第18話 かたき
ホンドとユンボクは隠れ家で、ソ・ジンの言い残した二つの絵の謎解きをしていました。
ホンドは、朝日と鶴と松の絵を見て「ジョニョン…」と言います。ユンボクは、松の木と二つの机がある絵を見て「殺…」と言います。ホンドが「ジョニョン…殺…」と言います。そして「ジョニョンによる死?…」と言います。二人は鋭い眼差しで視線を合わせます。ユンボクは「それでは…これまで私は…父を殺した者の家で…その物の為に…絵を描いたのですか?…」と言います。ユンボクの声は震えていました。ユンボクは「父を殺した者…このままではいられません…」と言うと、ユンボクの目は復讐心に燃えていました。そして、ジョニョンの所へ行こうとします。ホンドはユンボクの体をつかんで「ユンボク…待て…」と言います。ユンボクはホンドに「放っておけません…私の父を殺してから10年も生きて来ました…」と悔しさを訴えます。ユンボクは「絶対に許せません…行きます…」と言うと、ホンドを押しのけて行こうとしますが、ホンドの力にはかないませんでした。
ホンドは「ユンボク…私の話を聞け…私だって、今すぐ奴の首を切りたいが…父の心が分からないか…もし、その名を早く教えたりすれば…かたきを討つため…うかつに動き回り…私も動いて事を誤っていたはずだ…お前の父の心が分からないのか…」と言って、ユンボクを諭します。ユンボクの目からは涙が流れていました。そして悔しさが、体全体から溢れていました。ユンボクはホンドに「いつまで黙って、見ているんですか?…」と言います。ホンドはユンボクの目を確り見つめて「分かっているとも…奴の悪賢さは、鬼神にも勝っている…何か方法が必要だ…奴が知らない間に、一撃で倒す方法が…」と言います。二人は鋭い眼差しで見つめ合っていました。
ユンボクは、ジョニョンの屋敷の門の前に立っていました。一点を見つめ決意を新たにして屋敷の中に入って行きます。
自室に入ると、ジョニョンが座って待っていました。ユンボクはジョニョンの前に座ります。ジョニョンはユンボクに「何処に行っていた?…」と聞きます。ユンボクはジョニョンの顔を見つめながら、振り絞るような声で「早朝から…何の御用ですか…」と聞きます。ジョニョンは、机の上にある絵を指して「一晩中…男女の情でも見ていたのか…」と言います。そして「ところで、昨夜は何を見た?…」と聞きます。ユンボクは、抑揚を抑えた低い声で「大変に…とんでもなく…興味深いものです…」と言います。ジョニョンは「良い絵が描けるな…」と言います。ユンボクは「今夜中に描き上げます…」と言います。その時、外から女侍が「お客様がお待ちです…」と言います。ジョニョンはユンボクに「期待している…」と言うと、立ち上がり部屋を出ます。ユンボクも立ち上がり、ジョニョンを見送ります。その時部屋の外で、女侍が立って待っていました。ユンボクは、女侍の額に傷があるのを見つけます。それは、実父ソ・ジンが描いた、顔のない肖像画の下から出てきた、額に傷のある肖像にそっくりでした。そして、父母が暗殺された時の犯人の顔ともそっくりでした…ユンボクは女侍をじっと見つめていました。ジョニョンがそれに気づくと振り向いて「護衛武士だ…感情を持たない…情や哀れみ…そのような物はない…」と言います。ユンボクは、女侍をじっと睨みつけていました。女侍も、冷たい目でユンボクを見ていました。ジョニョンは女侍に「行こう…」と言うと先に歩いて行きます。女侍はその後をついて行きます。
ホンドは一人で王様に拝謁していました。
王様は、顔のない肖像画の紙をはがして出てきた顔を見ていました。そして「顔に殺気が満ちているな…」と言います。ホンドは「私は、友のソ・ジンが…無念の死に会うまで…大画員の死は、毒殺だと考えていました…その肖像画は…二人を害した、刺客と思われます…」と言います。王様は「この者が大画員を殺し…その死を探った、画員まで殺した…残忍な殺人気なのか…」と言います。ホンドは「さらに重要な手がかりも見つけました…」と言うと二つの絵を見せます。
王様は「この絵は何だ…」と言います。ホンドは「ソ・ジンが娘に残した証拠の絵です。この中には…殺した者の名前があります…」と言います。王様は「それは誰だ?」と聞きます。ホンドは「キム・ジョニョンという大行首です…」と答えます。王様は「大行首キム・ジョニョン?…」と聞き返されます。ホンドは「絵の中の手がかりから…刺客に命じ二人を殺したと考えられます。」と答えます。王様は「義禁府(ウィグム)に命じ、その物を捕らえ…二人の画員の恨みを晴らし…睿真画師を妨害した者の正体を必ず明かす…」と言います。ホンドは「しかし、義禁府が追いはじめれば…気づいて、その物を隠すか…処分するかもしれません…それに心証だけで、確かな物証がありません…もし捕らえても、自白しなければ無駄です…」と言います。王様は一点を見つめて「こんな大罪を犯した者ならばな…まだこの件は、根が深いだろう…単独の犯行ではない…」と言います。ホンドは「そのとおりです…この背後は、朝廷まで伸び…図画署も関わっているでしょう…まず、私が調べて、手掛かりを見つけ…口火を切る準備をするまで、お待ちください…」と言います。王様は「しかし、相手は…人の命まで狙うやからなのに、本当に大丈夫か…」と言います。ホンドは「ご心配なく…」と答えます。王様は「度胸は昔のままだな…どうするつもりだ?…」と言います。ホンドは「怒りの深さでは、私ほどのものはおりません…しかし、最も画人らしい方法を取るつもりです…お許しください…」と答えます。王様は、少し考えると「檀園…うまく行かなければ、すぐに連絡しろ…一人で無理をして、何かあってはいけない…」と、ホンドを気遣います。ホンドは「はい、殿下…」と答えます。
チョンヒャンがジョニョンの部屋に入ると、先にユンボクが来て座っていました。チョンヒャンは、緊張しながらジョニョンの横に立ちます。ジョニョンはチョンヒャンに「座りなさい…」と言います。チョンヒャンは言われるままに、自分の為に用意されていた座布団に座ります。
