2012年9月8日土曜日

NHKドラマ「陽だまりの樹」第6回蘭方医対漢方医を見ました


NHKドラマ「陽だまりの樹」第6回蘭方医対漢方医を見ました

 

 冒頭から回想シーンが流れています。良庵の声でナレーションが流れます。「万二郎は、父の仇を討つ事は叶わなかったが、裏で糸を引いていた漢方医達に一矢を報いた…だが、そのことで万二郎は、蘭方医と漢方医の渦中に巻き込まれる事になるのである…安政四年十月アメリカ使節団は、将軍に大統領親書を渡す為、江戸に入った…」と…

 万二郎は、蕃書調所にいた。あたりは、アメリカ人や日本人の下役達が引越の道具の整理をしていて、忙しそうだった。万二郎が椅子に腰かけているとヒュースケンが「万二郎、手伝ってくれ…」と言うと、万二郎は真剣な顔で「オレは警護役だぞ…」と、引越しを手伝う下役の身分ではないと、含みを持った言い方をしました。ヒュースケンは、頭を下げるのですが、万二郎は周りの本を見て「ずいぶん本があるんだな…」と言います。ヒュースケンは「ドクターが、アメリカから持って来た…病気の治し方が書いてある…」と言います。万二郎は、本を開いて見ながら「良庵が見たら喜びそうだ…」と言います。

 ヒュースケンは、蕃書調所の門を出て、物珍しさに集まって来た日本人を見ていました。万二郎は、慌てて出て来ると「ヒュースケン…外へ出てはだめだ…」と言います。護衛の武士が、また二人駆け寄って来ました。ヒュースケンは英語で「少しくらい息抜きさせてくれ…」と言います。万二郎は「見てみろ、こんなに野次馬が…異国人は珍しいんだ…騒ぎになる…」と言います。しかしヒュースケンは、万二郎の忠告も聞かずに、見物に来ていた若い娘に歩み寄りました。そして「こんにちは…」と話しかけるのですが、娘は驚いて逃げて行きました。その様子を見ていた万二郎は、ヒュースケンの手を握って「いいかげんにしろ…」というと、蕃書調所へ引き戻そうとしますが、ヒュースケンは英語で「離せ万二郎、少し歩くだけだ…」と言いました。その時、ヒュースケンのかぶっていた帽子に吹き矢が当たって、帽子が飛ばされてしまいました。万二郎は、ヒュースケンの体を押さえつけて「伏せろ…」と言います。吹き矢がまたヒュースケン目がけて飛んできました。万二郎があたりを見回すと、町人風の男が吹き矢の筒を持っていました。町人は、万二郎と視線が合うと逃げ出しました。万二郎は、同役の者に「頼む」と言ってヒュースケンを渡すと、町人を追いかけて行きました。

 万二郎は「待て…」と大声をあげながら追いかけて行きます。町人が振り向いて抵抗をすると、万二郎は町人の抵抗をかわして、腹に当て身を入れました。その時、横から浪人がやって来て、万二郎を斬りつけて来ました。万二郎は町人の刀を振り払い、峰打ちで浪人を叩きのめしました。その様子を塀の影から見ていた侍がいました。

 その時、後ろの方から「伊武谷様…」と呼ぶ声がしました。警護役の侍達が追いかけて来たのです。万二郎は、倒れている犯人達を「連れて行け…」と命じました。万二郎は、あたりを見回しながら、刀を鞘に納めます。その時、塀の影で隠れていた侍が万二郎に「よか腕をしちょる…北辰一刀流じゃごあはんか…」と声を掛けました。万二郎は、侍の方を向くと、刀の柄に手を掛けて構えました。そして「仲間か…」と問い質しました。侍は、腕を組ながら万二郎に歩み寄ると「おいは、異国人を見に来た野次馬じゃ…おはん、伊武谷万二郎どんでごわすな…」と言います。万二郎は鋭く「何で知っている…」と言います。すると侍は「おはんの事は、亡き阿部伊勢守様から聞いちょります…」と言います。万二郎は、殺気に満ちた構えを止めて歩み寄り「阿部様から…何者だ、お主…」と言います。侍は一礼をしながら「申し遅れました。おいどんは、薩摩藩西郷吉之助と申すもんでごわす。お見知りおきを…」と言うと、ニッコリと笑顔を見せました。幕末から明治維新にかけての大スター、西郷隆盛の若かりし日の姿でした…

 ここで主題曲が流れ始め、陽だまりの樹…第六回、蘭方医対漢方医の字幕が表れました。

 

 

 良庵とおせきは、診察室で薬の調合をしていました。良庵はおせきの様子を見て「慣れて来ましたね、おせきさん…」と言います。おせきは笑顔で「お手伝いしているうち、いつの間にか…」と答えました。すると良庵は「医者として開業したらどうです…江戸で初めての女の医者…ああ、評判になるだろうな…私が介添え致しますよ…」と言います。おせきは、笑いながら「そんな…」と言います。良庵は「おせきさんみたいな別嬪さんが医者だったら、オレもわざと病気になって通いつめるかな…」と笑いながら言いました。しかし、その様子を障子の隙間から、おつねが覗き見していました。

 良庵は、自分の部屋で食事を取ろうとしていました。おつねが給仕をしながら良庵に「あなた、おせきさんと何か会ったでしょ…」と、問い詰めます。良庵は、驚いた表情で「えっ、ある訳ないだろう、何言ってんだ…」と言います。おつねは、嫉妬心丸出しで「嘘おっしゃい、目が違います、目が…あなたがおせきさんを見る目は、何時もキラキラ輝いています。」と言いました。良庵はどうにかしてはぐらかそうと、おどけた表情で「気のせいだって…ほら、お前を見る目だって、キラキラしているだろう…」と言います。するとおつねは、突然怒り出して「ふざけないで…」と言って立ち上がり、部屋を出て行こうとします。良庵は、語気を強めて「いいかげんにしろ…妙な焼きもちばかり焼いて…亭主を信じられないのか…」と言いました。おつねは振り向いて良庵に「好くそんな偉そうなことが言えるわね…あなたは大津の旅籠で、私を手籠めにしたのよ…」と、大声で言います。良庵は、慌てて立ち上がって、おつねの肩を持ち、困った表情で「またそれを言う…」と泣き付きました。

