脚気に効く菓子として考案した餡ドーナツが、江戸で評判になっていました。そんなある日、仁は、奥医師で西洋医学所の松本良順から、「皇女和宮様に、餡ドーナツを献上して頂きたいのですが…」と言われます。仁が驚くと良順から、宮様には脚気の徴候があること、甘いものがお好きな事などを聞かされます。そして近いうちに、宮様がお忍びで、澤村田之助の芝居を見に来られるので、その時に献上して欲しいと言われます。
仁は返事をせずに、良順と別れます。
仁は仁友堂に戻って、餡ドーナツの献上の事を話すと、仁友堂では大騒ぎになります。ただ、福田玄孝だけが浮かぬ顔をしていました。
仁は躊躇していました。再び歴史を変えてしまうのではないかと…一人思い悩んでいました。咲がその様子を見て心配すると仁は「私の様な人間が、大奥に出入りしてよいのでしょうか…ある日突然いなくなったりするのですから…直ぐにどうこうするわけではない、もう二年も江戸にいるのですから…」と言います。
坂本と勝は、海軍操練所の執り潰しの件について相談していました。
「先生のせいではありません。」と坂本が言うと勝は「ここに居る者たちの行き先を探してやらねば…」と言います。坂本は心の中で「もしかして、仁先生はわしらの運命を知っよるかも…」と思います。
仁と咲は、注文していた医療用具を取りに行きます。そこで、代金が五百両と言われます。
仁は「五百両…そんな…」と言って驚きます。すると店主が、「先生の注文は、特別なものですから…」と言います。
仁は「仁友堂には、そんな金はない…先生たちには、給料も払ってない…どうすれば…」と言います。すると咲が、「私が何とか致します…」と言います。
仁は、餡ドーナツをどうしようかと考えていました。「あまりにもこの時代の偉人に会いすぎている…オレは帰れるのだろうか…オレにも親がいる。それでもここで死ねるのか…ここに居る限り、ミキがどうなったか分からない…それでも好いと言える日が来るのか…」
そこで偶然、野風と会います。そして仁は、そんな日はきっと永遠に来ない気がしました。
仁が「長屋を追い出されたのですか。」と聞くと、野風は「色目を使っていると言われました。」と言います。仁が「お妾さんになるって言わないでしょうね。」と聞くと、野風は「ちゃんと堅気になります。先生に頂いた命ですから…」と言います。仁は野風に「仁友堂で働きませんか。給料は出せませんけど、食べるぐらいなら…」と言います。野風は、「そうして頂けるとありがたいです。」と言います。
仁は野風を仁友堂に連れて帰ります。
咲が出先から戻って来て野風と会います。咲は驚いて「野風さんがなぜここに…またガンが…」と言います。野風は「いいえ…落ち着き先が決まったら、また出て行きますので…」と言います。咲は野風を快く招き入れます。
咲は仁に「先生、献上の件はどうしますか…御心が決まったら早めに教えて下さい。」と言って、仁友堂を出て行きます。咲は、自分の身の回りの物を持って質屋に行ったのです。そして、質屋の帰りに兄と会います。
恭太郎は咲に「南方先生はご存知なのか…お前がこの様にしている事を…」と言います。
仁は澤村田之助の所に居ました。
田之助が「松本先生が、まだ返事をもらってないと言ってましたよ…」と言います。仁は「まだ決めていない。」と言います。
田之助が「餡ドーナツの作り方を教えてください…」と言うと、仁は餡ドーナツの作り方を書いてやります。そして、「これをどうするんですか。」と聞きます。
田之助は「芝居に使おうかと思って…あの方には帰る国がありません…あの方は日本で一番淋しいお方…束の間でも笑わせたい…」と言います。仁は田之助の話を聞いて、自分の境遇と宮様を重ね合わせて考えます。
仁は仁友堂に戻って、野風の姿を見て思い出します。「野風さんも国が無いんですね…」と
仁は松本良順に献上の返事をします。仁友堂のみんなは、張り切って餡ドーナツを作りますが、福田玄孝だけは浮かぬ顔をしていました。それは医学館の多紀元琰に呼び出されて、「献上を失敗に終わらせよ…」と脅かされていたからです。
佐分利祐輔が仁に「先生、着物はちゃんとしたものを持ってますか…」と聞きます。仁は「これではいけないのですか…」と言うと祐輔が「当たり前です。宮様に会うんですよ…」と言います。仁はどうすればいいのか困ります。