ジョニョンはユンボクを見つめながら「描き終えたのか…」と聞きます。ユンボクは「そうです…」と答えます。ジョニョンは「絵を見せてくれ…」と言います。ユンボクは、軽く頭を下げると、横に置いていた画書を入れる筒から絵を取り出します。そして絵を広げて、ジョニョンの前に差し出します。ジョニョンは絵を見ながら「なるほど…」と言います。そして「毎夜、外出するそうだが…密かな夜の風景だな…」と言います。ジョニョンは、チョンヒャンを見て「どうだ…気に入ったか?…」と聞きます。チョンヒャンは「旦那様が気にいるならば、私も同じです…」と答えます。ジョニョンは、チョンヒャンから絵に視線を戻して「この絵には二つの密かさがある…一番目は…二人の男女の出会い…二番目は…塀の向こうを眺める画工の視線だ…」と言うと、上目使いにユンボクを見ます。ユンボクは「三人の緊張感を覗き見する感じを与えようと…塀で人の視線を作りました…この三人がどのように見えますか…」と言います。ジョニョンは「抱き合った二人は…普通の仲ではなく…すぐに角を曲がって来そうな捕校(ポギョ)の妻は…この三人の緊張感をさらに高める…浮気相手に腹を立てる女人がいて…絵全体に緊張感があふれる…面白いな…相手がいる物と密かに情を通じるのは…ぞくぞくするほど楽しいものだ…見つかるか、見つからないか…見つかれば、全てが終わる状況なら…さらに緊張感がます…」と言います。ユンボクは、薄笑いを浮かべます。そして「一見したところ、そうかも知れません…」と言います。ジョニョンは身構えて「一見だと?…」と言います。ユンボクは「はい…それは女人を得たい男の立場で見たものです…」と言うと、ジョニョンの前にあった絵を自分の方に向けて「この女人の立場では、捕校に抱かれながらも…一方では肩を引き逃げようとしています…全身で拒否をする心が見えないのは…捕校の目だけで見たからです…」と答えます。ジョニョンは、低い声で「無理な解釈だ…」と言います。ユンボクは挑むように「何がですか…」と聞き返します。ジョニョンは扇子で差しながら「この女人はどうする…嫉妬する妻でなければどう解釈する?…」と言います。ユンボクは「女人がいつも、女人に嫉妬すると思うのも…捕校の視線です…」と答えます。そして指で絵を指しながら「この足を見て下さい…大きく開いて、塀にもたれて見つかるのを恐れています…誰か分かりませんが…女人を抱く捕校の暴悪さを知っており…抱かれた女人を哀れんでみています…」と言います。チョンヒャンは、ユンボクの話をはらはらしながら聞いていました。ジョニョンは心の中で「女人を捕らえた物は私で…捕まった女人はチョンヒャンか…絵で私を責めるとは…才知のある奴だ…」と思っていました。しかし、にこやかに「ハッハッハー」と笑いました。そして「もっともらしい解釈だな…しかしお前は、あまりにも挑発的だ…」と言います。そして、扇子で捕校を指して「この者の怒りを軽く見るな…」と言います。チョンヒャンの目の動きが定まっていません。明らかに動揺しているようでした。ユンボクは、指で塀にもたれかかっている女人を指して「この女人の憎悪も…侮れません…」と言って、さらにジョニョンを挑発します。
ジョニョンは、自室に戻って座ります。そして、憎しみのこもった目つきで「生意気な奴め…あえて…私を挑発するとは…」と言います。その時ユンボクも自室で「始まったばかりだ…私の父と母…私の人生まで奪ったお前を…もう許しはしない…」と言います。
ジョニョンは、客を集めて絵の解釈を披露していました。
ジョニョンは「また、この蟹の甲羅は“甲”…甲は一位、すなわち主席合格を意味します…」と言います。そこへホンドがやって来て、次の間からジョニョンの話を聞いていました。ジョニョンは続けて「二匹が描かれていれば…主席合格を二度するという意味です…」と言います。客たちは、ジョニョンの説明を聞いて「なるほど…」と言います。ジョニョンは「ですからこの絵は…科挙を控えた、子息がある方にどうかと…それではこの絵の競売を始めます…」といいます。その時、次の間で聞いていたホンドが「ウウン―」と咳払いをして「その絵は一体いくらだ?…」と言います。客たちは振り向いてホンドを見ると「檀園ではないか…」と口々に言います。ジョニョンは、呆れたような顔をして「何の用だ?…」と聞きます。ホンドは、前に進みながら大きな声で「絵の値を上げようとデタラメを言っているのか…」と言います。そして、客の両班達に「狭い部屋で大変ですね…」と言うと、笑いながら会場に置いてあった料理を摘み食いします。その様子を見て、女侍がジョニョンの横に進み出て来ますが、ジョニョンは扇子を出して女侍を止めます。ホンドは、前に進み出て絵の横に来ると「私が見るには、この絵が何を意味するか…さあ、これは何か…蟹だ…蟹は何匹か…一匹だ…これは何だ…これも蟹だ…蟹は計何匹か…蟹は二匹…どういう意味か…蟹は、どう歩きますか…横に歩きます…」と言って、ホンドが蟹の歩き方を真似すると、客たちは笑い始めます。ホンドは「何を意味するのか…自信を持って横に歩け…たとえ目の前に竜王がいても…蟹のように、自信を持って行動しろ…主席合格をしても…ひたすら思いどおりに行動しろ…商売人は商売をする…富を得ても、無理に前に出れば足が折れる…そんな意味では?…」と面白おかしく説明しました。ホンドの説明の最中に、ジョニョンの目つきが鋭く変わっていました。客の一人が「酒を」と言うと、ホンドは笑いながら「頂きます…」と言って、酒をもらおうとします。その時、女侍が剣を抜いて、ホンドの目の前に切っ先を突き付けます。ホンドが女侍の顔を見ると女侍はホンドの顔をにらみつけていました。ジョニョンは、女侍の剣を扇子で払いのけ、ホンドの顔をにらみつけていました。ジョニョンは、客たちに「お待ちください…」と言うと、女侍にホンドを「居間にお連れしろ…」と命じます。そして先に歩いて行きます。続いて女侍も歩いて行きます。ホンドは「思いどおりに行動して、死ぬところだった…」と言って、おどけて見せます。そして、蟹の歩き方をしながら、笑って部屋を出て行きます。