 おつねとおなかは、台所で炊事をしていました。おつねは、腹の虫がおさまらないのか、興奮した口調で、おなかに「あの人の女癖、どうにかならないのですか…この前も往診だなんて嘘を付いて、芸者のところに…」と言いつけました。おなかは笑みを浮かべながら「父親譲りの、まあ、癖みたいなもんだからね…私も、さんざん泣かされたから…」と言います。おつねは、おなかに歩み寄って、興奮した口調で「我慢しなけりゃいけないんですか…私はイヤです…お母さまからいってやってください…」と言います。おなかは、少し困った表情を見せますが、直ぐに笑みを浮かべて「言っても聞くかしら…」と言います。おつねは、呆れた表情で「そんな…」と言います。おなかは、良庵が可愛いのか、それとも年の功なのか、笑顔で「長い目で見てやって…良庵だって好いところはあるのよ…いざとなったら、ものすごく真剣な顔になるの…そういう所も父親にそっくりなの…あははは…」と言いました。おつねの顔が、ふくれっ面になっていました。

 

 万二郎は、西郷を訪ねていました。西郷は、さつま揚げの包みの紐をときながら「実を言うとな…アメリカ人を見物に行ったというのは嘘じゃ…おはんに会いたかったんじゃ…興味があってな…」というと、さつま揚げを差し出しました。万二郎は、さつま揚げを受け取ろうともせずに、驚いた表情で「私に」と聞き返します。西郷は、さつま揚げを箸で万二郎の膳に取り分けながら「伊武谷どん…聞いちょっとか…イギリスやフランスは清国やインドでどんなに無体な所業をしちょるか…今のだらしなか幕府では、こん日本も異国どもに食い荒らされるばっかりでごわす…」と言います。万二郎は、目を輝かせながら「東湖先生も嘆いておられました。幕府は陽だまりの樹だと…虫食いだらけの枯れかけた大樹だと…」と答えます。西郷は、万二郎を見つめながら「左様、今こそ幕府を改革し、防備を固め、異国と堂々と交渉出来る国に変えんと日本は滅ぶと…」と言います。万二郎は「私もそう思います。」と答えました。西郷は「将軍家定公は御病気じゃ…改革する為には、一橋慶喜様が次の将軍に成って頂かんといかん…紀伊の徳川慶福様を推す一派もおるが、慶福様は、まだたった十三歳に過ぎん…今は亡き阿部様を始め、我が殿、島津斉様、徳川斉昭様、すべて慶喜様のお味方じゃ…大奥も根回しは済んじょる…」と言います。万二郎は驚いた表情で「大奥…」と聞き返しました。西郷は「御台所様の篤姫様は、我が殿の御養女じゃ…伊武谷どん…慶喜様が次の将軍に御成りもうした暁には、おはん、上様の為に力を貸す気はごわはんか…」と言います。万二郎は真剣な顔で「どういうことです…」と尋ねます。西郷は、膳からさつま揚げを取ると食べ始めました。そして、美味しそうに「うん…うまかね…」と言いました。西郷はそれ以上の事は言いませんでした。万二郎は、笑顔で西郷を見つめていました。ここで、良庵の声でナレーションが入ります。「さすがの万二郎も、この巨大な改革派の姿が、おぼろげながら見えてきた……そして、万二郎自身、その改革派の中にいつの間にか組み込まれて、幕末を揺るがす派閥抗争に否が応でも巻き込まれて行くのであった…」と…

 万二郎は、千三郎が亡くなった川のほとりで、流れる水面を見ながら「父上、私は遣ります…力の及ぶかぎり…倒れかけた大樹の支えに成ります…」と誓いました。

 

 万二郎の家に、町娘が訪ねて来ていました。玄関口で、おとねが応対をしています。そこへ万二郎が帰って来ました。おとねは、万二郎の顔を見ると「万二郎…お客様ですよ…」と言います。町娘は、振り返って万二郎に視線を合わせました。万二郎は、玄関に入って来ると「どちら様ですか…」と尋ねました。町娘は、万二郎に一礼すると「私は、日本橋で紙の商いをしております、播磨屋の娘で品と申します…」と答えました。万二郎は、見覚えのない町娘が、自分を訪ねて来た事を不思議に思いながら「それで、私に何か…」と尋ねました。お品は「一昨年の地震の折り、大きなご恩を受けました者でございます…」と答えました。万二郎は「一昨年…」と聞き返します。お品は「芝浜で、あなた様に救われました…大勢の中の一人でございます…」と言いました。万二郎は、地震の時、芝浜であった事を思い出していました。映像は、お品が、やくざ者に抱きつかれていると、そこへ万二郎が駆けつけて「やめろ!」と言いながら、やくざ者をお品から振り払った時の映像が流れていました。

 お品は「あなた様に、お礼を申し上げたくて、ずっとお探ししておりました…」と言います。万二郎は「いや…礼だなんて…」と言います。二人の様子を注意深く見詰めていたおとねが「とにかく、お上がりに成って下さいませ…」と言いました。お品は「いいえ、これをせめてものお礼に…」と言うと、大事そうに持っていた包みを玄関のあがり口に置きました。そして「本当にありがとうございました…失礼いたします…」と言うと、万二郎とおとねに一礼して帰って行きました。万二郎は、驚いた様子でお品の後を追って外に出ると、そこにはお付きの女中が待っていました。お品は振り向きもせずに歩いて行きました。万二郎は、その後ろ姿を見つめていました。

 

