2011年2月23日水曜日

福岡の飲酒運転事故で亡くなられた高校生の友人たちからのメールです

飲酒運転撲滅メールです

長いですが読んでください。
転送メールです。
先日の粕谷町の飲酒運転で高校生二人が亡くなった事故で、被害者の一人山本寛大(かんた)君の同級生達が何かしたいと以下のメールをなるべくたくさんの方々にと回しています。お読みいただけると有り難いです。

みなさんこんにちは。
私たちは多々良中央中学校の第35期生です。私たちは大事な友達を大人の勝手なわがままで亡くしました。
ほんとうに悔しいです。悲しいです。寛大の命を返せって言ってやりたいです。でも今寛大の願いは私たちが元気に笑っていられることだと思います。
できることならもう一度寛大に会いたいそんな願いです。
電話してもメールしても寛大から返事はありません。
寛大は私たちの笑顔を見ることが何よりの支えになると思います。今私たちができることは寛大のために飲酒運転撲滅を呼び掛けること。それくらいです。
これで寛大の力になれるのかは分からないけどこのメールをできるだけたくさんの人に回していただけたら光栄です。
私たちの大好きな寛大の死を決して無駄にはさせません。
呼び掛けよろしくお願いしますm(_)m
多々良中央35期生高校1年生。一同。

土曜日の夕方のニュースでもこのメールの事を言っていました。知人友人など一人でも多くの人に飲酒運転撲滅を訴えてます。


keiからのメッセージ

子供たちからの悲痛なメッセージです。車の免許証を持っている人は、絶対に飲酒運転は止めましょう。子供たちの鋭い眼差しが、大人たちに向いています。この次はあなたの御家族に不運な事故が襲いかかるかもしれません。そうなってからでは遅いのです。子供たちの飲酒運転撲滅運動に参加しましょう!

飲んだら乗るな!乗るなら飲むな!飲酒運転は止めましょう!

 追記(20011年2月28日)

今日の夕方、FBS福岡放送のニュースを見ていたら、山本寛大君のお父様、山本浩之さんが、昨日の東京マラソンに、息子を交通事故で亡くした悲しみを乗り越えて、車いす部門に出場された事を伝えていました。
「練習どころではなかった。辞退しようかとも考えましたが、寛大が東京での修学旅行を楽しみにしていたので、一緒に走る事にしました。トレーニング不足は否めませんが、必死で走ります。」との事でした。山本さんは、手作りのステッカー(飲酒運転撲滅運動)を車いすに張って参加されました。
山本さんは、寛大君と一緒に42.195㎞を走りぬかれました。そして、3位でゴールされました。「ここが東京だよ…」と言って走ったとのことでした。悲しみに耐え走ったレース、新たな一歩は「これから妻と一緒に飲酒運転撲滅運動をします。」とのことでした。しかし、先週の金曜日に、山本寛大君と友人が亡くなった事故現場で、福岡県警が飲酒運転の取り締まりを行いましたが、飲酒検査の拒否をしたドライバーが現行犯で逮捕されたそうです。飲酒運転はまだまだ無くなりそうにないとのことでした。どうか皆さん、お酒を飲んだら車の運転は止めましょう飲酒運転撲滅運動に参加しましょう

 追記(2011年3月8日)

読売新聞(2011年3月7日月曜日朝刊)

2高校生犠牲 飲酒事故1カ月
「寛大迎えに来たよ」 両親現場へ

福岡県粕屋町で高校生2人が犠牲になった飲酒事故から9日で1か月となるのを前に、亡くなった山本寛大さん(福岡市東区、当時16歳)の両親が6日、初めて同町酒殿の事故現場を訪れた。「痛かったろう、寒かったろう……。飲酒運転が憎くてたまりません」と、改めて憤りをあらわにした。

献花台に手を合わせる山本さん夫婦
川口知也撮影

寛大さんと皆越隼人さん(福岡県須恵町、当時16歳)は2月9日夜、町道を歩いていて車にはねられた。福岡地検は、飲酒運転を認めた建設作業員飯盛義郎被告(35)を危険運転致死罪で起訴している。
寛大さんの両親は「ここでひかれたんやなあ」とつぶやきながら、事故の影響で壊れた小屋の破片を見つめたり、2人が歩いていた路側帯を指さしたりして現場を細かく確認し、当時の状況に思いを巡らせた。
その後、寛大さんと皆越さんが好きだったジュースを事故現場に注ぎ、静かに手を合わせた。「2人で虹の橋を渡って天国に行ってほしい」と、献花台には虹色のレインボーチューリップを供え冥福を祈った。
父、浩之さん(44)は「胸が痛みます。突然のことで、寛大は自分が死んだのも分かっていないかもしれず、迎えに来たかった」と話し、母、美也子さん(42)は「事故から1か月を前に、親として最後に現場を見ておかなければいけないと思った。(被告が)飲酒運転をしてなければ2人は生きていた……」と声を詰まらせた。




ご両親の悲しみがよく分かります。これ以上、この様な悲しみが増えませんように……車の運転をする人は、決して飲酒運転はしないでください。

飲酒運転は止めましょう飲酒運転撲滅運動に参加しましょう
Kei より
 追記(2011年4月8日)

飲酒検問 酒気帯び運転12人検挙

毎月25日を「飲酒運転撲滅の日」としている福岡県警は、昨夜から今朝にかけて、県内各地で飲酒検問を実施し酒気帯び運転で12人を検挙しました。

福岡県警は、昨夜から今朝にかけて県内の70箇所以上で飲酒検問を実施し、このうち福岡県粕屋町の検問では、警察官が車を1台1台とめ、アルコールのにおいがしないか確認していました。