咲が質屋から買ってきた古着の着物を出すと仁は「こんな好い着物をどうしたんですか…」と咲に聞きます。咲は「兄に借りました。」と嘘をつきます。
咲は仁に「なにゆえに急に献上を決めたのですか…」と聞きます。
仁は「和宮様は、故郷に帰られないと聞いて…私と同じではないかと…野風さんの事を考えると、金を稼がなければ…野風さんには幸せになってもらいたい…ミキへのせめてもの罪滅ぼしに…」と言います。
すると咲が「少し情けなくなってしまいます。私どもに変えられない気持ちを野風さんやミキさんは、容易く変えられる…」と言います。これは咲の嫉妬から出た言葉でした。
咲が居なくなると仁は、たまたま有った仁友堂の帳簿を見つけました。そこにはこまごまと出納が書かれていました。そして、仁の着物の値段も…
仁は思いました。「これは、オレと咲さんの生活の足跡だった…いつ消えてしまうか分からない男のたった一日の為に…だからと言ってオレはどうすればいいのだ…こんな中途半端な身の上で…何を言えばいいのだろう…」
咲が仁の所へ来て、「あさはかな事を申し上げました。野風さんの手術を願ったのは、私でございました。責めは私にもございました。さあ作りましょう…」と言って、餡ドーナツを作りに行きます。
野風は、そんな仁と咲の事を思っていました。
「ずっと不思議に思っていました。先生も咲様も、なぜ私にこんなに親切にして下さるのだろうか…」まだ野風は、仁の秘密に気付いていませんでした。
仁と咲は、餡ドーナツを持って田之助の芝居小屋に行って、宮様の到着を待っていました。宮様が到着して仁に会うと、宮様は目ざとく餡ドーナツの入った重箱を見つけます。宮様は立ちながら餡ドーナツをつまみ食いします。お付きの者が「まだ、お毒味が済んでおりません。」と言うと、宮様は「餡ドーナツは薬じゃ…薬に毒味はいらぬ…」と言います。
宮様は餡ドーナツを気に入ったようで、田之助の芝居を見ながら餡ドーナツを食べていました。そして、用意されていたお茶を飲むと急に倒れました。その場は騒然となり、お付きの者や良順が駆けつけます。そして宮様を控えの間に連れて行きます。この騒動の間に、宮様が飲んでいた湯のみが消えていました。
仁と咲は宮様の所へ駆けつけます。仁が良順に「宮様はどうなさいました…」と聞くと、良順は「たぶんヒ素でしょう…とりあえず油を飲ませます…」と言います。
仁は良順に「胃を洗いましょう…」と言います。すると良順が「私はそのような事は出来ませぬ…」と言うと、仁が「私が…」と言います。するとお付きの者が「南方先生は、奥医師ではありませぬ…」と言います。仁が「やり方は私が教えます…」と言うと、良順は覚悟を決めたのか「今は、宮様を救うのが一番です。」と言って、お付きの者を制し、仁に教えを請うことにしました。
良順と仁の懸命の治療によって、宮様は一命を取り留めます。しかし仁と咲は、お付きの者たちに捕縛されます。そして頭が仁に「出世をたくらんだであろう…」と言います。
良順が「餡ドーナツの毒味はしたではありませぬか…その者は何ともありませぬ…」と言うと、頭は「良順殿が知らない治療をしたのですから、良順殿が気付かぬうちに毒を入れたのかもしれませぬ…いずれにせよ吟味されるべきです…」と言います。
良順は頭を見つめて「そうでしょうな…毒味役やその他の方々も等しく…」と言います。良順は影の力が働いている事に気づいていました。
仁は牢に入れられます。咲も独居牢に入れられます。
牢名主が、仁や他の新入りに「よく来たな…お前らの命のつるは持って来たか…」と言います。すると新入りが「襟に縫い付けて、二両二分を持って来ました…」と言います。牢名主が仁に「オマエは…」と聞きますが、仁は「そんな金は持って来ていない…」と答えます。すると罪人たちが、よってたかって仁を殴りつけます。牢名主は「牢を甘く見るなよ…」と言います。古株の罪人が「役人に、つるを持って来させたら出られるぞ…」と言います。
咲の兄の恭太郎が、仁と咲の事を心配して仁友堂にやって来ます。「何が起きたのか…」と言います。仁友堂は騒然としていました。