 座敷で、お品が置いて行った包みをおとねが開いていました。中からは、手縫いの服が出て来ました。おとねは「まあ…好いお召し物だこと…あら、これご自分で縫ったものよ…」と言います。万二郎は、考えながら「何で、私がそんな…」と言います。おとねは、万二郎の顔を覗き見るようにして「まだ分からないのですか…あの娘御は、お前を慕っているのです…母には、そう読めました…」と言います。万二郎は、驚いた表情で、小声で「ええ…」と言います。おとねは、万二郎の目を見つめながら「お前は、どうなんです…いとしいのですか…」と尋ねました。万二郎は、呆気に取られた表情で「冗談を言わないでください…たった今、あっただけじゃないですか…」と答えました。おとねは「それを聞いて安心いたしました…あの娘御には気の毒ですが、うちは武士の家柄…商家の娘を嫁に娶る訳にはゆきません…」と言いました。この時代、商人が裕福になり経済を握っていたと言えども、まだまだ士農工商の身分制度は歴然としたものがありました。まして、下級武士とはいえ、伊武谷家のように武家として誇り高く生きている家柄では、おとねの言葉は当然の事でした。万二郎は、おせきのことを思うと複雑な気持ちで聞いていました。

 

 万二郎は、善福寺の山門の石段をとぼとぼと登っていました。おせきは、万二郎の後姿を見つけると、不安な気持ちに成りました。万二郎は、おせきの父である住職の旦海貞徴から呼び出されていたのです。

 座敷では、旦海が「伊武谷様、わざわざ御足労願い、恐縮至極でございます…」と言うと、一礼をしました。万二郎もまた、一礼をしました。万二郎は、緊張した声で「あのう…御用件は…」と尋ねました。旦海は「実は…」と言うと、言いにくそうに「この度、御上より…内々の御沙汰がござりましてな…当寺を、かのアメリカ人使節の役所として使いたいので引き渡しをと言う御沙汰でござります…」と言いました。万二郎は「アメリカ人使節の役所…」と聞き返しました。旦海は、険しい表情で頭を下げながら「はい…しかし、檀家衆が恐がっておりましてな…そこでお願いじゃが…あなた様からアメリカ人にお執り成し賜りませんかな…当寺を使うのを控えてもらいたいと…」と言いました。万二郎は、驚いた表情で「この下っ端の私に…」と言います。すると旦海は「いえ…あなた様は、アメリカ人の通訳と御心安いと伺っております…あなた様から通訳へ、そして、通訳から使節へ、使節から御老中へのお執り成しを願いたい…」と、懸命に頼みました。万二郎は、慌てた様子で「それは無理です…私にはそんな力はありません…」と言うと、両手を付いて深々と頭を下げました。旦海も、藁にもすがる気持ちで両手を付いて「そこを何とか…お願い申す…この通りでござる…」と言うと、深々と頭を下げました。

万二郎は、自分にはどうする事も出来ないという表情で、俯いて黙っていました。すると旦海は、両手を付いて這いずるようにして、万二郎に近づき「いかがでござろうな…もし、お受け下さりますれば…娘のせきを喜んであなた様に差し上げます…」と言うと、また深々と頭を下げました。万二郎は、癇に触ったのか大きな声で「御住職…あなたは御自分の娘を駆け引きの道具になさるおつもりですか…」と言いました。旦海は、慌てた表情で「いや、いやいやいや…誤解なされては困る…わしは常々、あなた様のようなお方に娘のせきをめあわせたいと思うていました…」と言うと、また深々と頭を下げました。しかし万二郎は、きっぱりと「左様な取引はお断りいたします…おせき殿の話は、かような場に出して頂きたくは無かった…」と言うと、両手を付いて深く頭を下げながら「御免…」と言うと、立ち上がって座敷を出て行きました。旦海は「伊武谷様、お待ちください…」と呼びとめるのですが、万二郎は振り向く事もありませんでした。

万二郎は、興奮しながら廊下を歩いていました。そこへ反対側からおせきが遣って来ました。おせきは心配そうな表情で万二郎に「父とは、何のお話でしたの…」と尋ねます。万二郎は「いや、残念です…」と言います。おせきは、意味が分からずに「はっ…」と言います。万二郎は「おせき殿、アメリカの使節がこの寺を使う事は聞きましたか…」と尋ねます。おせきは「はい…聞いております…」と答えました。万二郎は、おせきの顔を見つめながら、大きな声で「心配御無用です…みんなアメリカ人を怖がっていますが、我々と同じ人間です…通訳のヒュースケンは、なかなか好い奴で、私は学ぶところがいろいろありました…それに、警護役として私も付いていますので、御安心ください…」と言います。万二郎の顔は、笑顔に成っていました。おせきも笑顔で「はい」と答えました。万二郎は「では…」と言うと、その場を去って行きました。おせきは、万二郎の後姿に深く一礼しました。万二郎は「喜んだあなた様に…」と独り言を言うのですが、その先が出ませんでした。

 

小野鉄太郎の道場で、万二郎と鉄太郎は稽古着姿で座禅を組ながら話しをしていました。鉄太郎が「アメリカと戦か…」と尋ねると、万二郎は「このままでは、清国の二の舞だ…」と答えました。鉄太郎は「ならどうする…万さんが国を救ってくれるのか…」と尋ねました。万二郎は「オレ達、下っ端武士は、どんなに天下いても手も足も出ない…」と答えます。鉄太郎は、振り向いて万二郎の顔を見ると「何だい、倒れかかった大樹の支えに成ると大見得を切ったのは何処のどいつだい…」と言います。万二郎は、黙って一点を見つめていました。鉄太郎は立ち上がり「稽古だ、万さん…迷いがある時は、汗を流すに限る…」と言います。二人は、木剣で稽古を始めました。万二郎の調子がなかなか上がりませんでした。鉄太郎は「どうした!…隙だらけだぞ…」と声を掛けました。二人の荒稽古は続くのですが、鉄太郎の罵声がやけに飛び交っていました。鉄太郎は、万二郎の木剣を道場の床にたたき落としました。その時、万二郎が「下っ端にも天下を動かせる気がして来た…」と言います。鉄太郎は、稽古の手を止めて「何だって…」と言います。万二郎は「旦海上人が言っていたっけ…少なくともオレはアメリカ使節の近くにいる…しかも俺はヒュースケンと心安い…ヒュースケンを通じて様子を残らず聞く…そしてまた、ヒュースケンからハリスに、こちらの意向を伝えてもらう…オレにはそれが出来る…」と言いながら木剣を拾うと、鉄太郎に打ち込みを始めました。鉄太郎は、万二郎の剣を受けながら「本当にそんな事が出来るのか…」と言います。万二郎は「遣る…鉄さん、俺はな…幕府の中に巣を作った白蟻共を退治したいんだよ…あの連中に任せていたならば、この国は滅びる…やあ!…」と言うと、鉄太郎に激しく打ち込みました。

