていました。ユンボクはホンドに「何をそんなにお考えで?…」と聞きます。ホンドは「二つの絵とも…図画署の画書保管室に置くには、あまりにも粗雑だ…だが…時には絵を絵ではなく象徴として表現もする…」と言います。ユンボクは絵を見ながら「象徴としてですか…」と言います。ホンドは絵に近づき「そうだったら…これは葉を表現していない…葉を無数に書いたのは…その形自体を見せたかったのだ……それなら…木と…」と言うと、絵の上で、自身の手でなでるようにして、形を組み合わせながら字を描いていました。そしてホンドは「点…」と言います。そしてまた字を書きます。するとユンボクが「だとすれば…これは机の“几”ですか…」と言います。ホンドはまた字を書いて確かめます。しかし「机は二つある…」と言います。そして考えた末に「又」と言います。二人は視線を合わせます。そしてホンドがまた字を書いてみます…ホンドは「“殺”の字だ…」と言うと、振り向いてユンボクを見ます。
ジョニョンは自室で、ユンボクの絵を見ながら考えていました。チョンヒャンを最初に妓房で覗き見した時の映像が、脳裏に浮かび始めました。そして、チョンヤンの琴を演奏する時の眼差しがユンボクに向けられていたことを思いだします。ユンボクの絵をチョンヒャンに見せた時の顔の表情を思い出していました。
ジョニョンは「最も遠ざけるべき物を…私が呼びいれた…」と言います。そして拳を握って、机を叩きます。ジョニョンの机の上にある拳が震えていました。
ホンドとユンボクは、次の絵を見ていました。ユンボクは「太陽・鶴・松の木…」と言います。ユンボクは「師匠…これは…新年を迎えて祝う暦のようです…」と言います。ホンドは溜息をつきながら、頭を抱えて考えていました。そして「鶴か…鶴…鳥…鳥だ…波の潮…朝(太陽を見て)」と言います。ユンボクが「明け方の朝…」と言います。するとホンドが「新年の朝…」と言います。ユンボクは「新年は“新年”(セヘ)」と言います。ホンドが「“ヘ”は年(ニョン)を意味するから…」と言います。二人は鋭い眼差しで見つめます。そして一緒に「ジョニョン?」と言います。二人は立ち上がり作業台の絵を見直します。朝日と鶴と松の絵を見て「ジョニョン」と言います。松の木と机が二つある絵を見て「殺」と言います。ホンドが「ジョニョン…殺…」と言います。そして「ジョニョンによる死?…」と言います。二人の敵が分かりました。
第17話 十年前の女人は、ここで終わります。
今回も見所が満載でした。いろんな秘密が、次から次へと解き明かされて行きました。
ホンドとユンボクが紙工場に着くと、ユンボクの目に写った風景は、何時か何処かで見た風景でした。次第にあの事件で失われたユンボクの記憶が蘇って来ました。老職人が、肖像画の顔の部分の紙が厚いと指摘すると、ユンボクは思わず勝手に肖像画を水に着けて、紙の厚い部分をはがそうとします。ホンドは驚いて止めようとするのですが、ユンボクの説明を聞いた老職人が、出来るかもしれないと言って協力してくれました。ユンボクの脳裏には、実父ソ・ジンの言葉が蘇っていました。「この圧搾機を使えば、紙を何重にする事も…はがすことも出来る…」という言葉が…ユンボクは、圧搾機を勝手に自分で操作し始めます。幼き日に、父と二人で操作していた記憶が、完全に蘇っていました。
次第に肖像画の顔が明らかになって来ました。すると、最後の最後でユンボクの手が止まります。父を殺した犯人の顔を見るのが怖かったのだと思います。代わりにホンドが、丁寧に紙をはがしました。すると、肖像画の全貌が現れました。ユンボクには見覚えのある顔でした。ホンドが「この人物だろう…師匠と友を殺した者は…」と言うと、ユンボクの緊張は限界に達して、崩れるように座り込み、そのまま意識を失いました。
ユンボクは、ホンドによって医員の家にかつぎ込まれていました。ユンボクは診察室に寝かされて、夢を見ていました。父母が殺される様子や、幼きユンの目から流れ出る涙を…そして、額に傷のある頭の顔を…ユンボクは気がつくと、ホンドの制止を振り切って、医員の家を飛び出して行きます。
医員は、怪しい表情でホンドを見つめると「愛人何だろう…最後までとぼけるつもりか…やぶ医者でも男女の区別は出来る…騙されんぞ…」と言います。ホンドは呆然としていました。今まで、もしやと疑ってはいましたが、画界の名門の出であるユンボクが、女であることを医師に知らされて、ホンドの頭の中はパニック状態でした。
