2012年9月28日金曜日

NHKドラマ「陽だまりの樹」第9回万二郎初陣を見ました

 冒頭、回想が流れています。万二郎は、おせきに「私の妻になって下さい…」と言います。おせきは、嬉しそうな笑顔で「はい。」と答えました。場面は変わって、ヒュースケンがおせきを手籠めに掛けているシーンが流れています。おせきは大声を上げてヒュースケンから逃げようとしますが、ヒュースケンはおせきを捉まえます。場面は変わり、万二郎が尼寺に忍び込んで、出家したおせきと会っているシーンが流れます。万二郎は、おせきに「あなたは以前のままだ…何も変わらない…」と言います。おせきは涙を浮かべながら「あなたの知るせきは、もう死んだのです…」と言いました。

 ここで、良庵改め良仙の声でナレーションが流れます。「おせきさんは、万二郎のもとを去った…こんなに悲しい万二郎の姿を見たのは、後にも先にもこの時ばかりだった……文久三年(1863年)五月、万二郎は、幕府陸軍歩兵組の隊長になり、農民兵の指揮を取ることになった…」と…

 映像は、だらしない姿の農民兵たちが映し出されていました。万二郎は辰蔵と言う農民兵に歩み寄ります。そして「飯を食いながら並ぶ奴があるか!…」と怒鳴りつけました。辰蔵は、恐れる事も無く隊長の万二郎に対して「飯じゃない…沢庵で…」と言います。周りの農民兵たちが薄笑いを浮かべました。万二郎は、辰蔵を睨みつけながら低い声で「どっちも同じだ…」と言うと元の位置に戻り農民兵を呆れるように見回しました。

 万二郎は、指揮棒を上げて「右向け右!…」と号令を掛けます。しかし、農民兵たちは、のろのろと左を向いたり右を向いたり、どうしていいか分からないようでした。暫くして、やっと右を向くのですが、清吉という農民兵だけは左を向いていました。万二郎は、指揮棒で指しながら清吉に「右はどっちだ…」と聞きます。清吉は「右…」と言うと上を向いて考え始めます。万二郎は「箸を持つ方だ!…」と怒鳴りつけました。清吉は、手を見ながら考えて、慌てて右の方に向きました。万二郎の顔には、遣ってられないという表情が浮かんでいました。それでも万二郎は「掲げ銃!…前へ進め!…」と号令を掛けました。農民兵たちは、万二郎の号令どおりに動こうとするのですが、いかにもちぐはぐで、どうしようもない姿をさらけ出していました。

 万二郎が「止まれ!…」と号令をかけても直ぐには止まる事も出来ませんでした。万二郎は「野良仕事に行く訳じゃないぞ!…腰を伸ばせ!…」と声を掛けました。映像が切り替わり、万二郎は腰を屈めて、左手で刀のつばに手を掛けます。そして「早駆!…」と声を掛けました。万二郎は、猛然と駆け出します。しかし農民兵たちは、万二郎に付いて行く事は出来ませんでした。鉄砲を担ぎながらよたよたと前に進むという感じで、とても軍隊の訓練とは思えませんでした。万二郎が振り向くと、すべての農民兵が倒れ込み、肩で息をしていました。万二郎は農民兵たちに歩み寄り「何だ、そのざまは!…」と怒鳴りつけました。すると農民兵の一人が「旦那…無理だ…わしら百姓は、クワさ持たせれば三日や一月働く事、屁とも思わんが…オッパシルのは、苦手だ…」と息も絶え絶えに言います。すると別の農民兵が、相槌を打つように「うんだ、うんだ…」と言いました。万二郎は、農民兵達を見回すと「ハー…」と大きくため息をつきました。どうしようもないガラクタの連中をどうやって鍛えればいいのかと頭を悩ませていました。ここで、音楽が流れ始めて、陽だまりの樹、第九回~万二郎初陣~の幕時スーパーが流れました。

 

 

 万二郎は、自宅の仏壇の前に座り、手を合わせて千三郎の位牌を拝んでいました。後ろに控えているおとねが、笑みを浮かべながら「あなた、万二郎は歩兵組の隊長になったんですよ…褒めてやってください…」と言いました。

 万二郎とおとねは、食事をしていました。おとねは「父上が亡くなって、六年がたちました…早い物ですね…」と言います。万二郎は、ご飯を食べながら「ええ…」と言います。おとねは「その間に良仙先生、おなかさんが亡くなって、寂しい限りです…次は、私の番ですね…」と言いました。万二郎は、茶碗を御膳に置くと「何を言っているんです…母上は、まだまだこれからです…」と言います。おとねは「そうですね…孫の顔を見なければ、死んでも死にきれませんね…」と言いました。そして「そうだ…お前に好いお話があるんです…勘定方の林様が、遠縁の娘さんをお前にどうかと…一度会ってみてはどうです…」と言いました。万二郎は、語調を上げて「母上!」と言うと、低頭して「申し訳ありません…今はその気がありません…」と言いました。まだ、おせきの事を忘れる事が出来ないようでした。万二郎は、黙々とご飯を食べ始めました。おとねは、心配そうに万二郎を見つめていました。

 

 良仙は種痘所で、種痘をしていました。若い女が良仙に色目を使うと、良仙は相変わらずニヤケタ顔で女を見つめていました。ここで良仙の声でナレーションが入ります。「御玉ヶ池種痘所は、医学所と名を変え、種痘のほか西洋医学の教授、解剖なども行うようになっていた…医学所の頭取は、緒方洪庵先生が勤めていた…幕府の度重なる求めに応じ、大阪から出府されたのである…」と…

 洪庵は、良仙を呼んで「昨日、御城に行って来たんだが、幕府の陸軍に医者がいると言うんじゃ…」と言います。良仙は「陸軍の医者ですか…」と聞きます。洪庵は「うん…外国の軍隊に習って、歩兵組に傷病兵治療の為の医者を置くことに決まったらしい…言わば、軍医じゃ…それで、何名か推挙をしたのだが、その中には貴君の名前も入っておる…」と言いました。良仙は、驚いた表情で「私の…」と聞き返します。洪庵は少し考えて「うん…受けるもよし、断るもよし…貴君自身が選ぶ道じゃ…」と言いました。良仙は、真剣に考えていました。

 良仙は、おつねと話していました。おつねは、目を丸くむき出して「軍医…」と言います。良仙は、引き受けたく無さそうな表情で「陸軍のお抱え医者という事だ…緒方先生からの話だから無下に断れないし…」と言います。しかしおつねは「どうして直ぐに、御引き受けならなかったの…」と言います。良仙は、嫌そうに「ええ…」と言います。おつねは乗り気な表情で「御上にお仕えして、お扶持まで頂ければ、家名も上がるし結構な事じゃないですか…」と言います。それでも良仙は嫌そうな表情で「だってお前…町医者の方が儲かるよ…俸禄だって、たったの十五人扶持だもの…」と言いました。するとおつねは「両方掛け持ちで遣れば好いじゃないの…」と言います。良仙は、嫌そうな表情で「毎日、屯所に出仕しなければならないんだぞ…戦でも始まってみろ、軍にくっついて地の果てまで行かなければならないんだ…町医者なんか遣っている暇なんかない…」と言いました。おつねは、少しがっかりした様子で「あら、そうなの…でも、それはあなたが決める事よ…私は、それについて行きます…」と言うと、立ち上がり部屋を出て行きました。良仙は、大きな溜息をつきました。

 

 万二郎の家の御縁で、万二郎と良仙が酒を飲んでいました。万二郎は、良仙に「迷っているのか…」と聞きます。良仙は「そりゃあ、人生の舵を切り替えるんだ…棒に振っちまうかもしれねいし…若い娘の体に触れられるのが楽しみで、医者を遣っているのに…」と言うと、ニヤ笑いをします。万二郎は、呆れたように顔を振りました。良仙は「医の道は、国の為、人の為だ…戦をする人間の為に、働くっていうのがどうも気にくわねぇんだよな…」と言います。万二郎は「俺たちゃ何も、好き好んで戦をする訳じゃない…国を守るためだ…」と言います。良仙は「お前さんみたいな侍に、俺の心は分からん…」と言います。万二郎は、半分拗ねた表情で横を向きながら「ああ、分からん…俺は自分の考えで歩兵組を引き受けたんだ…倒れかけた幕府という大樹に命を注ぎ込んで、蘇らせる為にだ…」と言います。良仙は「大風呂敷を広げやがって…兵は寄せ集めの百姓なんだろう…大丈夫なのか…」と言いました。万二郎は、良仙に視線を合わせると「国を守るのに、百姓も武士もない……俺はな、百姓と武士が一つになった良い軍隊を作りたいんだ…それがあってこそ、外国と五分に渡り合える…改革をする前に、まずは強い国を作らないとな…」と言いました。良仙は、黙ったまま月を見ていました。

 

 万二郎の歩兵組が、行進の訓練をしていました。歩調を合わせていると先頭の一人が倒れました。すると、その歩兵につまづいて、次から次に折り重なるように歩兵たちが倒れました。それを見ていた万二郎は、歩兵たちに走り寄り「何を遣っている!…」と叱りつけました。そして歩兵たちの顔を見ながら「これは、者にならんな…」と言いました。うつ伏せに倒れていた兵の一人が首を上げて「やっぱり…おらたち百姓には無理です…」と言います。すると隣に倒れている兵が「うんだ…戦うのは御侍の仕事だ…」と言いました。万二郎は「国を守るのに、百姓も武士もない…お前たちは百姓である前に、陸軍の兵士だ…国を守る為に敵と戦う、選ばれた人間なんだぞ…誇りを持て…」と言いました。すると兵の一人が笑みを浮かべながら立ち上がり「旦那…歌、歌わすだ…」と言います。万二郎は、その兵を見ながら「歌…」と聞き返しました。兵は「ええ盆歌があるだ…その昔、太閤様が小田原攻めの時に、陣中で酒飲んで歌ったと言う歌です…」と言います。すると万二郎は、遮るように「馬鹿!…軍隊の行進に盆歌など歌えるか…」と言いました。しかし兵は、笑いながら「えヘヘへ…ところが、おらのおっかあの国の大官、江川様が、その歌を兵隊に歌わせたら、元気が出たちゅう話しです。」と言いました。万二郎は、兵の顔を見つめながら「どんな歌だ…」と聞きました。兵は姿勢をただすと「富士の白雪ゃノーエ…富士の白雪ゃノーエー…富士のサイサイ…」と歌い始めました。万二郎は「何だ、そのノーエーと言うのは…」と聞きました。この兵は、意味を知ってか知らずか、語呂合わせのように「農兵という事だべ…」と言いました。万二郎は、兵の顔を見つめながら「農兵…ノウヘ…ノーエ…」と言います。兵は、ただただ頷いていました。

 歩兵組の兵士達は「富士の白雪ゃノーエ…」と歌いながら、行進の訓練をしていました。すると、今までとは比べ物にならないほどに歩調がとれていました。万二郎は、満足そうに笑みを浮かべながら眺めていました。

 

 良仙は、遊郭の布団に寝ながら思い悩んでいました。そして、聴き取れそうもない声で「軍になんて、俺には向いてないよな…」とつぶやきました。隣で寝ていた遊女が、背中越しに「如何したの…溜息何か付いて…」と聞きます。すると、良仙の顔が、ふっ切らねばという顔になり「さて、帰るかな…」と言うと、布団から起き立ち上がりました。遊女は「あっ、もう…」と言います。良仙は、着物掛けに掛けてあった着物を手にしながら「もうって、三日もいるんだぞ…女房には、緒方先生の御供で、駿河に行くと言ってあるんだ…そろそろ帰らないとまずい…」と言いました。遊女は、良仙の背中に抱きつき「寂しいわ…」と言います。良仙は、振り向いて遊女の顔を見ると抱きしめて「俺だって、ずっとここに居たいよ…」と言います。そして、小声で「やっぱり、断るかな…」とつぶやきました。すると、遊女は訳が分からずに「何の話…」と聞き返します。良仙は、笑みを浮かべながら遠くを見ている表情で「うん、ちょっとな…」とごまかしました。良仙は、窓に歩み寄り、障子をあけると海が見えました。海には黒船が浮かんでいました。遊女が黒船を見て「あの黒船、ずっとあそこに止まっているの…恐いわ…」と言いました。良仙は、じっと黒船を見つめていました。

 良仙は、物思いにふけりながら、とぼとぼと屋敷に帰って来ました。玄関に着くと良仙は、力無く「帰ったぞ…」と言います。すると中からおつねが飛び出して来て「あなた!…」と語気を強めて言いました。良仙の顔が、一瞬ばれたかなという表情になりました。しかし、おつねは「たった今、知らせが来ました。緒方先生が亡くなられたって…」と言いました。良仙の表情が見る見るうちに硬くなって行きました。そして「えっ!…」と言います。次の瞬間、良仙は洪庵の元へ走り出していました。

 良仙が着くと、洪庵の遺体は座敷に寝かされていました。その周りには、高弟たちが座っていました。良仙は、洪庵の遺体の側に座ると高弟の一人が「あっという間だった…昼間、血を吐いて御倒れになって、そのまま…」と言います。良仙は、洪庵の死に顔を見ながら「先生…御返事が遅くなって申し訳ありませんでした…軍医の件、有難くお受けいたします…この目で見て来ました…品川沖に止まっている異国船を…この国の危うさを思い知りました…戦が始まって、大勢の兵が傷付いたとき…粉骨砕身、御役に立とうと存じます…緒方先生、ありがとうございました…」と言うと、両手を付いて深く低頭しました。師を失った良仙の悲しみは、深く重たいものでした。ここで良仙の声でナレーションが入ります。「文久三年(1863年)六月十日、日本の近代医学の親、緒方洪庵は死去した。大坂から江戸に来て、わずか十カ月後の事であった。

 

 上総国九十九里小関村にある旅籠大村屋の門前には、真忠組義士旅館という看板が掛けられていた。その門から、浪人がたちが、真忠組の旗を持ってニ列縦隊に並んで出て来ました。真忠組の面々は、近隣の豪農の屋敷に遣って来ていました。屋敷の主人は、渋い顔で俯いていました。真忠組の代表、三浦帯刀・楠音二郎が上座に座っていました。楠音二郎は「我らは、異国人討伐の為に決起した…誠忠の士である…討伐用軍用金、五百両を借り受けたい…」と言います。主人は驚いた表情で「五百両…」と聞き返しました。楠音二郎は、冷めた表情で主人を見つめながら「あの旗が目に入らぬか…」と言うと、脇に置いていた刀を取り、刀の柄で旗を指しました。そして「菊水の紋…言うまでも無く、忠烈無比の英雄、楠正成公の旗印だ…この楠音二郎は、大楠公の末裔だ…その俺が…直々に…借用を頼みに来ておるのだぞ…」と恫喝しました。主人は、俯きながら眉間にしわを寄せて、苦渋の表情を浮かべていました。

 真忠組の浪人たちは、通りを歩きながら空に小判をばらまいていた。浪人たちからは笑い声がもれ、百姓達は争って小判を拾い集めた。楠音二郎は、勝ち誇った表情で「我らは貧民の為の世直しの血統だと言うことを忘れるでないぞ…」と、集まって来た貧乏百姓たちに呼び掛けました。三浦帯刀は、笑いながら「好きなだけ持って行け…」と言いました。

 

 江戸城では、万二郎が関東取締出役、馬場俊蔵から呼び出されていました。万二郎は、裃姿で両手をつき低頭していました。万二郎は「真忠組の征伐を…」と聞きます。馬場は「そやつら、弓や鉄砲を多く所持しているのでな…歩兵組の力を試す良い機会じゃ…」と言います。万二郎は「はっ!…」と返事をすると深く低頭しました。馬場は「首領格の男は、楠公の末裔だとか申して居る…ふん…笑止千万…」と言いました。すると低頭していた万二郎の目が鋭く輝きました。万二郎は「楠…」と言います。続けて馬場が「楠音二郎とか申す浪人じゃ…」と言いました。万二郎の脳裏には、音次郎と果し合いをした時の映像が浮かび上がっていました。音次郎が「面白い…」と言って刀を抜くと、万二郎も刀を抜き音次郎の刀を受けて斬り合いになりました。音次郎は「何時ぞやの決着を付けて遣る…」と言った映像が……馬場は、万二郎に「頼んだぞ…」と言いました。万二郎は、大きな声で「ははは…」と答えました。

 万二郎は城からの帰りに、千三郎が落ちて死んだ、川の橋の上に来ていました。万二郎は、川面をじっと見つめていました。そして「父上…」と言います。映像は、千三郎の死に顔が映し出されていました。

 

 文久四年(1864年)正月、練兵場では、歩兵組の農民兵達が万二郎の前でみごとな行進をしていました。兵士の一人が「全体…止まれ…右向け右…」と号令を掛けました。万二郎は、指揮棒を上げながら「休め!…」と号令を掛けました。そして「みんな、聞いてくれ…それぞれの国でクワを取っていたお前達も…今では立派な陸軍歩兵となった…しかし、誠の戦いには、まだ加わっていない…俺もそうだ…その戦いを経験させて遣る…」と言いました。すると一人の兵士が万二郎に歩み寄って「敵は、何処の野郎で…」と聞きます。別の兵士が「異人ですか…」と聞きます。万二郎は真剣な表情で「いや…お前たちと同じ、百姓だ…」と答えました。兵士達に動揺が走りました。一人の兵士が「百姓…おらたちと同じじゃねいか…」と言いました。別の兵士が「俺達を同じ百姓と戦わせる気ですかい…」と聞きました。万二郎は、兵士達を動揺させまいと詳しく説明し始めました。「敵の首領は無頼の浪人…それに踊らされて、百姓や無宿人が一味となった…そして、真忠組と名乗り、上総一体の村々を荒らし回っている…元百姓とは言え、今や無頼のやからだ!…征伐せよとお沙汰を受けた…お前たちに聞く…同じ百姓を殺すのは嫌だと思う者は、名乗り出よ…その者は、こたびの出陣から外す…」と言いました。すると兵士が「隊長、その何とか組ちゅうのは、貧しい百姓も虐めとるのかね…」と聞きました。万二郎は、兵士達を見回すようにして「俺が聞いているのは、豪農から奪い取った金を小作人にばらまいていると言う事だ…」と言います。兵士は「そんじゃ…百姓の味方だ…」と言います。すると別の兵士が「そんな義賊みたいな人間を俺達に殺させるんですかい…」と言います。他の兵士達も口々に同調しました。万二郎は、大声で「沈まれ!…」と声を掛けます。兵士達は、一瞬にして静まり返りました。万二郎は「同じ百姓と戦うのは、辛いだろう…だが、それが戦と言うものだ!…俺に付いて上総に行くか、やめるか、明朝までに決めろ!…」と言いました。兵士達は項垂れて、黙っていました。

 