 

雨の夜中、傘をさしたお品が、裏長屋の路地を町人の男に先導されながら歩いていました。町人は、長屋の入り口で立ち止まると「こちらのお武家が、あんたの望みを叶えてくれるよ…」と言います。お品が深く一礼すると、町人は立ち去りました。

男の手で巻物が開かれました。そこには、丑久保家系図と書かれていました。男がお品にそれを見せると、お品は「本当に五十両でお譲り頂けるのですか…」と言います。男は系図を巻きながら「察しはついている…若侍に惚れたな…悪い事は言わん…諦めろ……武家の系図さえ持っておれば…武士に嫁ぐ事は、体面上は出来ようが…それが何の役がある…商家の娘は、商人の嫁に成るがよい…」と言いました。その男は、丑久保陶兵衛でした。お品は、思いつめたように「いいえ、私は武士の妻に成りとうございます…」と言いました。陶兵衛は、冷めた表情でお品を見つめると「俺の死んだ妻は、百姓の娘だ…」と言います。お品は、少し動揺したように「えっ…」と言いました。陶兵衛は「当然、周りに留立てされた…で…俺は主家を捨てた…武士なんてのはな…浮草みたいなものだ…放りだされりゃ手も足も出ず…ただ浮いているだけの人間だ…武士などに嫁いで、後で悔いる事に成るぞ…」と言います。お品は「いいえ、悔いる事など決してありません…」と答えました。陶兵衛は、お品に視線を合わせると、黙って系図を投げました。系図は、お品がたっているところまで転がって行きました。陶兵衛は、静かに「持って行け…」と言いました。お品は一礼すると弾んだ声で「ありがとうございます…」と言うと、手に持っていた小判の包みを床に置き、包みを広げて小判を見せると、系図を取り立ち去ろうとしました。その時、陶兵衛が「その男の名…聞かせてくれ…」と言います。お品は立ち止り、振り返りながら「伊武谷様でございます…」と答えました。陶兵衛は「伊武谷…」と言います。そしてお品に視線を合わせると「伊武谷万二郎か…」と問い質しました。お品は、不思議そうな表情で頷きながら「はい」と答えました。陶兵衛は、突然立ち上がるとお品に襲いかかりました。陶兵衛は、お品の肩に手を掛けて引き戻そうとすると、お品は悲鳴を上げながら床に倒れてしまいました。陶兵衛は、血走った目つきで「誠に伊武谷万二郎か…」と言います。そして、腰の脇差を取ると投げ捨てます。お品は恐怖を感じて「やめて…」と言って逃げようとしますが、陶兵衛は、お品に襲い掛かって手籠めに掛けました。

 

万二郎は、市中を歩いていました。アメリカ使節団の蕃書調所へ向かっていました。万二郎が蕃書調所に着いて、門の中に入ろうとすると門前に立っていた警護役に「待て、何処へ行く…」と止められました。万二郎は「何処って…仕事だ…」と言います。警護役は「お主、まだ知らぬのか…今日からお主は中へ入れぬ…」と言いました。万二郎は、警護役に視線を合わせて「如何いう事だ…」と尋ねます。警護役は、万二郎に鋭く視線を合わせると「お主は、警護役を解かれた…」と言います。青天の霹靂でした。万二郎は、鋭い口調で「何!…」と言います。警護役は冷静な口調で「お役御免だ…今後アメリカ使節室所には出入り禁止だ…」と言いました。それでも万二郎が中へ入ろうとすると、警護役は万二郎の肩を両手で押さえて、往来の方へ押し遣りました。

ここで、良庵の声でナレーションが入ります。「安政五年四月、伊井直弼が大老に就任した。次代将軍に慶福を推す伊井は、一橋慶喜を推す一派を政権から次々と追放していった。万二郎は、そのとばっちりを受けて謹慎の身となった。」

 

良仙、良庵親子は、伊東玄朴に呼び出されていました。そこには、娘婿の大槻俊斉もいました。良仙は玄朴に「やや、ははは…如何なさいました…玄朴先生…」と言います。玄朴は「わざわざお出まし頂き恐れ入ります…」と言うと一礼をしました。良庵が玄朴に「何事です…いったい…」と尋ねました。玄朴は、真剣な表情で身を乗り出すと「是非、会って頂きたい方がおりまして…」と言います。良庵は「あははは…」と笑顔を見せていました。すると俊斉が立ち上がり、次の間の襖を開けました。そこには、奥医師の多紀元迫が控えていました。元迫の顔を見るなり、良仙・良庵親子の顔が険悪なものへと変わりました。

良庵は「奥医師…何で…」と言うと、玄朴の顔を見ました。すると元迫は、緊張した表情で「何時ぞやは失礼致した…」と言うと、一礼をしました。良仙は驚きながらも元迫の顔を覗き見ていました。玄朴は、良仙に視線を合わせながら「実は、ここだけの話なんだが…将軍家定公が、お倒れなすった…」と言います。良庵は、驚いた表情で玄朴に視線を合わせると「御上が…」と尋ねました。すると俊斉が「兄上…」と声の大きさを咎めるように言いました。

玄朴は、思慮深く考えながら「そこで…元迫先生は是非、我々蘭方医の意見を聞きたいと仰っている…」と言いました。思いもしないかった言葉に、良仙と良庵は驚いた表情で顔を見合わせました。良仙は玄白に、慎重な言葉遣いで「上様のご容体は…」と尋ねました。元迫は、思いつめた表情で「奥医師一同にて、上様を御診察申し上げ、寝不足のお疲れという事に成り申した…だが私めには、ただの寝不足とはとても思えません…」と答えました。すると俊斉が「元迫先生の御診立ては…」と尋ねました。元迫は、悲痛な表情で「それが…分からんのです…上様は、思い脚気である事は確かなのですが…それだけでは無いような…瞼の裏側や口蓋の中に黒い染みがありまして…」と答えました。良仙は不思議そうに「黒い染み…」と聞き返しました。玄朴も頭の中で症例を巡らせていました。元迫は、切迫した声で「どうかお助け下さい…」と言うと、前に這い寄り藁をもつかむ思いで「漢方では、もう手の打ちようが御座らぬ…」と言うと、両手を付いて深く低頭しました。