居間では、ジョニョンがホンドをにらみつけていました。そしてホンドに「何のまねだ…」と言います。ホンドは、そっぽを向いて「絵描きの遊び心だ、許してくれませんか…」と言います。ジョニョンは「ここに来た理由は何だ?…大事な弟子を取られて不満なのか…」と聞きます。ホンドは「画人を大事にすると聞いて…私も適当な私画署を物色していたので…頼もうと思ったら、商売人の巣窟だった…」と言っていると、さえぎるようにジョニョンは「言葉を慎め…」と言います。そして「お前は金を軽く見ている…最高の絵を描いても、その価値を付けねば…その絵は単なる紙だ…」と言います。ホンドは、部屋の上下左右を見回しながら、どこか馬鹿にした様な態度で「絵は紙の中にあっても…百の言葉と意味を持つから…人の生死も左右することをご存知と思ったが…失望しました…」と言います。ジョニョンは「高値が付いた絵は、所有する者の財物であり…それ以上の喜びにもなる…」と言います。ホンドは「フフフフンー」と鼻で笑うと「商売人の所信を曲げないですな…いいでしょう…金で栄えれば、金で滅ぶそうです…」と言うと立ち上がります。そして「あなたの終わりがどこなのか見守りましょう…」と言います。ホンドは下を向くと、座布団の上で足踏みをしながら「蟹が前に歩くのか…横に歩くのか…」と言うと、座布団を足でけって、応接台の下に入れて部屋を立ち去ります。ジョニョンは、怒りを抑えることが出来ずに、「ワァー…」と叫びながら、手で応接台の上にあった小物を払い落とします。
ユンボクは、私画署の制服姿で絵を描いていました。そこへチョンヒャンが、ゆっくりと入って来ます。ユンボクは、チョンヒャンの足に気がつくと見上げます。そして筆を止めて「どうしてここへ?…」と言います。チョンヒャンは静かに「一体どうしてあんな絵を?…もし…行首様が見抜いたら…どうするつもりでしたか…」と聞きます。ユンボクは、視線を外しながら「たとえ、そうなっても…あなたは傷つけない…」と言います。チョンヒャンは、心配そうな顔をしてユンボクの横に座ります。そして「一体、何があったんです…この頃は、顔色も良くないし…顔に殺気が…」と言います。ユンボクは伏し目がちに「私には…返すべき借りがある…必ず返すべき…」と言います。チョンヒャンは、心配そうに「理由は知りませんが、やめてください…恐ろしい人です…」と言います。ユンボクは、チョンヒャンを見ながら「成すべきことだ…」と言います。チョンヒャンは「画工が傷付くのではないかと心配です…」と言います。チョンヒャンの目に涙があふれ出します。そして「画工は…まだ私には画工のままです…」と言います。ユンボクもチョンヒャンを見つめながら「私もあなたが…傷つかないかと…恐ろしい…」と言います。チョンヒャンは、しゃくり上げるようにして「いっそ…一緒に…何処かへ去ってしまいたい…そう出来ませんか…」と言います。ユンボクは、チョンヒャンの目を見つめながら「チョンヒャン…」と名前を呼びます。チョンヒャンは「何でもします…」と言います。ユンボクは、チョンヒャンの心が、以前と変わらないことを知り「どうすればいいんだ…」と言います。
チョンヒャンは、ジョニョンと会っていました。そして「画室の方が暇つぶしにとくれました…恥ずかしくて、密かに見ています…」と言います。ジョニョンは、その絵を見ています。そして、真剣に絵の解釈をしていました。
「喪服を着たチョンヒャンは、私の死を意味する…このほほ笑みは…私が死んでも構わないと…」
チョンヒャンは、ジョニョンの顔を見ながら「気に入りましたか…」と聞きます。ジョニョンはチョンヒャンを見て、抑揚を抑えながら「それ以上だ…私にくれ…客を呼んで、もう一度楽しい座を持てる…珍しい絵だ…」と言うと、絵を持って立ち上がります。チョンヒャンも立ち上がって、ジョニョンの後姿に向かって「私が…大事にしている絵なので、必ず返して下さい…」と言います。ジョニョンは振り返ってチョンヒャンを見つめながら「そうする…」と言います。そして退室する時に、チョンヒャンには分からぬように、お付きの下女に目で合図して行きます。チョンヒャンは、ジョニョンの後姿を睨みつけていました。
ジョニョンは、自室に戻って来ると絵を机の上に置き座ります。そして、嫉妬心に駆られた、鋭い恨んだ目つきで「才能が惜しく…捨て置こうと思ったが…自ら死期を早めている…お前が挑発するなら…私も…応じてやろう…」と言います。
別提は、図画署の自室で書類を見ていました。
そこへホンドが「いらっしゃいますか…」と言って入って来ます。別提は書類を後ろに置くと「これは誰かと思えば…宴会を台無しにし、絵まで盗んだのに…どの顔で尋ねてきた…」と言います。ホンドは部屋を見回しながら「本当にいい部屋です…」と、嫌味ったらしく言うと、別提の前に座ります。そして「気になるのですが…10年前、急に別提になった理由は何ですか?…」と聞きます。別提は、癇に障ったのか「何を言い出す…」と語気を強めて言います。ホンドは「気になるのに理由がありますか…10年前に別提だった私の師匠が急死し…数日のうちに別提に上がられた…平壌に追われて10年間、いろいろと考えました…」と言います。別提はとぼけたように「そうか、結論は出たのか…」と言います。ホンドは「フフフ」と鼻で笑うと「どうして私に聞くのです…結論は、よくご存知でしょう…」と言います。別提は、ホンドから目をそらすと黙っていました。ホンドは「私は、ただ推測するだけです…」と言うと、獅子の置物二体の顔を自分の方に向け直して「ところが妙なことに、その推測が当たるのです…」と言います。別提は「昼から何の妄言だ…」と語気を強めて言います。ホンドは鼻で笑うと、立ち上がろうとする時に獅子の置物を倒します。そして、元に戻そうとすると「この獣は何だ…獅子かな…」と言って笑います。ホンドは帰り際に「次に訪ねて来る日が…別提様の最後の日になる…」と言います。ホンドは部屋を見回しながら「本当にいい部屋だ…」と言って退室します。別提は「檀園…とんでもない奴だ…」と言って怒りをあらわにします。ホンドは別提に、神経戦を仕掛けました。