検問の結果、県警は酒気帯び運転であわせて12人を検挙しました。

このうち、嘉麻市では、50代の男性から基準値を5倍ほど上回るアルコールが検出されたほか久留米市でも、50代の男性から基準値を3倍ほど上回るアルコールが検出されました。

福岡県では、今年に入ってから、飲酒運転による事故が60件発生していて、3人が死亡しています。
RKB毎日放送 03/26 12:24

「思いやりの心で運転」 2高校生死亡事故 山元さん両親講演

 福岡県粕屋町で飲酒運転の車にはねられて高校生2人が犠牲となった事故で、亡くなった山本寛大(かんた)さん(16)=福岡市東区=の両親が26日、同区箱崎1丁目の箱崎公民館で講演。「思いやりの心でハンドルを握れば、飲酒運転はゼロになるはず」と、飲酒運転撲滅に向けての思いを語った。
両親の山本浩之さん(44)と美也子さん(42)は作秋、車いすマラソンの選手として活躍する浩之さんの半生を題材にした講演を依頼されていた。2月9日の事故を受け、会場の公民館は中止も提案したが、美也子さんは「ぜひやらせてください」と答え、予定通り講演する事になった。
地元小学校の児童と保護者約40人の前で、山本さん夫妻は交互に話しながら、車いすマラソンの魅力を紹介。講演の最後に事故に触れた。「何と言っていいか分からないくらい、本当に悔しかった」と美也子さん。だが、気丈に笑顔で「飲酒運転の言葉自体がなくなっていくように行動を続けたい。寛大と(一緒に亡くなった同級生の)皆越隼人君が見てくれていると、みんなが思ってくれたら」と子供たちに話し掛けていた。
2011/03/26付 西日本新聞夕刊

2011年4月6日、KBCの夕方のニュースを見ていたら、飲酒運転事故で亡くなられた山本寛大君のご両親の事を放送していました。
あれから2カ月が過ぎ、少しづつ落ち着いて来ました…いつもの生活のリズムに戻ってきた…そうです。
飲酒運転を無くしたい、そんな思いで、オリジナルのステッカー(重ね合わせた3つのハートのデザイン)を持って、福岡市長・商工会議所・福岡県トラック協会などに出かけて説明されてありました。(携帯電話にステッカーを張り付けたら、飲酒運転が少なくなるとか…)
そして、「マナーが悪い人を責めるより、マナーを守ってくれる人を増やそう。あなたのモラルで飲酒運転は必ず0になります。」と訴えられていました。
詳しい事は、NPO法人はぁとスペースのホームページを検索して下さいとのことでした。

追記(2011年5月2日)

KBCの夕方のローカルニュースに、寛大君のお母さんが出演されていました。飲酒運転撲滅運動のCMを作られたそうです。30秒のCMだそうです。中学校のハンドボールの後輩たちが練習をしている背景に、放送部で寛大君と仲良しだった少女のナレーションで、飲酒運転撲滅運動のメールの内容「私たちは大事な友達を大人の勝手なわがままで亡くしました。ほんとうに悔しいです。悲しいです。寛大の命を返せって言ってやりたいです……」が、語られています。
 
 お母さんは、「親としては不思議な気持ちです。いろんな方の支援を受けてCMが出来ました。CMを見て涙が出るのは辛いので、分かりやすく飲酒運転撲滅運動を伝えられるようなCMを作って頂きました。」と仰っていました。
 それから、飲酒運転撲滅運動のステッカーについて、「大きいハートは、寛大と一緒に無くなった隼人君。白いハートは、寛大君。小さなハートは、みんなの想いを願って描かれています。二人が見守っています…大人の弱さを見つめています…」と仰っていました。
 そして「社会全体で、飲酒運転は絶対にしてはいけない事と分からせたい…まだまだ飲酒運転は無くなりませんが、マスコミに放送して頂く事で、減っていくと思います…」と仰っていました。
 息子の死を無駄にしたくないという、母親の心が伝わって来ました。
by kei

追記(2011年5月4日)

寛大の死無駄ではない

飲酒運転追放CM完成 両親鑑賞

 今年2月に福岡県粕屋町で高校生2人が犠牲になった飲酒運転事故を受け、悲劇を繰り返さないように、亡くなった山本寛大さん(当時16歳)の同級生らが飲酒運転追放を呼び掛けるコマーシャル(CM)が完成し、2日、寛大さんの両親に披露された。
 CMは「飲酒運転撲滅を推進する市民の会」(会長=河部浩幸・福岡商工会議所会頭)が企画。趣旨に賛同した映画監督の塩屋俊さん(54)らが、ボランティアで製作を引き受けた。
 生前の寛大さんの写真や、中学時代に所属したハンドボール部の後輩の練習風景などが映し出され、同級生が飲酒事故で命が失われることの悲惨さを訴える内容になっている。
 寛大さんの両親は福岡市博多区のスタジオで鑑賞。同級生らが「私たちは寛大を忘れない ストップ飲酒運転」と声をそろえるシーンでは、涙ぐんでいた。母親の美也子さん(42)は「CMで人の役に立てるなら、寛大の死は無駄ではない。思いやりを持ってハンドルを握れば、飲酒運転はゼロになるはず。多くの方に見ていただきたい」と話した。CMは春の交通安全県民運動期間(11日~20日)に福岡県内などで放映される予定。