元迫は、力無く部屋を出て行きました。残った四人は、如何すべきか考えを巡らせていました。暫く沈黙が続いた後、良仙は玄朴と差向いになって、口火を切り始めました。「これは、好い機会じゃと言っては申し訳ないが…蘭方医禁止令を解いて貰う為にも一肌脱ぐという事に…」と…玄朴は良仙の意見を聞くと頷きながら「うん…」と言います。しかし、思い直したように「いや、しかし…診察も出来んとなりますとな…」と言いました。その時俊斉が「とにかく、病根を調べるのが先です…江戸中にいる蘭方医に呼び掛けて、上様の病状と同じ記載が洋書にあるかどうか調べてもらいましょう…」と言いました。それを受けて良庵が「確か、戸塚先生が洋書を沢山仕入れたと聞きましたが…」と言います。良仙は良庵に「早速借りて来てくれ…」と指図しました。良庵は「はい…」と言うと、玄朴に一礼して部屋を出て行きました。

 

良庵は自宅で、オランダの医学書を貪る様に読んでいました。隣の部屋では、おつねが食事の支度をして良庵が食べに来るのを待っていました。おつねは待ちきれずに「あなた、お食事の支度ができました…」と呼び掛けます。しかし、良庵は気づきませんでした。おつねは立ち上がると良庵に近づき、大きな声で「あなた…」と呼び掛けました。すると、良庵は大きな声で「うるさい!」と言うと、振り向いておつねを睨みつけました。そして「邪魔をするな…」と言うと、また医学書を読み始めました。この時、良庵は医学者としてのスイッチが入っていました。おつねの初めて見る良庵の姿でした。

おつねはふて腐れた表情で台所に戻って来ました。料理をつぎ分けていたおなかは、そんなおつねを見て心配そうに「如何したの…」と声を掛けました。おつねはポツリと「あの人のあんな怖い顔、初めて見ました…」と言います。おなかは笑みを浮かべながら「それよ…今が真剣になっている時…」と言いました。

良庵は、あれからずっと医学書を読んでいたのですが、上様の病状に当てはまるものを見つけ出す事は出来ませんでした。思わず首を振ると立ち上がり勉強部屋を出て来ました。その時、女中が「若先生…伊武谷様がお見えです…」と声を掛けました。女中の後ろから刀を手に持った万二郎が部屋に入って来ると「一杯やるか!…」と言いました。良庵は振り向くと力無く万二郎を見ました。万二郎は、開いていた襖の間から勉強部屋に散らばっている医学書の山を見て心配そうに「どうかしたのか…」と声を掛けました。

良庵は、万二郎に目も合わせずに「ある病の治療の手立てを探しているのだが…ご覧の通り古い物ばかりで…新しい医学書があればいいんだが…」と言いました。万二郎は「医学の本なら、アメリカ人の軍医が沢山持っている…」と言います。それを聞いた良庵の表情が変わり「えっ…」と言います。

映像は、アメリカ使節団の引越の時の映像が流れています。万二郎は、引越しの様子を見ながら「随分本があるんだな…」と言います。ヒュースケンは「ドクターが、アメリカから持って来た…病気の治し方が書いてある…」と答えました。

良庵は万二郎に「それを借りられないか…」と聞きます。万二郎は、沈んだ表情で「無理だ…」と答えました。良庵は「どうして…」と聞き返します。万二郎は、寂しそうな表情で「お役御免になった…蕃書調所の出入りは禁止だ…」と答えると畳の上に座りました。良庵は「何だって…」と言うと、万二郎の真向かいに座りました。万二郎は、吐き捨てるように「如何いう訳か、次代将軍を巡る争いに、下っ端の俺まで巻き込まれた…とばっちりも好いところだ…」と言います。良庵は、何か思い浮べるようにして「次代将軍…やっぱり上様はかなりお悪いんだな…」と、独り言を言います。その言葉に反応して、万二郎は「上様…」と言います。良庵は、正座に座り直すと「好いか…この話は断じて他言無用だぞ…」と言います。万二郎は、良庵に視線を合わせると「ああ…」と言いました。

良庵は「上様が、倒れなさった…」と言います。万二郎は驚いて「何!」と言います。良庵は「それで医学書を調べているんだ…」と言います。万二郎は「どうして…お前が…」と尋ねます。良庵は「奥医師の一人が泣きついて来たんだ…漢方では手の打ちようが無いって…蘭方医の面目が掛かっているんだ…」と言いました。万二郎は、真っすぐな目で良庵を見つめながら「医学書を調べれば手立てが分かるのか…」と尋ねます。良庵は、沈んだ表情で万二郎を見つめながら頷くと「おそらく…」と答えました。万二郎は、しばらく無言で考えると「わかった…」と言います。万二郎は、立ち上がると縁側の方へ歩み寄ります。良庵は、万二郎の後姿に「借りて来てくれるか…」と呼び掛けました。万二郎は「持ち出すのは無理だ…その場で見るしかない…」と言います。良庵は、万二郎に歩み寄ると「蕃書調所に入れるのか…」と聞きます。万二郎は「忍びこむ…」と答えました。良庵は「そんな事して大丈夫か…ばれたら切腹だぞ…」と言います。万二郎は「覚悟は出来ている…」と答えました。

 

夜の蕃書調所の門前には、警護の武士が一人たっていました。路地に入って行く道端に、女物の綺麗な服が落ちていました。警護の武士はそれに気づくと笑みを浮かべて歩み寄り、服を拾うと路地の方へ消えて行きました。反対側の塀の影に隠れていた良庵と万二郎は、誰もいなくなった蕃書調所の中へ入って行きました。二人は、松の木と塀の影に隠れます。良庵は「へぇ…夜遊びもたまには役に立つもんだ…」と言います。二人は視線を合わせると、万二郎が先に歩いて行きました。慎重に隠れながらヒュースケンの部屋を目指していたのですが、警護役の武士二人に見つかってしまいました。