別提はジョニョンを妓房に呼びつけます。ジョニョンは、部屋に入って来ると別提の前に座ります。そして「こんな所で会うなどと、お暇なようですな…」と言います。別提は心配そうな顔をして「暇でお前を呼んだと思うか…」と言います。ジョニョンの顔付が変わって「何かありましたか…」と聞きます。別提は、苦虫を噛んだような表情で「檀園のことだ…檀園が私を訪ねてきた…」と答えます。ジョニョンは「それで何と?…」と聞きます。別提は「10年前の件に関して、あれこれ話していった…あの者は虎よりも目が鋭いと言ったはずだ…防がねばならん…すでに、知っているかもしれぬ…」と言います。ジョニョンは落ち着いた顔で「不安ですか…」と聞きます。別提は、周りを見て誰もいないことを確かめて「結局、私が処理したではないか…カン・スファン様も…」と言います。ジョニョンは「あの日、渡した顔料のことですか…」と聞きます。別提は「あの毒性顔料でなければ…自然死として扱われなかったはずだ…」と言います。ホンドが隣の部屋で聞いていることも知らずに…そして「檀園を頼む…あの者を密かに消さねばならん…」と言います。ジョニョンは、「落ち着いて下さい…」と言いますが、別提は興奮して「私が落ち着けるか…私の誕生日に面をかぶって現われ…肖像画まで盗んだ…ますます勢いが激しくなる…それにユンボクは…女装までして現われた…」と言います。するとジョニョンは「蕙園がですか…」と言うと笑い出します。そして「そんなはずが…」と言ってまた笑います。別提は、不安と怒りが治まらないようで「私だけでなく、多くの者がすっかり騙された…見なければ信じられん…」と言います。ジョニョンは声を出して笑い出します。そして、笑いながら「心配ありません…その小心さで、大事をされたのですか…」と言います。別提は、声を潜めながらも鋭い口調で「何だと?…」と言います。そして「檀園を片付けろ…」と言います。ジョニョンは、真剣な顔で別提を見つめながら「むやみに動いてはいけません…賢いネズミを捕らえるには、適当な罠が必要です…」と言います。別提は身を乗り出して「考えがあるのか…」と聞きます。ジョニョンは自信ありげに「一時代の有名画家として…その終わりを飾れるようにします…」と答えます。別提は「死んだはずのソ・ジンの娘が気にならないか…余裕はないぞ…」と厳しく言いますが、ジョニョンは「別提様…下手な大工は直ぐに金づちを持つ…心を静めて知らせをお待ちください…そして…ソ・ジンの娘の話は二度としないでください…口を閉じるのです…それを知るのは別提様だけです…違いますか…」と言います。別提は「まったく…」と言います。別提の表情は不安と焦りに満ちていました。そして、その様子を隣の部屋にいたホンドは、全て聞いていました。
ホンドとユンボクは、ホンドの自室で話をしていました。ユンボクは「別提様が…本当ですか…」と尋ねます。ホンドは「10年前の事件の…関係者は思ったよりも多い…もう少し調べれば、確かな物証が得られそうだ…早くあの家を出ろ…私たちが一緒に動くと知られてきている…」と、ユンボクの身を心配していました。ユンボクは「師匠…一緒に動くと知っているなら…どんな言い訳をしても出られません…むしろ、中で方法を探してみます…」と言います。ホンドは、ユンボクの事を真剣に心配している様子で「危険な所にいるのに黙って見てろと?…私たちを放っては置かない…」と、語気を強めて言います。
ジョニョンは、自室で別提の話を思い出しながら考えていました。
「それにユンボクは、女装までして現われた…私だけでなく、多くの者がすっかり騙された…見なければ信じられん…」
ジョニョンは、次にユンボクが自分の絵を解説する処を思い出していました。
「この女人の立場では…捕校に抱かれながらも…一方では肩を引き逃げようとしています…女人がいつも、女人に嫉妬すると思うのも…捕校の視線です…」……ジョニョンは何かに気づいたようでした。
明くる日、ジョニョンはユンボクを呼びだしました。ユンボクは一礼して「お呼びですか…」と言います。ジョニョンは、ユンボクの体を見ながら「男の成り損ないか…その弱々しい体つきを見て…誰が男と言う…」と言います。ユンボクは伏し目がちに「それを言う為ですか…」と言います。ジョニョンは「ハハハー」と言うと「まさかな…」と言い、振り向いて歩きだします。そして「呼んだのは、重要な提案をする為だ…」と言います。ユンボクは動揺もせずに、静かに「何ですか…」と聞きます。ジョニョンは「人々はだな…一人の英雄を崇拝することを願わず…新しい英雄がそれを倒すことを願う…お前は、私の部下でもあり、皆の英雄でもある…だから…画事対決をしたい…」と言います。ユンボクは振り向いてジョニョンを見つめ考えます。そして「あさはかな賭けだと言われました…」と言います。ジョニョンは「しかし、最高同士の対決は違う…師匠には弟子が、弟子には師匠が…最も越えがたい壁だろう…」と言います。ユンボクは「どういう意味ですか?…」と尋ねます。ジョニョンが「檀園、キム・ホンド…」と言うと、ユンボクの表情が変わり、語気を強めて「私に師匠と争う不敬を犯せと?…」言います。ジョニョンは、落ち着き払った声で「そうだ…」と言います。ユンボクは、きっぱりと「イヤです…」と答えます。そして「その対決には応じられません…」と言います。ジョニョンは、薄笑いを浮かべながら「応じなければ…お前の大切な者を捨てる…チョンヒャンが西小門外(ソソムン)に売られてもいいんだな…」と言います。ユンボクは、焦る気持ちを抑えながら「それが私と何の関係が?…その女人は、愛妾ではないですか…」と言います。ジョニョンは「愛妾だと?…塀の外へ目を向けた女をどうして愛妾と言える…男たちに与えるしか…お前の選択で、チョンヒャンの運命が決まる…お前が勝てば…放してやる…完全に…自由にしてやる…」と言います。
ユンボクの心は動揺していました。表情が次第に曇って行きます。そしてユンボクは「本当に…あの女人に…自由を与えますか…」と聞きます。ジョニョンは、ユンボクの表情を見つめながら、勝ち誇ったように「師匠との対決はイヤだと言ったのに…女の名で動揺するのか…もしや…私の知らないうちに、二人は情でも通じたのか…」と言います。ユンボクは何も言うことが出来ませんでした。ジョニョンは、ニヤッと笑うと「どうだ…」と言います。そして「提案を受けるか?…」と言います。ユンボクは、視線を下に向けたまま「師匠は…その提案を受け入れないでしょう…」と言います。ジョニョンは「檀園は、私が説得する…忠節は男だけかと思ったが、女にも信義があるな…」と言います。ユンボクは自分が女であることを見破られたのかと思い、一瞬表情が変わります。ジョニョンはそれを見逃さず「驚くのを見ると推測が当たったようだ…」と言います。ユンボクは鋭い眼差しでジョニョンを見つめます。ジョニョンは、黙って退室して行きます。ユンボクは、ハッと息を吐きます。
ジョニョンは、ホンドとユンボクの画事対決を伝える為に、図画署のホンドの部屋に来ていました。
ホンドは「そんな対決は、受け入れないから…帰ってくれ…」と言います。ジョニョンは「怖いのか…図画署主席画員のキム・ホンドが…自分が教えた弟子から、それも…図画署を追われた新米画員から逃げるのか…」と言います。ジョニョンは、ホンドに対して神経戦を掛けているようでした。
