この本の題名「悪党小沢一郎に仕えて」をツイッタ―で初めて知ったとき、何という題名か…この時期に「悪党…」とは、と思いました。ただでさえ厳つい顔で、悪役レスラーのように思われている小沢さんのことを…まして、検察審査会から強制起訴をされ、政治資金問題で裁判にかけられる直前なのに、悪党とは…
しかし、次の瞬間、私の頭の中をよぎったものは「悪党・楠正成」でした。鎌倉幕府が衰退し、後醍醐天皇が建武の新政を起こした時に、彗星のように現れて消えていった、歴史の巨人、楠正成でした。
悪党とは、現在では、犯罪者やその集団、極悪非道をする人などに使いますが、この時代の悪党とは、荘園制度が緩む過程で、既存の勢力に対抗して、自立を主張する人たちなどのことを言っていました。何かしら、小沢さんにダブルものを感じた私は、無性にこの本を読みたくなり、本屋へ行きました。
ところが、本屋で見つけることが出来ませんでした。考えてみるに、刑事事件で騒がれているとはいえ、北海道選出の無名の代議士が書いた本が、福岡県久留米市の道路沿いの本屋に有るわけがないと悟り、店員さんに聞いてみると、店員さん曰く「当店だけでなく、系列店でも仕入れていません。お取り寄せするのに二週間ほどかかりますが…」とのことでした。私は、せっかく買いに来たのにと思いつつ、予約をして帰りました。
二週間後、本屋から連絡があり、私は車を走らせ本を買って来ました。
やっと手にした本を読み始めると、「まえがき」に、私が想像した事(悪党・楠正成)
と同じような事が書いてありました。私は、我が意を得て、それから一気に読み上げました。
この本を読んで、小沢派が、なぜ小沢軍団と呼ばれるのかが分かったような気がします。それは、小沢氏と秘書達との距離感が物語っているような気がします。徒弟制度というべきか、あるいは相撲部屋というべきか、親方の権力は絶対と読み取りました。
秘書教育は、住み込みの書生から始まります。「庭掃除が出来ないものに政治や世の中が語られるか…」という感じです。ズボンにアイロンを掛けるところなどは、殿様の身支度をするお小姓と言わんばかりです。車の運転の仕方から、道順の覚え方まで…たとえ腹に一物持っていても、背筋を伸ばし正座して、親方の小言にじっと耐えなければなりません。こうして、一段一段ステップアップして、秘書らしい秘書になって行くのです。
こんな様子を著者は、「吾輩は秘書である」という感じで、斜に構えて書いています。オレは書生上がりの代議士だが、小沢一郎のイエスマンではないと…しかし彼は、こよなく小沢一郎を師と仰ぎ愛していると思います。この本を最後まで読めば、それが分かると思います。
著者は、衆議員に立候補する時に、小沢氏には黙って、候補者の公募に応募したそうです。その訳は、前に一度相談した時に、「おまえなんかまだ早いんだ」と言って一蹴されたからだそうです。しかし、いつかは打ち明けなければならない。
著者が打ち明けた時に、小沢氏は烈火の如く怒ったそうです。
「公募に落ちたらどうするんだ」
「その時は仕方ありません」
「ばか野郎、小沢一郎の秘書が落とされるとなると、おまえだけの問題じゃなくなるんだぞ。選挙というのは求められて出るもんだ。いますぐ撤回してこい」
しかし著者は、例の如く正座はしていたが、一歩も引かず勝ち気で挑んだそうです。結局、公募で選ばれたことで、小沢氏は鉾を治めてくれたそうですが、それから1か月ほど著者を相手にしてくれなかったそうです。
思い余った著者は、大久保秘書に相談したそうです。大久保秘書は「もう一回、住み込みをやるしかないな」とアドバイスをしてくれたそうです。著者は、最後のご奉公だと思って、小沢氏のネグレストに耐えたそうです。
著者が立候補する時に、小沢氏は二つのアドバイスをしたそうです。
一つは、
「おまえはこれからいろいろな人と出会う。人と付き合っていると、悪口を言う人もいれば、いいことを言う人もいる。だが、人がどう評価しようとも最後は自分で判断しなければならない……
……夏のレトルトカレー、覚えているか?…あのレトルトカレーだってそうだろう。賞味期限は人が決めた基準だ。温めてみて食べて大丈夫だったらそれでいいじゃないか」
(夏のレトルトカレーとは、著者が別荘のお勝手で片づけをしている時に、小沢氏がゴミ箱から未開封のレトルトカレーを取り出して
「おまえ、まだ、これ、大丈夫じゃないか」
「でも、先生、それは賞味期限切れていますよ」
「何を言ってんだ。まだ食えるだろう」と言った事件です。)
もう一つは、
「おい、石川、コピー用紙は裏まで使え。角さんも秘書にはケチだって言われていたんだ。だけど、カネってのはな、締めるところは締めて使うところには使うんだ」です。
これらは、小沢氏が著者に対して、物の捉え方や金銭に対する考え方を教えた物ですが、反面では小沢氏の考え方や金銭感覚がよく分かります。あの小沢さんが、こんなに質素で、庶民的な金銭感覚をされている事が分かって、おどろきました。
また、政治的なアドバイスはされていません。これは、オレの手元で育てたのだからという自信があるのだと思います。
著者は、小沢氏の後継者についても書いています。
小沢に意中の人はいないと思うし、指名することもないと思う。決まった瞬間に権力の移行が始まる。田中角栄の権力掌握術を間近に見ていた小沢も、「角栄の後継者」として指名を受けたわけではない。いいところも悪いところも見て、自分の道を切り開いてきた。