警護役の武士は、それぞれ刀を抜いて斬りかかって来ました。万二郎は、素手で応戦を始めました。その時、万二郎は、警護役の武士が同僚だった犬山惣乃進と猿田菊蔵である事に気づきました。万二郎は「犬山、俺だ…」と言います。犬山は、万二郎の顔を見ると「伊武谷様…」と言います。そこへ良庵が近づいて来ました。二人は驚きを隠す事が出来ませんでしたが、黙ったまま顔を見合わせました。万二郎は、小さな声で「頼みがある…」と言います。

蕃書調所の廊下を別の警護役が白衣を着た良庵と万二郎を先導して歩いていました。その時、脇の部屋から上司の武士が出て来て「何の用だ…」と呼び止めました。警護役の武士は、頭を下げながら「斎藤様…犬山が腹が痛いと言うので、お医者を…」と答えました。その時、良庵が素知らぬ顔で歩み寄り「病人は何処です…」と聞きます。斎藤は良庵と万二郎を見渡していました。万二郎は、顔がばれないように白い頭巾をあぶって顔を隠していたのですが、その異様さに不審を感じたのか、万二郎を睨んでいました。すると良庵が「私の門弟です…」と言いました。万二郎は、軽く会釈をしました。その時、犬山が「痛いよ…早く医者を呼んでくれ…」と言う声が聞こえました。万二郎は、声のする方を振り向いて「ああ、手遅れに成りますよ…」と、斎藤に言いました。斎藤は「行ってやれ…」と言いました。良庵は斎藤に一礼すると振り返って歩きだしました。その顔には、してやったりと言う笑みがこぼれていました。

ヒュースケンは、自室で書き物をしていました。そこへ、万二郎と良庵が入って来ました。ヒュースケンは、万二郎に気づくと立ち上がり大きな声で「万二郎!…」と言いました。万二郎は、慌ててヒュースケンの口を押さえて黙らせます。

良庵は、ヒュースケンの机で医学書を見ていました。良庵は、ため息交じりに「何だ!どれもエゲレス語でチンプンカンプンだ…俺はオランダ語しか分からない…」と言いました。その時万二郎は、ヒュースケンに視線を合わせて「訳してくれるか…」と尋ねました。ヒュースケンは「オッケー…万二郎には二度も助けられた…そのお返し…」と言います。良庵は、椅子から立ち上がりながら「お願いします…」と言いました。

良庵はヒュースケンに「口の中の黒い染みです…それを探してください…」と言います。ヒュースケンは「口の中の黒い染み…」と復唱しながら医学書を読み始めました。かなりの時間がたち、何冊か読んだのですが、口の中の黒い染みについての記載を見つける事は出来ませんでした。ヒュースケンは別の部屋から、沢山の医学書を自室に運んできました。そして、やっとのことで見つけ出しました。ヒュースケンが良庵を手で突いて呼ぶと良庵は真剣な表情で「ありましたか…」と尋ねました。

 

多紀元迫が悲壮な表情で考え事をしながら廊下を歩いていると、多紀誠斉の「元迫殿…」と呼ぶ声が聞こえて来ました。元迫は、力の無い声で「はぁ…」と言うと後ろを振り向きました。そこには、誠斉がいました。元迫は歩み寄ると「何か…」と尋ねます。誠斉は「貴殿を見込んで、御知恵を拝借したい…困った事が起きての…」と言います。元迫は「何でござりましょう…」と聞き返しました。誠斉は、笑みを浮かべながら「実は、この多紀一派の中に、こっそり料理屋で蘭方医に会った者がおるらしいのだ…事もあろうに、上様のご病状を蘭方医に打ち明け、助けを求めたという…何かご存じかな…」と、問い質しました。元迫の顔は、緊張して引きつっていました。

 

良庵と万二郎は、脱いだ白衣を手に持って、ときおり後ろを振り向きながら、走って手塚の屋敷に帰って来ました。

屋敷内では、良仙も良仙なりに医学書を調べていました。しかし、好い結果は出ていないようでした。そこへ、良庵の「父上!」と呼ぶ声が聞こえて来ました。良庵と万二郎は、良仙の書斎に入って座ると良庵が「父上、分かりました。御上の病気は、腎の上に付いているショウタイの病です。口の中の黒府が出来るのが第一の特徴です。」と言います。良仙は「そうであったか…で、治療法は…」と言います。良庵は、良仙の顔を見ながら「鉄分です…この病気は、鉄分を沢山取らなければなりません…およそ、この診立てで好いと思います…」と言うと、書き付けてきた手帳を懐から取り出して、良仙に見せました。万二郎は良仙に「一刻も早く知らせて下さい…」と言います。良仙は、手帳を見ながら「うん、分かった…」と言うと立ち上がりました。

 

万二郎は、小野鉄太郎の道場で、一人素振りの稽古をしていました。そこへ、良庵が怒った顔つきで入って来ました。万二郎が良庵に気づくと、素振りを止めて良庵に歩み寄り「どうだった…」と聞きます。良庵は万二郎と目も合わせず怒り狂ったように「どうもこうもあるか!…元迫殿は、俺たちと会った事がバレテ監禁された…」と言います。それを聞いた万二郎も怒りを抑えられずに「何だとう!…」と言います。良庵は「俺達が調べ上げた事が上にはとどかん…奥医師どもは、己の面目を守る為に、上様を見殺しにする気だ…」と言いました。万二郎の目は鋭く輝き、怒りを込めて「そんな馬鹿な事があるか…」と言うと、良庵の胸ぐらを握りました。良庵は、万二郎の手を払いのけると悔しそうに「俺にだって無念だ!…俺達の方が正しいのに…時代がそうさせないんだ…」と言いました。万二郎は、押し殺した声で「諦めるのか…」と尋ねました。しばらく沈黙が続いた後、良庵は寂しそうに「もう、打つ手がない…」と答えました。すると万二郎は「ならば、最後の手段に出るんだ…」と言います。良庵は、万二郎のこの言葉で我に戻ります。そして心配そうな表情で万二郎を見つめると「何をする気だ…」と言います。万二郎は、思いつめた表情で「奥医師どもを斬る…」と言います。良庵は「何を馬鹿な事を言っている!…」と叱りつけました。万二郎は「奴らは父の仇も同然…俺が命にかえて奥医師どもの間違いを天下に知らしめてやる…」と言いました。良庵は「そんなのは犬死だ!…」と叫びました。万二郎も語気を強めて「そうでもしないと変わらん!…」と言いました。良庵は「待て!…落ち着け…頭を冷やして考えるんだ…」と良庵をなだめました。そして「奥医師どもの診立てが公になればいいんだ…蘭方医なら…上様の病を治す事が出来ると…御老中方のお耳に入れる事が出来れば…」と言いました。万二郎は、俯きながら黙って考えていました。暫く経って、万二郎は冷静な声で「出来るかもしれん…」と言います。良庵は、焦りながらも「えっ…」と聞き返しました。万二郎の脳裏には、西郷と話していた時の映像が映し出されていました。西郷が「大奥も根回しが済んじょる…」と言うと良庵は「大奥…」と聞き返します。西郷は「御台所の篤姫様は、我が殿の御養女じゃ…」と…