 陽は沈み、夜になり、万二郎は屯所の自室で横になっていました。なかなか寝付かない万二郎は、物音のしている事に気づきます。万二郎は、刀を手にすると物音のする部屋へと向かいました。万二郎が物音のする部屋の戸を開けると、そこには良仙がいました。良仙は「おおお…」と言って驚きます。万二郎は「良仙…何しているんだ、こんなところで…」と言います。良仙は、苦笑いをしながら「おお…今日から、この屯所に出仕する事になった…」と言います。万二郎は良仙を見つめながら「軍医の話を受けたのか…」と聞きます。良仙は「ああ…緒方先生が最後に与えて下さった努めと思ってな…」と答えました。万二郎は、寂しそうな表情で「聞いたよ…亡くなられたそうだな…」と言います。良仙は「もともと御体の弱いお方だった…江戸に出てこられて、御無理がたたったんだ…」と言いました。そして「ここなら、患者の五人や十人は寝かせておけそうだ…」と言いました。良仙は、部屋の中を見回すと「ええ…薬と…ああ、道具もちと足りないな…調達しなければ…」と言います。すると万二郎が「ここ二・三日のうちに、ここは一杯になるぞ…」と言いました。良仙の顔が少しこわばって「何が起きるんだ…」と聞きます。万二郎は「今に分かる…」とだけ言いました。

 

 万二郎は練兵場に立っていました。万二郎の前に立っている兵士は、三人だけしかいませんでした。万二郎の後ろには、その様子を心配そうに見ている良仙がいました。万二郎は、三人の兵士に「これだけか…」と聞きます。兵士の一人が「みんな、同じ百姓を殺すのは、嫌だちいうて…」と言います。万二郎は、寂しそうな表情で「分かった…支度しろ…半時後に出立する…」と言いました。兵士の一人が「へい…」と答えると、万二郎は歩いてその場を立ち去りました。良仙は、唖然とした表情で、万二郎を見つめていました。そして、他の兵士達も肩を落として歩いて行く万二郎の後姿を見ていました。

 万二郎が、自室で出立の準備をしていると、良仙が現れて「たった四人で戦が出来るのか…」と尋ねます。万二郎は「仕方がないだろう…やる気の無い連中を戦に連れて行っても足手まといになるだけだ…」と答えました。良仙は「やれやれ…初日から戦とはなあ…」と言います。万二郎は良仙に「付いてくる気か…」と聞きます。良庵は「当たり前だ…」と答えました。万二郎は、沈んだ声で「物見遊山に行く訳ではないぞ…お前の面度は見てられないからな…」と言います。良仙は「面倒見るのは俺の方だ…俺は軍医だ…」と言います。二人は自然と視線を合わせました。そこへ、農民兵の一人が現れて「隊長…」と言います。万二郎は兵士に視線を合わせました。

 万二郎と良仙は、兵士の後ろを歩いて着いて行きました。そこには農民兵達が、きちんと整列して万二郎を待っていました。万二郎の姿を見ると兵士の一人が「気おつけ!…」と号令を掛けました。万二郎は、兵士の前に立つと「お前達…」と言います。すると兵士の一人が「隊長に恥かかせす訳にはいかねいです…国を守るのに、百姓も武士も無い…俺達は…いや、我々は、陸軍歩兵組として、真忠組と戦います…」と言いました。すると兵士達が一斉に「えい、えい、おう!…」と声を出しました。兵士達の顔は、みんな活気に溢れていました。万二郎と良仙の顔からは、笑顔が満ち溢れていました。歩兵組の兵士達は、万二郎を先頭にして、富士の白雪ゃノーエ…と歌いながら、一列縦隊で歩いていました。

 万二郎たちは、川の前で休憩を取っていました。万二郎は床几にドカッと座っていました。良仙は、少し興奮気味に「敵はどれくらいいるんだ…」と、万二郎に聞きます。万二郎は「四・五十人と聞いている…」と答えました。良仙は、驚いた表情で語気を強めて「そんなにいるのか…でも、ほとんどは百姓や無宿人なんだろう…」と聞き返しました。万二郎は「首領格さえ倒せば、後は烏合の衆だ…」と言います。万二郎は「なのだが、その首領格は腕がたつ…」と言います。良仙は「知っているのか…」と聞きます、万二郎は無表情で「楠音二郎だ!…」と答えました。良仙は「どこかで聞いた名だな…」と言います。万二郎は「父の仇だ!…」と言いました。良仙は驚いたように万二郎を見つめました。その時、女の悲鳴が聞こえました。

 兵士達が、旅姿の女を追っていました。女が倒れると兵士が腰を屈めて「おお、姉ちゃん、別嬪じゃないか…」と言います。となりにいた兵士も女の顔を覗きこむようにして「ちょっと話しでもするべ…」と言うと、女の腕を握りました。女は、兵士の手を振り払いながら「やめて下さい!…」と言いました。すると、兵士の一人が「じゃけにするなよ…」と言います。そこへ万二郎が遣って来て「何をやっている!…恥を知れ!…」と、兵士を叱りつけました。兵士達は、直立不動で立つと頭を下げて「すみません…」と、万二郎に謝りました。そして、顔を見合わせると慌てて走り去って行きました。万二郎は、女を見つめながら歩み寄ると「あっ、部下の御無礼をお許しください…」と言って頭を下げました。女も万二郎に軽く頭を下げました。万二郎は、その女の美しい容姿に見とれているようにも見えました。万二郎は女に「これからどちらまで行かれるのですか…」と尋ねます。女は「片貝まで…」と答えました。万二郎は、落ち着かない表情で「左様か、我々も同じ方向に参る…女の一人旅は危のうござる…東金まで、お送り致そう…」と言いました。女は笑顔で「いいえ、間道を参りますので…」と答えました。万二郎は「あっ、そうですか…では、道中、お気をつけて…」と言うと、頭を下げました。女は「ありがとうございました…」と言うと、その場を去って行きました。万二郎の目は、その女の後姿に注がれていました。女は振り向いて万二郎に一礼するとまた歩いて行きました。万二郎の心には、女とおせきの姿が重なって見えたようでした。そこへ良仙がやって来て「相変わらず、女の口説き方が下手だなあ…あんな言葉で女がなびくと思うのか…」と言います。万二郎は、怒りだしたように「馬鹿!…そんなんじゃない!…」と言うと、兵士達のいるところへ戻っていきました。良仙は、万二郎のそんな様子を見て吹き出すように笑いました。

 

 女は、真忠組義士旅館と書いてある看板の掲げられた門を潜って行きました。玄関に、楠音二郎が現れると、女は頭を下げました。音次郎は、女の顔を見ると「綾…」と言います。女は音次郎を見上げると「兄上…」と言いました。

 綾は、座敷に通されていました。音次郎を中心にして、主だった隊士が集まっていました。その真ん中に絵図面(地図)がおかれました。音次郎は、絵図面を棒で差しながら「歩兵組の奴らは何人いた…」と綾に聞きました。下座に座っていた綾が「五十人ほど…」と答えました。音次郎は「何処へ向かっていた…」と聞きます。綾は「東金です…」と答えました。すると音次郎は「得物は何だ…」と聞きます。綾は「鉄砲のようです…」と答えました。音次郎の目が鋭くなり「五十人の鉄砲隊か…」と言います。綾は心配そうな表情を浮かべました。

 綾と音次郎は縁側に座っていました。庭を渡世人や無宿人のような町人が、慌ただしく走って行きました。音次郎は綾に「御苦労だが、今度は東金に行って奴らの動きを探ってくれ…」と言いました。そして宙を見ながら「幕府軍は、何時攻めて来るか…それが知りたい…」と言いました。綾は、心配そうな表情で「兄上、お願い…もう、こんな事はやめて、一緒にうちへ帰りましょうよ…母上も体が弱って、兄上の帰りを待っているんですよ…」といました。音次郎は、宙を見ながら「世直しをしているのだ…今すぐ帰れるか…」と言いました。綾は、それ以上、何も言えませんでした。

 

 東金の幕府本陣では、作戦会議が行われていました。万二郎は「先手を打つべきです…部下は疲れておりません…明け六つ、寝込みを襲います…」と言いました。すると、大将格の男が「のう、伊武谷殿…貴公、戦はさぞかし初めてでござろうな…拙者、板倉家の軍師として申し上げるが、明日中には堀田家からの手勢五百人が付く…それを待て、慎重に攻めるがよかろう…」と言いました。万二郎は、澄んだ眼差しで板倉家の軍師を見つめると「恐れながら、急がねば、こちらの動きが敵に感づかれます…逃げられたら、すべてが無駄になります…」と言います。その時、庭の方で「女!そこで何をしている…」という、警護の侍の声がしました。庭石の後ろに隠れていた女は立ち上がり、逃げようとしますが、警護の侍二人に取り押えられました。

 その騒ぎを知って、作戦会議をしていた指揮官たちが、御縁に出て来ました。板倉家の軍師が「何事だ!…」と言います。警護の侍は、女を引き連れて「怪しい女が、立ち聞きを…」と言うと、女の腕と奥襟をつかんで、地面に座らせました。女は「違います…私は、御本陣とは知らずに入ってしまったんです…」と弁解しました。その時、万二郎と女の視線が会いました。万二郎は、昼間あった女だと気付きました。女は綾でした。綾は万二郎との視線を隠す為に顔を背けました。板倉家の軍師は「ぶち込んでおけ!…後で調べる!…」と、指図しました。警護の侍は「立て…来い…」と言うと、綾を引き連れて行きました。万二郎の顔に動揺が走っていました。

 万二郎は、暗闇の中を何かを探すようにして本陣を歩いていました。その時、罪人を責める音が聞こえて来ました。そして、警護の侍の「吐け!…」と言う声と、綾の悲鳴が…綾は、後ろ手に縛られ、警護の侍から竹刀で叩かれていました。そこへ、万二郎は入って来ました。万二郎は「もう好い!…やめろ…」と言います。警護の侍が、万二郎に歩み寄り膝まづくと「この女、どうやら楠音二郎の妹のようです…」と言います。万二郎は、驚いた表情で「妹!…」と言います。警護の侍は「こっちの動きを探るように命じられたのでしょう…」と言いました。そして、綾の方を振り向くと「女!」と言うと立ち上がり、竹刀を綾の喉につきつけて「仲間は何人だ…いわねいと、もっと痛い目に会うぞ…」と言うと、竹刀を振り上げて綾を叩こうとしました。その時、それを遮るように、万二郎は大声で「やめい!…」と言いました。警護の侍は、竹刀を引くと「しかし、敵の頭数を聞き出せと言われております…」と、問い返すのですが、万二郎は「おおよその数は分かっている…もうよい!…俺の隊に、手塚良仙という医者がいる…呼んで来てくれ…」と言いました。警護の武士は、それ以上何も言う事が出来ず「はっ!…」と言うと、一礼をして良仙を呼びに行きました。

 綾は、肩で息をしていました。万二郎は、綾の姿を見つめながら「大丈夫か…直ぐ手当てして遣る…」と言うと、綾に歩み寄って、縛っていた縄をほどき始めます。綾は、後ろ手に縛られたまま「兄を殺すのですか…」と言います。万二郎は、無言のまま縄をほどいているのですが、なかなかほどけません。綾は、涙を浮かべながら「乱暴者の兄ですが、根は悪い人ではないのです…どうか…」と言います。その時、縄がほどけて、綾は向き直り、万二郎に両手を付いて低頭しながら「どうか…命ばかりは助けて遣って下さい…病に臥せっている母が悲しみます…」と、懇願しました。万二郎は、綾と向き合うように正座をして、懇願する綾の顔を見ながら「名を何と申す…」と言いました。綾は「綾と申します…」と答えました。万二郎は「俺は、歩兵組御用がかり、伊武谷万二郎…」と言います。そして「綾殿…兄上は法を犯した…」と言います。綾は、音次郎をかばうように「貧しい人を助ける為にです…」と言います。万二郎は「だとしても、ゆすりや強盗を働いていいという事にはならない…」と言います。綾は、両手を付いて低頭しながら、勇気を振り絞って「抱いて下さい…お願いします…」と言うと、万二郎にすざり寄り、手を取って「その代り、兄を助けて…」と懇願して頭を下げました。綾の息遣いは、興奮して荒く、肩から背中に掛けて大きく波打っていました。万二郎は、手を振り払うと立ち上がり、綾から視線を離して「何を申す!…そのような…もっと自分を大切にしろ!…」と言いました。綾は、涙を流しながら号泣していました。万二郎の視線は、綾に注がれ、哀れそうな表情を浮かべていました。

 

 その夜、晩くに作戦会議が終わり、指揮官たちは部屋から出て来ました。指揮官たちは、それぞれの自室に戻るのですが、万二郎だけは縁側から庭に下りていました。その表情には、苛立ちのようなものがありました。そこへ、薬箱を持った良仙がやって来ました。万二郎は、良仙に気付くと「あっ…娘の様子は…」と聞きます。良仙は、薬箱を縁側に置くと「疲れて眠った…あいつら、手加減なしに傷めつけやがって…出来るだけの事は遣ったが…」と言うと、大きく溜息をついて俯きながら「いよいよか…」と言います。万二郎は、真剣な眼差しで良仙を見つめながら「夜明け前に攻める…」と言うと、手が震え始めました。それに気づいた良仙は「震えているぞ…」と言います。万二郎は「武者ぶるいだ…」と言いました。良仙は、笑みを浮かべると「妙な縁だな…お前さんと一緒に、戦に行く事になるとわな…どれだけ怪我人が出るか…どれだけ死ぬか…」と言います。万二郎は、良仙の言葉を遮るように「人の気も知らず、医者のくせに何を言ってやがる…」と言います。良仙は「戦など…俺もお前も死ぬかも知れないんだ…」と言います。万二郎は、興奮した表情で「兵の処へ行ってくる…」と言うと、その場を立ち去りました。明日の朝、死線を共にする兵達に、戦の事を知らせ、最後の夜を共に過ごそうと思ったのかもしれません。良仙は、不安そうな表情で、万二郎の後姿を見つめていました。

 正月十七日未明、真忠組の根城の前に、忍びよる黒い影の集団がいました。その先頭には、万二郎の姿がありました。万二郎が「行くぞう!…」と号令をかけて走り出すと、その後ろから、鉄砲を構えた歩兵組の隊員達が「おお…」と掛け声を掛けながら続きました。

 真忠組の根城の中では、楠音二郎たちが準備を整えて待っていました。配下の誰かが「敵だ!幕府軍が襲ってきたぞ!…」と叫びました。音次郎が「弓を持つ者は上に上がれ!…鉄砲は、庭の影に隠れろ!…」と命じました。真忠組の面々が、障子を開けて庭に出ようとすると、それを待っていたかのように万二郎は「撃て!…」と命じました。銃声と共に、銃身の先から閃光が飛び散りました。真忠組の面々が怯んでいる様子を見て、万二郎は「突撃!…」と命じました。前列にいた歩兵組の隊員達は、刀を抜き突撃を掛けました。ついに、真忠組との凄まじい斬りあいが始まりました。その時、後列にいた歩兵組の隊員達が前に進みより、銃を打ち始めました。すると、建物の二階にいた真忠組の者達が、弓矢を放ち始めました。それに気づいた万二郎は「上を狙え!…」と命じました。歩兵組の隊員達は、一斉に狙い撃ちを掛けました。

 その時、脇から真忠組の鉄砲隊が、歩兵組を狙って一斉射撃を掛けました。万二郎は、一度体を屈めますが、直ぐに立ち上がり、指揮棒を真忠組の鉄砲隊に向けて「撃て!」と命じました。今度は、正面の入口に、弓を持った三人の侍が現れ、万二郎を目がけて射りました。万二郎の両脇にいた兵二人に命中して、兵が倒れます。真ん中で射ったのは、音次郎でした。万二郎は、怯む事無く「撃て!」と命じ続けました。幕軍の本陣の牢屋の中では、銃声が聞こえているのか、綾が心配そうな表情を浮かべていました。

 

 良仙は、近くの民家を借りて救護所(野戦病院)にしていた。けが人が次々に運ばれて来て、懸命に治療をしていた。良庵は家主に「亭主!急いで湯を持ってこい!…」と命じます。家主が「先生!この台、血だらけにされるのは困りますだ…うちは一膳飯屋で…」と言うと、良仙は遮るように「分かっている!ここしか無かったんだよ!…いいから、急いで湯を持ってこい!…」と言いました。家主は、開き直ったように「へい!…」と言うと、かまどへ向かいました。その時、良仙が治療をしていた兵士が「ううう…」と唸り声を上げました。

 真忠組の根城では、以前として戦闘が続いていました。戦闘は、銃撃戦から白兵戦へと変わっていました。音次郎は弓を捨て、何処かへ立ち去ろうとしていました。それに気づいた万二郎は、一人で後を追います。万二郎が、裏庭で音次郎を探していると、後ろの建物の中から音次郎が飛び出して来て「ヤアー!…」と言う掛け声と共に、万二郎に斬りかかりました。万二郎は、音次郎の剣を指揮棒で受けると、指揮棒が飛ばされてしまいました。万二郎は、刀を抜き構えました。

 万二郎は「楠音二郎…」と言います。音次郎は、万二郎に視線を合わせると「お前は…」と言います。万二郎は「見忘れたか…お前に闇討ちされた伊武谷千三郎の子、万二郎だ…今日こそ、父の仇を取る!…」と言いました。音次郎は「ふん…帰り討ちしてくれるわ!…」と言うと、体をくるりと一回転させて、小刀のようなものを投げつけました。万二郎が、刀でそれを払い除けると、二人の死闘が始まりました。二人が鍔迫り合いを始めると、音次郎は、小刀で万二郎を刺そうとしました。それに気づいた万二郎は、音次郎の腕を握って避けました。音次郎は、小刀を手裏剣のように万二郎に投げつけました。万二郎は、それを刀で払いのけました。音次郎は、薄笑いをしながら「暫く見ないうちに、腕を上げたな…」と言うと、上段に構えて万二郎に斬り掛かりました。万二郎が音次郎の剣を払い除けると、音次郎は脇差を抜いて二刀流で万二郎を攻め始めました。万二郎は、刀で相手の大刀を受けとめると、左手で相手の右手を握ります。音次郎は左手の脇差で万二郎を刺そうとしますが。万二郎は、右手で音次郎の左腕を握り防ぎました。音次郎は、頭突きをしたり、足でけったりしますが、万二郎は我慢してそれを受けとめ、足で蹴り返しました。音次郎は、仰向けに倒れました。万二郎は、音次郎に駆け寄り足で刀を踏みつけ、蹴飛ばしました。音次郎は、脇差で万二郎を斬りつけますが、万二郎は払いのけ、刀を音次郎の喉元に突き付けました。その時、万二郎の脳裏に、綾の映像が浮かびました「命ばかりは、助けて遣って下さい!…」と…万二郎の心に一瞬の隙が出来ました。音次郎は「如何した…斬れ!…」と言うのですが、万二郎は斬ることが出来ませんでした。すると音次郎は、万二郎の刀を両手でつかみ奪い取りました。音次郎は、一気に万二郎に斬りかかりました。万二郎は、脇差を抜き、音次郎の討ちこんだ刀を払い除けました。音次郎は、嵩に掛かって攻め始めました。万二郎は、脇差で必死になって応戦しました。その時、先ほど蹴飛ばした音次郎の大刀が、万二郎の目に入りました。万二郎は、その大刀を拾うと斬りかかって来た音次郎の胴を斬り、返す刀で頭を斬りました。一瞬の返し技でした。音次郎は絶命しました。