ホンドは「何と言っても無駄だ…帰ってくれ…」と言います。ジョニョンは「お前が対決を避けるならもう言わない…だが…そうなれば…図画界に密かに流れる、噂を鎮める方法があるか…」と言います。ホンドは「噂だと?…」と聞き返します。ジョニョンは「図画界員たちは…蕙園が特に女を好んで描くこと…精緻な線描を失わないこと…そして優しい顔つきを挙げて…女ではないかと囁いている…図画界員は冗談で…蕙園のパジを下げ、確認しようと言っている…困ったものだ…これまで何とかしてきたが…いつまで抑えられるか…」と言います。ホンドは「フン…」と息を吐きます。そして「そうであっても…ここは絵を売買する場所ではない…早く帰ってくれ…」と言います。するとジョニョンは「私が直接パジを降ろすことを願うか?…」と言って、ホンドを脅かします。そして「お前が決めてくれ…10日後だ…」と言います。ホンドは、ユンボクをどうして守るかだけを考えていました。
ジョニョンは、右議政達と密会をしていました。
右議政は「またとない、師弟の関係だそうだが…陰で何か細工をするかもしれない…」と言います。ジョニョンは、微笑みながら自信ありげに「芸術家の心がお分かりでない…自負心が強い画員なら…負けようと思っても…描き始めれば、最高を求めるでしょう…それは芸術家の宿命です…」と言います。キム・グィジュは「あの二人をどう納得させた…?」と聞きます。ジョニョンは「その過程は、簡単には言えません…それは酒席での話に残し…面白い対決を一緒に楽しみましょう…」と答えます。キム・グィジュは「一緒にとは?…」と聞きます。ジョニョンは「檀園と蕙園が絵で争えば…全朝鮮の騒ぎになります…しかし…朝廷の方々が静かでは、ただの語り草に終わります…もし民が規範とする士大夫(サデブ)が動けば…朝鮮全体をひっくり返す大きな画事になります…」と答えます。右議政は「そうして、事を大きくすれば、後はどうなる?…」と聞きます。ジョニョンは「それでこそ檀園と蕙園に…再起できない、致命的な傷を与えられます…弟子を破滅させた師匠や…師匠を破滅させた弟子は、最高の画員でいられません…芸術家の自尊心を傷つければ、死んだも同様です…また、結果がどうであれ…彼らの最後の画事になるでしょう…」と答えます。キム・グィジュは「どうしてだ?…」と聞きます。ジョニョンは、ただ「見ていてください…」と答えるだけでした。別提は、そんなジョニョンを不審ありげな眼で見つめていました。
ホンドは、自室で真剣にどうすべきかを考えていました。
ホンドは心の中で「ユン…お前が私なら…どんな選択をした?…」と言います。そして、大きな溜息をつきます。
ユンボクもまた、自室でどうすべきかを考えていました。ユンボクは心の中で「どうすればいいですか…師匠…」と言います。
ホンドはジョニョンと会っていました。
ホンドは「画事対決を…受け入れる…代わりに…私が勝てば何をくれる…」と聞きます。ジョニョンは「何が欲しい?…」と聞き返します。ホンドは「蕙園を手放せ…手を引けということだ…」と言います。ジョニョンは「蕙園を手放せ…あの者が、どうして大画員の心を動かしたのか…あの者と情でも通じたのか…」と言って、ホンドを挑発します。ホンドは毅然と「口を閉じろ…軽率なことを言うな…」と言います。ジョニョンは、笑いを押し殺すように「ウフフフ―…」と言うと「分かった…受け入れよう…もう覆せない決定だ…」と言います。ホンドが「必ず商売人の手から…あの子を助け出す…」と言うと、ジョニョンは「ワハハハー…」と大笑いをします。そして「面白くてたまらない…師匠は大切な弟子の為…弟子は大切な女の為に対決する…」と言いながら、また笑います。ジョニョンは、ホンドへの精神戦を仕掛けていました。そして、ジョニョンは「蕙園は勝つ条件として…チョンヒャンの自由を…」と言うとまた笑いだします。ホンドは毅然とした態度を見せていましたが、心では一抹の不安もよぎっていました。
そしてホンドは「もう一つある…」と言います。ジョニョンは、余裕たっぷりの表情で「何だ…」と聞きます。ホンドは「もし私が勝てば…」と言うと、ジョニョンも「勝てば?…」と聞き返します。ホンドは続けて「賭け金の…半分をくれ…」と言います。ジョニョンは、少し顔をこわばらせて「何だと?…」と言います。ホンドは「この対決に応じれば、もう図画署に帰れない…生きるには、私画署でも必要だ…」と言います。ジョニョンは真剣にホンドの顔を見つめていました。そして「いいだろう…」と答えます。
チョンヒャンは、自室で琴の演奏をしていました。その時、お付きの下女が部屋の外から「お嬢様…」と声を掛けます。下女は、部屋に入って来るとチョンヒャンの前に座ります。チョンヒャンは「どうした?…」と聞きます。下女は、心配そうな顔で「若様と檀園先生が、画事対決をするそうです…」と答えます。チョンヒャンは「ついに…」と言うと、下女に「いつだ?…」と聞きます。
図画署でも、生徒達が噂をしていました。
ヒョウォンの腰巾着の生徒が「キム・ホンドか…シン・ユンボクか…檀園か蕙園か…今こそ…朝鮮八道で最大の画事が始まったということだ…」と煽るように言います。それを聞いていた生徒の一人が、苦しくて嫌な顔をしながら「師弟間の画事対決なんて…どっちが勝ってもすっきりしない…どっちから始めたんだ?…」と聞きます。腰巾着の生徒は、自信ありげに「両方だそうだ…」と言います。それを聞いていた生徒達は、驚きながら口々に「両方?…」と言います。腰巾着の生徒は「大行首キム・ジョニョンの主催だから…どっちが勝っても、一生食って…違うな…代々暮らせる金は、当然得られる…これを誰が拒む?…」と、さも自分が見てきたような事を言いました。一番年上の生徒が「うらやましいな…」と、泣きそうな顔で言います。その時ヒョウォンが「負けると…どうなるんだ…」と皮肉っぽい顔で聞きます。腰巾着の生徒は、さも知っていることを自慢げに腕を組みながら「画界の法道があるだろう…私画署から追い出され、町で暮らしながら…絵を売る絵描きになるさ…」と言います。ヒョウォンは満足そうに、冷たい眼差しをしてうなずいていました。腰巾着の生徒はさらに続けて「考えるだけで胸が騒ぐ…」と言いますが、他の生徒達は、不安で心配そうな顔をしていました。ただ、ヒョウォンの目だけが輝いていました。
王様の執務室に、ホン・グギョンが呼ばれていました。