万二郎は、良庵に視線を合わせると「打って付の男がいる…」と言います。万二郎は、この事を西郷に話しました。西郷は「分かり申した…大奥には顔が利く…」と言います。万二郎は、西郷に一礼しながら「お願いします…」と言います。西郷は「伊井様が大老に成られてから、一橋派は遣られ放題じゃ…ここらで一つ城中をかき回してやるのも面白か…」と言いました。

 

ここで、良庵の声でナレーションが入ります。「万二郎の読みは的中した…漢方では上様の病は治せぬという噂が大奥から城中に広まり…老中達も重い腰を上げた…」と……映像は、蘭方医伊東玄朴に、奥医師の辞令を交付しているところが流れています。

役人が、両手を付いて深く頭を下げている玄朴に「…及び、蘭方医二名を奥医師に任ずるものなり…」と辞令を交付します。玄朴は、役人を見上げ「はは…」と言うと、再度両手を付いて深く頭を下げました。

 

良庵は「万二郎!万二郎!…」と叫びながら、万二郎の家に駆け込んで来ました。万二郎が出て来て「如何した…」と言うと、良庵は許しも得ずに勝手に上がり込んで「やったぞ!…親父が奥医師に成るかもしれん…」と言います。万二郎は、驚いた表情で「本当か…」と言います。良庵は「伊東玄朴先生が奥医師に任じられたんだ…その他二名は、玄朴先生が選んで、その二名も奥医師に成る…それにうちの親父と妹の亭主大槻俊斉が選ばれた…奥医師に成れば、上様を診察できる…お前さんの狙い通りだ…」と言います。良庵は、嬉しそうな表情で「それはよかった…」と言いました。良庵は笑みを浮かべながら「これから忙しくなるぞ…親父達が奥医師に成れば、種痘所設立も決まるだろう…お前さんのおかげだ…」と言いました。万二郎は良庵に歩み寄り右手を出しました。良庵はその手を握りしめました。その上から万二郎の左手が覆いかぶさりました。二人は両手で確りと手を握り合いました。

 

江戸城では、伊東玄朴・手塚良仙・大槻俊斉の三人が正座をして役人の来るのを待っていました。良仙が「玄朴先生、これはちょっと遅過ぎはしませんか…」と言います。俊斉も玄朴に「もう、こ半時もたちます…」と言います。玄朴は、大きくため息を付くと「迎えの籠をよこしたのですぞ…待ちましょう…」と、自信なさそうに言いました。良仙は唯頷くだけでした。

その時「お待たせいたした…」と言う声が聞こえました。三人は、両手を付いて深く低頭しました。襖を開けて部屋に入って来たのは多紀誠斉でした。誠斉は上座に座ると「久方ぶりですな良仙殿…」と言います。顔を上げた良仙は、誠斉の顔を見るなり驚いて、苦笑いを浮かべながら「これはどうも…」と言います。誠斉は、低頭している玄朴に対して「お初にお目に掛かる…それがしは、奥医師取締役多紀誠斉と申す…」と言います。玄朴は、低頭しながらも上目づかいで「これはこれは、私は伊東玄朴と申します。この度、奥医師に任じられました。」と挨拶をしました。しかし誠斉は、惚けた表情で「うん、奥医師になった…はっ、そのような話は聞いておらぬ…何かの間違いであろう…」と言います。玄朴は、唖然とした表情で「いや、しかし…」と言うのですが、誠斉は玄朴の話を遮るようにして「蘭方医禁止令を知らぬ訳ではあるまい…蘭方は、外科以外認められておらぬ…まして、上様の御匙医に加わるなど、断じて許されぬはず…」と言います。玄朴も透かさず「いや、しかし、御公儀からのお使者が…」と反論するのですが、誠斉はそれを遮るようにして「間もなく、若年寄様がお見えに成る…確かめられるがよかろう…」と言いました。誠斉は一礼すると黙って部屋を後にしました。玄朴達は、ただ低頭するしかありませんでした。