読売新聞 (2011年5月3日) 朝刊

追記(2011年5月20日)

 KBC(九州朝日放送)の夕方のローカルニュースで、飲酒運転撲滅運動のCMのことを言っていました。山本寛大君の親御さんが作られたステーカーをトラックに張って、出発式をされていました。福岡県トラック協会は、このステッカー5000枚を各事業所に配ったそうです。今日から、このステッカーを張ったトラックが、全国を走り回るそうです。
 お母さんは、「飲酒運転をすると命につながる事故を起こします。飲酒運転は止めましょう…」と訴えられていました。
 皆さん、飲酒運転撲滅運動に参加しましょう。
by kei


追記(2011年8月25日)あれから五年が過ぎました…海の中道飲酒運転事故

 

あれから五年が過ぎました。一家五人で家に帰る途中でした。走行中の車に、後ろから猛スピードで遣って来た、飲酒運転の車が追突して、弾き飛ばされた車は、海の中に転落しました。
ご両親は、車から脱出できたのですが、小学校入学前の子供たち三人は、車の中に取り残されてしまいました。ご両親は、けがをしながらも必死で子供たちを助け出そうと海に潜ったのですが、力及ばず子供たちは天国へと行ってしまいました。
犯人は、福岡市の職員でした。一審の判決は業務上過失致死で懲役76月でしたが、検察が控訴して、二審では危険運転致死傷罪を認定し、道路交通法違反と併合して懲役20年の判決が出ました(現在、犯人が上告して最高裁で係属中)。しかし、子どもたちはもう帰って来ません。
福岡県や県内の市町村・福岡県警などが、飲酒運転は止めようとキャンペーンをしているのですが、飲酒運転・事故は後を絶ちません。それどころか、今年の二月に粕谷町で、飲酒運転事故が起きて、高校生二人(寛大君と隼人君)が亡くなりました。どうして飲酒運転は無くならないのでしょうか。お酒を飲んだら運転をしなければいいだけなのに…
失われた命は戻って来ません。ご両親たちは、我が子を失い悲しい想いをされています。この想いをあなたやあなたの家族がしない為にも、飲酒運転撲滅運動に参加しましょう。何も面倒なことはありません。あなたがお酒を飲んだ時、車の運転をしなければいいだけです。みんなで飲酒運転撲滅運動に参加しましょう。
今日は、あれから五年の記念日です。テレビや新聞で、飲酒運転事故の報道を各局各社が遣っています。どうかあなたも飲酒運転撲滅運動に参加して下さい。そして、子どもたちの冥福を祈って下さい。合掌
bay kei

2011825

追記

「限界超え飲酒」と検察側 福岡の2高校生死亡事故、起訴内容認める(産経ニュース)

2011.9.14 19:18

福岡県粕屋町で2月、車を飲酒運転して男子高校生2人をはね死亡させたとして、危険運転致死の罪に問われた同町の無職飯盛義朗被告(36)の裁判員裁判初公判が14日、福岡地裁(野島秀夫裁判長)であり、飯盛被告は「間違いありません」と起訴内容を認めた。
検察側は冒頭陳述で、事故前にも数回居眠りをしていたことを明らかにし「これ以上酒を飲むと眠くなるという限界を自覚していたのに、それを超えて飲酒して運転した」と指摘。「過去にも数回、飲酒運転するのを見た」という同僚の話も証拠として提出した。
弁護側は「2人の命を奪ったのは意図したことではない。公正、公平に判断してほしい」と裁判員に呼び掛けた。


危険運転致死で初公判「飲酒運転は殺人」義父が泣訴

TVQ九州放送
(2011年9月14日 18:07)

今年2月、福岡県粕屋町で飲酒運転で高校生2人をはね、死亡させた男の裁判員裁判が14日福岡地裁で始まり、被告は起訴内容を認めました。
元建設作業員の飯盛義朗被告は、今年の2月粕屋町で飲酒し乗用車を運転。
山本寛大さんと皆越隼人さんをはね死亡させたとして、危険運転致死の罪に問われています。
14日の初公判で飯盛被告は起訴内容を認めました。
検察側は、冒頭陳述で「酒の影響で運転中何度か眠り込んでいた。
2人をはねた時に目を覚まし、人をはねたと認識した」と指摘しました。
一方弁護側は、「被害者や遺族に対して深い反省の態度を示している」と情状酌量を訴えました。
14日は亡くなった山本さんの父親である浩之さんが証言台に立ち、「飲酒運転は殺人と同じだ。
被告に極刑をもって罪を償ってほしい」と涙ながらに訴えました。
判決は16日に言い渡されます。


読売新聞 2011年9月15日夕刊

飲酒運転2カ月に1回

2生徒死亡第2回公判

福岡県粕屋町で高校生2人が犠牲になった飲酒運転事故で、危険運転致死罪に問われている同町中原、元建設作業員飯盛義朗被告(36)の裁判員裁判の第2回公判が15日、福岡地裁で開かれた。被告人質問で飯盛被告は、2008年5月に道交法違反(酒気帯び運転)で摘発された後も、「09年夏から飲酒運転を2が月に1回程度、計10回ほどやった」と供述。傍聴席の遺族に向かって「身勝手な行為で2人の命を奪ってしまい、申し訳ありませんでした」と頭を下げた。