 良仙は、負傷兵を懸命に治療していました。そこへ、兵士達が負傷兵を戸板に乗せて運んできました。兵士の一人が「先生!」と叫びました。良仙は、振り向くと「そこへ寝かせろ!…」と指示をして、兵士が「はい!」と返事をする前に、また治療を続けていました。良仙は、治療が一段落つくと、いま担ぎ込まれた負傷兵の元へ向かいました。かなりの重傷でした。良仙は家主に「水を!…」と言います。そして、止血の布を外して傷を見ました。そこへ、万二郎が遣って来ました。

 万二郎は、部屋を見回して、一人の兵士に気づきました。万二郎は「辰蔵!」と叫ぶと、辰蔵の元へ歩み寄りました。良仙は、険しい表情で傷口を水で拭き、脈を取りました。良仙は万二郎を見ると「駄目だ!助からん…」と言うと、次の患者の元へ行きました。万二郎は、良仙の後姿を睨みつけながら「医者なら治せ!…」と怒鳴りつけました。良仙は、心が切れたのか、感情をむき出しにして「無理な者は無理だ!…」と怒鳴り返しました。万二郎は、唖然とした表情で、良仙を見つめていました。良仙は「他にも死にそうな奴はいるんだ!…助かる見込みの者から治療するしかない!…」と言いました。現代で言うトリアージでした。

 万二郎は、気お取り直し「辰蔵…」と呼び掛けました。辰蔵は、息も絶え絶えに「俺…鉄砲…上手くなったな…」と言います。万二郎は、かすれたような声で「ああ…上手くなったぞ…上手くなった…」と言いました。それを聞いた辰蔵は、ニッコリと笑うと息を引き取りました。万二郎は「辰蔵!…」と叫びました。万二郎が辰蔵から視線を外すと、大勢の負傷兵たちが、痛みに耐えながら唸り声を上げていました。すでに息を引き取った兵士には、遺体にむしろが掛けてありました。万二郎の目は、虚ろな目になっていました。

良仙は、懸命に負傷兵の治療を続けていました。良仙は負傷兵に「おい…目を開けろ…おい!…おい!…」と呼び掛けました。しかし、負傷兵はなんの反応もしませんでした。良仙は悔しさのあまりに、握りしめた両手の拳で、治療台を叩きました。そして、押し殺すような声で「クッソー…」と言いました。万二郎が、辰蔵の遺体を見ながら茫然としていると、歩兵組の兵士が遣って来て「隊長!…」と言うと、直立不動に立ち「三浦帯刀以下十一名、生け捕りました!…大勝利です…おめでとうございます…」と言いました。その兵士の顔には、笑みが浮かんでいました。しかし、万二郎の顔は、冴えませんでした。悲しみに浸って、虚ろな目をしていました。横から良仙が「何がめでたいんだ!…これだけ人が死んで…怪我人を出して…それがめでたいのか!…」と言いました。万二郎は、虚ろな眼差しで静かに「これが戦だ…」と言いました。良仙は、涙で潤んだ目で万二郎を見ながら「だったら、もっと喜んだらどうだ…勝ったんだぞ…」と言いました。万二郎は、俯きながら、黙って救護所を出て行きました。知らせに来た兵士は、良仙に一礼すると、万二郎の後を追って行きました。良仙は、辰蔵の遺体をじっと見つめていました。そして、治療台に手を置いて座り込むと「緒方先生…私は…道を間違えたのでしょうか…」と言いました。その目からは、止めども無く涙が流れていました。

万二郎は、山道を一人歩いていました。そして立ち止ると「これが戦だ…これが戦なんだ…」と言いました。戦闘は、夜明前に始まったのですが、すでに西の山に夕日が沈もうとしていました。歩兵組の兵士達の声で「富士の白雪ゃノーエ…」と、勝ち誇った歌声が聞こえて来ました。しかし、万二郎の心は晴れませんでした。重々しい空気が、万二郎の背中に漂っていました。万二郎の脳裏には、数々の思い出が映像として蘇っていました。父が亡くなり、その死に顔を見た時の思い出が…音次郎の妹綾が「命ばかりは、助けて遣って下さい!…」と言って、両手を付いて頼む姿が…音次郎が逃げ出すのを追いかけて、斬り合いになり、音次郎を斬って千三郎の仇を取った時の映像が…治療のかいも無く、死にゆく兵士を見取った良仙が「これだけ人が死んで、怪我人を出して、それがめでたいのか…」と言った時の映像が……万二郎は、力無く膝まづきます。万二郎の手には、一滴の涙が落ちていました。万二郎は、その手を握り締めて、ただすすり泣いていました。

ここで、第9回万二郎初陣は、終わりました。

 

 

 徳川幕府が崩れ去ろうとしている幕末に、江戸時代という太平の世の中にあって、戦などした事も無い武士に率いられて戦をした農民兵達…武士も農民兵もすべてが初陣でした。戦の悲惨さも知らずに、戦った万二郎や農民兵、そして軍医として治療に当たった良仙…それぞれが、それぞれの想いを胸に積もらせて戦い終わった初陣でした。

 良仙は「これだけ人が死んで、怪我人が出て、それがめでたいのか…」と言いました。万二郎は、幕命に従い真忠組を打ち果たし、父の仇の楠音二郎を討ち取ったにもかかわらず、心が晴れませんでした。初陣で無くしたものがあまりにも大きかったのかもしれません。寝食を共にした辰蔵や農民兵達を失った事の胸の痛みが、戦に勝利した事よりも大きかったのだと思います。万二郎は、自分自身に言い聞かせるように「これが、戦だ…」と言いました。そして、この初陣は、ほんの序章にしかすぎません。この後、万二郎と良仙の心がどのように変化して行くのかが、注目に値します。

 それから、農民兵といえば、長州の高杉晋作による騎兵隊があまりにも言う名ですが、私は、恥ずかしながら幕府にも農民兵がいた事を知りませんでした。幕府の直轄地や旗本の領地から募った農民兵のようです。時代も長州の騎兵隊以前から在ったようです。幕末には、価値観が変わり、唯名門の家柄というだけでは通用せず、下級武士や町人でも、有能な人材を登用せねば遣って行けない時代が、津波のように押し寄せたのだと思います。

2012年9月20日木曜日

NHKドラマ「陽だまりの樹」第8回求婚と暗殺を見ました

 冒頭回想シーンが流れています。そして、良庵の声でナレーションが「安政五年夏、江戸をコロリが襲い、多くの市民が命を落とした。コロリが治まった頃、今度は大獄の嵐が吹き荒れた…」と…

 映像は、おなかの死や安政の大獄で万二郎が捕らわれ、拷問されているシーンが流れています。万二郎は、拷問されながらも「俺は無実だ…」と訴えます。また、開明派の志士達が斬首されているシーンが映し出されています。

 ナレーションはさらに続き「安政七年(1860年)三月、桜田門外で伊井大老は暗殺され、大獄の嵐はようやく治まった。」と…映像は、万二郎が江戸に戻り、手塚家の屋敷で良庵と会っている様子が流れています。良庵は、万二郎に「お前がいない一年半、みんながどれだけ心配したと思っているんだ…」と言います。そして万二郎は、麻布の善福寺におせきを訪ねます。おせきと万二郎は、見つめ合っていました。おせきは、驚いた表情で「伊武谷様…」と言います。万二郎は「帰って来ました…」と言います。おせきは涙を流していました。万二郎は、そんなおせきを見つめながら「おせき殿…」と言います。おせきは、笑みを浮かべながら涙を流して「御無事で何よりです…もう、身を隠さなくてもいいのですか…」と言います。良庵は「はい…伊井様が亡くなったことで、私も無罪放免に…」と言います。おせきは、ホッとした表情で「良かった…毎日、お祈りしていました…伊武谷様のご無事を…」と言いました。良庵は、おせきに一歩進みより「私も…」と言うと、懐からおせきに貰ったお守りを取り出して見せます。そして、「これを見て、おせき殿のことを…汚れてしまいました…毎日握りしめていたので…」と言います。おせきは、お守りを見ながらニッコリと笑います。万二郎は「おせき殿…」と言います。おせきは「はい…」と返事をします。良庵は、気恥ずかしいのか小声で「あの…」と言うのですが、その時、後ろの方から男の声で「伊武谷様…」と呼ぶ声が聞こえて来ました。万二郎が振り向くと同僚だった、犬山惣乃進と猿田菊蔵が笑顔で駆け寄って来ました。

 犬山は万二郎に「お久しぶりです…」と言います。猿田は「お騒がせしました…領事殿がお会いしたいそうです…」と言いました。万二郎は、精悍な眼差しで猿田を見つめながら「ハリスが!…」と聞き返しました。結局、万二郎は、おせきに思いを告げる事は出来ませんでした。ここで、「陽だまりの樹」第八回~求婚と暗殺~の字幕が流れます。

 

 外は雨が降っています。万二郎は、市中から外れた農家の一軒家に、傘をさして遣って来ました。万二郎は、入口の前に立ち止まると「ヒュースケン!…俺だ!伊武谷万二郎だ!…開けてくれ!…」と言います。すると、入口の戸が開き、嬉しそうにヒュースケンが現れ「万二郎!…」と言います。万二郎はヒュースケンに「あんたを説き伏せて、連れ戻すように頼まれた…いったいハリスとの間に何があったんだ…」と言いました。

 万二郎とヒュースケンは、いろりに向かって、隣合わせに座っていました。ヒュースケンは、薪の小枝を火にくべながら怒った表情で「ハリス!…うるさく命令する!…酒ダメ!女ダメ!…私、自由ない!…」と言います。万二郎は、ヒュースケンに視線を合わせながら「ヒュースケンとハリスは、三十も違うから…ずっと一緒にいると息が詰まるんだろう…」と言います。ヒュースケンは「そう…」と答えました。万二郎は「ハリスに話して見るよ…縛らないでくれって…だから、戻ってくれないか…」と言います。ヒュースケンは、不服そうな表情で「万二郎…好きな女いるか…」と聞きます。万二郎は、どう答えていいのかと思いつつも「ああ…いる…」と答えました。するとヒュースケンは「その人と夫婦になるか…」と聞きました。万二郎は、少し考えながらも「なる…」と答えました。ヒュースケンは、笑みを浮かべながら「おめでとう!…」と言います。万二郎は、はにかむように「いや、まだ決まった訳ではない…」と言います。ヒュースケンは「日本の女、美しい…私も妻が欲しい…」と言います。万二郎は、ヒュースケンを見ながら笑い出しました。そして「分かった…それも話して見る…」と言います。ヒュースケンは、笑顔で「ありがとう…万二郎…友達…」と言うと、手を差し伸べて握手を求めました。万二郎は、笑顔でヒュースケンの手を握ると、固く握手を交わしました。

 

 おせきは庭をほうきで掃いていました。万二郎は、おせきの後姿をじっと見つめていました。万二郎は、意を決して、おせきに歩み寄ると「おせき殿…」と呼び掛けました。おせきは、笑顔で「伊武谷様…」と言うと、ほうきを地面に置いて、万二郎を振り返り「今日は、如何されたんですか…」と聞きます。万二郎は、真面目腐った顔つきで「ああ、仲互いしていたアメリカ人の仲裁を頼まれまして…」と言います。おせきは「そうですか…」と言います。万二郎は「ええ、アメリカ人が、ここを使うようになって、何か御不便な事はありますか…」と聞きます。おせきは「私は今、離れにいますので、アメリカ人と顔を合わす事も無く、今までとは変わりありません…」と答えました。万二郎は、少し不審な表情で「離れに…」と聞き返します。すると、おせきも少し曇った表情で「父が、そうしろと…父はアメリカ人を恐がっていまして…」と答えました。万二郎は、俯きながら「そうですか…そんなに恐ろしい連中ではないんですが…」と言います。そして突然、表情を変えて大きな声で「この前!…言えなかったことを言います…おせき殿…」と言います。おせきは、小さな声で「はい…」と言います。万二郎は、澄んだ瞳でおせきを見つめながら「私の妻になって下さい…」と言いました。おせきは、笑みを浮かべながら「はい…」と答えました。万二郎の緊張した顔はほころんで、笑みが浮かび上がりました。

 

 万二郎と良庵は、料理屋で飲んでいた。良庵が驚いた表情で「何だと!…本当か…」と聞きます。万二郎は「ああ…」と答えました。良庵は「おせきさんは、本当にうんと言ったのか…」と聞きます。万二郎は、ニッコっと笑いながら「言った…」と答えました。良庵は、あこがれのおせきを万二郎に取られて悔しそうに「畜生!…」と言います。万二郎は、良庵の言葉に反応して「畜生?…」と聞き返します。良庵は取り繕うように「あの、いや…ああ、おめでとう…良かった…」と言いました。良庵は、銚子を手に取ると「あ、まあ飲め…」と言って酒をすすめました。そして「ようやくか…で、住職には話したのか…」と聞きます。万二郎は「いや、まだだ…」と答えました。良庵は、万二郎の顔を呆れるように覗きこみながら「善福寺に言って来たんだろう…如何してそのまま話を付けてこないんだ…」と言いました。万二郎は「そこまで気が回らなかった…」と言います。良庵は、呆れるように「あああ…こういう事はな、相手の気持ちが変わらないうちに、どんどん話しを進めっちまうんだよ…そうすれば逃げられなくなる…」と言います。万二郎は「おせき殿は逃げたりしない…」と言います。良庵は「そんな悠長な事言っていると、誰かにさらわれっちまうぞ…よし、俺が間に立って、住職に話をして遣ろう…」と言います。万二郎は、語気を強めて「よせ!…俺が言う…」と言いました。そして万二郎は、直ぐに立ち上がります。良庵は、万二郎を見上げるようにして「何だ…」と言います。万二郎は「思い立ったら吉日だ…今から行ってくる…」と言うと、良庵を一人部屋に残して出て行きました。良庵は、驚いた表情で「今から…おい…金置いてけ…」と言います。

 

 万二郎は、善福寺の山門前の石段を駆け足で登っていました。山門に掛けられた提灯には、煌々と明かりが灯されていました。万二郎は、山門前でふと足元を見ると、門番をしていた武士が二人倒れていました。万二郎は膝まづき、武士の背中を握って揺さぶって見ますが、何の反応もありませんでした。万二郎の表情は一変し、刀の柄に手を掛けながら山門を潜り抜けて、善福寺の中へ入って行きました。

 曲者が、灯りの付いた部屋に、そっと忍びよろうとしていました。その時、万二郎が大きな声で「待て!…」と叫びました。その声に曲者の二人が振り向きました。万二郎は、走り込みざま、刀を抜いて二人と斬り合いになりました。そして、二人を切り捨てます。そこへ、丑久保陶兵衛が現れました。陶兵衛は「伊武谷万二郎…また会ったな…」と言います。万二郎は陶兵衛を睨みつけながら「お前は…」と言います。陶兵衛は、刀を抜きながら「今度こそ、異人と一緒にあの世に送ってやるわ…」と言いました。万二郎と陶兵衛の斬りあいが始まりました。斬り合いは互角で、なかなか勝負がつきませんでした。その時ハリスが、縁側に出て来ました。万二郎は「ハリス…危ない…」と言います。陶兵衛が、ハリス目がけて駆け寄って行きます。万二郎もハリスを助ける為に駆け出しました。陶兵衛がハリスに斬りかかると、万二郎は刀で受け止め防ぎました。ハリスは逃げて、二人の斬り合いは続きました。その時「出あえ!出あえ!…」と言う警護の武士の声がしました。そして、警護の武士たちが二人の周りに集まりました。陶兵衛は万二郎に「決着は、またの日に預けるぞ…」と言うと、その場を立ち去りました。万二郎を先頭に、警護の武士たちが、陶兵衛を追い掛けましたが、陶兵衛は、逃げ切りました。

 曲者の死体の前に、おせきが立っていました。おせきは、恐怖を感じていました。そこへ、万二郎が駆けつけて来ました。万二郎は「おせき殿…」と呼び掛けます。おせきは、震えているような声で「どうして、こんな事が…」と言うと、曲者の死体に向いて合掌をしました。万二郎は、息を切らせながらおせきの顔をじっと見つめていました。

 

 良仙の屋敷では、町人の男が診察を受けていました。隣に座っている女房らしい女が、心配そうな表情で「手術…」と言います。良仙は「うん…」と言います。そして、患者の患部を触りながら「ここのところ…」と言うと、患者が「イテテテ…」と声を上げました。良仙は、患者の額を手のひらで軽く叩きながら「何じゃ、これくらい…我慢せい…」と言いました。そして「ここのところをな…こう切り開いて、折れている骨と骨をくっ付けるんじゃ…暫く時間は掛かるかもしれんが、必ずまた、働けるようになる…」と言います。すると、女房らしき女が、切羽づ待った表情で「でも、そんなお金…」と言いました。良仙は、女房らしき女の顔を見つめながら「お金の事など心配せいでもよい…」と言います。そして、患者の顔を見ながら胸をポンと突いて「必ず治るから…好いね…」と言いました。女房らしき女は「お願いします…」と言うと、深々と頭を下げました。

 患者は、麻酔を掛けられ手術台の上に寝かされていました。良庵が手術の準備をしながら「父上…」と言うと、良仙は「うん…」と返事をします。良庵は「あんなに詳しく話さなくても好いんじゃないですか…余計に不安になるだけでしょう…」と尋ねます。良仙は、手術の準備の手を止めて「分かっとらんなあ…逆じゃよ、逆…患者や、その身内という者は、医者に何をされるか分からんから不安になる…きちんと解き明かしてやれば安心する…これが大事だ…病や怪我を治すだけが医者の仕事ではない…患者や身内の気持ちを考えて遣る…これも医者の務めだ…医は仁術なりだ…」と、良庵を諭しました。良庵は何かを感じているような眼差しで「はあ…」と答えました。良仙は「よし、始めるぞ…」と言います。良庵は「はい…」と答えると二人は手術を始めました。

 控えの間には、患者の女房らしき女が、緊張した表情で正座をして待っていました。おつねは女に御茶を出していました。時間は過ぎ、良仙の顔には疲れの表情が現れていました。良仙は縫合しながら「ふう…」と溜息を吐きました。良庵は、介添え役として真剣は表情で良仙の手術を見詰めていました。