医者の一人が「つるがあれば守られるかもしれない…」と言います。
野風は、「お二人にはよろしくと…わちきは仲間に見られたくありませぬ…」と言って仁友堂から出て行きました。仁友堂の人たちは、野風が遊女であった事をなじります。しかし、野風の笑みには、何か隠された考えがあるようでした…それはつるのお金を工面しようと考えていたようにも思われます。
そんな中で、福田玄孝の様子だけがおかしかったのです。医者の一人が「福田先生、何をそんなにオドオドしているのですか…」と問い詰めます。
その時咲は、牢番に言われます。「あの男、殺されるぜ…医者ならばあがりやに行かせられるのに…何故にか大牢に入れられた…」と…
仁は思います。「何も分からなかった…誰が何のために…オレを陥れる為にか…」その時仁は、象山の言葉を思い出します。「もし、オマエのやった事が意に済まぬ事であったならば、神は取り消す。神はそれほど甘くはない…進め、進むのじゃ…」
牢名主は仁に言います。「つるを払わないと言った事を取り消さないのか…」と
仁は「払いません。私が持っている金は、患者が払ったなけなしの金です…仲間はそれに手をつけず、爪に火を灯す生活をしています…あなた方に払う金はない…」と言います。そして、また殴られ続けます。
仁は思います。「オレはここで殺されるのか…それが神の意志か…」
咲は思います。「今まで分かっていたのに…仁先生にずうっとここに居て欲しいと思ったから…もしやそんな私を哀れと思い、神が願いをお聞きとって下さったのでしょうか…ならば、どうかもう一度だけ哀れと思って下さいまし。どうか先生をお助け下さい…今すぐに…先生を未来にお戻し下さいまし…」
仁は罪人たちに殴られながら思います。「これは幻か…それとも、このまま死ねばオレは元に戻れるのか…でも、ここで戻ったら、咲さんがどうなったのか分からない…それでも何時か新しい日の中で…それでも良かったという日が来るのだろうか…そんな日など…そんな日など…絶対に来ない…と思うのならば、オレはここで生きるしかないんだ…」
仁友堂では、福田玄孝がみんなに問い詰められていました。そして福田玄孝は、医学館の多紀元琰に、「餡ドーナツの献上を上手くいかないようにせよ。」と脅かされていたことを白状します。すると仁友堂の人たちは口々に「医学館の脅かしか…医学館が詮議することになったそうだぞ…先生はどうなるんだ…」と言いました。
ここで次回に続きます。次回はどうなるのでしょうか。楽しみです。
どの時代にも、守旧派と改革派のせめぎ合いはあるものです。そして、幕末の医学界では、医学館と西洋医学所とのせめぎ合いでした。仁はこのせめぎ合いに巻き込まれてしまったのです。漢方を代表する医学館では、外科はともかく内科は五分以上に戦っていると思っていたのですが、そこに仁という化け物が現れたのだからたまりません。均衡がとれていたはずの力関係が一気に崩れようとしていたのです。そこでこの事件を起こし、責任を仁にかぶせようとしたのです。医の道の為ではなく保身の為に…
仁は大牢で、罪人たちに殴られている時に象山の言葉を思い出します。「もし、オマエのやったことが意に済まぬ事であったならば、神は取り消す。神はそれほど甘くはない…進め、進むのじゃ…」この言葉こそが、仁にとってはたった一つの心の支えだったように思われます。だから窮地に追い込まれた時に、医者本来の姿、すなわち患者の為にどうあるべきかという医の道に戻れたのだと思います。
咲は野風やミキに対して嫉妬しました。「私が進言しても献上されなかったのに、野風やミキへの想いからならば、簡単に献上することを決められる…先生の為にこんなに尽くしているのに…」という想いが感じられました。仁も出納帳を見て、咲の想いを分かるのですが、中途半端な自分の立場を考えると、どう答えるべきか分かりませんでした。
仁の心は江戸と未来との間で揺れていました。未来に帰る事をあきらめたら、ミキの様態がどうなったか分からない…未来に戻れば、咲が助かるかが分からない。ただ、神に自らの運命を委ねる事しか出来ませんでした。
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