被告摘発後も繰り返す

飯盛被告は、飲酒運転を繰り返したことについて、「自分は運転できると思ってしまっていた。考えが甘かった」とし、酒も運転もやめる。どんなに重い刑に成っても控訴せずに受け入れたい」などと述べた。
この後、事故で亡くなった私立博多高1年の山本寛大さん(当時16歳)の母、美也子さん(43)(福岡市東区)が意見陳述。美也子さんは「人生で一番楽しい時期を、大人の勝手なわがままで奪われた2人の思いがわかりますか。飲酒運転は殺人と一緒です」と述べ、「彼らの死に意味があるとすれば、飲酒運転の撲滅しかない。私たちはずっと闘い続けます」と涙ながらに訴えた。
起訴状などによると、飯盛被告は2月9日夜、飲酒後に粕屋町酒殿の町道で乗用車を運転。酒の影響で居眠りをするなど正常な運転が困難となり、寛大さんと同級生の同県須恵町皆越隼人さん(当時16歳)をはねて死亡させたとされる。
後半は15日午後に結審し、16日に判決が言い渡される予定。

飲酒運転消防団員3人を懲戒免職に

福岡市東区消防団多々良分団員3人が飲酒運転をしていた問題で、消防団は15日、市消防団員条例に基づき、14日付けで3人を懲戒免職処分にしたと発表した。
市消防局によると、消防団員の処分を公表するのは異例という。
発表などによると、3人は8月11日未明、同市東区蒲田の分団車庫2階で酒を飲んだ後、帰宅しようとして軽トラック2台と軽ワゴン車をそれぞれ運転。福岡簡裁に略式起訴され、罰金50万円の略式命令を受けていた。


読売新聞 2011年9月16日朝刊

2高校生死亡

飲酒運転懲役15年求刑

福岡地裁検察、常習性を指摘

福岡県粕屋町で2月、山本寛大さんと皆越隼人さん(いずれも当時16歳)の高校生2人が犠牲になった飲酒運転事故で、危険運転致死罪に問われた元建設作業員飯盛義朗被告(36)の裁判員裁判の第2回公判が15日、福岡地裁で開かれた。
検察側は、「2人の若い命を奪った結果は重大。飲酒運転撲滅の観点からも厳しい処罰が必要」として、懲役15年を求刑した。判決は16日に言い渡される。
検察側は論告で「過去にも飲酒運転を繰り返しており、常習性もある」と指摘。一方、弁護側は「深く反省し、酒も運転も二度とやらないと誓っている」として、懲役7年が相当と述べた。
法廷で被告は、2008年5月に飲酒運転で摘発された後も、10回ほど飲酒運転を繰り返したと述べ、遺族に謝罪。この後、山本さんの母、美也子さん(43)が意見陳述した。
閉廷後、美也子さんは、最高刑が懲役20年である事を踏まえ、「もっと重い刑を求めると思っていた。被告は反省しているように見えなかった」と話した。

飲酒運転撲滅私たちは闘う
被害者の母 意見陳述要旨

7月9日で寛大は、9月4日で隼人君は17歳になりました。楽しみなはずの誕生日も今年はつらく悲しいものでした。人生で一番楽しいこの時期を、大人の勝手なわがままで一瞬で奪われた彼らの思いがわかりますか。飲酒運転は殺人です。
公判で被告の周りでは当たり前のように飲酒運転が繰り返されていたことを知りました。ちょっとだけならという大人の甘さで、車が人殺しの凶器に変わるのです。
隼人君はスポーツインストラクター、寛大は日本の農業を変えるのが夢でした。私たちはただただもう一度、寛大に、隼人君に会いたい。生まれてきてくれてありがとう、たくさんの笑顔をありがとう、と言いたいだけなんです。
それがかなわぬ今、彼らの死に意味があったとするなら、社会から飲酒運転を撲滅すること。被告が受けた刑の重みで、飲酒運転という悪を世間に知らしめることはできるはず。私たちはずっと闘います。


KBC九州朝日放送夕方のローカルニュース(2011年9月16日)

高校生二人が死亡した飲酒運転事故の判決が、懲役14年と伝えています。
裁判長は、被告は飲酒によって、眠気を自覚していた…以前にも遣っていて、常習性が有るが、反省しているので、求刑は15年であるが、14年の懲役にすると伝えました。
寛大君のお母さんは「人が死んでいるのに、交通法の中でしか捌かれていない…」と涙ながらに訴えられていました。そして「裁判は終わりましたけど、これからも飲酒運転撲滅運動を地道に続けていこうと思います…」と訴えられていました。


危険運転致死罪の上限は、懲役20年、求刑は15年、判決は14年、この差が何なのかは分かりませんが、何の罪も無い若者二人の命を奪って、これでいいのかと思います。
被告はかなりの常習性が有ったのに、救急車を呼んだからと言って悪質ではないと言えるのか…お母さんが言われるように、飲酒運転をすること自体が悪質ではないのか…せめて、15年を求刑しているのだから、判決も15年で有るべきでは…この1年の減刑は何なのか、理解に苦しみます。
これだけ世の中が飲酒運転は悪だと言っているのだから、今後、飲酒運転による事故が起きない事を望みます。飲酒運転事故をゼロにしましょう。決して難しい事ではありません。お酒を飲んだら、車を運転しなければいい事です。飲むなら乗るな!乗るなら飲むな!一人一人が自覚して、お互いを注意しあいましょう。飲酒運転は悪です!
by kei