 良庵は、溜息を続ける良仙の顔を見て「大丈夫ですか…」と尋ねます。良仙は、笑みを浮かべながらも疲れた表情で「疲れたのかな…目が霞んできた…」と言います。そして良庵に「代わってくれるか…あとは縫うだけだ…」と言いました。良庵は、笑みを浮かべながら「はい」と答えました。良仙は、良庵に席を譲ると、暫く良庵の縫合を見ていました。そして、大丈夫と思ったのか歩いて部屋を出ようとしますが戸の前で倒れました。良庵は気付くと「父上!」と叫びました。しかし、縫合の最中で手が離せませんでした。良庵は、大声で「おつね!…来てくれ!…」と叫びました。

 

 良仙は、座敷に寝かされていました。良庵は、良仙の手を取り、脈診をしていました。その横には、おつねが控えていました。脈診が終わると、おつねは心配そうな表情で良庵に「どうなの…」と聞きました。良庵は、小さくため息を吐くと「卒中だ…」と答えました。おつねは、良仙の顔を見ながら「働きすぎたんですよ…」と言います。良庵は、心配そうな表情で、黙って頷きました。

 外は暗くなり始め、良庵は行燈に火を灯しました。その姿は項垂れていて、良仙の病状が重い事が分かりました。その時、良仙の意識が戻りました。良庵は気付くとにじり寄り、良仙の顔を覗きながら「父上…」と声を掛けます。良仙は「手術は…」と聞きます。良庵は「安心してください…無事に終わりました…」と答えます。良仙は、ろれつの回らない声で「わしゃいったい…」と聞きます。良庵は「卒中です…」と答えました。そして、笑顔を作りながら「何…それだけ喋れるんだから…大丈夫ですよ…」と言いました。

 良仙は、目を瞑りながら「おなかがな…まだ、こっちに来るなと言うんじゃよ…」と言います。良庵は「母上が…ですか…」と聞き返しました。良仙は「夢じゃ…夢じゃ…おなかがな…若くて綺麗じゃった…」と言うと、良仙は軽く笑いました。その表情を見て、良庵の顔にも笑みが浮かびました。良仙は「わしは向こうへ行きたかったんじゃがな…」と言います。すると良庵の顔が緊張し「何言っているんですか…父上の診察を待っている人が沢山いるんですよ…暫くして、元気になったら…また、働いてもらわないと…」と言いました。しかし良仙は「無理じゃ…」と言います。良庵は、声を少し強めて「どうしてですか…」と聞きます。良仙は左手で掛け布団を払い除けると「右手が動かん…」と言いました。良庵の目が鋭くなり「えっ…」と言います。そして、良仙の右手を取り反応を確かめました。良庵が黙って良仙の顔を見つめていると良仙は「良庵…お前が遣れ…」と言います。良庵は自身の無い表情で「えっ…」と言いました。良仙は、良庵を見つめながら「お前が良仙を名乗って後を継ぐのだ…」と言います。良庵は、泣きそうな表情で「そんな…」と言います。すると良仙は、動く左手で良庵の襟元を確りとつかみ「倅よ…お前は医者だ…自信を持て…」と言いました。良庵は、襟元の良仙の手を取ると両手で確りと握りしめました。

 

 ハリスは縁側に立って庭を眺めていました。そこへヒュースケンが現れました。ハリスは「ヘンリー…」と呼ぶと、手を差し伸べてヒュースケンと握手をしました。ヒュースケンは「襲撃の話は聞きました。御無事で何よりです…」と言います。ハリスは「よく戻って来てくれた…」と言います。ヒュースケンは「ご心配をさせて申し訳ありませんでした…」と謝ります。ハリスは「もう済んだ事だ…」と言いました。

 ヒュースケンは、護衛の武士に案内されて、自分の部屋へ向かいました。護衛の武士は部屋の前まで来ると「この部屋をお使いください…」と言います。ヒュースケンは、部屋を覗き込みながら「ありがとう…」と言います。そして、庭の方に目を向けると、偶然にも花を抱えたおせきが歩いていました。おせきは、ヒュースケンに気づいて一瞬驚くのですが、気を取り直して、さり気なく一礼をしました。ヒュースケンと護衛の武士も一礼をしました。おせきが立ち去ると、ヒュースケンは、おせきの後姿を見ながら「あの娘は…」と、護衛の武士に聞きました。護衛の武士は「この寺の御住職の娘さんで、おせき殿です…」と答えました。ヒュースケンの顔に笑みが浮かびました。どうやらヒュースケンは、おせきの事を気に入ったようでした。

 

 万二郎は、城に呼び出されていました。万二郎は、両手を付いて深く低頭していました。万二郎の前には、役人らしき武士が立って、書状を開き読み上げ始めました。「伊武谷万二郎殿、右の者、禄高百石にて、外国方警護番頭を申しつくるもの也…」と…読み上げた役人は、その書面を裏返しにして、万二郎に見えるように広げたまま見せました。ここで良庵のナレーションが入ります。「万二郎は、ハリスを刺客から守った功績により、百石取りの身分となった…」と…

 良庵は、万二郎の家に来ていました。良庵は、盃を捧げ持つようにして「この度は、おめでとうございます…」と、緊張しながら言いました。万二郎は、そんな良庵に視線を合わせて「やめろよ…堅苦しい…」と言いました。良庵は、急に薄笑いしながら足を崩します。すると万二郎は「良仙先生の具合はどうだ…」と尋ねました。良庵は「今のところは落ち着いているが、もう手術刀は持てねいな…」と言います。その時、おとねが料理を持って部屋に入って来ます。おとねは、二人の側に座ると「まあ…大変ですね…あんなにお元気でいらしたのに…」と言いました。良庵は、落ち着いた声で「病には、勝てません…」と言います。すると万二郎は「で…名は継いだのか…」と尋ねました。良庵は「いや、良仙ていう名は、俺には重たくて…」と言います。万二郎は「そんな事言っている時か…お前以外に誰が後を継ぐんだ…」と言いました。良庵は、はぐらかすように「人の事より、自分の方はどうなんだ…」と言います。万二郎は「何…」と聞き返します。良庵は「百石取りの身分になって、足りない者は何だ…」と、問いかけました。すると、おとねが万二郎の顔を覗き込むようにして「嫁ですよ…」と言いました。良庵は、おとねに向かって「おっしゃるとおり…」と言います。そして、万二郎に「お母上に、ちゃんと話したのか…」と言います。その後に、小声でおとねに聞こえないように「おせきさんの事を…」とも……万二郎も小声で「いや、まだだ…」と答えました。すると二人の話が聞こえたのか、おとねの目の色が変わり、良庵に「おせきさんが何か…」と、尋ねました。万二郎は、おとねの方を向くと座りなおして、反対されるのを覚悟の上で「母上…実は…おせき殿を…嫁に貰おうと思っております…」と言いました。おとねは、笑顔で「あ、それは…あのような方が来てくだされば申し分ないけれど…先様は…」と言いました。万二郎にとっては、意外な言葉でした。おとねは以前、武家の身分にこだわり、寺の住職の娘、おせきとの縁組には反対していたからです。ただ、コロリに掛かった自分を献身的に看病してくれたおせきの事を、この様な娘ならば万二郎の嫁に迎えるべきだと考えを改めていました。万二郎の顔に笑みが浮かび「おせき殿は、はいと言ってくれました…」と答えました。おとねは、ホッとした表情で笑みを浮かべ「まあ、本当に…」と言います。万二郎は「はい」と言うとニコッと笑いました。良庵は、両膝を手で叩くと座りなおして、おとねに「こうなったら、私が間に入って、話しを付けましょう…」と言います。万二郎は、慌てて「それは自分で…」と言います。すると良庵が「こういう事は、人に任せるもんなんだよ…」と言いました。おとねは嬉しそうに「そうですよ…万二郎…良庵殿、宜しくお願い致します…」と言うと、両手を付いて深々と良庵に頭を下げました。良庵もおとねに、深々と頭を下げました。良庵は向き直ると万二郎に「この良庵、及ばずながら月下氷人をあいつとめ候…」と言います。良庵も万二郎も、思わず笑い出しました。

 

 善福寺の山門の提灯に灯りが入っていました。ヒュースケンは、門番に軽く手で挨拶すると、境内の中へ入りました。

 おせきは、離れの自分の部屋の縁側で、横笛を吹いていました。横笛の音色に誘われて、ヒュースケンが、おせきの前に遣って来ました。おせきは、ヒュースケンと視線が合うと、横笛を吹くのを止めました。ヒュースケンは、おせきに「あなたでしたか…」といい、手を差し出し、頭を下げて、西洋式の挨拶をしました。おせきは軽く一礼をしました。しかし、おせきの目は怯えているようでした。おせきは自分の部屋に入ると、直ぐに障子を閉め、部屋の隅で怯えていました。すると、ヒュースケンの「今晩は…」と言う声が聞こえて来ました。おせきが黙っていると、ヒュースケンは障子を開けて「私、ヘンリー・ヒュースケン…挨拶に来ました…」と言います。おせきは、恐怖のあまりにオドオドしながらも「せきと申します…」と言うと、頭を下げました。ヒュースケンは、部屋の中に入りながら「おせきさん…あなたの友達になりたい…」と言います。おせきは、恐くてどうしようもなく、後ろを向いてオドオドしていました。ヒュースケンは「大丈夫…恐がらないで…私、悪い者ではない…」と言いますが、おせきはパニックになっていました。おせきはヒュースケンに「困ります…この夜分に…」と言います。ヒュースケンは、手を腰の後ろに組冷静に「あなたの事を知りたい…お友達になって下さい…」と言って、握手をしようと手を差し伸べるのですが、おせきは恐怖で体がガチガチに固まっていました。おせきは、勇気を振り絞って「いけません…」と言うと、逃げ出そうとしますが、ヒュースケンは、思わずおせきの服に手を掛けました。ヒュースケンは、おせきを捉まえると「違う…違う…これは、私たちの挨拶…」と言うのですが、おせきは、動転して「いけません…やめて下さい…」と、大声を上げました。ヒュースケンは、おせきの気を鎮めさせようと「大きな声を出さないで…」と言うのですが、おせきには理解できずに抵抗を続けました。おせきは、障子を開けて「誰か…」と声を上げるのですが、ヒュースケンは、それを止めようとしました。そして、おせきを捉まえて「静かに…」と言います。しかし、動転しているおせきは、ヒュースケンの頬を平手で叩きました。その時、ヒュースケンの男の本能が現れて、おせきを倒して、体の上にのしかかりました。おせきは、ありったけの力で抵抗しながら「やめて…やめて…」と泣き叫ぶのですが、ヒュースケンは、ついにおせきを手籠めに掛けました。

 

 万二郎は道場で、一人剣術の稽古をしていました。そこへ良庵が「万二郎!…万二郎!…」と叫びながら遣って来ました。良庵が息を切らせながら道場に入って来ると万二郎は「如何した…騒々しいな…」と尋ねました。良庵は、訳の分からないという表情で「如何したもヘチマもあるか!…お前さんは、いったい何を遣っていたんだ!…」と言うと、万二郎の胸を突き飛ばしました。すると万二郎は、怒りだして「なんだい!藪から棒に!…」と言いました。良庵は、呆れた表情で「おせきさんが、尼寺に入った!…」と言います。それを聞いた万二郎は、鋭い眼差しで良庵を見つめて「何!…」と聞き返しました。良庵は「おせきさんが、尼寺に入ってしまったと言ったんだ…」と…万二郎は、茫然とした表情で「尼寺へ…」と言います。良庵は、万二郎を睨みつけながら「ああ…善福寺に行って来たんだ…そしたら、おせきさんは三日前に尼寺に飛び込んで、髪を下ろしてしまったって…」と言います。万二郎は、信じられないという表情で「おせき殿が?…何かあったのか…」と聞きました。良庵は「訳は、こっちが知りていよ!…」と言いました。万二郎は、木剣を良庵に渡すと、駆け出して道場を出て行きました。

 万二郎は、善福寺の石段を急ぎ足で登っていました。山門を入り、離れの方へ向かっていました。

 ヒュースケンは、御縁から庭に下りる階段に腰をおろしていました。その表情は、暗く重たいものでした。万二郎は、そんなヒュースケンには目もふれず通り過ぎて行きました。ヒュースケンは、万二郎に気付くと「万二郎…」と呼び止めました。万二郎は振り向くと立ち止ります。ヒュースケンは立ち上がり「万二郎、御話聞いて言い…」と言います。万二郎は「悪いな…今忙しいんだ…」と言います。ヒュースケンは、万二郎に歩み寄りながら「少しでいい…私、苦しい…」と言います。万二郎は「病気か…」と聞きました。ヒュースケンは「恋の病だ…」と言います。万二郎は、ヒュースケンに視線を合わせて「恋の病…」と聞き返しました。ヒュースケンは、苦しそうな表情で「私、ある女が好きになった…三日前に、その女に好きと言った…でも、その娘…私の事を恐がった…私、度を越した…倒した…力ずくで…」と言います。俯きながら黙って聞いていた万二郎は「手籠めにしたのか…」と、問い質しました。ヒュースケンは「私……その娘と夫婦になりたい…でも…その娘…家出してしまった…」と言います。一瞬の沈黙の後、万二郎は「その娘の名は…」と聞きました。ヒュースケンは「おせきさん…」と答えました。万二郎の表情が険しくなりました。ヒュースケンは「万二郎…知っているのか…」と聞きました。万二郎は、鋭い眼差しでヒュースケンを睨みつけて「おせき殿をお前が手籠めにしたというのか…」と聞き返しました。ヒュースケンは「悪い事をしたと思っている…」と言います。万二郎は、左手を刀のつばに手を掛けると腰を屈めて構え、右手で刀の柄を握りながら「よくも…よくも!…」と言います。ヒュースケンは、万二郎がいつもと様子が違うのに気付き「如何したのだ、万二郎…」と言います。万二郎は、ヒュースケンを睨みつけながら「おせき殿は、俺が心に決めた人だ!…俺の妻になる人だったんだ!…」と大声で言うと、刀を抜いて構えました。良庵は「許さん…」と言いながら、ヒュースケンに歩み寄ります。ヒュースケンは、すまなかったという気持ちと、恐ろしい気持ちが合い混じって、苦しげに「待って!…知らなかった!…許してくれ!…」と言いました。万二郎は、ヒュースケンに刀を突き付けながら「誤って済むと思っているのか!…一人の女の一生を台無しにして…」と言います。万二郎は、刀を右肩の上に構え直して「おのれ…」と言います。ヒュースケンは、悲壮な表情で「悪かった…ソーリー…」と言うと、目を瞑ってじっとしていました。万二郎は、構えた刀を思いきって振り下ろしました。ビシュッという空を切る音がしました。万二郎の体の動きが止まっていました。万二郎は、ただ無念という表情をしていました。そして万二郎は、振り下ろした刀を鞘にも納めずに、その場を駆け去って行きました。ヒュースケンは、生汗を流しながら何度も大きな溜息をつきました。

 

 万二郎は、桜田町の尼寺、全稱寺の門を叩きながら「お頼み申す…私は外国方警護番頭伊武谷万二郎と申す者です…三日前に当寺に入られた、おせき殿に一目お会いしたくてまいりました…お頼み申す…」と言いました。すると、年配の尼僧が門を開けて出て来ました。万二郎は、尼僧に一礼をして「おせき殿に…会わせて下さい…」と言います。尼僧は「ここは男子禁制の尼寺にございます。何人と言えども御引き合わせする事は叶いません。」と言いました。万二郎は、切羽詰まった表情で「そこを何とか、まげて…せめて、一目だけでも御許しを…」と言いますが、尼僧は「なりませぬ。御帰りを…」と言うと、頭を下げました。万二郎は、諦めきれずに土下座をして、両手を付いて「このとおりです!…お願いします!…」と言うと、深く頭を下げました。そして「おせき殿を…何とぞ…」と言います。しかし、尼僧は無表情で「叶いませぬ…お帰り下さい…」と言うと、寺の中へ入り、門を閉めました。万二郎は立ち上がり、諦めきれずに門の板戸に向かって「話しを聞いて下さい!…」と叫びました。おせきは、御本尊の前に座って、ただ仏像を見つめていました。万二郎は、項垂れ肩を落として帰って行きました。

 万二郎は、御城に呼び出されていました。万二郎は、両手を付いて低頭しています。万二郎の前には、幕府の役人がたっていました。役人は「型っ苦しい挨拶は抜きだ…俺は、勝麟太郎ってものだ…警護役を辞めたいって…」と言います。万二郎は、かすれるような声で「はい」と言いました。勝は、万二郎に歩み寄ると、片膝を付いて「そもそも、お前さんを警護役に着かせたのは、亡き阿部伊勢の守様のお計らいだぜ…幕府の中に外国人の本心を知る人間がいる為だった…」と言います。万二郎は、低頭したまま「外国人の心の中が、一向に分かりません…」と言いました。勝は見下ろすようにして、万二郎の心の中を探りながら「アメリカ人と何かあったのかい…」と聞きます。そして「お前さん…通訳のヒュースケンとは心安いと聞いていたが…」と言います。万二郎は、低頭しながら無表情で「ヒュースケンの心など、とんと分かりません…一日も早く、警護役を御免除頂きとうございます…」と言うと、さらに深く低頭しました。万二郎にしてみれば、最愛のおせきを手籠めにしたヒュースケンの顔など見たくもなかったのでしょう。ところで、幕末の大スター勝麟太郎(海舟)が、今回初めて登場しました。同じ幕府方として、今後、万二郎とどの様に関わっていくのか楽しみです。

 丑久保陶兵衛は、居酒屋で酒を飲んでいました。そこへ浪人が遣って来て「伊武谷万二郎が、警護役を降りた…」と伝えました。陶兵衛は、宙を見ながら何故だろうと頭を巡らせていました。

 

 手塚家の屋敷では、良仙の寝ている周りに、良庵とおつね、大槻俊斉と妻で良庵の妹が座っていました。良仙が目を開けると良庵が心配そうに覗きこみながら「父上…」と呼び掛けます。良仙は「お久か…」と聞きます。すると、おつねが身を乗り出して「私は、つねです…」と答えました。すると良仙は「皆さんにお酒をお出しせんか…」と言いました。おつねは良庵に「お酒ですか…」と聞きます。良仙は「良庵…」と言います。良庵は、出来るだけの笑みを作りながら「はい…ここにいますよ…」と言います。良仙は「芸者を呼べ…」と言います。良庵は「芸者…ああ、はい…呼びましょう…」と言いました。良庵は、笑みを浮かべながら「おなかに知られんようにな…」と言います。良庵は笑顔で「はい…呼びましょう…」と答えました。良仙は、もう一度「おなかに知られんようにな…」と言うと、馴染みの芸者達の名前を上げ始めました。そして「梅花…あれはいい子だ…」と言うと、大きく息を吐き出します。その様子を見ていた良庵の表情が、次第に硬くなって行きました。良庵の向かい側に座っていた俊斉が、掛け布団を少し外して良仙の手を取り脈診を始めました。俊斉は、手を良仙の鼻の上に置き、呼吸をしているか確かめました。俊斉は、首を振りながら良仙の手をそっとおきました。おつねと俊斉の妻の泣き声が部屋に響きました。良庵は「父上…」と言います。俊斉は「父上は、立派な人でした…種痘所設立という…大仕事に打ち込んでおられながら…御自分は一切…巧妙心も…欲も…お持ちで無かった…」と言います。良庵は、良仙の形見となった眼鏡を握りしめていました。