王様は「キム・ジョニョンについて調べたか?…」と聞きます。ホン・グギョンは「はい、殿下…賎出で身寄りのない孤児でした…生来の根性で金をもうけ、商売で成功した大行首です…」と答えます。王様は「どうやって、巨商になったのだ…」と聞きます。ホン・グギョンは「はい…いつからか市場の店を全て買い…扱う商品ごとに大成功し…六矣廛(ユクイジョン)を全て手に入れたそうです…今は没落した両班の家系図を買い…勢力を伸ばしているそうです…」と答えます。
王様は考えながら「まだ、背後関係はつかめないのか…」と聞きます。ホン・グギョンは「六矣廛の近くに闇市を開くと…すぐに漢城府(ハンソンプ)が取り締まるそうです…市場では、漢城判尹キム・グイジュ大監が…行首の後押しを公然としているという噂です…」と答えます。王様は「漢城判尹と言えば…」と言うと、顔をあげてホン・グギョンと視線を合わせ、驚いた表情で「王大妃様の兄ではないか?…」と言います。ホン・グギョンは「そうです…」と答えます。王様の表情は、みるみる曇って行きました。そして険しい表情で「その者の手が、どこまで伸びているのか…10年前の件とは、どんな関係があるか…詳しく調べてくれ…」と命じます。ホン・グギョンは「はい、殿下…」と答えます。
市中でも、ホンドとユンボクの画事対決の噂が広まっていました。そして、大道芸人の頭も賭けの仕事をしていました。
頭は、道行く人に「さあ、集まってくれ…今日からちょうど10日後に…朝鮮最高の画員を選ぶ画事対決が…開かれることになった…だから集まってくれ…まずは青い壺…朝鮮の画仙、図画署最高の画員…若年で御真画師をし、朝鮮八道が全て知る好男子…参考までに…独身だ…」と言うと、集まって来た人たちは「独身」と言って笑い出します。頭はさらに続けて「流れるような線が逸品の風のような画員…檀園キム・ホンド!…」と叫びます。
そして頭は、赤い壺を扇子で叩くと「赤い壺…図画署の問題児から朝鮮の問題児になった…図画署最高の美男子…“弱冠”とも言われる前から御真画師に参加し…御真を裂いてしまった…これも独身…元祖問題児…朝鮮の反抗児…刀で切ったような線描…そして絵に満ちた、女人の視線が逸品…蕙園シン・ユンボク…」と叫びます。そして「さあ…賭けてくれ…檀園なのか蕙園なのか…残った時間は10日だけ…ためらわずに賭けてくれ…檀園、蕙園…さあ早く…賭けてくれ…」と囃したてると、集まった人たちは次々に掛けて行きます。頭は「賭けてくれ…檀園なのか、蕙園なのか…」と言いながら、画事対決の人気を煽っています。市中では、両班から民まで、画事対決の話題で噂の花が咲いていました。ある者は「檀園に賭ける…」と言いて書類を差し出しました。係りの者が「家の証文を持って平壌から?…」と聞きます。客は「そうだ…」と答えます。係りの者は笑いながら「檀園ですか…」と言って受け付けます。
図画署では、画員達が会議をしていました。図画署でもこの話題で持ち切りでした。
元老画員の一人が「どうしてこんな事が…全画人の恥さらしです…」と、怒りを込めて言います。別提は胸をそりながら「そうだとも…これは画人のくず同士の対決だ…見ていられない…」と、何も知らぬふりをして、吐き捨てるように言います。すると別の元老画員が、ユンボクの養父シン・ハンビョンに笑いながら「お前はどちらに賭ける?…ユンボクだろ…」と言います。ハンビョンは、状況も分からず困った様子で「こんな軽薄な賭けになど…」と言うと、立ち上がり退席します。
ユンボクは、私画署で絵を描いていました。その視線は鋭く真剣でした。ホンドは部屋を歩き回りながら、何かを考えているようでした。時折、痛めている手を見つめたり、あるいは、握ったり開いたりさせながら…考えていることはただ一つ、ユンボクの身の安全を図りながら、10年前の事件の決着を付けることでした。
ジョニョンは市中を歩きながら使用人に「準備は出来たようだな…画界員は、どちらに多く賭けた?…檀園か蕙園か…」と聞きます。使用人は帳簿を見ながら「37人の画界員の中で、18人が檀園…19人が蕙園でした…」と答えます。ジョニョンは「接戦だな…」と言います。そして「待てよ…37人だと?…どうして38人ではないんだ…」と聞きます。使用人は帳簿を見ながら「平壌から来たウンウ会、画界員が7人…丹陽から来たサムボン会から6人…宗親会から7人…行首が6人…漢陽の五竹会が4人…朝廷の画界から…」と答えていると、ジョニョンが遮るように「五竹会から4人と言ったな…」と聞きます。使用人は「はい」と答えます。ジョニョンは「抜けたのは誰だ?…」と聞きます。使用人は「キム・ミョンリュン(戸曹判書)様です…」と答えます。ジョニョンは、不思議そうな顔をしながら「あの気難しい方か…そうか…」と言います。そしてその様子を王様の警護員が、影からじっと見つめていました。
ジョニョンは、戸曹判書の屋敷を訪れていました。
ジョニョンは「またとない見物です…出題するのは当然に…図画界で最も名声が高い戸曹判書様であるのに…参加されないのは残念です…」と言います。戸曹判書は「わしが参加しない理由を知りたいか?…」と聞きます。ジョニョンは「もちろんです…」と答えます。戸曹判書は「檀園に賭けた者が何人で…蕙園は何人だ?…」と聞きます。ジョニョンは熱心な顔付で「檀園に18人、蕙園に19人ですから…またとない対決です…」と答えます。戸曹判書は「では…私が檀園なら均衡が取れるな…」と言います。ジョニョンは笑みを見せながら「どちらでも構いません…」と言います。戸曹判書は「わしは少し別の選択をしたいのだ…」と言います。ジョニョンは、オヤっという顔付をします。
いよいよ前日になりました。市中では、大道芸人の頭が大声で、画事対決の賭けに参加する客を集めていました。
頭は「さあ…ついに明日だ…朝鮮最高の画員が繰り広げる…画事が始まる…明日だ…」と囃したて、人気を煽っていました。