読売新聞 2011年9月17日 朝刊

2高校生死亡 飲酒運転懲役14年判決

福岡地裁「眠気自覚」と非難

福岡県粕屋町で高校生2人が犠牲になった飲酒運転事故で、危険運転致死罪に問われた同町仲原、元建設作業員飯盛義朗被告(36)の裁判員裁判の判決が16日、福岡地裁であった。野島秀夫裁判長は「何の落ち度もない2人の命を奪った結果は極めて重大で、刑事責任は重い」と述べ、懲役14年(求刑・懲役15年)の実刑判決を言い渡した。

判決によると、飯盛被告は2月9日夜、居酒屋で飲酒後、粕屋町酒殿の町道で乗用車を運転。居眠りをするなど正常な運転が困難な状態で時速約75キロで走行し、路側帯を歩いていた私立博多高校1年の山本寛大さん(福岡市東区)と同級生の皆越隼人さん(福岡県須恵町)(いずれも当時16歳)をはね、死亡させた。
被告は起訴事実をほぼ認め、焦点は量刑だった。検察側は「飲酒運転の撲滅の観点からも厳罰が必要」と主張。弁護側は「深く反省し酒は飲まないと誓っている」と懲役7年が相当とした。
これに対し福岡地裁は「現場の手前で強い眠気を自覚しながら安易に運転を続けたことには厳しい非難が向けられる」と指摘。約3年前に酒気帯び運転で罰金刑を受けた事に触れ、「違法性を自覚する機会があったのに飲酒運転を繰り返しており、犯情は悪い」と指弾した。
その上で被告の反省の態度などを考慮し、量刑を決めた。
弁護人は閉廷後、「控訴するかどうかは被告と相談する」と話した。

山本さん両親 「最高刑の20年でも短い」

判決後の記者会見で涙を流す山本美也子さん(左)と
浩之さん(16日午後4時28分、福岡市内で)=足立浩史
撮影
「主文懲役14年」……。
左手で胸を押えながらメモを取り始めた山本寛大さんの母美也子さん(43)。だがその手はやがて止った。判決が読み上げられる法廷に母の嗚咽が響いた。
閉廷後、席を立てない寛大さんの友人たちに「悔しいね」と声を掛けた。みんな涙が止まらなかった。
「寛大と隼人の命がたった14年なんて」。閉廷後の記者会見の声は震えていた。
危険運転致死罪の最高刑は懲役20年。父浩之さん(45)は「20年でさえ短いと思う」と強調。美也子さんも「この法律の中でしか裁けない飲酒運転がとても憎い。また事故があった時に、こんな刑でいいわけがない」と目を赤くして訴えた。
山本さん夫婦は事故後、悲しみを乗り越えようと飲酒運転撲滅運動に取り組んできた。だが福岡県の昨年の飲酒運転事故は337件で全国最悪。今回の事故後も逮捕者が相次いでいる。美也子さんは「今後も地道に活動を続けると力を込めた。

判決後、5人の裁判員が記者会見した。20歳代の裁判員は「遺族の訴えや被告の両親の憔悴した姿を見て、飲酒運転はすべてを壊すと思った」と振り返った。
「30年ほど前に飲酒運転した」と告白したのは50歳代の男性。「今回の裁判を経験し、絶対にやってはいけないとつくづく感じた」と述べた。
量刑判断については、40歳代の男性は「遺族側に立てば、どうしても重い刑を考える。だが法に基づき感情を押し殺して考えた。苦しいですね」と打ち明けた。
裁判員の多くが厳罰化に賛成する中、「それだけでは解決しない」との声も。福岡市の男性(40)は「本人任せではなく、店や周囲も注意する必要がある」と訴えた。

皆越さん最後の言葉 「サッカー指導者になる」

2009年8月の試合に出場した皆越さん
=磯部さん提供
皆越隼人さんの両親は一度も公判を傍聴することができなかった。山本さんの両親によると、特に母親は救急車の音を聞くと厳しい動悸に襲われるなど、体調がすぐれないという。裁判前には「傍聴に行かなければと思ったが、悲しくてとても行けない」と伝えてきた。
隼人さんの夢はサッカーの指導者だった。小学生から約6年間、サッカークラブ「ルーヴェン福岡」福岡県志免町)に所属。中学時代に審判資格4級をとり、昨年6月から同クラブで後輩を指導していた。雑用も嫌がらずに引き受ける優しい性格だったという。
事故当日も練習があった。「指導者になるため専門学校に行くと決めた」。練習後、コーチの磯部康成さん(42)とかわした最後の言葉だ。
磯部さんは事故後、隼人さんの母親から渡された形見の審判用の笛を肌身離さず持ち歩いている。判決を受け、磯部さんは「もう隼人は戻らない。サッカーもできない。被告はその意味を理解し、罪をしっかり償ってほしい」と語った。