 良庵は、ポツリと診察室に立っていました。そこへ万二郎が遣って来ました。万二郎は、良庵の後ろから「良庵…」と声を掛けます。良庵は「顔を見て遣ってくれたか…」と言います。万二郎は「ああ…穏やかな御顔をなさっていた…」と言います。良庵は、笑みを作りながら「いい気分で、あの世に行ったんだろうな…最期に言ったのは…芸者の名前だ…親父らしいよ…」と言いました。万二郎は、黙って聞いていました。良庵は「ここにいると…親父の事をいろいろ思い出す…俺は本当は、医者になるのは嫌だったんだ…」と言います。万二郎は、驚いた表情で、小さく「えっ…」と言いました。良庵は、振り向いて万二郎の顔を見ると「子どもの頃から、血を見るのが苦手でな…」と言うと、診察台に置いてあった良仙の形見の眼鏡を手に取って「そしたら、親父はここで手術を見ろって言うんだ…十やそこらの子どもにだぜ…初めのうちは気持ちが悪くて仕方がなかったが…そのうち不思議なもんで…なれるどころか、手術を見るのが面白くなってきたんだ…」と言うと、診察台に腰を降ろしました。万二郎は「お前を医者にさせたかったんだ…」と言います。良庵は「今は、医者に成って良かったと思っている…親父に感謝してるよ…」と言いました。万二郎は「だったら…」と言います。良庵は、頷きながら「分かっている…俺が後を継がなければならない事は…でもな…俺みたいな男が、良仙の名を名乗ったら…親父の名を傷つけるんじゃないかって…」と言いました。万二郎も診察台に腰を降ろすと「覚えているか…東湖先生のお宅に行った帰り…あの時、お前は誓ったはずだ…日本一の医者に成るとな…」と言います。良庵は、笑みを浮かべて頷きました。そして「そっちもな…倒れかけた幕府の支えに成るって…辛いのは分かるが、もう、おせきさんの事は忘れろ…」と言いました。万二郎は小声で「忘れた…」と言うと、立ち上がり黙って診察室を出て行きました。良庵は、万二郎の後姿をじっと見つめていました。

 

 万二郎は道場で、真剣を振り稽古をしていました。

 良庵は、仏間で寝そべって本を見ていました。そこへ、おつねが帳面を持って遣って来ました。おつねは良庵の横に座ると、良庵の読んでいた本を取り上げながら「何よ、こんな好色本ばかり読んで…」と言います。良庵は言い訳するように「これは、親父が買ったやつだよ…言わば形見だ…読みながら、親父の思い出に浸っていたんだよ…」と言いました。おつねは「銚子の好いこと言って…見てこれ…」と言うと、良庵に帳面を差し出しました。良庵が黙っていると、おつねは「患者さんが目に見えて減っていっているわ…」と言います。良庵は、恨めしそうに「しょうがねいだろう…親父の馴染みの患者が来なくなるのは…」と言いました。おつねは、語気を強めて「あなたが確りしないから患者さんが逃げてゆくのよ…」と言いました。良庵も語気を強めて「そんな事言ったって…俺と親父じゃ格が違う…」と言うと、おつねの膝に寄りかかり、好色本を読み始めました。おつねは怒りだして、好色本を取り上げると「いいかげんにして…」と言います。良庵は、好色本を取り戻そうと「おいよこせ…」と言うのですが、おつねは渡そうとしませんでした。二人がもつれ合い、畳に折り重なって倒れた時、女中の「先生…」と呼ぶ声がして、障子が開きました。女中は、二人の姿を見て驚き、慌てて障子を閉めました。良庵は、しまったという表情で障子を見つめていました。

 

 診察室では、良庵が妊婦の診察をしていました。介添えには、おつねと女中がついていました。妊婦は生汗をかき苦しそうにしていました。側で立っている妊婦の夫は、心配そうな表情で、診察を見つめていました。良庵は、診察の手を休めると「これは…」と独り言を言います。おつねは、心配そうに良庵を見つめていました。そして小声で「如何したの…」と聞きます。良庵は、黙って立ち上がると診察室を出て行きました。おつねはそんな良庵を見て「ちょっと…」と言うと良庵を追い掛けました。妊婦の夫は、心配そうに立っていました。

 良庵は、別室に入って考えていると、後ろからおつねが遣って来て「何しているのよ…」と言います。良庵は、俯きながら「俺には無理だ…」と言います。おつねは「えっ…」と聞き返します。良庵は「つまり、とても難しい手術に成るんだ…俺には出来ない…」と言います。おつねは歩み寄って「じゃあ、如何するのよ…他の医者に診てもらえなんて言うつもり…あなたを頼って来たのよ…」と言います。その時、女中が来て「先生…患者さん苦しがっています…」と、泣きそうな顔で言うと、直ぐにまた、診察室に戻りました。おつねは良庵に「今から、他の処の医者に運べはしないわよ…自信持って…」と励まします。良庵が黙っていると、おつねは良庵の手を両手で握って「あなたしかいないんですよ…」と言いました。そこへ妊婦の夫が遣って来ました。夫は、力の無い声ですがるように「先生…」と言います。良庵は、夫の顔をじっと見つめていました。その時、良庵の脳裏に良仙の映像が映し出されていました。「病や怪我を治すだけが、医者の仕事ではない…患者や身内の気持ちを考えて遣る…これも医者の務めだ…医は仁術なりだ…」と…良庵は妊婦の夫に歩み寄り「ご主人…よく聞いて下さい…女将さんは…骨盤が小さすぎる…おまけにおなかの子は、人並み外れて大きい…あれを取り出すには、腹を切るしかない…」と言いました。夫は、驚いた表情で「腹を切る…」と聞き返しました。良庵は「薬で眠らせるから痛みは感じない…他に打つ手は無いんだ…このままじゃ、母子ともに危ない…すぐに手術をしなければ…」と言いました。夫は、一瞬考えたのですが、直ぐに「お願いします…助けて遣って下さい…」と言うと、深く頭を下げました。

 良庵は、診察室に戻っていました。良庵は、メスを手に取ると、じっと見つめていました。そして、手術を始めました。良庵の目は鋭くなり、手術に集中していました。

 

 良庵は、御縁に座り満月を眺めていました。そこへ、おつねが酒を持って来ました。良庵は、おつねの姿を見ると機嫌良さそうに「よよ、気がきくねぇ…」と言うと、盃を取りました。おつねも笑顔で「はい、どうぞ…」と言うと、良庵の盃に酒をつぎ始めました。良庵は、おつねの顔を見ながら「なんだい…やけに愛想がいいじゃないか…」と言います。そして、美味しそうに酒を飲みました。おつねは笑みを浮かべながら前を向いたまま「やれば出来るじゃないの…立派でした…」と言いました。良庵は、すました顔で「惚れなおしたか…」と聞きます。おつねは、笑いながら良庵の肩に寄り添いました。良庵は、満更ではない表情を浮かべましたが、直ぐにしみじみとした表情でポツリと「親父のおかげだ……親父が助けてくれた…」と言いました。おつねは、体を良庵に預けると耳元で「抱いていいのよ…あなた…」と言いました。良庵は月をじっと見つめていました。二人の後姿は、仲睦まじい姿でした。

 

 万延元年(1860年)十二月五日、丑久保陶兵衛が物影に隠れていました。その視線の先には、暗がりで護衛の武士に守られているヒュースケンがいました。護衛の武士が「刺客だ!」と叫ぶと、刀を抜き構えます。浪人たちがヒュースケンを目がけて斬り込んで来ました。護衛の武士たちは懸命に応戦します。その隙にヒュースケンは逃げようとするのですが、陶兵衛が立ちはだかります。陶兵衛は、ヒュースケンに視線を合わせると無表情に「死ね…」と言います。ヒュースケンは、後すざりしながら「待て…」と言いますが、陶兵衛は居合のように抜き打ちざまに胴払いで、ヒュースケンを斬り倒しました。膝まづいているヒュースケンの後ろから首に刀を置いて頸動脈を斬り、止めを刺しました。別の浪人が「遣ったぞ!…引け!…」と声をかけると、走り去る足音がしました。陶兵衛はヒュースケンの亡骸に視線を合わせながら、無表情で刀を鞘におさめると、歩いてゆっくりとその場を後にしました。

 

 万二郎は、自宅の御縁で俯きながら考え事をしていました。その後ろに良庵が立っていました。良庵は「万二郎…聞いたよ…ヒュースケンが殺されたって…」と言います。万二郎は俯いたままで「俺が付いていれば…こんな事にはならなかった…」と言います。良庵は御縁に座りながら「お前さんのせいじゃないよ…」と言います。万二郎は複雑な表情で「だが、その一方で…俺がヒュースケンを斬るべきだったとも思う…あの時、なぜ斬れなかったのか…」と言いました。良庵は「もしヒュースケンを斬っていたら…どうなっていたと思う…アメリカが黙っていないぞ…お前さんが腹を斬るぐらいじゃ済まなかったろうな…」と言いました。すると万二郎は、感情をむき出しにして、拳で御縁を叩き立ち上がり「そんな事は分かっている!…」と言いました。万二郎は庭に下りると歩きながら大声で「悔いてばかりの自分に腹が立つ!…」と言いました。そして、思いつめたように「だから…もう悔いは残さん…」と言いました。良庵は、じっと万二郎を見つめていました。

 

 万二郎は、林の中の斜面を急ぎ足で登っていました。その後ろから追うようにして良庵が付いて来ていました。良庵は万二郎に「やめておけ…万二郎!…いくらなんでも、それは無鉄砲と言うもんだ…下手すりゃ役人に追われるぞ…」と言います。万二郎は「覚悟の上だ!」と言います。万二郎は、板塀の前に着くと、防火水の横に置いてあった大きな桶に乗り板塀をよじ登って、中に入りました。良庵は、その後ろ姿を見ながら「あっ、まったく…しょうがねいな…」と言うと、同じように板塀を乗り越えて行きました。二人は木陰から覗きこんでいました。二人の視線の先には、法衣を着た尼僧たちが庭の掃除をしていました。数人の尼僧が立ち去り、一人の尼僧が残っていました。おせきでした。万二郎は、おせきに歩み寄ります。良庵は、その場でじっと見つめていました。

 良庵は、おせきの後ろから近づくと小声で「おせき殿…」と呼び掛けました。おせきは振り向くと、驚いた表情で「伊武谷様…」と言います。そして、視線を外して万二郎に背中を見せて「いけません…ここは男子禁制の場所…」と言います。万二郎は、歩み寄りながら「そんな事は分かっている…たとえどんな御咎めが有ろうと覚悟して来ました…おせき殿…一緒にここを出ましょう…あなたはこんなところで一生を終えてはいけない…」と言います。おせきは後ろを向いたまま「人が来ます!…」と言います。万二郎は語気を強めて「ヒュースケンが死にました!…」と言います。おせきは、ゆっくり振り返ると万二郎に視線を合わせます。万二郎は「…刺客に襲われて…あなたの仇は死にました…過ぎた事は忘れて、今一度遣り直すんです…私と一緒に…」と言います。おせきは「伊武谷様…違うのです…私がここへ参りましたのは…あの出来事があった為ではございません…」と言います。万二郎は「じゃ何故…」と言います。おせきは「定めです…」と答えました。良庵は「定め…」と聞き返しました。おせきは「住職の娘に生まれ…物心がついた時から、身近に仏様を感じておりました…何時かは、仏様にお仕えすることを望んでいたのです…病や無益な争いで、多くの人が無くなっています…その人たちの為に、仏様のお慈悲を祈りたいのです…それが、私の役目だと悟ったのです…」と…万二郎は、遮るようにして「嘘だ!…」と言いました。良庵は木陰から、二人の話をじっと聞いていました。万二郎は「あなたは、私の妻に成ってくれると言ってくれた…おせき殿、あなたは自分の身が汚されていると思っているんじゃないですか…だったら違う!あなたは以前のままだ!何も変わらない…ここを出ましょう…私が…あなたを幸せにする…命を掛けてあなたを守る…」と言いました。おせきは、目に涙を浮かべながら首を横に振ります。万二郎は「おせき殿!…」と呼び掛けます。おせきは振り返ると語気を強めて「伊武谷様…あなたの知るせきは、もう死んだのです…今の私は、御仏に仕える身…後生ですから…どうぞ…お帰り下さい…」と言うと、深く頭を下げて去って行きました。万二郎は、おせきの後姿をじっと見つめていました。おせきは、中門を潜り抜けると立ち止り、茫然としていました。良庵は、万二郎の所まで歩み寄ると黙って肩を握りました。おせきは、泣き崩れてしまいました。

 万二郎と良庵は、林の中の池の前に立っていました。良庵が「俺な…万二郎…良仙の名を継ぐことにしたぜ…」と言います。万二郎は腕を組、池を見ながら、息を吐き出すように「そうか…」と言います。そして、良庵の方を振り向いて「確りやれよ…良仙…」と言うと、一人で歩いて行きました。良庵は万二郎の寂しそうな後姿を見ると、黙って万二郎の後ろから付いて行きました。ここで、良庵改め良仙の声でナレーションが入ります。「木枯らしが、ひとしお身に沁みる万延元年の暮れだった…」と…

 ここで、第8回求婚と暗殺は終わりました。

 

 

 今回、万二郎は家禄が100石に昇進しました。万二郎が千三郎から家督を継いだ時は15表二人扶持だったので、わずか数年で大変な出世をした事に成ります。また、常陸府中藩は、親藩(水戸徳川家の分家)と言っても、二万石の小大名ですから、家禄が100石になるという事はたいしたものだと思います。この様な事は、太平の世であった江戸時代では稀な事だったと思います。ただ、幕末になると、世の中が動乱の渦に巻き込まれて、世襲だけでは重責を担う事の出来る人材が不足して、下級武士から才能のある人物を登用しなければならなかったという時代背景があったようです。(ただし、伊武谷万二郎と言う人物は、架空の人物で、作者の手塚治虫氏の幕末における理想の男性像を描いたものだと言われています。)

 今日初めて登場した勝麟太郎(海舟)も、幕末に大出世をした一人です。勝家は、旗本といっても、海舟が家督を継いだ時には41石の小普請組(無役)でした。最終的には400石となったのですが、軍艦奉行や海軍奉行、そして陸軍総裁と出世を重ね、徳川家の宰相となりました。その時の役高が5000石だったそうです。列座は、若年寄の次座です。つまり、職責だけで言えば、大名格になったという事です。

 役高とは、役職に対する給料です。勝家の家禄が400石なので、4600石を別途支給された事になります。ただし、役職についている間だけで、役職を辞めれば元の400石に戻ります。

 海舟は、大政奉還後、江戸城の無血開城を成し遂げ、明治維新に成ってからも新政府では、参議・海軍卿等の要職につき、華族(伯爵)に列せられました。しかし、徳川家の家臣として恩義を忘れずに、蟄居隠遁生活を送っていた十五代将軍徳川慶喜を天皇陛下に拝謁させ、徳川宗家とは別に、新たに徳川慶喜家を興して、公爵にした功労者です。

 

 良庵は、良仙の名を継ぐ事になりました。昔の日本では、この様な事はよくあったようです。代々当主が受け継ぐ名前というのが…先人の偉業を受け継ぎ、その名を汚さず発展させ、次代に引き継ぐという考え方なのでしょう。現代でも、歌舞伎や落語、相撲の世界では当たり前のように行われています。また、焼き物の窯元などでも行われているようです。

2012年9月13日木曜日

NHKドラマ「陽だまりの樹」第7回コロリと安政の大獄を見ました

 冒頭から回想シーンが流れています。良庵の声でナレーションが流れ始めます。「西郷吉之助と親しくなった万二郎は、派閥抗争に巻き込まれ、警護役を解かれてしまう。その頃、将軍家定公の病状が悪化した。その治療の手掛かりを見つけるが、しかし、時の流れは止まらなかった…ついに江戸に種痘所は開設された。」と…そして、万二郎が「俺も負けてはいられん…」と言います。ナレーションは続きます。「安政五年(1858)六月十九日、日米修好通常条約が結ばれた。」と…

 万二郎と西郷は、竹林の中の道を歩いていました。西郷は「伊井掃部頭は、朝廷の御許しも得ぬまま、勝手に条約を結んだ…」と言います。万二郎は「そんな事が許されるんですか…」と聞きます。西郷は「許されるはずがなか…我が殿も水戸様も御怒りじゃ…じゃっどん、城は今や伊井殿の天下だ…お世継ぎも慶福様に決まり、もはや我々は手も足も出ん…伊武谷どん、薩摩にこんか…」と言います。万二郎が「薩摩に…」と聞き返すと、西郷は「一緒に戦わんか…」と言います。万二郎は「戦うってどういうことですか…」と聞きます。西郷は「ここだけの話じゃが、殿は兵を上げるおつもりじゃ…」と言います。万二郎は、思いつめた表情で「幕府と戦をする気ですか…」と聞きます。西郷は「伊井殿を追い落とす事が狙いだ…薩摩が兵を上げれば、そいに付いてくる藩もある…朝廷も後押ししてくれるだろう…伊井殿を追い出したら、いよいよ幕府の改革だ…どげんか伊武谷どん…薩摩に来れば、新しい道が開くっど…ここらで一歩踏み出して見るのもおはんの為に成るっち思うが…時が来たら知らせる…それまでに、腹を決めちょってくれ…」と言うと、西郷は万二郎の肩を軽く叩いた後、立ち去って行きました。万二郎は、西郷のあまりの言葉に返事をする事が出来ませんでした。

 万二郎は市中を歩きながら、西郷から聞かされたことを考えていました。そして、独り言を言います。「薩摩、新しい道か…」と…その時、万二郎の目の前で、町人の男が行倒れになりました。万二郎は、行倒れの男に駆け寄り「おい、おい…大丈夫か…」と声を掛けました。

 良庵は、近くの長屋に往診に来ていました。良庵は苦痛な表情で「これは、コロリだ…」と言います。良庵の診察を家の外から心配そうに見ていた長屋の住人達は驚いて「みんな死ぬぞ…」と言うとその場から立ち去りました。