チョンヒャンは、自室で鏡を見ながらチマの紐を結んでいました。そこへジョニョンがやって来ます。チョンヒャンは、鏡を片付けると立ち上がり、ジョニョンに座を譲ります。ジョニョンは座るとチョンヒャンに「いよいよ画事対決が始まる…お前はどちらに勝って欲しい?…檀園なのか、蕙園なのか…」と聞きます。チョンヒャンは、伏し目がちに「誰が勝っても関係ありません…」と答えます。ジョニョンは、落ち着き払ったように見せながら「私には、お前の胸中の望みが分かっている…」と言います。チョンヒャンは、少し笑みを見せながら「誰ですか?…」と聞きます。するとジョニョンは「蕙園ではないか…」と答えます。チョンヒャンは、ジョニョンの顔を見つめながら「どうしてですか…」と聞きます。ジョニョンは「知らない檀園より、お前を描いた蕙園がいいだろう…」と答えます。チョンヒャンは伏し目がちに「そうですね…」と言います。ジョニョンは「だが、蕙園が妙なことを言っていた…画事対決で勝てば…お前を自由にしろと…」と言います。するとチョンヒャンの目が、一瞬大きく見開かれ、ジョニョンを見つめていました。ジョニョンは続けて「どうしてそんな願いをしたのか…」と言います。チョンヒャンは「何と言いましたか?…」と聞きます。ジョニョンは「聞き入れた…断る理由があるか…」と答えます。チョンヒャンは「どうしてですか?…私を失ってもよいのですか…」と聞きます。ジョニョンは「なぜなら蕙園は勝てないからだ…その絵の中には、いつもお前がいた…生徒時代に書いた絵から、蕙園最高の絵まで…お前がいた…なぜなら…愛する女人だからだ…」と答えます。チョンヒャンは、ジョニョンを複雑な表情で見つめていました。
そしてジョニョンは「蕙園が女人であることをお前は知っていたか?…」と聞きます。チョンヒャンは、困った表情を隠すことが出来ずに、伏し目がちに「何のお話ですか…」と聞きます。ジョニョンは「女人だと知っても蕙園を心に思った…」と聞きます。チョンヒャンは、黙ったまま何も答えませんでした。するとジョニョンは「返事が聞きたい…画人、蕙園が、お前の愛する者か?…それとも女であるシン・ユンボクを?…」と聞きます。チョンヒャンは、怒った表情で毅然と「旦那様には、絶対に分からないでしょう…芸術家の目にだけ見え、耳にだけ聞こえるもの…芸術家の心で感じられるすべてを…分かりますか…」と答えます。ジョニョンは「お前がいなければ…蕙園の絵は、檀園に勝つほどの…最高の絵にならない…徹底的に負ける…明日、その姿を見るがいい…」と言います。チョンヒャンは、少し語気を強めて「どうしてそこまで?…」と言います。ジョニョンも語気を強めて「私の者を望む者がいれば…はっきり教えてやる…お前の者ではないと……言ったはずだ…人を踏みつける時には、徹底的に踏みつぶすと…」と言います。チョンヒャンはジョニョンの顔を見つめながら黙っていました。目からは涙が流れていました。ジョニョンは「休みなさい…」と言うと立ち上がり、去って行きます。
ユンボクは、私画署の制服を着て自室に戻って来ます。部屋の中には、チョンヒャンが待っていました。
ユンボクは、チョンヒャンを見るなり「チョンヒャン…」と名前を呼んで驚きます。チョンヒャンは、ユンボクを心配そうに見つめながら「画工…」と言います。そして、ジョニョンが言った事を思い出していました。「画事対決で勝てば、お前を自由にしろと…」と……
ユンボクは、チョンヒャンから視線を外して伏し目がちに「何か御用でも?…」と言います。チョンヒャンはユンボクを見つめながら「画工を助けます…」と言います。ユンボクは視線をゆっくりと上げて、チョンヒャンを見つめます。チョンヒャンは続けて「もう一度、絵の中に入ります…」と言います。ユンボクは何と言っていいか分からないという表情で「もうあなたを…危険に陥れたくない…その心だけでありがたい…」と言います。チョンヒャンは「私の望みです…私を…永遠に…画工の絵の中で生かして下さい…」と言います。
ユンボクは、生まれて幼い日を過ごした、実父ソ・ジンの家に一人でいました。ユンボクの脳裏に思い出が駆け廻ります。
自分の手を自分で砕いた時に、ホンドが自分を立ち直らせようと、手を握って一緒に絵を描いてくれた時の映像が…王様の命で、一緒に市中で画題を探している時の映像が…画員試験の時に、別提の手下によって古井戸に落とされて足を怪我したときに、ホンドがおぶって図画署まで走ってくれた時の映像が…別提達から肖像画を奪われて、女装をしたままモンタージュの肖像を描いている時に、夜の寒さにホンドが気づき、自分の上着を背中に賭けてくれた映像が…次から次へと浮かんできました。
その時、戸口で物音がします。ユンボクが振り返るとホンドが家の中にいました。
ユンボクは「師匠…」と言います。二人はしばらくの間、見つめ合っていました。そしてホンドが「来たな…」と言います。ユンボクは「はい」と答えます。ホンドはユンボクを見つめながら「明日だな…」と言います。ユンボクは心配そうに「師匠…」と言います。そして「どうして応じたのですか?…」と聞きます。ホンドは「お前が、先だったんだろう…」と言います。ユンボクは「私は、師匠が先に応じたと…」と言います。ホンドは「商売人の巧みな術策に…引っかかったな…」と言います。
ユンボクは、深刻な表情でホンドを見つめながら「もし私が負けたら…どうなりますか…」と尋ねます。ホンドは「二度と絵を描けなくなり…死んだお前の父の前で、顔を上げられなくなる…」と答えます。ユンボクは少し考えると、沈んだ目をして「師匠が…負けたら?…」と尋ねます。ホンドは、視線を少し下げて、息を深く吸い込んで、ゆっくりと吐きだします。そして「勝負に関係なく…図画署画員としての生命は…終わったと思う…」と答えます。ユンボクは、不安そうな目でホンドを見つめていました。ホンドは「お前が私に、勝てると思うか?…」と聞きます。ユンボクは、目の焦点が定まらず、困った表情を見せます。
ユンボクは「ところで…師匠の手は…まだ…」と言って、ホンドの事を心配しました。ホンドは「手は大丈夫だ…ダメなら足で描く…心配するな…」と言います。ユンボクは、じっとホンドの顔を見つめていました。ホンドは「ユン…よく聞くんだ…立派な師匠は…立派な弟子を作るものだ…立派な弟子は…その師匠を理解する者だ…もっと立派な弟子は…その師匠を超える…明日の画事対決で必ず私に勝て…それでなければ…弟子として認めない…」と、語りかけました。ホンドは、ユンボクの心の緊張と迷いをどうにかして取り除いてやりたいと思っていました。そして、ユンボクは「最高の絵を…描きます…」と答えます。二人は見つめ合っていました。
第18話 かたき は、ここで終わります。