ユンボクは、幼き日を過ごしたソ・ジン(実父)の家で、父母や幼き自分(ユン)の姿の幻影を見ました。父母の姿を見て涙し、ユンの姿を見ては泣きながら「ユン…ユン…」と呼び続けました。
ホンドは、ユンボクがユンであることに気がつきました。ホンドは、ソ・ジンの家にやって来ました。ホンドの顔は、クシャクシャに崩れ、涙が止めどもなく流れていました。ホンドはユンボクに「お前だったか…」と言います。ユンボクは泣きながら「何の話を…されているのか…」と言います。ユンボクは、手の甲で口を押さえて下を向きながら泣いていました。ホンドは「お前がユンなんだな…」と言います。ユンボクは「師匠…10年間探し求めた女人が…私なのですか…」と聞きます。ホンドは「すまない…すまない…私が悪かった…」と言います。ただただ…涙…涙…でした。
ユンボクは、十年前の女人のことをホンドの恋人だと思い込んでいました。しかしホンドが、自分のことを忘れずに、命がけで探し続けてくれたことを知った時、師匠としての想いとは別の想いが、ユンボクの心の中で大きくなって行きました。
ホンドは、シン・ハンビョンの屋敷に行き、ユンボクの養父ハンビョンに「どうしてユンボクを…男にしたのですか?…」と怒鳴りつけます。そして「……それは自身の為の言い訳にしか過ぎない…どうされるんですか…女でも男でもなく生きさせた罪です…絵を描く才能を享受できても…女としても男としても生きて行けません…どうしますか…他人の家で、自分の胸を締め付け…暮らして行けと?…これ以上、自分の欲心の為に利用しないでください…さもなければ…許しません…これからユンボクの人生は…いえ、ユンの人生は…あなたではなくユンの物です…一体…こんな事をしても…土中で目を開くソ・ジンの魂が…恐ろしくないのですか…」と吐き捨てるように言いました。
ハンビョンは、そんなに悪い人ではないようですが、野心とカネに目がくらみ「ユンボクを女でもなく男でもない育て方をしてしまった…」という、罪の意識も無かったように思います。ただ、ユンボクが男として育てられたことによって、ジョニョン達からの追跡を免れたと言えるかもしれません…この辺は難しい問題だと思います。
チョンヒャンは、ユンボクから秘密を知らされて寝込んでしまいました。そして、ユンボクのことを忘れようとしても忘れられませんでした。
ジョニョンは、ユンボクのいない部屋に入って、チョンヒャンとの別れを描いた絵を見つけます。自室でその絵を見ていると、チョンヒャンの下女がやって来て、ジョニョンに「お嬢様をお助け下さい…もう何日も水も飲んでいません……実は……体が悪い理由は、思い人のせいです…その人のせいで…お嬢様が死にそうです…旦那様が…」とここまで言うと、ジョニョンは鋭い眼差しで「黙らないか!…」と大声を上げました。下女は恐怖を押し殺して、持ってきた絵をジョニョンに渡しました。
ジョニョンはその絵を見るとひと目でユンボクが描いたと分かりました。そして、その絵に描かれていたのは、チョンヒャンが琴を奏でている姿でした。ジョニョンの脳裏には、チョンヒャンに初めて会った妓房での映像が蘇りました。あの時に絵を描いていた画員がユンボクであることに気づきました。ジョニョンの心の中に、ユンボクに対する嫉妬が生まれました。
下女はチョンヒャンのことを思ってジョニョンに知らせたのでしょうが、ユンボクとチョンヒャンにとっては、これから大きな障害になることは間違いないように思います。
最後に、ユンボクはホンドに「父が残した最後の言葉があります…」と言います。そして二人は、図画署の画書保管室へ行き、掛け軸を二本持ち出します。ユンボクとホンドは、隠れ家の作業台の上でその掛け軸に描かれている絵を見ていました。そして、一つの絵から殺…もう一つの絵からジョニョンと読み解きました。二人は見つめ合い…ホンドが「ジョニョン…殺…」と言います。そして「ジョニョンによる死?…」と言います。二人の敵が分かりました。さて、次回はどうなるのでしょうか楽しみです…
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