 ここで良庵の声でナレーションが入ります。「その年、長崎で発生したコレラは、あっと言う間に北上し、ついに江戸を襲った…」と…

 良仙の屋敷には、大勢の患者でごった返ししていました。おなかも懸命に看護をしていました。その時、声がしました。「先生、良仙先生、先生…」と、患者の様子を見ていた良仙は立ち上がり、声のした方へ向かいます。その良仙とすれ違ったおせきは、良庵が診察している部屋へ行きました。

 良仙は、玄関先に寝かされている患者の前に座っていました。町人の男が良仙に「どうですか…」と尋ねると、良仙は診察を始めました。そして暫くして、良仙は町人の男を見ながら「もう、死んでおる…」と言いました。

 万二郎は自宅に戻り戸を開けて「只今戻りました…」と言います。おとねから何の返答も無かったので、万二郎は不審に思い「母上…」と言いながらおとねに歩み寄りました。おとねが苦しそうな表情をしているのを見て万二郎は「いかがされたのですか…」と尋ねます。おとねは、右手で火鉢にもたれかかりながら、左手で腹を押さえて「なんだか、気分が悪くて…如何したの…」と苦しそうに言うと、突然吐き気をもよおしたのか口に手を当てて立ち上がり台所へ駆け込んで吐き始めました。驚いた万二郎は、おとねの後に付いて行き「母上…」と声を掛けました。

 ここで、「陽だまりの樹」第七回~コロリと安政の大獄~の字幕が流れます。

 

 良庵が万二郎の家に往診に来て、おとねの診察をしていました。万二郎は、心配そうにその様子を見ていました。そして、押し殺した声で良庵に「コロリか…」と尋ねます。良庵は、重苦しい表情で「ああ…」と答えました。そして、万二郎の方を振り返り「家に運んで診て差し上げたいんだが、今、一杯なんだ…この町内だけでも二三十人はコロリに掛かっている…」と言います。介添えに来ていたおせきが、悲壮な表情で「私がついています…」と言います。万二郎は「おせき殿が…それは駄目だ…あんたにうつったら…」と言います。おせきは「治療所で患者さんを診ていました。うつる者ならとっくに写っています…」と言いました。良庵は「よし、湯をじゃんじゃん沸かせ…それから、ありったけの塩を用意するんだ…」と言います。すると、苦しそうな声でおとねが「水は…お水は毒だって…」と言います。良庵は、おとねに視線を合わせて「それは迷信です。湯ざましをたっぷり飲ませ、塩をうんと食べさせる…これは緒方洪庵先生の療法です…今できる事は、それしかありません…」と言いました。万二郎は、おとねを見つめながら「母上、大丈夫…きっと良くなります…」と言うと、立ち上がり、良庵の指示に従いました。

 そこへおつねが慌てて駆け込んで来ました。おつねは良庵に「あなた、お母様が…」とおなかの異変を告げました。

 おなかは座敷に寝かされていました。おなかの横には、良仙が正座をして見守っていました。そこへ良庵とおつねが駆けつけると、良庵は、おなかの枕元で「母上…」と声を掛けました。おなかは、心配掛けまいと笑みを浮かべながら「医者の女房が、コロリに掛かっちゃせわないね…」と言います。良庵は、首を振りながら「大丈夫…母上はコロリごときに負けるような柔な人ではない…」と言います。おなかは「ああ、御棺の値がバカ上がりしているらしいから、今のうちに買って置いた方が得ですよ…」と言います。すると良仙が笑みを浮かべながら「馬鹿な事を言うな…お前は断じて死なせん…死ぬ時はわしも一緒じゃ…」と言います。おなかは、笑みを浮かべながらも苦しそうにしていました。

 行燈が灯されていました。おなかが寝ている側で、良庵は正座をしておなかの様子をじっと見ていました。その時、縁側で物音がするのに気付いた良庵は、障子を開けて縁側に出てみると、女中が紐で八つ手の葉を吊るしていました。女中は良庵の姿を診ると悲しげな表情で「コロリには、八つ手の葉が効くって…」と言います。良庵は無言で八つ手の葉を取り除くと怒ったように「こんな物は迷信だ…」と言います。しかし、女中の気持ちを理解してか、すまなそうに「悪い…」と言うと、取り除いた八つ手の葉を女中に渡しました。女中は小さく会釈すると直ぐにその場を立ち去りました。良庵はまたおなかの寝ている部屋に入ります。良庵は心の中で「しかし、迷信だとバカにしているが、そのオレ達医者が、何も分かっちゃいないんだから情けねい…」と思いました。良庵は、また、おなかの側に座って、じっとおなかを見つめていました。

良庵は「緒方先生、教えてください…この病の元は何なんですか…医者は、何時になったら治せるようになるんです…」と独り言を言います。その時おなかは、意識が戻っていました。おなかが「良庵…」と声を掛けます。良庵は、おなかに顔を近づけて「なんだい…」と聞きました。おなかは、良庵の顔を見つめながら「私はいいから、他の患者さんを診て差し上げなさい…」と言います。良庵は、思いつめた表情で「でも…」と言います。おなかは「良庵、あんたは医者なんだよ…一人でも多くの命を救うのが、役目じゃないかい…医者として、遣るべきことを遣りなさい…私は、大丈夫だから…」と言うと、布団から手を出して、良庵の手を推し払うようにして、患者の元へ行くように諭しました。良庵はためらいながらも「分かりました。」と言うと、おなかの右手を両手で握って「すぐに戻ります…」と言うと、おなかの手を布団の中に入れて立ち上がり、部屋を出て行きました。

 

万二郎の家では、万二郎とおせきが献身的におとねを看護していました。万二郎がおとねの背中を支えて、おせきがおとねに匙でご飯を食べさせていました。

良仙の屋敷では、良仙が女の患者に湯ざましの水を飲ませていました。隣の部屋では、良庵が別の患者を診察していました。女中も患者の身の回りの世話で、忙しそうに立ち振舞っていました。そこへおつねが、慌ただしく駆け込んできて「あなた来て!…お母さまが!…」と大声で言いました。

良庵と良仙、そしておつねが、おなかが寝ている部屋に駆けつけました。良庵は、おなかの側に座ると「母上…」と声を掛けます。しかし、おなかの反応はありませんでした。良庵は思いついたように「そうだ…キニーネだ…父上、キニーネを…」と言います。良仙は、落ち着いた表情で「緒方先生の療法は、すべて為したわい…」と言います。良庵は、動揺した表情で「他に何か無いんですか…」と言います。良仙は、少し叱りつけるように「ジタバタするな良庵!…人事を尽くして天命を待つ…遣るべきことはすべて遣ったわい…」と言いました。

その時、おなかの目が開きました。それに気づいたおつねが「お母様…」と呼び掛けます。良庵も「母上…」と呼び掛けました。良仙が身を乗り出すようにして「おなか、確りしろ…みんなおるぞ…」と、優しく呼び掛けました。おなかが「あ、あなた…」と言うと、良仙は「うん、何だ…」と聞き返しました。おなかは「楽しかった…ありがとう…」と言います。良仙は、涙で顔を歪めながら「うん…」と答えました。おなかは「良庵…」と呼びます。良庵は、涙を堪えながら「はい…」と答えました。おなかは「立派な…医者に…なっておくれ…」と言いました。おなかの目からは、一筋の涙が流れ落ちていました。良庵は何も答える事が出来ずに、涙目でおなかを見つめていました。おなかは目を瞑り、それ以上何も言う事が出来ませんでした。良庵が「母上…」と涙声で呼び掛けます。良仙は「おなか…わしには掛け替えのない…この世で一番の妻じゃった…」と言います。おつねは、ただすすり泣くばかりでした。その時、女中の「先生、お願いします…」と言う声が、診察室の方から聞こえて来ました。良仙は、手ぬぐいで涙を拭くと「おつね、後を頼むぞ…」と言います。そして、まだすすり泣いている良庵の肩を叩いて「良庵、来い…」と言いながら立ち上がり、一人先に診察室の方へ向かいました。良庵も手で涙を拭きとると、ふっきるように「はい!…」と言います。そして、後ろ髪を引かれる思いで部屋を飛び出して行きました。二人がいなくなった部屋では、おなかの遺体にすがりつくようにして、おつねが泣き崩れました。

 

 

申し訳ありません。ビデオを消してしまうという大失態を犯してしまいました。本当に申し訳ありません。たぶん、将来地上波でもう一度「陽だまりの樹」は放映されると思います。この続きは、その時あらためて書くつもりです。引き続き第七回以降は書くつもりですのでよろしくお願い致します。本当に申し訳ありませんでした。

2012年9月8日土曜日

NHKドラマ「陽だまりの樹」第6回蘭方医対漢方医を見ました


NHKドラマ「陽だまりの樹」第6回蘭方医対漢方医を見ました

 

 冒頭から回想シーンが流れています。良庵の声でナレーションが流れます。「万二郎は、父の仇を討つ事は叶わなかったが、裏で糸を引いていた漢方医達に一矢を報いた…だが、そのことで万二郎は、蘭方医と漢方医の渦中に巻き込まれる事になるのである…安政四年十月アメリカ使節団は、将軍に大統領親書を渡す為、江戸に入った…」と…

 万二郎は、蕃書調所にいた。あたりは、アメリカ人や日本人の下役達が引越の道具の整理をしていて、忙しそうだった。万二郎が椅子に腰かけているとヒュースケンが「万二郎、手伝ってくれ…」と言うと、万二郎は真剣な顔で「オレは警護役だぞ…」と、引越しを手伝う下役の身分ではないと、含みを持った言い方をしました。ヒュースケンは、頭を下げるのですが、万二郎は周りの本を見て「ずいぶん本があるんだな…」と言います。ヒュースケンは「ドクターが、アメリカから持って来た…病気の治し方が書いてある…」と言います。万二郎は、本を開いて見ながら「良庵が見たら喜びそうだ…」と言います。

 ヒュースケンは、蕃書調所の門を出て、物珍しさに集まって来た日本人を見ていました。万二郎は、慌てて出て来ると「ヒュースケン…外へ出てはだめだ…」と言います。護衛の武士が、また二人駆け寄って来ました。ヒュースケンは英語で「少しくらい息抜きさせてくれ…」と言います。万二郎は「見てみろ、こんなに野次馬が…異国人は珍しいんだ…騒ぎになる…」と言います。しかしヒュースケンは、万二郎の忠告も聞かずに、見物に来ていた若い娘に歩み寄りました。そして「こんにちは…」と話しかけるのですが、娘は驚いて逃げて行きました。その様子を見ていた万二郎は、ヒュースケンの手を握って「いいかげんにしろ…」というと、蕃書調所へ引き戻そうとしますが、ヒュースケンは英語で「離せ万二郎、少し歩くだけだ…」と言いました。その時、ヒュースケンのかぶっていた帽子に吹き矢が当たって、帽子が飛ばされてしまいました。万二郎は、ヒュースケンの体を押さえつけて「伏せろ…」と言います。吹き矢がまたヒュースケン目がけて飛んできました。万二郎があたりを見回すと、町人風の男が吹き矢の筒を持っていました。町人は、万二郎と視線が合うと逃げ出しました。万二郎は、同役の者に「頼む」と言ってヒュースケンを渡すと、町人を追いかけて行きました。

 万二郎は「待て…」と大声をあげながら追いかけて行きます。町人が振り向いて抵抗をすると、万二郎は町人の抵抗をかわして、腹に当て身を入れました。その時、横から浪人がやって来て、万二郎を斬りつけて来ました。万二郎は町人の刀を振り払い、峰打ちで浪人を叩きのめしました。その様子を塀の影から見ていた侍がいました。

 その時、後ろの方から「伊武谷様…」と呼ぶ声がしました。警護役の侍達が追いかけて来たのです。万二郎は、倒れている犯人達を「連れて行け…」と命じました。万二郎は、あたりを見回しながら、刀を鞘に納めます。その時、塀の影で隠れていた侍が万二郎に「よか腕をしちょる…北辰一刀流じゃごあはんか…」と声を掛けました。万二郎は、侍の方を向くと、刀の柄に手を掛けて構えました。そして「仲間か…」と問い質しました。侍は、腕を組ながら万二郎に歩み寄ると「おいは、異国人を見に来た野次馬じゃ…おはん、伊武谷万二郎どんでごわすな…」と言います。万二郎は鋭く「何で知っている…」と言います。すると侍は「おはんの事は、亡き阿部伊勢守様から聞いちょります…」と言います。万二郎は、殺気に満ちた構えを止めて歩み寄り「阿部様から…何者だ、お主…」と言います。侍は一礼をしながら「申し遅れました。おいどんは、薩摩藩西郷吉之助と申すもんでごわす。お見知りおきを…」と言うと、ニッコリと笑顔を見せました。幕末から明治維新にかけての大スター、西郷隆盛の若かりし日の姿でした…

 ここで主題曲が流れ始め、陽だまりの樹…第六回、蘭方医対漢方医の字幕が表れました。

 

 

 良庵とおせきは、診察室で薬の調合をしていました。良庵はおせきの様子を見て「慣れて来ましたね、おせきさん…」と言います。おせきは笑顔で「お手伝いしているうち、いつの間にか…」と答えました。すると良庵は「医者として開業したらどうです…江戸で初めての女の医者…ああ、評判になるだろうな…私が介添え致しますよ…」と言います。おせきは、笑いながら「そんな…」と言います。良庵は「おせきさんみたいな別嬪さんが医者だったら、オレもわざと病気になって通いつめるかな…」と笑いながら言いました。しかし、その様子を障子の隙間から、おつねが覗き見していました。

 良庵は、自分の部屋で食事を取ろうとしていました。おつねが給仕をしながら良庵に「あなた、おせきさんと何か会ったでしょ…」と、問い詰めます。良庵は、驚いた表情で「えっ、ある訳ないだろう、何言ってんだ…」と言います。おつねは、嫉妬心丸出しで「嘘おっしゃい、目が違います、目が…あなたがおせきさんを見る目は、何時もキラキラ輝いています。」と言いました。良庵はどうにかしてはぐらかそうと、おどけた表情で「気のせいだって…ほら、お前を見る目だって、キラキラしているだろう…」と言います。するとおつねは、突然怒り出して「ふざけないで…」と言って立ち上がり、部屋を出て行こうとします。良庵は、語気を強めて「いいかげんにしろ…妙な焼きもちばかり焼いて…亭主を信じられないのか…」と言いました。おつねは振り向いて良庵に「好くそんな偉そうなことが言えるわね…あなたは大津の旅籠で、私を手籠めにしたのよ…」と、大声で言います。良庵は、慌てて立ち上がって、おつねの肩を持ち、困った表情で「またそれを言う…」と泣き付きました。

 おつねとおなかは、台所で炊事をしていました。おつねは、腹の虫がおさまらないのか、興奮した口調で、おなかに「あの人の女癖、どうにかならないのですか…この前も往診だなんて嘘を付いて、芸者のところに…」と言いつけました。おなかは笑みを浮かべながら「父親譲りの、まあ、癖みたいなもんだからね…私も、さんざん泣かされたから…」と言います。おつねは、おなかに歩み寄って、興奮した口調で「我慢しなけりゃいけないんですか…私はイヤです…お母さまからいってやってください…」と言います。おなかは、少し困った表情を見せますが、直ぐに笑みを浮かべて「言っても聞くかしら…」と言います。おつねは、呆れた表情で「そんな…」と言います。おなかは、良庵が可愛いのか、それとも年の功なのか、笑顔で「長い目で見てやって…良庵だって好いところはあるのよ…いざとなったら、ものすごく真剣な顔になるの…そういう所も父親にそっくりなの…あははは…」と言いました。おつねの顔が、ふくれっ面になっていました。

 

 万二郎は、西郷を訪ねていました。西郷は、さつま揚げの包みの紐をときながら「実を言うとな…アメリカ人を見物に行ったというのは嘘じゃ…おはんに会いたかったんじゃ…興味があってな…」というと、さつま揚げを差し出しました。万二郎は、さつま揚げを受け取ろうともせずに、驚いた表情で「私に」と聞き返します。西郷は、さつま揚げを箸で万二郎の膳に取り分けながら「伊武谷どん…聞いちょっとか…イギリスやフランスは清国やインドでどんなに無体な所業をしちょるか…今のだらしなか幕府では、こん日本も異国どもに食い荒らされるばっかりでごわす…」と言います。万二郎は、目を輝かせながら「東湖先生も嘆いておられました。幕府は陽だまりの樹だと…虫食いだらけの枯れかけた大樹だと…」と答えます。西郷は、万二郎を見つめながら「左様、今こそ幕府を改革し、防備を固め、異国と堂々と交渉出来る国に変えんと日本は滅ぶと…」と言います。万二郎は「私もそう思います。」と答えました。西郷は「将軍家定公は御病気じゃ…改革する為には、一橋慶喜様が次の将軍に成って頂かんといかん…紀伊の徳川慶福様を推す一派もおるが、慶福様は、まだたった十三歳に過ぎん…今は亡き阿部様を始め、我が殿、島津斉様、徳川斉昭様、すべて慶喜様のお味方じゃ…大奥も根回しは済んじょる…」と言います。万二郎は驚いた表情で「大奥…」と聞き返しました。西郷は「御台所様の篤姫様は、我が殿の御養女じゃ…伊武谷どん…慶喜様が次の将軍に御成りもうした暁には、おはん、上様の為に力を貸す気はごわはんか…」と言います。万二郎は真剣な顔で「どういうことです…」と尋ねます。西郷は、膳からさつま揚げを取ると食べ始めました。そして、美味しそうに「うん…うまかね…」と言いました。西郷はそれ以上の事は言いませんでした。万二郎は、笑顔で西郷を見つめていました。ここで、良庵の声でナレーションが入ります。「さすがの万二郎も、この巨大な改革派の姿が、おぼろげながら見えてきた……そして、万二郎自身、その改革派の中にいつの間にか組み込まれて、幕末を揺るがす派閥抗争に否が応でも巻き込まれて行くのであった…」と…

 万二郎は、千三郎が亡くなった川のほとりで、流れる水面を見ながら「父上、私は遣ります…力の及ぶかぎり…倒れかけた大樹の支えに成ります…」と誓いました。

 

 万二郎の家に、町娘が訪ねて来ていました。玄関口で、おとねが応対をしています。そこへ万二郎が帰って来ました。おとねは、万二郎の顔を見ると「万二郎…お客様ですよ…」と言います。町娘は、振り返って万二郎に視線を合わせました。万二郎は、玄関に入って来ると「どちら様ですか…」と尋ねました。町娘は、万二郎に一礼すると「私は、日本橋で紙の商いをしております、播磨屋の娘で品と申します…」と答えました。万二郎は、見覚えのない町娘が、自分を訪ねて来た事を不思議に思いながら「それで、私に何か…」と尋ねました。お品は「一昨年の地震の折り、大きなご恩を受けました者でございます…」と答えました。万二郎は「一昨年…」と聞き返します。お品は「芝浜で、あなた様に救われました…大勢の中の一人でございます…」と言いました。万二郎は、地震の時、芝浜であった事を思い出していました。映像は、お品が、やくざ者に抱きつかれていると、そこへ万二郎が駆けつけて「やめろ!」と言いながら、やくざ者をお品から振り払った時の映像が流れていました。