飲酒運転死亡事故 福岡地裁判決要旨

福岡県粕屋町で起きた飲酒運転死亡事故の飯盛義朗被告(36)に対する裁判員裁判の判決要旨は次の通り。
【罪となるべき事実】
被告は2月9日午後11時9分頃、粕屋町酒殿(さかど)で、飲んだ酒の影響で前方注視と運転操作が困難な状態で乗用車を走行させているうち仮眠状態に陥った。時速約75キロで走行させ、道路左側の路側帯を歩いていた私立博多高1年の山本寛大(かんた)さん、皆越隼人さん(いずれも当時16歳)に車の前部を衝突させて跳ね飛ばした。山本さんは道路左側の倉庫に激突し、脳挫傷などで死亡。皆越さんは約43メートル先の路上に落下し、脊髄損傷で死亡した。
【弁護側主張への説明】
弁護人は、皆越さんが被告の車に跳ね飛ばされなかった可能性を指摘し、衝突時の車の速度は時速約75キロにいたらない可能性があると主張する。
しかし衝突地点付近の倉庫壁面の損傷状況などから山本さんは相当強く跳ね飛ばされたことが明らか。皆越さんも同様だったと考えるのが自然で、血痕など客観的状況も矛盾しない。皆越さんは衝突で約43.3メートル跳ね飛ばされたと認められ、時速約75キロと算出した捜査報告書は信用できる。
【量刑理由】
被告は飲酒していたにもかかわらず、車を運転し、走り始めてから10分もたたないうちに仮眠状態に陥り、歩行中の二人を死亡させた。
現場の約2.65キロ手前では大きなあくびをして対向車線にはみ出したり、約250メートル手前で信号停止した際には強い眠気を自覚したにもかかわらず、車の走行を止めなかった。運転を継続すれば極めて危険な状態に陥ることを十分に予測し得たのに、安易に継続したことには激しい非難が向けられる。
被害者らには何の落ち度も認められず、2人の命が奪われた結果は極めて重大。かけがえのない被害者らを突然失った家族の悲嘆は大きく、被告に厳罰を求めるのも無理はない。
被告は2008年5月に酒気帯び運転で罰金刑に処せられ、飲酒運転の違法性を十分に自覚する機会があったが、その後も飲酒運転を繰り返し、本件犯行に至った。
以上からすると、犯情は悪く刑事責任は重い。ただし飲酒運転を一般的に防止する必要性は認められるが刑を決めるに当たって、この点を過度に考慮することは適切ではない。
任意保険から遺族らに損害賠償金が支払われる見込みであることや、被告が反省の態度を示していることなど考慮すべき事情を踏まえると、懲役14年が相当である。


追記

2011年11月16日 読売新聞夕刊

なくせ 飲酒運転

2人の命 忘れない

メッセージ展 博多高で公開へ


2月に飲酒運転の車にはねられ死亡した生徒2人が通っていた私立博多高校(福岡市東区水谷)で20日、「命のメッセージ展」が一般公開される。2人の遺品や写真とともに「会いたい」「お前とまだすることがある」など同級生のメッセージも添えられ、来場者に命の意味を問いかける。
(原聖悟)

「お前とすること まだいっぱいある」


メッセージ展は、交通事故などで家族を失った遺族らが2001年から全国各地で開いており、同展を知った生徒会が18~19日に行われる文化祭に合わせ、企画した。犠牲になった山本寛大さんと皆越隼人さん(当時16歳)の等身大のパネルに写真などを貼り付け、同級生約40人のメッセージを添えた。山本さんと幼なじみだった2年浜田祐輔さん(17)は「笑顔を見られなくて残念だよ。2人のためにも生きていくよ」とつづった。会場では2人が履いていた靴やカバンのほか、約2000羽の折り鶴で作ったモニュメントも展示される。
生徒会長の松下成さん(16)は「2人の無念さや残された人たちの悲しみに触れ、命の意味を見つめ直してもらえれば」と話す。問い合わせは同校(092・681・0331)へ。

展示される同級生から2人へのメッセージ
(福岡市東区の博多高で)=板山康成撮影
追記
読売新聞 2011年12月1日 朝刊 筑後版
飲酒運転撲滅「言い続けて」
「思いやりの心でハンドルを」
筑後署 自己犠牲山本さんの母
 
粕屋町で2月に起きた飲酒運転事故で犠牲になった高校生、山本寛大さん(当時18歳)の母親・美也子さん(43)が30日、筑後署で講演した。時折、涙で声を詰まらせながら山本さんは「『飲酒運転はいけない』と言い続け、思いやりの心でハンドルを握ってほしい」と飲酒運転撲滅を訴えた。(中村直人)
年末年始の特別警戒を控え、同署が地元の防犯や交通安全ボランティア、署員ら約80人を集めて開いた。
山本さんは事故直後、大切な長男の死を受け止めきれずにいた。そこへ、寛大さんの同級生らが「私たちの大好きな寛大の死を、決して無駄にはさせません」とのメールを送信。瞬く間に県内外に広がったことで、「たくさんの人たちの残された命を守るために、寛大は亡くなったんだ」と思えるようになり、飲酒運転撲滅運動に携わる決意をした。
寛大さんの死後も、県内では飲酒運転による事故や逮捕者が後を絶たない。山本さんは、「STOP!! 飲酒運転」と呼び掛けるステッカーを作ったほか、街頭などで、訴えを続けている。
この日は「飲酒運転はいけないことを、家族や職場、地域で言い続けることが大事。被害者になっても加害者になっても、家族全員が地獄を見ます」と強調。「命を無駄にすることがあってはならない。思いやりでハンドルを握れば、いろんな交通事故が減ると思う」と呼びかけた。
講演会には、同署に飲酒運転撲滅を願う木製モニュメントを寄贈した大川市向島、木工業森田好男さん(68)も出席。「遺族や多くの人の悲しみを知り胸が痛くなった。撲滅への機運を地域ぐるみで高めないといけない」と話していた。
最愛の息子、寛大さんを飲酒運転事故で亡くされて、その悲しみの中から立ち上がり、飲酒運転撲滅運動をされているお母様には頭が下がります。皆さん、飲酒運転撲滅運動に参加しましょう。飲んだら乗るな!飲むなら乗るな!本人だけでなく、周りが注意をして、飲酒運転は止めさせましょう!
by kei
追記 (読売新聞 2012年2月7日朝刊)