良仙は屋敷に戻ると、玄関で出迎えた良庵達を目の前にして「ああ…」と大きくため息をつきながら座り込みました。心配したおなかが「あっ、あなた…」と言いながら腕を取って支えました。良仙は、茫然とした表情で「奥医師の御下命は、手違いじゃった…」と言います。心配して待っていた万二郎が「手違い…」と聞き返します。良庵も唖然とした表情で「そんな馬鹿な…」と言います。良仙は力無く「奥医師どもが、邪魔しよったんじゃろう…」と答えました。良庵は、悔しそうな表情で良仙に「またあいつらが…じゃ、種痘所も…」と聞きます。良仙は、首を振りながら力無く「認められた…」と言います。すると、おなかの表情が変わり「えっ…」と言います。良庵も「えっ、今何て…」と聞き返します。良仙は「種痘所の設立は、お許しが出た…」と言います。その顔は、複雑で苦しい表情でした。良庵も複雑な表情で「本当ですか…」と聞き返しました。良仙は無言で首を縦に振りました。そして、半分笑いながら「ねばった甲斐があった…」と答えました。おなかが泣きながら「あなた…ついにやりましたね…」と嬉しそうに言いました。良庵とおつねの顔から笑みがこぼれ始めました。おつねが良仙に「おめでとうございます」と言うと、良庵が万二郎の顔を見て笑みを浮かべながら「やった!…」と言います。良庵の笑顔を見た万二郎は、事が好き方向に進んだ事を知りホッとしてか笑い始めました。良庵は良仙に「父上、もっと喜んだらどうですか…」と言います。良仙は、何とも言えない表情で、おなかの顔を見ながら「キツネに摘まれたような心持でな…これは…夢ではないな…」と聞きます。おなかは、何も言わずに良仙の頬を摘まみました。良仙が「あいたたた…」と声を上げると、おなかは笑いながら良仙の肩を叩いて「夢なもんですか…」と言います。良仙は、頬をさすりながら頷いて「うん、よし、よし…祝いだ…おなか、おつね、酒の支度をしてくれ…」と言いました。おなかとおつねは立ち上がると急いで祝いの膳の支度にとりかかりました。良庵は二人について台所へ行きました。万二郎は良仙に笑顔で「よかったですね…先生…」と言いました。良仙は万二郎に頭を下げると「ああ…この事は、お父上の墓前にも報告せんとな…」と言います。万二郎は「喜びますよ…きっと…ですが、上様のご容体も気に成ります…」と答えました。良仙は「あっ、そうじゃった…手放しでは喜んでおられぬな…」と言います。そこへ、酒の徳利を手にして遣って来た良庵が「そう、硬いこと言わず…今夜は飲み明かしましょう…」と言いました。良仙も万二郎も笑顔で同意しました。

 

ここで良庵の声でナレーションが入ります。「安政五年(1858年)五月七日、神田御玉川池に種痘所が開設された。」と…

玄朴は男の患者の手を持ちながら「少し、斬りますぞ…」と言うと、種痘を始めました。良仙は、女の患者に「これが牛痘じゃ…」と説明すると、種痘を始めました。介添えには良庵がつき、おせきも側に控えていました。その様子を万二郎は確りと見つめていました。おせきは万二郎に気づくと歩み寄って「伊武谷様…これでどれだけの命が救えるか…伊武谷様のお働きは伺いました…私が言うのもみょうですが、本当にありがとうございました…」と深く低頭しました。万二郎は「いや、私など、何も…蘭方医の努力と執念がここを作り上げたんです…諦めずに…信念を持ち続ける事が如何に大事か、彼らから教わりました…」と、澄んだ瞳で言いました。

その時、子供の泣き声が聞こえて来ました。「やめて…やめて…」と…おせきが泣き声の方を振り向くと、良庵が「おせきさん、ちょっと…」と呼びます。おせきは「はい…」と答えました。良庵は良仙に「お父上…恐がらせるから…私が遣ります…」と言うと、子供に「怖くないよ…」と言うと、顔の表情をひょっとこの様に変えて、子どもをあやしながら種痘を始めました。万二郎は良庵の様子を見ながら「俺も負けてはいられん…」と独り言を言いました。

 

6回蘭方医対漢方医は、ここで終わります。

 

 

御三家とは、一般的には尾張徳川家・紀州徳川家・水戸徳川家の事を言う。御親藩の最高位とされ、将軍家(徳川宗家)に後継が絶えた時には、御三家から将軍家(徳川宗家)の後を継いだ。尾張家・紀州家は大納言家であるのに対し、水戸家は中納言家で、家格が一段低く見られていた。ただし、水戸家だけは参勤交代を免ぜられ、江戸在住が出来たので、将軍家の補佐役的立場となり、何時の頃からか俗称として、副将軍と呼ばれる事もあった。

御三家からは、八代吉宗(紀州)・十四代慶福(紀州)・十五代慶喜(水戸)が将軍となった。ただし、慶喜だけは、御三卿一橋家に養子に入り、それから後に将軍家(徳川宗家)を継いだ。

 

御三卿とは、田安徳川家・一橋徳川家・清水徳川家の事を言い、徳川家の分家です。八代将軍吉宗が、次男の徳川宗武を田安家・四男の徳川宗尹を一橋家として分家させました。また、吉宗の長男で九代将軍重家が、次男重好を清水家として分家させました。家格は御三家に次ぐとされ、御三家同様、将軍家を継ぐ事ができました。十一代将軍家斉・十五代将軍慶喜は一橋家出身、大政奉還以後には、田安家の徳川家達が徳川宗家を継いでいます。

紀州家から吉宗が将軍家を継ぐと、政敵である尾張家の宗春との関係から、御三家の関係が揺らいで行き、徳川宗家に後継が居なくなった場合の継承問題を考えて御三卿を創設したものです。ただし、御三卿には、領地が無く十万石格の大名とされました。領地経営をする必要が無かったので、家来の数も少数で、徳川宗家の旗本から出向という形で出されていました。

 

若年寄とは、江戸幕府の役職名で、老中に次ぐ高官で、老中を補佐する役職です。譜代の小藩主から数名選ばれました。若年寄で経験を積み、実力のある人が老中へと昇進しました。

 

ドラマの中で良庵が、アメリカの医学書を見て「俺はオランダ語しか分からないんだ…」と言う台詞がありましたが、江戸時代、日本は鎖国をしていたので、西洋の文化や技術は、オランダを通じてわずかに入って来るだけでした。しかし、二百数十年の時の流れが過ぎると、オランダはヨーロッパの小国となり、イギリス・フランス、そして米国が、欧米の主流となっていました。これにいち早く気付いて、オランダ語から英語へと変えて行った若き蘭学者達がいます。その代表格が福沢諭吉です。時代が彼らを必要としたようです。

ドラマでは、蘭方医対漢方医とありましたが、いつの時代も守旧派が改革派を叩いて延命を図るのは同じようです。蘭方医達は、漢方医達の嫌がらせに耐え抜いて、やっと種痘所と言う果実を生み出す事ができました。しかし、蘭方医を含めた改革派には、まだまだこれから試練が訪れます。

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