ホンドとユンボクは、二つの絵から「ジョニョンによる死…」と読み解きました。ユンボクの目は、復讐心に燃えていました。ユンボクは、すぐにジョニョンの所へ行って父の仇を討とうとしますが、ホンドは「ユンボク…私の話を聞け…私だって、今すぐ奴の首を切りたいが…父の心が分からないか…もし、その名を早く教えたりすれば…かたきを討つため…うかつに動き回り…私も動いて事を誤っていたはずだ…お前の父の心が分からないのか…」と言って、ユンボクを諭します。そして「分かっているとも…奴の悪賢さは、鬼神にも勝っている…何か方法が必要だ…奴が知らない間に、一撃で倒す方法が…」と言います。
ユンボクが自室に戻るとジョニョンがいました。ジョニョンのユンボクに対する態度が冷たく変わっていました。チョンヒャンとユンボクとの関係を知った、ジョニョンの嫉妬によるものでした。そして、ユンボクのジョニョンに対する態度も一変しました。ジョニョンが、父の仇と知ったユンボクは、ジョニョンに対して攻撃的な言葉を使うようになりました。しかしジョニョンは、チョンヒャンとの関係によるもので、まさかソ・ジンを殺した仇と思われているとは、想像もしていませんでした。そこへ女侍が現われて来客を告げます。ユンボクは、女侍の顔を見て、父を殺した犯人であることを悟ります。
これ以後、ユンボクはジョニョンに挑戦的な絵を描いて、その解釈をめぐって論争を仕掛けます。チョンヒャンは、ユンボクの話をハラハラしながら聞いていました。
チョンヒャンは、ユンボクのことを心配して、ユンボクの部屋に来ていました。
チョンヒャンはユンボクに「一体どうしてあんな絵を?…もし…行首様が見抜いたら…どうするつもりでしたか…一体、何があったんです…この頃は、顔色も良くないし…顔に殺気が…」と言います。ユンボクは「たとえ、そうなっても…あなたは傷つけない…私には…返すべき借りがある…必ず返すべき…成すべきことだ…」と言います。チョンヒャンは「画工が傷付くのではないかと心配です…画工は…まだ私には画工のままです…いっそ…一緒に…何処かへ去ってしまいたい…そう出来ませんか…」と言います。ユンボクは「私もあなたが…傷つかないかと…恐ろしい…どうすればいいんだ…」と言います。チョンヒャンは、ユンボクが女だと分かっても依然として愛していました。ユンボクもまた、チョンヒャンだけは助けねばと思っていました。
ホンドは、別提の部屋に行って、別提を挑発します。ホンドは帰り際に「次に訪ねて来る日が…別提の最後の日になる…」と言います。別提は驚き、すぐさま行動し始めます。ホンドの思惑どおりでした。
別提は妓房でジョニョンと会っていました。その話を隣の部屋で、ホンドが確り盗み聞きしていました。ホンドはユンボクに、ホンドの師匠とソ・ジンの暗殺にジョニョンと別提が関わっていたことを教えます。そして、危険だからジョニョンの家を早く出るようにと言います。しかしユンボクは、自分とホンドが一緒に行動していると知られた以上、おいそれとジョニョンが屋敷から出してくれないと判断しました。そして「中で方法を探してみます…」と言います。ホンドはユンボクのことだけが気がかりでした。
ユンボクの言動が、段々エスカレートして行き、ついにジョニョンが反撃を打ちます。ジョニョンはユンボクにホンドと画事対決をするようにと言います。ユンボクは、断るのですが、ジョニョンは「応じなければ…お前の大切な者を捨てる…チョンヒャンが西小門外(ソソムン)に売られてもいいんだな…」と言って、脅迫します。ユンボクはチョンヒャンのことを考えると、仕方なく画事対決を引き受けざるを得ませんでした。ジョニョンは、ユンボクが女であることをすでに見破っていました。
ジョニョンはホンドに会い、ユンボクと画事対決をするように言います。ホンドは断るのですが、ジョニョンはユンボクが女である秘密を使って、ホンドを脅迫します。ホンドは、ユンボクの安全を考えると画事対決を引き受けざるを得ませんでした。ジョニョンは「面白くてたまらない…師匠は大切な弟子の為…弟子は大切な女の為に対決する…」と言います。ホンドにしてみれば複雑な気持ちだったかも知れません。
ジョニョンはチョンヒャンの部屋に来て話をします。
「だが、蕙園が妙なことを言っていた…画事対決で勝てば…お前を自由にしろと……聞き入れた…断る理由があるか…なぜなら蕙園は勝てないからだ…その絵の中には、いつもお前がいた…生徒時代に書いた絵から、蕙園最高の絵まで…お前がいた…なぜなら…愛する女人だからだ……蕙園が女人であることをお前は知っていたか?…女人だと知っても蕙園を心に思った……返事が聞きたい…画人、蕙園が、お前の愛する者か?…それとも女であるシン・ユンボクを?…」と言います。
チョンヒャンは「旦那様には、絶対に分からないでしょう…芸術家の目にだけ見え、耳にだけ聞こえるもの…芸術家の心で感じられるすべてを…分かりますか…」と答えます。チョンヒャンにしてみれば、自分の奏でる伽耶琴を酒席の芸ではなく、芸術として、ユンボクが理解し、愛してくれたという自負がありました。ただ評論するだけの人には、分からない世界があるのだと言いたかったのだと思います。
チョンヒャンはユンボクの部屋に行って、ユンボクを見つめながら「画工を助けます…もう一度、絵の中に入ります…」と言います。ユンボクは「もうあなたを…危険に陥れたくない…その心だけでありがたい…」と答えます。チョンヒャンは「私の望みです…私を…永遠に…画工の絵の中で生かして下さい…」と言います。チョンヒャンは、ユンボクとホンドの師弟の対決を何と残酷なことかと思っていました。そして、どちらが勝つかは別にして、ユンボクには実力が発揮できる状態を作ってやりたかったのだと思います。
画事対決の前日、ユンボクはソ・ジンの家でホンドを待っていました。
ユンボクは心配そうな表情でホンドの顔を見つめていました。ホンドは「ユン…よく聞くんだ…立派な師匠は…立派な弟子を作るものだ…立派な弟子は…その師匠を理解する者だ…もっと立派な弟子は…その師匠を超える…明日の画事対決で必ず私に勝て…それでなければ…弟子として認めない…」と、語りかけました。ホンドは、ユンボクの心の緊張と迷いをどうにかして取り除いてやりたいと思っていました。そして、ユンボクは「最高の絵を…描きます…」と答えます。この師弟愛の行方はどうなるのでしょうか…ホンドがあえてユンと表現したのは…無意識にもホンドの心をさらけ出しているのかもしれません。では次回をお楽しみに…
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