 お品は「あなた様に、お礼を申し上げたくて、ずっとお探ししておりました…」と言います。万二郎は「いや…礼だなんて…」と言います。二人の様子を注意深く見詰めていたおとねが「とにかく、お上がりに成って下さいませ…」と言いました。お品は「いいえ、これをせめてものお礼に…」と言うと、大事そうに持っていた包みを玄関のあがり口に置きました。そして「本当にありがとうございました…失礼いたします…」と言うと、万二郎とおとねに一礼して帰って行きました。万二郎は、驚いた様子でお品の後を追って外に出ると、そこにはお付きの女中が待っていました。お品は振り向きもせずに歩いて行きました。万二郎は、その後ろ姿を見つめていました。

 

 座敷で、お品が置いて行った包みをおとねが開いていました。中からは、手縫いの服が出て来ました。おとねは「まあ…好いお召し物だこと…あら、これご自分で縫ったものよ…」と言います。万二郎は、考えながら「何で、私がそんな…」と言います。おとねは、万二郎の顔を覗き見るようにして「まだ分からないのですか…あの娘御は、お前を慕っているのです…母には、そう読めました…」と言います。万二郎は、驚いた表情で、小声で「ええ…」と言います。おとねは、万二郎の目を見つめながら「お前は、どうなんです…いとしいのですか…」と尋ねました。万二郎は、呆気に取られた表情で「冗談を言わないでください…たった今、あっただけじゃないですか…」と答えました。おとねは「それを聞いて安心いたしました…あの娘御には気の毒ですが、うちは武士の家柄…商家の娘を嫁に娶る訳にはゆきません…」と言いました。この時代、商人が裕福になり経済を握っていたと言えども、まだまだ士農工商の身分制度は歴然としたものがありました。まして、下級武士とはいえ、伊武谷家のように武家として誇り高く生きている家柄では、おとねの言葉は当然の事でした。万二郎は、おせきのことを思うと複雑な気持ちで聞いていました。

 

 万二郎は、善福寺の山門の石段をとぼとぼと登っていました。おせきは、万二郎の後姿を見つけると、不安な気持ちに成りました。万二郎は、おせきの父である住職の旦海貞徴から呼び出されていたのです。

 座敷では、旦海が「伊武谷様、わざわざ御足労願い、恐縮至極でございます…」と言うと、一礼をしました。万二郎もまた、一礼をしました。万二郎は、緊張した声で「あのう…御用件は…」と尋ねました。旦海は「実は…」と言うと、言いにくそうに「この度、御上より…内々の御沙汰がござりましてな…当寺を、かのアメリカ人使節の役所として使いたいので引き渡しをと言う御沙汰でござります…」と言いました。万二郎は「アメリカ人使節の役所…」と聞き返しました。旦海は、険しい表情で頭を下げながら「はい…しかし、檀家衆が恐がっておりましてな…そこでお願いじゃが…あなた様からアメリカ人にお執り成し賜りませんかな…当寺を使うのを控えてもらいたいと…」と言いました。万二郎は、驚いた表情で「この下っ端の私に…」と言います。すると旦海は「いえ…あなた様は、アメリカ人の通訳と御心安いと伺っております…あなた様から通訳へ、そして、通訳から使節へ、使節から御老中へのお執り成しを願いたい…」と、懸命に頼みました。万二郎は、慌てた様子で「それは無理です…私にはそんな力はありません…」と言うと、両手を付いて深々と頭を下げました。旦海も、藁にもすがる気持ちで両手を付いて「そこを何とか…お願い申す…この通りでござる…」と言うと、深々と頭を下げました。

万二郎は、自分にはどうする事も出来ないという表情で、俯いて黙っていました。すると旦海は、両手を付いて這いずるようにして、万二郎に近づき「いかがでござろうな…もし、お受け下さりますれば…娘のせきを喜んであなた様に差し上げます…」と言うと、また深々と頭を下げました。万二郎は、癇に触ったのか大きな声で「御住職…あなたは御自分の娘を駆け引きの道具になさるおつもりですか…」と言いました。旦海は、慌てた表情で「いや、いやいやいや…誤解なされては困る…わしは常々、あなた様のようなお方に娘のせきをめあわせたいと思うていました…」と言うと、また深々と頭を下げました。しかし万二郎は、きっぱりと「左様な取引はお断りいたします…おせき殿の話は、かような場に出して頂きたくは無かった…」と言うと、両手を付いて深く頭を下げながら「御免…」と言うと、立ち上がって座敷を出て行きました。旦海は「伊武谷様、お待ちください…」と呼びとめるのですが、万二郎は振り向く事もありませんでした。

万二郎は、興奮しながら廊下を歩いていました。そこへ反対側からおせきが遣って来ました。おせきは心配そうな表情で万二郎に「父とは、何のお話でしたの…」と尋ねます。万二郎は「いや、残念です…」と言います。おせきは、意味が分からずに「はっ…」と言います。万二郎は「おせき殿、アメリカの使節がこの寺を使う事は聞きましたか…」と尋ねます。おせきは「はい…聞いております…」と答えました。万二郎は、おせきの顔を見つめながら、大きな声で「心配御無用です…みんなアメリカ人を怖がっていますが、我々と同じ人間です…通訳のヒュースケンは、なかなか好い奴で、私は学ぶところがいろいろありました…それに、警護役として私も付いていますので、御安心ください…」と言います。万二郎の顔は、笑顔に成っていました。おせきも笑顔で「はい」と答えました。万二郎は「では…」と言うと、その場を去って行きました。おせきは、万二郎の後姿に深く一礼しました。万二郎は「喜んだあなた様に…」と独り言を言うのですが、その先が出ませんでした。

 

小野鉄太郎の道場で、万二郎と鉄太郎は稽古着姿で座禅を組ながら話しをしていました。鉄太郎が「アメリカと戦か…」と尋ねると、万二郎は「このままでは、清国の二の舞だ…」と答えました。鉄太郎は「ならどうする…万さんが国を救ってくれるのか…」と尋ねました。万二郎は「オレ達、下っ端武士は、どんなに天下いても手も足も出ない…」と答えます。鉄太郎は、振り向いて万二郎の顔を見ると「何だい、倒れかかった大樹の支えに成ると大見得を切ったのは何処のどいつだい…」と言います。万二郎は、黙って一点を見つめていました。鉄太郎は立ち上がり「稽古だ、万さん…迷いがある時は、汗を流すに限る…」と言います。二人は、木剣で稽古を始めました。万二郎の調子がなかなか上がりませんでした。鉄太郎は「どうした!…隙だらけだぞ…」と声を掛けました。二人の荒稽古は続くのですが、鉄太郎の罵声がやけに飛び交っていました。鉄太郎は、万二郎の木剣を道場の床にたたき落としました。その時、万二郎が「下っ端にも天下を動かせる気がして来た…」と言います。鉄太郎は、稽古の手を止めて「何だって…」と言います。万二郎は「旦海上人が言っていたっけ…少なくともオレはアメリカ使節の近くにいる…しかも俺はヒュースケンと心安い…ヒュースケンを通じて様子を残らず聞く…そしてまた、ヒュースケンからハリスに、こちらの意向を伝えてもらう…オレにはそれが出来る…」と言いながら木剣を拾うと、鉄太郎に打ち込みを始めました。鉄太郎は、万二郎の剣を受けながら「本当にそんな事が出来るのか…」と言います。万二郎は「遣る…鉄さん、俺はな…幕府の中に巣を作った白蟻共を退治したいんだよ…あの連中に任せていたならば、この国は滅びる…やあ!…」と言うと、鉄太郎に激しく打ち込みました。

 

雨の夜中、傘をさしたお品が、裏長屋の路地を町人の男に先導されながら歩いていました。町人は、長屋の入り口で立ち止まると「こちらのお武家が、あんたの望みを叶えてくれるよ…」と言います。お品が深く一礼すると、町人は立ち去りました。

男の手で巻物が開かれました。そこには、丑久保家系図と書かれていました。男がお品にそれを見せると、お品は「本当に五十両でお譲り頂けるのですか…」と言います。男は系図を巻きながら「察しはついている…若侍に惚れたな…悪い事は言わん…諦めろ……武家の系図さえ持っておれば…武士に嫁ぐ事は、体面上は出来ようが…それが何の役がある…商家の娘は、商人の嫁に成るがよい…」と言いました。その男は、丑久保陶兵衛でした。お品は、思いつめたように「いいえ、私は武士の妻に成りとうございます…」と言いました。陶兵衛は、冷めた表情でお品を見つめると「俺の死んだ妻は、百姓の娘だ…」と言います。お品は、少し動揺したように「えっ…」と言いました。陶兵衛は「当然、周りに留立てされた…で…俺は主家を捨てた…武士なんてのはな…浮草みたいなものだ…放りだされりゃ手も足も出ず…ただ浮いているだけの人間だ…武士などに嫁いで、後で悔いる事に成るぞ…」と言います。お品は「いいえ、悔いる事など決してありません…」と答えました。陶兵衛は、お品に視線を合わせると、黙って系図を投げました。系図は、お品がたっているところまで転がって行きました。陶兵衛は、静かに「持って行け…」と言いました。お品は一礼すると弾んだ声で「ありがとうございます…」と言うと、手に持っていた小判の包みを床に置き、包みを広げて小判を見せると、系図を取り立ち去ろうとしました。その時、陶兵衛が「その男の名…聞かせてくれ…」と言います。お品は立ち止り、振り返りながら「伊武谷様でございます…」と答えました。陶兵衛は「伊武谷…」と言います。そしてお品に視線を合わせると「伊武谷万二郎か…」と問い質しました。お品は、不思議そうな表情で頷きながら「はい」と答えました。陶兵衛は、突然立ち上がるとお品に襲いかかりました。陶兵衛は、お品の肩に手を掛けて引き戻そうとすると、お品は悲鳴を上げながら床に倒れてしまいました。陶兵衛は、血走った目つきで「誠に伊武谷万二郎か…」と言います。そして、腰の脇差を取ると投げ捨てます。お品は恐怖を感じて「やめて…」と言って逃げようとしますが、陶兵衛は、お品に襲い掛かって手籠めに掛けました。

 

万二郎は、市中を歩いていました。アメリカ使節団の蕃書調所へ向かっていました。万二郎が蕃書調所に着いて、門の中に入ろうとすると門前に立っていた警護役に「待て、何処へ行く…」と止められました。万二郎は「何処って…仕事だ…」と言います。警護役は「お主、まだ知らぬのか…今日からお主は中へ入れぬ…」と言いました。万二郎は、警護役に視線を合わせて「如何いう事だ…」と尋ねます。警護役は、万二郎に鋭く視線を合わせると「お主は、警護役を解かれた…」と言います。青天の霹靂でした。万二郎は、鋭い口調で「何!…」と言います。警護役は冷静な口調で「お役御免だ…今後アメリカ使節室所には出入り禁止だ…」と言いました。それでも万二郎が中へ入ろうとすると、警護役は万二郎の肩を両手で押さえて、往来の方へ押し遣りました。

ここで、良庵の声でナレーションが入ります。「安政五年四月、伊井直弼が大老に就任した。次代将軍に慶福を推す伊井は、一橋慶喜を推す一派を政権から次々と追放していった。万二郎は、そのとばっちりを受けて謹慎の身となった。」

 

良仙、良庵親子は、伊東玄朴に呼び出されていました。そこには、娘婿の大槻俊斉もいました。良仙は玄朴に「やや、ははは…如何なさいました…玄朴先生…」と言います。玄朴は「わざわざお出まし頂き恐れ入ります…」と言うと一礼をしました。良庵が玄朴に「何事です…いったい…」と尋ねました。玄朴は、真剣な表情で身を乗り出すと「是非、会って頂きたい方がおりまして…」と言います。良庵は「あははは…」と笑顔を見せていました。すると俊斉が立ち上がり、次の間の襖を開けました。そこには、奥医師の多紀元迫が控えていました。元迫の顔を見るなり、良仙・良庵親子の顔が険悪なものへと変わりました。

良庵は「奥医師…何で…」と言うと、玄朴の顔を見ました。すると元迫は、緊張した表情で「何時ぞやは失礼致した…」と言うと、一礼をしました。良仙は驚きながらも元迫の顔を覗き見ていました。玄朴は、良仙に視線を合わせながら「実は、ここだけの話なんだが…将軍家定公が、お倒れなすった…」と言います。良庵は、驚いた表情で玄朴に視線を合わせると「御上が…」と尋ねました。すると俊斉が「兄上…」と声の大きさを咎めるように言いました。

玄朴は、思慮深く考えながら「そこで…元迫先生は是非、我々蘭方医の意見を聞きたいと仰っている…」と言いました。思いもしないかった言葉に、良仙と良庵は驚いた表情で顔を見合わせました。良仙は玄白に、慎重な言葉遣いで「上様のご容体は…」と尋ねました。元迫は、思いつめた表情で「奥医師一同にて、上様を御診察申し上げ、寝不足のお疲れという事に成り申した…だが私めには、ただの寝不足とはとても思えません…」と答えました。すると俊斉が「元迫先生の御診立ては…」と尋ねました。元迫は、悲痛な表情で「それが…分からんのです…上様は、思い脚気である事は確かなのですが…それだけでは無いような…瞼の裏側や口蓋の中に黒い染みがありまして…」と答えました。良仙は不思議そうに「黒い染み…」と聞き返しました。玄朴も頭の中で症例を巡らせていました。元迫は、切迫した声で「どうかお助け下さい…」と言うと、前に這い寄り藁をもつかむ思いで「漢方では、もう手の打ちようが御座らぬ…」と言うと、両手を付いて深く低頭しました。

元迫は、力無く部屋を出て行きました。残った四人は、如何すべきか考えを巡らせていました。暫く沈黙が続いた後、良仙は玄朴と差向いになって、口火を切り始めました。「これは、好い機会じゃと言っては申し訳ないが…蘭方医禁止令を解いて貰う為にも一肌脱ぐという事に…」と…玄朴は良仙の意見を聞くと頷きながら「うん…」と言います。しかし、思い直したように「いや、しかし…診察も出来んとなりますとな…」と言いました。その時俊斉が「とにかく、病根を調べるのが先です…江戸中にいる蘭方医に呼び掛けて、上様の病状と同じ記載が洋書にあるかどうか調べてもらいましょう…」と言いました。それを受けて良庵が「確か、戸塚先生が洋書を沢山仕入れたと聞きましたが…」と言います。良仙は良庵に「早速借りて来てくれ…」と指図しました。良庵は「はい…」と言うと、玄朴に一礼して部屋を出て行きました。

 

良庵は自宅で、オランダの医学書を貪る様に読んでいました。隣の部屋では、おつねが食事の支度をして良庵が食べに来るのを待っていました。おつねは待ちきれずに「あなた、お食事の支度ができました…」と呼び掛けます。しかし、良庵は気づきませんでした。おつねは立ち上がると良庵に近づき、大きな声で「あなた…」と呼び掛けました。すると、良庵は大きな声で「うるさい!」と言うと、振り向いておつねを睨みつけました。そして「邪魔をするな…」と言うと、また医学書を読み始めました。この時、良庵は医学者としてのスイッチが入っていました。おつねの初めて見る良庵の姿でした。

おつねはふて腐れた表情で台所に戻って来ました。料理をつぎ分けていたおなかは、そんなおつねを見て心配そうに「如何したの…」と声を掛けました。おつねはポツリと「あの人のあんな怖い顔、初めて見ました…」と言います。おなかは笑みを浮かべながら「それよ…今が真剣になっている時…」と言いました。

良庵は、あれからずっと医学書を読んでいたのですが、上様の病状に当てはまるものを見つけ出す事は出来ませんでした。思わず首を振ると立ち上がり勉強部屋を出て来ました。その時、女中が「若先生…伊武谷様がお見えです…」と声を掛けました。女中の後ろから刀を手に持った万二郎が部屋に入って来ると「一杯やるか!…」と言いました。良庵は振り向くと力無く万二郎を見ました。万二郎は、開いていた襖の間から勉強部屋に散らばっている医学書の山を見て心配そうに「どうかしたのか…」と声を掛けました。

良庵は、万二郎に目も合わせずに「ある病の治療の手立てを探しているのだが…ご覧の通り古い物ばかりで…新しい医学書があればいいんだが…」と言いました。万二郎は「医学の本なら、アメリカ人の軍医が沢山持っている…」と言います。それを聞いた良庵の表情が変わり「えっ…」と言います。

映像は、アメリカ使節団の引越の時の映像が流れています。万二郎は、引越しの様子を見ながら「随分本があるんだな…」と言います。ヒュースケンは「ドクターが、アメリカから持って来た…病気の治し方が書いてある…」と答えました。

良庵は万二郎に「それを借りられないか…」と聞きます。万二郎は、沈んだ表情で「無理だ…」と答えました。良庵は「どうして…」と聞き返します。万二郎は、寂しそうな表情で「お役御免になった…蕃書調所の出入りは禁止だ…」と答えると畳の上に座りました。良庵は「何だって…」と言うと、万二郎の真向かいに座りました。万二郎は、吐き捨てるように「如何いう訳か、次代将軍を巡る争いに、下っ端の俺まで巻き込まれた…とばっちりも好いところだ…」と言います。良庵は、何か思い浮べるようにして「次代将軍…やっぱり上様はかなりお悪いんだな…」と、独り言を言います。その言葉に反応して、万二郎は「上様…」と言います。良庵は、正座に座り直すと「好いか…この話は断じて他言無用だぞ…」と言います。万二郎は、良庵に視線を合わせると「ああ…」と言いました。

良庵は「上様が、倒れなさった…」と言います。万二郎は驚いて「何!」と言います。良庵は「それで医学書を調べているんだ…」と言います。万二郎は「どうして…お前が…」と尋ねます。良庵は「奥医師の一人が泣きついて来たんだ…漢方では手の打ちようが無いって…蘭方医の面目が掛かっているんだ…」と言いました。万二郎は、真っすぐな目で良庵を見つめながら「医学書を調べれば手立てが分かるのか…」と尋ねます。良庵は、沈んだ表情で万二郎を見つめながら頷くと「おそらく…」と答えました。万二郎は、しばらく無言で考えると「わかった…」と言います。万二郎は、立ち上がると縁側の方へ歩み寄ります。良庵は、万二郎の後姿に「借りて来てくれるか…」と呼び掛けました。万二郎は「持ち出すのは無理だ…その場で見るしかない…」と言います。良庵は、万二郎に歩み寄ると「蕃書調所に入れるのか…」と聞きます。万二郎は「忍びこむ…」と答えました。良庵は「そんな事して大丈夫か…ばれたら切腹だぞ…」と言います。万二郎は「覚悟は出来ている…」と答えました。