後継者とはそういうものだ。
小沢は、オヤジの政治哲学を噛み砕いて文章にまとめた。小沢の代表作『日本改造計画』はタイトルからして、角栄の『日本列島改造論』を意識している。私は『日本改造計画』に続く政策を示し、その内容が国民に受け入れられた人が「小沢一郎の後継者」と言われるべきだと思う。と、書いています。
私は、著者にもその野心があると思います。著者は、陸山会事件で逮捕され、厳しい取り調べを受けてもひるまずに、横暴な検察と戦い続けて来ました。裁判では良い結果が出ると思います。この苦労は、10年後、20年後の彼にとって、いい財産になるはずです。期待して待ってみようかなと思います。
この他にも、いろんな事(小沢氏と筋肉マン・ナポレオン三世・チャーチルなどと比較)が書いてありますが、結局、著者がこの本で何を一番言いたいのかと考えた時に、出てきた答えは、まえがきの一番最後に書いてある、セオドア・ルーズヴェルト(アメリカ合衆国第25代・第26代大統領で第32代フランクリン・ルーズヴェルトとは従弟)の言葉でした。
重要なのは批評するものではありません。
強い男のつまづきを指摘したり、立派な仕事をした者にけちをつけたりする人間でもありません。真に賞賛しなければならないのは、泥と汗と血で顔を汚し、実際に戦いの場に立って、勇敢に努力する男、努力につきものの過ちや失敗を繰り返す男です。
しかし、彼は、実際に物事を成し遂げるために全力を尽くします。偉大な情熱と献身を知っています。価値ある大義のために全力を傾け、最後には赫々たる勝利を収めます。たとえ、敗れる時であっても、敢然として戦いつつ敗れます。だから、そういう男を、勝利も敗北も経験しない無感動で臆病な連中と、断じて、同列に並べるべきではありません。
この言葉は、小沢氏の生き方そのものであり、著者はこの生き方を受け継ごうとしているのではないでしょうか。
最後に、この本を手にした時に、小沢氏を「悪党・楠正成」にたとえてあることを知り、我が意を得たと書きましたが、実は不安も感じていました。それは、楠正成は天下人に成る事が出来なかったからです。不吉ではないかと…しかしそれは、払拭されました。
小沢氏の座右の銘に「人事を尽くして天命に遊ぶ」という言葉があるそうです。普通は「……天命を待つ」なのですが、天命を自分の思うように期待してはいけない。人事を尽くして、自分の想いと違う天命が出ても、粛々と天命に従い、また人事を尽くす…人事を尽くすことが大切なんだそうです。
天下を取った足利尊氏、天下を取れなかった楠正成、しかし天は、双方に歴史上のビックネームを与えています。結果というよりは、その過程が重要なのかもしれません。ただ私は、既成の概念と戦っている、悪党・小沢一郎に、一度この国の行く末を託してみたいなと思っています。
後記
小沢派には、森ゆうこ参議員を筆頭に脱原発・脱原発依存派が多いなと思っていたのですが、どうやら小沢氏自身も脱原発依存派のようです。
著者との対談で、小沢氏は次のように語っています。
(石川) 科学技術政務次官時代は原発の勉強をされていたのかな、と。
(小沢) そうそう。それでね。役所は、クリーンで、コストの安い、安全なエネルギーであるみたいな宣伝文句を言っていたんだけども、いまの現実もその当時もあまり変わりないのは、結果的に原発からできる高レベル放射性廃棄物の処理の方策が、いまだ適当な策がないんだよ。ボクは当初から、役所の宣伝文句は別として、過渡的なエネルギーとしては仕方がない。石油もないからね。石炭だってないし、事実上。だから過渡的なエネルギーとしては仕方ないけども、いずれ新しい、クリーンで、しかも日本で大量に生産できるエネルギーっちゅうものを考えなければダメだというふうに思ってきたし、オレは言ってきたんだ。
(石川) 世間では「岩手は小沢一郎が思い通りに動かしている」と常に言われています。岩手に原発がないのは、「小沢先生ががんばったから」という都市伝説のような噂もあるらしいのですが、結果的には誘致する機運がなかったということでしょうか。
(小沢) オレもあまり積極的に引っ張ってこようという気はなかったな。まあ、あの、みんなアレなんだよ、交付金狙いだから。だから、事故が起きない限りはカネをいっぱいもらうからいいっちゅうことになったけど、いまにして考えれば事故が起きて現地の人も大変だし、国全体が大変なんだ。
私はこの本を読むまでは、小沢氏が原発に対して、この様な考え方をされていることを知りませんでした。この年代の保守系の政治家は、ほとんどが原発賛成派だと思っていました。私は無性に原発問題の解決を小沢氏にお願いしたくなりました。
小沢さんの剛腕で、官僚や経済界を抑え込み、ハードランディングではなくソフトランディングさせて欲しいと思いました。
著者 石川知裕
1973年北海道足寄町生まれ。函館ラサール高校、早稲田大学商学部卒。96年2月から2005年7月まで小沢一郎秘書。同年衆院選で北海道11区から民主党公認で立候補して中川昭一氏らを相手に落選、07年3月に繰り上げ初当選。09年再選。10年1月、政治資金規正法違反で逮捕、同年2月に起訴、民主党離党。11年2月、初公判。同年夏現在、無所属。