その昔、私が喫茶店をしていた時、土日になると幹部候補生学校の学生さん達がよくお見えになりました。ご本人達は、私服を着ているので分からないと思っていらしたのでしょうが、見たらすぐに分かりました。髪は短髪で、肌は小麦色に日焼けして、背筋がピンと伸びている青年…理知的で、物静かなお客さんたちでした。そのうちに仲が良くなって、カウンターでお話をするようになった方もいました。
どんなに仲が良くなっても、学生さん達は一年たてば全国に散らばって行かれます。中には教官として戻って来られた方もいらしたのですが、ほとんどの方とは二度とお会いすることがありませんでした。今は懐かしい思い出です。
そんな人達の為に…そして、これから幹部候補生学校を目指す人達の為に映像アルバムを作ってみました。バックミュージックは、小坂恭子さんの「ウイニング・ラン」です。
小学校の遠足と言えば、はげちゃん山の一本松と決まっていました。その頃は、まだ演習場として、そんなに厳しく管理されていなかったように思います。
休みのときなどは、兄達に連れられて洞窟の探検をよくしました。「なんでこんなところに洞窟があるのだろう…不思議だ…」とか言って…。今考えてみると、戦時中に陸軍によって作られたのだろうと、容易に推測できるのですが…
今、一本松や洞窟はどうなっているのかなと思うことがあります。幕末にこの地で、からくり儀右衛門こと田中久重(東芝の創業者)が、アームストロング砲の試射をしていたそうです。すぐ近くには、陸上自衛隊幹部候補生学校(前川原駐屯地)や第四特科連隊(久留米駐屯地)があります。何か不思議な縁を感じます。
1994年行政改革によって、国立久留米病院が民間移転となり、久留米大学医療センターとなりました。この病院は、1945年以前は久留米陸軍病院としてこの地にありました。
写真の左側に写っているのは、田中久重(東芝創業者)が作った太鼓のからくり時計をモニュメントにした物です。一時間おきに、久留米出身の中村八大・松田聖子・チェッカーズ等の曲を聴くことが出来ます。
写真の右側に写っているのは、世界一大きなタイヤのモニュメントです。ブリヂストンから九州新幹線の開通を記念して贈られたものです。外国の鉱山などで使う超大型のダンプに使われているタイヤだそうです。
陸上自衛隊幹部候補生学校に行くには、JR久留米駅のバス乗り場から、3番青峰団地行きに乗車して、約40分で到着します。また、西鉄久留米駅バスセンターからは、約25分で到着します。
飛行機で来られる場合は、福岡国際空港から地下鉄で天神まで行き、西鉄電車に乗車されるか、空港から直接高速バスで西鉄久留米駅バスセンターまで来られると便利です。
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