 

夜の蕃書調所の門前には、警護の武士が一人たっていました。路地に入って行く道端に、女物の綺麗な服が落ちていました。警護の武士はそれに気づくと笑みを浮かべて歩み寄り、服を拾うと路地の方へ消えて行きました。反対側の塀の影に隠れていた良庵と万二郎は、誰もいなくなった蕃書調所の中へ入って行きました。二人は、松の木と塀の影に隠れます。良庵は「へぇ…夜遊びもたまには役に立つもんだ…」と言います。二人は視線を合わせると、万二郎が先に歩いて行きました。慎重に隠れながらヒュースケンの部屋を目指していたのですが、警護役の武士二人に見つかってしまいました。

警護役の武士は、それぞれ刀を抜いて斬りかかって来ました。万二郎は、素手で応戦を始めました。その時、万二郎は、警護役の武士が同僚だった犬山惣乃進と猿田菊蔵である事に気づきました。万二郎は「犬山、俺だ…」と言います。犬山は、万二郎の顔を見ると「伊武谷様…」と言います。そこへ良庵が近づいて来ました。二人は驚きを隠す事が出来ませんでしたが、黙ったまま顔を見合わせました。万二郎は、小さな声で「頼みがある…」と言います。

蕃書調所の廊下を別の警護役が白衣を着た良庵と万二郎を先導して歩いていました。その時、脇の部屋から上司の武士が出て来て「何の用だ…」と呼び止めました。警護役の武士は、頭を下げながら「斎藤様…犬山が腹が痛いと言うので、お医者を…」と答えました。その時、良庵が素知らぬ顔で歩み寄り「病人は何処です…」と聞きます。斎藤は良庵と万二郎を見渡していました。万二郎は、顔がばれないように白い頭巾をあぶって顔を隠していたのですが、その異様さに不審を感じたのか、万二郎を睨んでいました。すると良庵が「私の門弟です…」と言いました。万二郎は、軽く会釈をしました。その時、犬山が「痛いよ…早く医者を呼んでくれ…」と言う声が聞こえました。万二郎は、声のする方を振り向いて「ああ、手遅れに成りますよ…」と、斎藤に言いました。斎藤は「行ってやれ…」と言いました。良庵は斎藤に一礼すると振り返って歩きだしました。その顔には、してやったりと言う笑みがこぼれていました。

ヒュースケンは、自室で書き物をしていました。そこへ、万二郎と良庵が入って来ました。ヒュースケンは、万二郎に気づくと立ち上がり大きな声で「万二郎!…」と言いました。万二郎は、慌ててヒュースケンの口を押さえて黙らせます。

良庵は、ヒュースケンの机で医学書を見ていました。良庵は、ため息交じりに「何だ!どれもエゲレス語でチンプンカンプンだ…俺はオランダ語しか分からない…」と言いました。その時万二郎は、ヒュースケンに視線を合わせて「訳してくれるか…」と尋ねました。ヒュースケンは「オッケー…万二郎には二度も助けられた…そのお返し…」と言います。良庵は、椅子から立ち上がりながら「お願いします…」と言いました。

良庵はヒュースケンに「口の中の黒い染みです…それを探してください…」と言います。ヒュースケンは「口の中の黒い染み…」と復唱しながら医学書を読み始めました。かなりの時間がたち、何冊か読んだのですが、口の中の黒い染みについての記載を見つける事は出来ませんでした。ヒュースケンは別の部屋から、沢山の医学書を自室に運んできました。そして、やっとのことで見つけ出しました。ヒュースケンが良庵を手で突いて呼ぶと良庵は真剣な表情で「ありましたか…」と尋ねました。

 

多紀元迫が悲壮な表情で考え事をしながら廊下を歩いていると、多紀誠斉の「元迫殿…」と呼ぶ声が聞こえて来ました。元迫は、力の無い声で「はぁ…」と言うと後ろを振り向きました。そこには、誠斉がいました。元迫は歩み寄ると「何か…」と尋ねます。誠斉は「貴殿を見込んで、御知恵を拝借したい…困った事が起きての…」と言います。元迫は「何でござりましょう…」と聞き返しました。誠斉は、笑みを浮かべながら「実は、この多紀一派の中に、こっそり料理屋で蘭方医に会った者がおるらしいのだ…事もあろうに、上様のご病状を蘭方医に打ち明け、助けを求めたという…何かご存じかな…」と、問い質しました。元迫の顔は、緊張して引きつっていました。

 

良庵と万二郎は、脱いだ白衣を手に持って、ときおり後ろを振り向きながら、走って手塚の屋敷に帰って来ました。

屋敷内では、良仙も良仙なりに医学書を調べていました。しかし、好い結果は出ていないようでした。そこへ、良庵の「父上!」と呼ぶ声が聞こえて来ました。良庵と万二郎は、良仙の書斎に入って座ると良庵が「父上、分かりました。御上の病気は、腎の上に付いているショウタイの病です。口の中の黒府が出来るのが第一の特徴です。」と言います。良仙は「そうであったか…で、治療法は…」と言います。良庵は、良仙の顔を見ながら「鉄分です…この病気は、鉄分を沢山取らなければなりません…およそ、この診立てで好いと思います…」と言うと、書き付けてきた手帳を懐から取り出して、良仙に見せました。万二郎は良仙に「一刻も早く知らせて下さい…」と言います。良仙は、手帳を見ながら「うん、分かった…」と言うと立ち上がりました。

 

万二郎は、小野鉄太郎の道場で、一人素振りの稽古をしていました。そこへ、良庵が怒った顔つきで入って来ました。万二郎が良庵に気づくと、素振りを止めて良庵に歩み寄り「どうだった…」と聞きます。良庵は万二郎と目も合わせず怒り狂ったように「どうもこうもあるか!…元迫殿は、俺たちと会った事がバレテ監禁された…」と言います。それを聞いた万二郎も怒りを抑えられずに「何だとう!…」と言います。良庵は「俺達が調べ上げた事が上にはとどかん…奥医師どもは、己の面目を守る為に、上様を見殺しにする気だ…」と言いました。万二郎の目は鋭く輝き、怒りを込めて「そんな馬鹿な事があるか…」と言うと、良庵の胸ぐらを握りました。良庵は、万二郎の手を払いのけると悔しそうに「俺にだって無念だ!…俺達の方が正しいのに…時代がそうさせないんだ…」と言いました。万二郎は、押し殺した声で「諦めるのか…」と尋ねました。しばらく沈黙が続いた後、良庵は寂しそうに「もう、打つ手がない…」と答えました。すると万二郎は「ならば、最後の手段に出るんだ…」と言います。良庵は、万二郎のこの言葉で我に戻ります。そして心配そうな表情で万二郎を見つめると「何をする気だ…」と言います。万二郎は、思いつめた表情で「奥医師どもを斬る…」と言います。良庵は「何を馬鹿な事を言っている!…」と叱りつけました。万二郎は「奴らは父の仇も同然…俺が命にかえて奥医師どもの間違いを天下に知らしめてやる…」と言いました。良庵は「そんなのは犬死だ!…」と叫びました。万二郎も語気を強めて「そうでもしないと変わらん!…」と言いました。良庵は「待て!…落ち着け…頭を冷やして考えるんだ…」と良庵をなだめました。そして「奥医師どもの診立てが公になればいいんだ…蘭方医なら…上様の病を治す事が出来ると…御老中方のお耳に入れる事が出来れば…」と言いました。万二郎は、俯きながら黙って考えていました。暫く経って、万二郎は冷静な声で「出来るかもしれん…」と言います。良庵は、焦りながらも「えっ…」と聞き返しました。万二郎の脳裏には、西郷と話していた時の映像が映し出されていました。西郷が「大奥も根回しが済んじょる…」と言うと良庵は「大奥…」と聞き返します。西郷は「御台所の篤姫様は、我が殿の御養女じゃ…」と…

万二郎は、良庵に視線を合わせると「打って付の男がいる…」と言います。万二郎は、この事を西郷に話しました。西郷は「分かり申した…大奥には顔が利く…」と言います。万二郎は、西郷に一礼しながら「お願いします…」と言います。西郷は「伊井様が大老に成られてから、一橋派は遣られ放題じゃ…ここらで一つ城中をかき回してやるのも面白か…」と言いました。

 

ここで、良庵の声でナレーションが入ります。「万二郎の読みは的中した…漢方では上様の病は治せぬという噂が大奥から城中に広まり…老中達も重い腰を上げた…」と……映像は、蘭方医伊東玄朴に、奥医師の辞令を交付しているところが流れています。

役人が、両手を付いて深く頭を下げている玄朴に「…及び、蘭方医二名を奥医師に任ずるものなり…」と辞令を交付します。玄朴は、役人を見上げ「はは…」と言うと、再度両手を付いて深く頭を下げました。

 

良庵は「万二郎!万二郎!…」と叫びながら、万二郎の家に駆け込んで来ました。万二郎が出て来て「如何した…」と言うと、良庵は許しも得ずに勝手に上がり込んで「やったぞ!…親父が奥医師に成るかもしれん…」と言います。万二郎は、驚いた表情で「本当か…」と言います。良庵は「伊東玄朴先生が奥医師に任じられたんだ…その他二名は、玄朴先生が選んで、その二名も奥医師に成る…それにうちの親父と妹の亭主大槻俊斉が選ばれた…奥医師に成れば、上様を診察できる…お前さんの狙い通りだ…」と言います。良庵は、嬉しそうな表情で「それはよかった…」と言いました。良庵は笑みを浮かべながら「これから忙しくなるぞ…親父達が奥医師に成れば、種痘所設立も決まるだろう…お前さんのおかげだ…」と言いました。万二郎は良庵に歩み寄り右手を出しました。良庵はその手を握りしめました。その上から万二郎の左手が覆いかぶさりました。二人は両手で確りと手を握り合いました。

 

江戸城では、伊東玄朴・手塚良仙・大槻俊斉の三人が正座をして役人の来るのを待っていました。良仙が「玄朴先生、これはちょっと遅過ぎはしませんか…」と言います。俊斉も玄朴に「もう、こ半時もたちます…」と言います。玄朴は、大きくため息を付くと「迎えの籠をよこしたのですぞ…待ちましょう…」と、自信なさそうに言いました。良仙は唯頷くだけでした。

その時「お待たせいたした…」と言う声が聞こえました。三人は、両手を付いて深く低頭しました。襖を開けて部屋に入って来たのは多紀誠斉でした。誠斉は上座に座ると「久方ぶりですな良仙殿…」と言います。顔を上げた良仙は、誠斉の顔を見るなり驚いて、苦笑いを浮かべながら「これはどうも…」と言います。誠斉は、低頭している玄朴に対して「お初にお目に掛かる…それがしは、奥医師取締役多紀誠斉と申す…」と言います。玄朴は、低頭しながらも上目づかいで「これはこれは、私は伊東玄朴と申します。この度、奥医師に任じられました。」と挨拶をしました。しかし誠斉は、惚けた表情で「うん、奥医師になった…はっ、そのような話は聞いておらぬ…何かの間違いであろう…」と言います。玄朴は、唖然とした表情で「いや、しかし…」と言うのですが、誠斉は玄朴の話を遮るようにして「蘭方医禁止令を知らぬ訳ではあるまい…蘭方は、外科以外認められておらぬ…まして、上様の御匙医に加わるなど、断じて許されぬはず…」と言います。玄朴も透かさず「いや、しかし、御公儀からのお使者が…」と反論するのですが、誠斉はそれを遮るようにして「間もなく、若年寄様がお見えに成る…確かめられるがよかろう…」と言いました。誠斉は一礼すると黙って部屋を後にしました。玄朴達は、ただ低頭するしかありませんでした。

良仙は屋敷に戻ると、玄関で出迎えた良庵達を目の前にして「ああ…」と大きくため息をつきながら座り込みました。心配したおなかが「あっ、あなた…」と言いながら腕を取って支えました。良仙は、茫然とした表情で「奥医師の御下命は、手違いじゃった…」と言います。心配して待っていた万二郎が「手違い…」と聞き返します。良庵も唖然とした表情で「そんな馬鹿な…」と言います。良仙は力無く「奥医師どもが、邪魔しよったんじゃろう…」と答えました。良庵は、悔しそうな表情で良仙に「またあいつらが…じゃ、種痘所も…」と聞きます。良仙は、首を振りながら力無く「認められた…」と言います。すると、おなかの表情が変わり「えっ…」と言います。良庵も「えっ、今何て…」と聞き返します。良仙は「種痘所の設立は、お許しが出た…」と言います。その顔は、複雑で苦しい表情でした。良庵も複雑な表情で「本当ですか…」と聞き返しました。良仙は無言で首を縦に振りました。そして、半分笑いながら「ねばった甲斐があった…」と答えました。おなかが泣きながら「あなた…ついにやりましたね…」と嬉しそうに言いました。良庵とおつねの顔から笑みがこぼれ始めました。おつねが良仙に「おめでとうございます」と言うと、良庵が万二郎の顔を見て笑みを浮かべながら「やった!…」と言います。良庵の笑顔を見た万二郎は、事が好き方向に進んだ事を知りホッとしてか笑い始めました。良庵は良仙に「父上、もっと喜んだらどうですか…」と言います。良仙は、何とも言えない表情で、おなかの顔を見ながら「キツネに摘まれたような心持でな…これは…夢ではないな…」と聞きます。おなかは、何も言わずに良仙の頬を摘まみました。良仙が「あいたたた…」と声を上げると、おなかは笑いながら良仙の肩を叩いて「夢なもんですか…」と言います。良仙は、頬をさすりながら頷いて「うん、よし、よし…祝いだ…おなか、おつね、酒の支度をしてくれ…」と言いました。おなかとおつねは立ち上がると急いで祝いの膳の支度にとりかかりました。良庵は二人について台所へ行きました。万二郎は良仙に笑顔で「よかったですね…先生…」と言いました。良仙は万二郎に頭を下げると「ああ…この事は、お父上の墓前にも報告せんとな…」と言います。万二郎は「喜びますよ…きっと…ですが、上様のご容体も気に成ります…」と答えました。良仙は「あっ、そうじゃった…手放しでは喜んでおられぬな…」と言います。そこへ、酒の徳利を手にして遣って来た良庵が「そう、硬いこと言わず…今夜は飲み明かしましょう…」と言いました。良仙も万二郎も笑顔で同意しました。

 

ここで良庵の声でナレーションが入ります。「安政五年(1858年)五月七日、神田御玉川池に種痘所が開設された。」と…

玄朴は男の患者の手を持ちながら「少し、斬りますぞ…」と言うと、種痘を始めました。良仙は、女の患者に「これが牛痘じゃ…」と説明すると、種痘を始めました。介添えには良庵がつき、おせきも側に控えていました。その様子を万二郎は確りと見つめていました。おせきは万二郎に気づくと歩み寄って「伊武谷様…これでどれだけの命が救えるか…伊武谷様のお働きは伺いました…私が言うのもみょうですが、本当にありがとうございました…」と深く低頭しました。万二郎は「いや、私など、何も…蘭方医の努力と執念がここを作り上げたんです…諦めずに…信念を持ち続ける事が如何に大事か、彼らから教わりました…」と、澄んだ瞳で言いました。

その時、子供の泣き声が聞こえて来ました。「やめて…やめて…」と…おせきが泣き声の方を振り向くと、良庵が「おせきさん、ちょっと…」と呼びます。おせきは「はい…」と答えました。良庵は良仙に「お父上…恐がらせるから…私が遣ります…」と言うと、子供に「怖くないよ…」と言うと、顔の表情をひょっとこの様に変えて、子どもをあやしながら種痘を始めました。万二郎は良庵の様子を見ながら「俺も負けてはいられん…」と独り言を言いました。

 

6回蘭方医対漢方医は、ここで終わります。

 

 

御三家とは、一般的には尾張徳川家・紀州徳川家・水戸徳川家の事を言う。御親藩の最高位とされ、将軍家(徳川宗家)に後継が絶えた時には、御三家から将軍家(徳川宗家)の後を継いだ。尾張家・紀州家は大納言家であるのに対し、水戸家は中納言家で、家格が一段低く見られていた。ただし、水戸家だけは参勤交代を免ぜられ、江戸在住が出来たので、将軍家の補佐役的立場となり、何時の頃からか俗称として、副将軍と呼ばれる事もあった。

御三家からは、八代吉宗(紀州)・十四代慶福(紀州)・十五代慶喜(水戸)が将軍となった。ただし、慶喜だけは、御三卿一橋家に養子に入り、それから後に将軍家(徳川宗家)を継いだ。

 

御三卿とは、田安徳川家・一橋徳川家・清水徳川家の事を言い、徳川家の分家です。八代将軍吉宗が、次男の徳川宗武を田安家・四男の徳川宗尹を一橋家として分家させました。また、吉宗の長男で九代将軍重家が、次男重好を清水家として分家させました。家格は御三家に次ぐとされ、御三家同様、将軍家を継ぐ事ができました。十一代将軍家斉・十五代将軍慶喜は一橋家出身、大政奉還以後には、田安家の徳川家達が徳川宗家を継いでいます。

紀州家から吉宗が将軍家を継ぐと、政敵である尾張家の宗春との関係から、御三家の関係が揺らいで行き、徳川宗家に後継が居なくなった場合の継承問題を考えて御三卿を創設したものです。ただし、御三卿には、領地が無く十万石格の大名とされました。領地経営をする必要が無かったので、家来の数も少数で、徳川宗家の旗本から出向という形で出されていました。

 

若年寄とは、江戸幕府の役職名で、老中に次ぐ高官で、老中を補佐する役職です。譜代の小藩主から数名選ばれました。若年寄で経験を積み、実力のある人が老中へと昇進しました。

 

ドラマの中で良庵が、アメリカの医学書を見て「俺はオランダ語しか分からないんだ…」と言う台詞がありましたが、江戸時代、日本は鎖国をしていたので、西洋の文化や技術は、オランダを通じてわずかに入って来るだけでした。しかし、二百数十年の時の流れが過ぎると、オランダはヨーロッパの小国となり、イギリス・フランス、そして米国が、欧米の主流となっていました。これにいち早く気付いて、オランダ語から英語へと変えて行った若き蘭学者達がいます。その代表格が福沢諭吉です。時代が彼らを必要としたようです。

ドラマでは、蘭方医対漢方医とありましたが、いつの時代も守旧派が改革派を叩いて延命を図るのは同じようです。蘭方医達は、漢方医達の嫌がらせに耐え抜いて、やっと種痘所と言う果実を生み出す事ができました。しかし、蘭方医を含めた改革派には、まだまだこれから試練が訪れます。