悲しみ消えず地獄の日々
なくせ飲酒運転

粕屋事故1年、遺族語る

高校生二人が犠牲になった福岡県粕屋町の飲酒運転事故(クリップ)から9日で1年になるのを前に、亡くなった山本寛大<やまもとかんた>さん(当時16歳)の母、美也子さん(43)(福岡市東区)が読売新聞のインタビューに応じた。事故後、飲酒運転撲滅運動に取り組んできた美也子さんは、この1年を「悲しみがずっと消えない、地獄のような日々だった」と涙ながらに振り返り、「飲酒運転という大人のわがままで、子どもたちの命を奪わないで」と呼びかけた。
(聞き手・原聖悟)

大人のわがまま 命奪わないで

犠牲になった2人の遺影の前で、飲酒運転なくしていきたいと語る山本美也子さん
(福岡市東区で)=中司雅信撮影

……事故から1年を振り返って。
「あっという間の1年。家にいると悲しい思いになるので、毎日予定を入れ、動き回った。生活も百八十度変わった。家族はもちろん、友達も、一瞬で悲しみのどん底に追い込まれた。飲酒運転事故のニュースを見ると、子どもが巻き込まれていないか、心配してドキドキする」
……事故後に始めた飲酒運転撲滅運動は、大きく広がった。
「講演などをさせていただき、大きな波が起きたのはありがたいこと。しかし、事故に引き戻される作業でもあり、何度も『投げ出してしまいたい』と思った。でも、飲酒運転が続くと、また子供の命が奪われる。それだけは嫌。私たちにしか話せないことがあるのなら、泣きながらでも話し続ける。飲酒運転は、遺族からすると殺人と一緒だが、簡単なマナーさえ守れば、防げる犯罪でもある」
……昨年の福岡県内の飲酒運転は前年に比べ、80件減少した。
「社会が変わり始めたと肌身で感じている。亡くなった寛大と皆越隼人君(当時16歳)、それに2人の友達が私たちの背中を押してくれた結果、多くの人が『飲酒運転はやめよう』と声をあげてくれた。毎朝晩、寛大の仏壇に手を合わせ、『あなたの命がたくさんの命を救っているよ、ありがとう』と言っている」
……2月9日を迎えるにあたって。
「悲しみが減るわけでも、気持ちに整理がつくわけでもない。ただ、皆さんには、あの日、あの時、飲酒運転事故があったという事実をもう一度、思い出し、『飲酒運転はいかんよね』って、考えてもらいたい。飲酒運転根絶は、絶対にできると思う。ゼロになる日まで、訴え続けたい」

(クリップ)福岡県粕屋町の飲酒運転事故
2011年2月9日、建設作業員の男が、居酒屋で飲酒後、居眠りしながら乗用車を運転。制限速度(時速40キロ)を35キロ超える時速75キロで走行し、町道の路側帯を歩いていた私立博多高1年の山本寛大さんと皆越隼人さんをはね、死亡させた。福岡地裁は同9月、危険運転致死罪で懲役14年の判決を言い渡し、確定した。

昨年の事故 過去最
福岡県ワースト返上

福岡県内で昨年1年間に起きた飲酒運転事故は257件で、全国最多だった前年より80件減少、統計のある1965年以降で最も少なかったことが県警のまとめでわかった。大阪府は275件で全国ワーストは返上したが、都道府県別件数では依然として多い状態が続いている。
年齢別では、30歳代が53件で最も多く、40歳代が51件、50歳代が50件と続いた。20歳代は前年より33件少ない42件だった。地区別では、福岡地区が最も多い108件、北九州60件、筑後49件、筑豊36件、高速道路など4件だった。
また、酒酔い運転による事故が15件、運転手から呼気1リットル中0.25ミリグラム以上のアルコール分が検出された事故が161件と、悪質な事案が全体の約7割を占めた。


追記





福岡県 飲酒運転罰則付き条例成立

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2月23日4時17分 動画あり
福岡県 飲酒運転罰則付き条例成立
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飲酒運転による事故が、去年、全国で2番目に多かった福岡県で、飲酒運転の撲滅を目指す条例としては初めて罰則を盛り込んだ、「飲酒運転撲滅条例」が成立しました。
「飲酒運転撲滅条例」は、福岡県議会の4つの会派が、去年8月から制定を目指して検討を続けてきたもので、22日に開会した定例の県議会で条例案の採決が行われ、全会一致で可決・成立しました。
条例では、飲酒運転で初めて検挙されたドライバーに対しては、アルコール依存症ではないか診断を受けるよう努力することを求めています。
さらに、再び検挙された場合は診断が義務づけられ、従わない場合、罰則として5万円以下の過料が科されます。
また、ドライバーが通勤や通学の途中に飲酒運転で検挙された場合は、福岡県の公安委員会が勤め先や学校に通知し、勤め先や学校は飲酒運転を防止する措置を講じなければならないとしています。
飲酒運転の撲滅を目指す条例は、これまでに4つの県で施行されていますが、罰則が盛り込まれたのは福岡県が初めてです。
条例のうち、罰則のついた項目などは9月末までに施行される見通しで、そのほかの項目は4月1日に施行されます。


追記

東京マラソン・車いすの部 寛大さんの父親優勝
(福岡県)

飲酒運転の車にはねられ死亡した福岡市の高校生の父親が26日、東京マラソン・車いすの部に出場しました。車いすなどに飲酒運転撲滅を呼びかけるステッカーを貼って出場した父親は、見事優勝しました。男子車いすの部に出場した福岡市の山本浩之さんは、去年2月、飲酒運転による事故で長男の寛大さんを亡くしました。車体やヘルメットには飲酒運転撲滅を訴える「ストップ飲酒運転」のステッカーを貼っての出場で、序盤から先頭集団でレースを進め、2位に5秒の差をつけてゴール、2年ぶり2回目の優勝を果たしました。
[ 2/27 15:58 福岡放送]
福岡市 消防署員逮捕で再発防止呼びかけ
(福岡県)

福岡市の消防署員の男が25日、飲酒後に車を盗んだとして逮捕されたことを受け福岡市役所で27日、再発防止が呼びかけられました。高島市長は登庁する職員ひとりひとりに飲酒運転の再発防止を呼びかけるメッセージを配りました。中央消防署の救急隊員・藤健二郎容疑者が車を盗んだ疑いで逮捕され、基準値を超えるアルコールが検出されたのを受けて行われたものです。福岡市では職員の飲酒の頻度や量を調査し再発防止につなげる方針です。
[ 2/27 12:25 福岡放送]
海の中道の事故以来(飲酒運転によって走行中の車に追突、当てられた車が橋から海に落ちて、幼児3人が死亡した事故)、福岡市職員の飲酒運転事故が続いています。一般市民の模範となるべき公務員でありながら情けない事です。ここまで来ると呆れてしまいます。採用試験に問題があるのかもしれません…もっと資質を問うべきなのかもしれません…
by Kei

追記
福岡県で飲酒運転の疑いで男女3人逮捕
(福岡県)

29日未明から朝にかけ福岡県内で飲酒運転の疑いで男女3人が逮捕されました。29日午前4時半ごろ飯塚市花瀬の路上で軽乗用車が中央線を越え、対向してきたパトカーと接触しました。警察が軽乗用車を運転していた女の呼気を調べたところ基準値を超えるアルコールが検出され酒気帯び運転の疑いで現行犯逮捕しました。逮捕されたのは飯塚市大日寺の自称・介護福祉士、松本直美容疑者で「酒も飲んでいないし運転もしていない」などと容疑を否認しているという事です。また久留米市では2月20日に酒を飲んで車を運転し衝突事故を起こしたとして浜崎聖羽容疑者が、朝倉市でも日野貞行容疑者がそれぞれ逮捕されています。
[ 2/29 13:42 福岡放送]

これだけみんなが「飲酒運転は止めましょう!」 と言っているのに、どうして飲酒運転をする人が後を絶たないのでしょうか?不思議でたまりません。自分の家族が飲酒運転事故に巻き込まれたことを考えれば、決して飲酒運転は出来ないと思うのですが…厳罰にして、考えを改めさせるしかないと思います。しっかりとアルコール依存症の検査を受けさせてもらいたいものです!
by Kei

追記

読売新聞 2012年(平成24年)6月3日(日曜日)朝刊

天国の寛大とロンドンへ

山本寛大さん
昨年2月、高校生だった長男を飲酒運転事故で亡くした山本浩之さん(46)(福岡市東区)が2日、大阪市で開かれた障害者の「ジャパンパラ陸上競技大会」男子車いす5000mで優勝し、ロンドンパラリンピック出場が有力になった。「STOP!!飲酒運転」のステッカーをヘルメットと車体に貼り、長男の寛大(かんた)さん(当時16歳)に「一緒にロンドンに行こう」と呼びかけながら走ったレース。5人を振り切ってゴールし、「『1番を取ったぞ』と寛大に伝えたい」と喜びをかみしめた。
(本部洋介)


飲酒事故 息子犠牲の父

パラリンピック選考会V

車いす5000㍍ 「メダルを遺影に」
ジャパンパラ陸上競技大会の男子5000メートルで
優勝した山本さん(2日、大阪陸上競技場で)
吉野拓也撮影
レースには6人が出場。右手でガッツポーズをしながらゴールした山本さんは、知人らの祝福を受け、「今日のメダルを寛大の遺影にかけてあげたい」と笑顔で語った。
山本さんは20歳の頃、交通事故で下半身が不自由になった。それから車いすの陸上競技にのめり込み、2008年のパラリンピック北京大会では男子マラソンで6位に入賞した。
その後、妻の美也子さん(43)が障害児らのために設立したNPO法人「はぁとスペース」を支援。障害を持つ子どもたちに陸上を教えたり、小学校などで講話をしたりしながら、ロンドン大会での優勝を目指して練習を続けていた。
しかし昨年2月、当時博多高1年生だった寛大さんと同級生が、飲酒運転の車にはねられ、二人とも死亡した。失意の日が続き、昨年11月に大分市で開かれた大会で日本人6位に終わり、マラソンのロンドン大会代表推薦枠を逃した。
それでも飲酒運転撲滅のため妻と一緒に啓発ステッカーを作ったり、市民や企業と連絡を取ったりしながら、多い日は80キロの走り込みを続けた。今年2月の東京マラソンでは2度目の優勝。今回のトラック競技最終選考会に向けて練習を積んで来た。代表候補は近く決定し、7月に正式発表の予定だ。
山本さんの優勝を喜ぶ妻の美也子さん
この日、美也子さんは「STOP!! 飲酒運転」と書いたTシャツを着てスタンドで応援。「私たち夫婦だけでできる事は少ない。多くの人が温かな応援をしてくださったおかげです。」山本さんは「妻が飲酒運転撲滅のための講演などで忙しい中、私のコンディション作りも懸命に支援してくれた」と話していた。


 















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